ウィンダ、ボスに備える
今回は、ボス討伐に向けての準備回になります。
東の森の指定クエストを四つ達成したウィンダは、アステリアへ戻ってきた。
森を抜けたあとは、もう翼を小さく畳んで飛ぶ必要はない。
大きく翼を広げる。
一度、強く羽ばたく。
森の上から草原へ飛び出した身体が、一気に高度を上げた。
「帰る」
草原を越え。
城壁を越え。
そのまま中央広場へ。
ウィンダは巨大なクリスタルの近くを通り過ぎ、冒険者ギルドの前へ降り立った。
◇
「報告」
ギルドへ入るなり、ウィンダは受付へ向かった。
「お帰りなさい。東の森のクエストですね?」
「うん。四つ終わった」
ギルドカードを差し出す。
職員が内容を確認すると、達成済みのクエストが順番に表示された。
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『硬いクルミ採取 20/20』
『ホーネット討伐 10/10』
『ビッグラット討伐 30/30』
『マジックマッシュ採取 20/20』
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「確かに四件、すべて達成されています」
クエストに必要だった素材が納品され、討伐記録も処理されていく。
『東の森指定クエストを4件達成しました』
『Fランク昇格条件を更新します』
続けてクエスト報酬が加算された。
『クエスト報酬を獲得しました』
だが、ウィンダが気にしていたのは報酬よりも、その次だった。
「次、森の主?」
「はい」
受付職員が頷く。
「草原の指定クエストをすべて達成し、東の森でも指定クエストを四件クリアしています。これで、最後の昇格指定討伐を受けられます」
受付端末が操作される。
ウィンダの前に、新しい依頼書が表示された。
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『Gランク昇格指定討伐』
『東の森の主』
『ツインハンズグリズリーを討伐せよ』
『推奨:複数人での挑戦』
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「ツインハンズグリズリー」
ウィンダは名前を読み上げた。
「どんなの?」
「東の森に生息している巨大な熊型モンスターです。体長はおよそ五メートル」
「五メートル」
大きい。
ウィンダがこれまで戦ったウルフやビッグラットとは比べものにならない。
職員がボスの簡易情報を表示する。
そこに現れた姿を見て、ウィンダは首を傾げた。
「手、多い」
「そこが最大の特徴ですね」
熊に似た巨大な胴体。
太い後脚。
大きな頭。
そして――。
前脚が、四本。
肩から左右二本ずつ、合計四本の太い前脚が生えている。
それぞれの先には、長く鋭い爪。
「通常の熊型モンスターなら前脚は二本ですが、ツインハンズグリズリーは四本あります」
「だからツインハンズ?」
「そういうことですね」
職員が攻撃情報を開く。
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『ツインハンズグリズリー』
・突進
・四本の前脚による爪攻撃
・連続ひっかき
・牙による噛みつき
・咆哮
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「一番注意するべきなのは、四本の前脚です」
職員が説明を続ける。
「一度爪を避けても、それで攻撃が終わるとは限りません」
一つ目。
二つ目。
三つ目。
四つ目。
四本の前脚が連続して襲いかかる。
「近距離では複数の爪による連続攻撃を行います。一度捕まると、そのまま次の攻撃を受けやすいですね」
「いっぱい来る」
「はい。それと、体格を生かした突進も危険です」
「木にぶつかる?」
「避ければ、その可能性もあります」
ウィンダの目が少し輝いた。
ホーネットをエアーショットで木へ叩きつけたことを思い出したらしい。
職員は気づかず説明を続ける。
「牙による噛みつきも威力があります。正面には長く居ない方がいいでしょう」
「後ろ?」
「比較的安全ではありますが、巨体のわりに旋回は遅くありません」
そして最後。
「咆哮にも注意してください」
「声?」
「はい。大声で吠えることで、近くにいる冒険者の動きを一時的に鈍らせます」
「飛んでても?」
「近ければ影響を受ける可能性があります」
ウィンダは考える。
四本の爪。
突進。
噛みつき。
咆哮。
そして五メートルの巨体。
これまでの敵とは違う。
「強い?」
「Gランクの冒険者にとっては、間違いなく強敵です」
「一人でも行ける?」
「受注そのものは可能です」
職員は少し真面目な表情になった。
「ですが、これまでの通常モンスターと同じ感覚で挑まない方がいいですよ。HPも防御力もかなり高いですから、長期戦になることも考えて、回復アイテムとMPの管理はしっかりしてください」
ウィンダは少し考えたあと、依頼書へ翼の爪を触れた。
『ツインハンズグリズリー討伐依頼を受注しますか?』
「受ける」
『受注しました』
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『ツインハンズグリズリー討伐 0/1』
