第4話 招かれざる厄災
突如として、小屋全体を揺るがすような激しい地響きが起こった 。
ジャンクの山が崩れ、テーブルの上の工具がけたたましい音を立てて床に散らばる。
リンネが短い悲鳴を上げてしゃがみ込む中、ギルベリアは即座に作業小屋の扉を蹴り開けた。
「な、なによ今の地震!?」
「いや……ただの地震じゃない。この揺れ方は……何かが近づいてきている」
外へ飛び出したシルヴィアとギルベリアが見上げたのは、町の防壁のさらに向こう側。
どんよりと濁った灰色の空を背景に、山のように巨大なシルエットがゆっくりと立ち上がるところだった。
岩石のような分厚い外殻に覆われた四肢。その巨体が一歩を踏み出すたびに、大地が悲鳴を上げて激しく揺れた。
「……あれは。”巨獣”か、あんなものがこんな町の近くに眠っていたとは」
ギルベリアが理知的な瞳を細め、冷静に正体を看破する。
シルヴィアもその生物には見覚えがあった。かつてエーテルが満ちていた時代には、自然の中に悠然と存在していた巨大生物だ。
「巨獣って、本来は大人しい生き物じゃない! どうしてあんなに凶暴そうな咆哮をあげながら町へ向かってるの!?」
「おかしいな。あれはエーテルを捕食して生きる生物だ」
ギルベリアは顎に手を当て、淡々と現状の分析を口にし始める。
「210年前のエーテル枯渇によって飢餓状態となり、凶暴化して暴れ回った後……自身の肉体を徐々にすり減らしながら、最低限の生命活動を維持するための休眠状態に入っていたはずだ」
「休眠状態……?」
「ああ。その状態なら五百年近くは生存可能だ。だが、逆に言えば今は動く為に自分の身体を燃焼させているような状態であり、無駄な活動は命を削る行為に他ならない」
ギルベリアは顎に手を当て、思考する。
「長年活動を停止していた巨獣が、なぜ今になって突然目覚めた? 感知範囲内に、よほど純度が高く、強烈なエーテル反応が発生しない限り、起きるはず……ないんだが……」
ジト目でじぃっと見つめてくるギルベリアの視線を受け、シルヴィアの背筋に冷たい汗が流れた。
純度が高く、強烈なエーテル反応。至近距離。
(……あれ? もしかして私、さっき町の入り口で……)
『私が魔女だってこと、信じられないなら嫌というほど見せつけてあげるわ……!』
『体内のエーテルを漲らせ、七色に輝く魔力を迸らせながら敵意を向ける門番たちへ威圧するように魔女の威風を見せつける。』
脳裏に蘇る、つい数十分前の己のドヤ顔と、間欠泉のようにブッ放した極彩色の魔力オーラ。
「あ、あははー! 奇遇なこともあるものねー! いやあ、世界って不思議なのだわー!」
シルヴィアは明後日の方向を見ながら、ひどく下手くそな口笛を吹き始めた。
ギルベリアの考察が止まる。彼女のギシギシと鳴る鉄の首が、ゆっくりと、さらに深くシルヴィアの顔を覗き込むように傾いた。
「……シルヴィア?」
「な、なによ!?」
「町に入る前、門の辺りで何かやらなかったかい?」
「ぐ……ぅ。だ、だって門番が! 挨拶もなしに私の眉間を鉛玉で撃ち抜いたのよ!? だから天才魔女としての威厳と恐ろしさを教えてあげようと思って、ほんのちょっと、ホントにちょぉーっとだけ、全身からありったけの魔力をたぎらせてオーラを見せつけただけで……!」
目を泳がせながら早口でまくし立てるシルヴィア。
ギルベリアは深く、ひどく深くため息をつき、こめかみに指を当てて呟く。
「この、考えなしのポンコツ魔女が……」
「うぅっ……ご、ごめんなさいなのだわ……」
かつて世界を救った天才魔女は、煤まみれの友人の前で小さくなってシュンと項垂れた。だが、反省にかまける猶予はない。再び巨獣の咆哮が響き渡り、町の警鐘が狂ったように鳴り始めた。
