その先へ
ツインハンズグリズリーを倒したウィンダは、東の森からアステリアへ戻ると、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
初めてのボス戦を終え、レベルは十。
風魔法も成長し、新しいスキルも覚えた。
けれど、まだ一つだけ終わっていないことがある。
「報告」
冒険者ギルドへ入ったウィンダは、迷うことなくクエスト受付へ向かった。
もう、初めて来たときのように、一番長い列へ適当に並ぶことはない。
「はい。ギルドカードをお願いします」
「うん」
大型ウェストポーチからギルドカードを取り出し、受付台へ置く。
受付職員が専用端末へ通すと、受注していたクエストの情報が表示された。
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『Gランク昇格指定討伐』
『ツインハンズグリズリー討伐 1/1』
『達成』
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「確認しました。ツインハンズグリズリー、無事討伐ですね」
「うん」
「これですべてのFランク昇格条件を達成しています。おめでとうございます」
「F」
ウィンダの目が少しだけ大きくなる。
「はい。それでは、ギルドカードとドックタグを更新しますね」
ギルドカードと、首から外したドックタグが受付の奥にある装置へ入れられる。
しばらくして。
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『冒険者ランク』
『G → F』
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二つがウィンダへ返された。
ギルドカードに表示されていた冒険者ランクは『F』。
ドックタグに刻まれていた文字も、『G』から『F』へと変わっている。
「変わった」
「これで正式にFランク冒険者です」
ウィンダは新しくなったドックタグを首へ戻した。
「これで向こう、行ける?」
「ええ。Fランクへの昇格に伴って、一部の地域制限が解除されます」
「一部?」
「はい。すべての場所へ自由に行けるようになるわけではありません。冒険者ランクに応じて、立ち入りが許可される地域は少しずつ広がっていきます」
受付職員が周辺地図を表示する。
中央には、始まりの町アステリア。
そこから東西南北へと街道が伸び、その先にはこれまでウィンダが行くことのできなかった土地が広がっていた。
「Fランクになったことで、今まで透明な障壁に阻まれていた地域の一部へ進めるようになります。アステリア以外の町にも行けるようになりますよ」
「別の町」
「ええ。それと、新しい進行クエストも発行されています」
地図の表示が西へと動く。
アステリアから西へ伸びる街道。
その遥か先に、大きな都市を示す印があった。
「次の進行目標は、西方にある王都グランディアです」
「王都」
「この地方でも特に大きな都市ですね。まずは王都グランディアへ到達して、現地の冒険者ギルドを訪れてください」
新しいクエストが表示される。
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『Fランク進行クエスト』
『西方の王都グランディアを目指せ』
『王都グランディアへ到達し、現地の冒険者ギルドを訪問する』
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「そこまで行けばいい?」
「進行クエストとしては、まずそこまでですね。ただ、途中にも町や集落がありますし、新しく入れるようになった地域を探索するのも自由です」
「自由」
「冒険者ですから」
ウィンダは地図を見る。
王都グランディア。
新しい町。
新しい土地。
今まで行けなかった場所。
「分かった」
ギルドカードを大型ウェストポーチへしまう。
その直後だった。
ポン。
ポン。
ポン。
「?」
小さな通知音が立て続けに鳴り、ウィンダの視界へ半透明のウィンドウが次々と現れた。
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『冒険者ランクがFへ上昇しました』
『新たな機能が解放されました』
『鍛冶屋にて装備アップグレードが利用可能になりました』
『道具屋にFランク向け商品が入荷しました』
『一部店舗の商品ラインナップが更新されました』
『アステリア市内に新たなサブイベントが発生しました』
『Fランク向け依頼が追加されました』
『一部地域の移動制限が解除されました』
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「……いっぱい」
武器や装備をさらに強くできる。
今まで買えなかった道具も買える。
町の中には、新しい出来事まで増えている。
普通のプレイヤーなら、何から確かめようかと迷うところだろう。
けれど。
ウィンダの目が止まったのは、一つだけだった。
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『一部地域の移動制限が解除されました』
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「これ」
ほかの通知をまとめて閉じる。
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『未確認の新規要素があります』
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「あとで」
迷いはない。
装備の強化も。
新しい商品も。
町の中のイベントも。
今は、それほど気にならなかった。
「飛べるところ、増えた」
それだけで十分だった。
ウィンダはそのままギルドの出口へ向かう。
「あ、ウィンダさん。王都グランディアへ向かわれるのでしたら、道中には――」
「行ってくる」
「あ、はい。お気をつけて……」
最後まで聞かず、ギルドの外へ出る。
目の前には、もう見慣れたアステリアの街並み。
石造りの建物。
人々で賑わう大通り。
街の中央にそびえる巨大な転移クリスタル。
そして、その向こうにある高い城壁。
今までなら。
あの城壁の先をどれだけ飛んでも、やがて透明な壁に止められた。
東へ行っても。
西へ行っても。
南へ行っても。
北へ行っても。
その先へは進めなかった。
でも。
今は違う。
「広くなった」
ウィンダは空を見上げた。
青い空。
どこまでも続いているように見える。
鳥脚に力を込める。
鉄のカギ爪が石畳を擦り。
次の瞬間。
地面を蹴った。
ばさっ!