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これを倒せば。
Fランク。
そして、透明な壁の向こうへ進める。
◇
「素材、売る」
ボスへ向かう前に、ウィンダはギルドの買い取り窓口へ立ち寄った。
クエストに必要な素材はすでに納品した。
手元に残っているのは、ホーネットやビッグラットから得た素材。
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『ハチの翅 ×4』
『ハチの針 ×6』
『ネズミの牙 ×1』
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「こちらはすべて売却しますか?」
「うん」
『素材を売却しました』
クエスト報酬と素材売却分を合わせ、所持金が更新される。
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『所持金:980ガルド』
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「増えた」
ウィンダは数字をじっと見る。
昨日まで、モンスターが落とした数ガルドを拾って喜んでいた。
それを考えれば、かなりの大金だった。
だが。
「使う」
今回は、強い相手と戦う。
持っているだけでは意味がない。
◇
最初に向かったのは、冒険用品店。
ウィンダは見覚えのある赤い小瓶を手に取った。
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『低級ポーション』
『価格:30ガルド』
『HPを50回復する』
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持っているのは三本。
「あと四つ」
『低級ポーション ×4を購入しました』
『120ガルドを支払いました』
合計七本。
次に目へ入ったのは、青い液体が入った小瓶だった。
「青い」
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『低級マナポーション』
『価格:60ガルド』
『MPを20回復する』
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ホーネット戦では魔法を多く使い、MPを半分以下まで消費した。
レベルアップによって回復したが、ボス戦でも同じように都合よくレベルが上がるとは限らない。
「三つ」
『低級マナポーション ×3を購入しました』
『180ガルドを支払いました』
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『所持金:680ガルド』
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ウィンダは大型ウェストポーチを確認する。
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『低級ポーション ×7』
『低級マナポーション ×3』
『収納数:2/15』
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「まだ入る」
回復アイテムの準備はできた。
次は――。
「武器」
◇
ウィンダは『武器・防具 鉄獅子商会』へ入った。
「いらっしゃませ」
以前ウェストポーチを購入したときにもいた店員が、すぐに気づいた。
「今日は何をお探しで?」
「武器」
「武器?」
「ボスと戦う」
「東の森の主でしょうか?」
「うん」
店員はウィンダの姿を上から下まで見る。
腕そのものが翼。
翼の先には四本の爪がある。
鳥脚にも鋭い鉤爪。
ウィンダは店内の武器を見て回った。
『鉄の剣』
『装備不可』
『鉄の槍』
『装備不可』
『戦斧』
『装備不可』
『片手剣』
『装備不可』
「全部だめ」
「その翼では普通の武器は持てませんね」
翼の先で物を掴むこと自体はできる。
しかし、戦いながら剣を振り回すとなれば話は別だった。
翼で武器を持てば、その間は飛行にも影響する。
槍も同じ。
斧も同じ。
ウィンダは短剣を見る。
掴んでみる。
首を傾げる。
「邪魔」
戻す。
次。
また別の武器。
「これも邪魔」
戻す。
しばらく繰り返した。
「……決まらない」
ウィンダは武器の並んだ棚の前で、珍しく長く悩んでいた。
攻撃力は上げたい。
でも、飛びにくくなるのは嫌。
翼を自由に使えなくなるのも嫌。
敵を掴めなくなるのも困る。
その様子を見ていた店員が、少し考えた。
「お客様」
「?」
「この様な武器はいかがでしょうか?」
「?」
店員は店の奥へ向かい、小さな箱を持って戻ってきた。
「飛行種族や獣人向けの商品で」
箱を開く。
中に入っていたのは、剣でも槍でもなかった。
湾曲した鉄製の刃。
それが複数。
革製の固定具と一緒になっている。
「足をどうぞ」
ウィンダは片脚を上げた。
店員は鳥脚の鉤爪を確認すると、鉄の装具を合わせる。
本来の爪の上から沿わせるように、鉄の刃が装着された。
「おお」
自分の爪が、そのまま大きく鋭くなったように見える。
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『鉄のカギ爪』
『価格:500ガルド』
『攻撃力+15』
『鳥脚・獣脚装備』
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「これは爪そのものを武器にする装備でございます」
店員が固定具を調整する。
「足の爪へ被せて使うため、剣みたいに持つ必要はございません」
ウィンダは脚を動かす。
曲げる。
伸ばす。
地面を軽く掴んでみる。
「掴める」
「元の爪の動きを邪魔しないよう作られておりますので」
これなら。
飛べる。
木も掴める。
敵も掴める。
そして蹴ったときには、鉄の刃が攻撃力を上乗せしてくれる。
ウィンダは両脚へ装着した。
軽く跳ぶ。
着地。
鳥脚で床を掴む。
問題ない。
「これがいい」
「お買い上げありがとうございます」
「うん」
『鉄のカギ爪を購入しました』
『500ガルドを支払いました』
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『所持金:180ガルド』
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かなり減った。
「180」
一瞬だけ数字を見る。
でも、足元を見る。
鉄製の鋭いカギ爪。
攻撃力+15。
「強くなった」
ウィンダは満足そうだった。
◇
次は防具。
以前と同じように、ハーピーでも装備可能なものを探す。
布製の胸当て。
軽い革鎧。
腹部だけを覆う防具。
いくつかは装備できる。
ウィンダは試しに、軽い革の胸当てを着てみた。
翼を開く。
「……」
肩周りが少し引っかかる。
翼を上下させる。
もう一度。
「動きにくい」
「防具ですので、多少は」
店員はそう言った。
しかしウィンダはすぐに脱いだ。
脚用防具も確認する。
『装備不可』
『装備不可』
『装備不可』
「ない」
「鳥脚用は少ないので。それに、貴方のような特徴の種族はさらに限られますので」
ウィンダは自分の姿を見る。
ベージュのタンクトップ。
ハーフパンツ。
大型ウェストポーチ。
そして。
鳥脚へ装着された鉄のカギ爪。
防御力は低い。
けれど、自由に動ける。
翼を最大まで広げられる。
枝を掴める。
木を蹴れる。
敵を掴める。
「防具、いらない」
「本当にそれでよろしいので?」
「うん」
防御力を上げる代わりに、動きを鈍らせる。
それなら。
「当たらなければいい」
店員が少し黙った。
「練習した」
森の中で。
何度も。
木へぶつかり。
風を読み。
飛び方を変え。
ホーネットの攻撃を避け続けた。
《曲芸飛行》。
《危険感知》。
それらも手に入れた。
「避ける」
ウィンダは自分で決めた。
防具は今までのまま。
代わりに、攻撃力を高める鉄のカギ爪を装備する。
◇
最後にもう一度、ギルドへ戻った。
ボスへ向かう前の最終確認。
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名前:ウィンダ
種族:ハーピー
レベル:9
冒険者ランク:G
HP:34/34
MP:45/45
STR:17
DEF:8
VIT:9
INT:21
DEX:18
AGI:43
LUK:25
所持金:180ガルド
装備:
『ベージュの旅人服』
『冒険者の大型ウェストポーチ』
『鉄のカギ爪』
攻撃力+15
所持アイテム:
『低級ポーション ×7』
『低級マナポーション ×3』
スキル:
『飛行』
『曲芸飛行』
『魔法(初級風魔法Lv2)』
『格闘』
『軽業』
『鷹の目』
『危険感知』
『掴み強化』
使用可能魔法:
『ウィンド・カッター MP3』
『エネルギーボルト MP2』
『エアーショット MP4』
『ウィングブースト MP3』
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ウィンダは足元を見る。
鳥脚の爪を覆う、鉄の刃。
軽く地面を掻く。
カリッ。
石床へ小さな傷がついた。
「強そう」
そしてクエストを開く。
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『Gランク昇格指定討伐』
『ツインハンズグリズリー討伐 0/1』
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五メートルの巨体。
四本の前脚。
連続して襲いかかる爪。
突進。
噛みつき。
咆哮。
今までで一番強い相手。
けれど、ウィンダも最初にアステリアへ降り立った頃とは違う。
レベルが上がった。
魔法が増えた。
新しい飛び方を覚えた。
危険を感じ取れるようになった。
敵を掴むことも上手くなった。
そして今。
攻撃するための武器も手に入れた。
「大丈夫」
何が起きるかは分からない。
それでも。
準備はした。
ウィンダは冒険者ギルドを出た。
外へ出ると、青空を見上げる。
翼を大きく広げた。
「行く」
地面を蹴る。
鉄のカギ爪が石畳から離れる。
大きな翼が風を掴んだ。
一気に上昇。
屋根を越え。
城壁を越える。
向かうのは東。
草原のさらに先に広がる深い森。
その奥に待っている。
東の森の主。
ツインハンズグリズリー。
これを倒せばFランク。
透明な壁の向こうへ行ける。
「もっと遠くへ」
そのために。
ウィンダは新しい鉄の爪を携え、東の森へ向かって飛んでいった。