白い翼が大きく開く。
一度。
二度。
力強く羽ばたけば、身体はすぐに建物の屋根を越えた。
さらに上へ。
アステリアの街並みが足元へ広がっていく。
ウィンダは空中で周囲を見渡した。
西には、王都グランディアがあるらしい。
ゲームからも、そこへ行くように言われている。
ほかにも新しい町がある。
新しい土地もある。
けれど。
どこから行こう。
そんなことは、まだ決めていなかった。
ふわり。
風が吹く。
空色の髪が揺れる。
白い羽毛の間を、風が抜けていく。
ウィンダはその流れを感じながら、翼を少し傾けた。
「こっち」
理由は、それだけだった。
風がそちらへ吹いた。
だから、そちらへ飛んでみる。
何か気になるものが見えれば、そこへ行けばいい。
面白そうなら降りればいい。
もっと遠くが見たくなったら、そのまま飛べばいい。
風の行くまま。
心の行くまま。
今まで閉ざされていた空へ。
ウィンダが大きく翼を広げた。
――そのとき。
ピコン。
「?」
飛び出そうとしたウィンダの視界へ、小さなウィンドウが現れた。
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『外部通信を受信しました』
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「……?」
ゲーム内の通知とは違う。
現実世界からの連絡だった。
『ソラちゃん、聞こえる?』
「……看護師さん」
聞き慣れた声が耳へ届く。
『もう夕食の時間ですよ。そろそろゲームから戻ってきてください』
「……」
ウィンダの羽ばたきが止まった。
空中で翼を広げたまま、ゆっくりと周囲を見渡す。
眼下にはアステリア。
その向こうには城壁。
さらに先には、ようやく行けるようになった新しい世界が広がっている。
これから。
まさに、これから飛び出そうとしていた。
「……今?」
『今です』
「もう少し」
『夕食が冷めちゃいますよ』
「……」
翼が少しだけ下がる。
『続きは明日にしましょうね』
「明日」
『はい。また明日遊べますから』
ウィンダは遠くを見つめた。
今まで行ったことのない土地。
知らない町。
知らない空。
今日は、まだ行けない。
「……分かった」
声からも分かるくらい、少し残念そうだった。
けれど。
明日になれば、また来られる。
しかも次は。
透明な壁の内側を飛び回るだけではない。
その先へ行ける。
「明日、飛ぶ」
『はい。じゃあ、戻っておいで』
「うん」
ウィンダは名残惜しそうに、もう一度だけ空を見渡した。
それからメニューを開く。
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『ログアウトしますか?』
『YES/NO』
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「YES」
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『ログアウト処理を開始します』
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ウィンダの身体が淡い光に包まれる。
白い翼が透けていく。
アステリアの街並みも。
青い空も。
頬を撫でていた風も。
少しずつ遠ざかっていった。
「……また明日」
◇
ソラが目を開ける。
見慣れた病室の天井。
頭に装着していたVR機器を外すと、すぐ近くに看護師が立っていた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
「夕食、もう来ていますよ」
「うん」
ソラは身体を起こす。
けれど、すぐには食事へ手を伸ばさなかった。
窓の外を見る。
夕暮れの空が広がっている。
もうすぐ夜になる。
今日はここまで。
ようやくFランクになったのに。
ようやく、もっと遠くまで飛べるようになったのに。
少しだけ残念だった。
でも。
明日になれば。
また、あの世界へ行ける。
今度は透明な壁に止められない。
まだ見たことのない場所へ。
もっと遠くへ。
自分の翼で飛んでいける。
「……明日」
「ん?」
「もっと遠くまで飛ぶ」
看護師は何の話なのか分からなかったのか、少しだけ不思議そうな顔をした。
それでも、ソラの表情を見て微笑む。
「それなら、今日はちゃんとご飯を食べないとね」
「うん」
ソラは小さく頷いた。
そして、もう一度だけ窓の外を見る。
夕暮れの向こう。
どこまでも続いていく空。
ソラの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「明日、楽しみ」
始まりの町で、飛び方を覚えた。
草原で、戦い方を覚えた。
森で、風の読み方を覚えた。
初めてのボスを倒し。
冒険者ランクも一つ上がった。
そして。
これまで閉ざされていた世界への道が、ようやく開いた。
ウィンダの本当の冒険は――。
明日から始まる。
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