━━━━━━
一方、町の門前は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
防壁の向こうに迫る山のような巨体。巻き上がる土煙。
先ほどシルヴィアを撃ち、這うようにして逃げていった門番たちや、異変に気づいた町民たちは、圧倒的な絶望を前に足をすくませ、逃げることすらできずに立ち尽くしていた。
「あ、ああ……終わりだ……町が踏み潰される……!」
門番の一人がへたり込み、絶望の声を漏らした、その時――
「――待たせたわね!」
上空からひらりと漆黒のローブが舞い降り、門番たちと巨獣の間に着地した。
華奢な背中。大きな三角帽子。見間違えるはずもない、先ほど頭を撃ち抜いても平然と蘇った、あの恐ろしい魔女だ。
「あ、あいつは!? あ、あの魔女が、あんな化け物を呼び寄せたんだ!」
「やっぱり魔女は災厄だ! 俺たちの町を滅ぼす気なんだ!」
恐怖でパニックになった門番や町民たちが、口々にシルヴィアを指差して叫ぶ。
無責任で、しかし今回ばかりは結果的に的を射ている非難の言葉。
忌み嫌われる「魔女」という言葉。向けられる明らかな敵意と恐怖。
謂れのない誹謗中傷……というわけでもないためか、シルヴィアは少し気まずそうに顔を伏せる。
だが、すぐに顔を上げ、怯える町民たちの方を堂々と振り返った。
「ええ、そうよ! あれを呼び覚ましたのは私よ! 文句があるなら後でいくらでも不満をぶつけてきなさい!」
シルヴィアは優雅に漆黒のローブを翻し、再び巨獣へと向き直る。
「だけど勘違いしないでちょうだい! 魔女は災厄じゃない。人の為に在るのが魔女の務めよ! 私が蒔いた災いの芽は、この私が完璧に刈り取って、あんたたちの町を救ってあげるわ!」
それは、ただの言い訳でも虚勢でもない。絶対的な実力に裏打ちされた、天才魔女の真の誇りだった。
圧倒的な自信に満ちたその背中に、町民たちは一瞬だけ言葉を失う。
「皆さん、こっちです! 魔女様が戦ってくれている間に、門の中の安全な場所へ!」
遅れて駆けつけたリンネが、立ちすくむ町民たちへ声を上げた。
彼女は小さな体をいっぱいに使って手を振り、人々を町の奥へと誘導し始める。
人当たりが良く、日頃から顔なじみであるリンネの先導に、町民たちも我に返って避難を開始した。
シルヴィアはリンネに「任せたわよ」とウインクを飛ばすと、大地を蹴って巨獣へと向かって跳躍した。
「さあ、お目覚め後のストレッチよ! 私も300年ぶりにぱーっと暴れてやるのだわ!」
シルヴィアは空中で腰に下げた小袋に手を入れ、常に持ち歩いている幾つかの『種子』を取り出し、眼前の地面へと放り投げた。
再生を得意とする魔女である彼女の本分は治療や修復にある。つまり、戦闘には不向きである。
しかし、魔女たる彼女は何も無力な少女ではない。戦闘に向かないなりに彼女自身は戦うすべを編み出している。
「芽吹きの時間なのだわ!」
ばらまかれた種子は、込められたシルヴィアのエーテルを糧に急成長を遂げる。
再生の応用、”成長促進”である。
瞬間、大地を割って巨大な樹木が急激に成長し、巨獣の顎をカチ上げるように突き刺さった。さらに大蛇のように太く丈夫な蔓が幾重にも伸び、鞭のように巨獣を打ち据え、縄のように四肢に絡みつく。
巨獣の進行が急激な植物の成長によって食い止められ、凄まじい土煙が上がる。
しかし――相手は神暦を生き抜いた巨獣。
その頑丈な肉体は樹木の突き上げにも耐え、凄まじい膂力で音を立てて魔法の蔓を引き千切っていく。
「流石にパワーじゃ太刀打ちできないわね! 文字通り命を燃やしながら暴れてるのだからリミッターなんてぶっ飛んじゃってるのかしら!?」
樹木や蔦による拘束では無力化が不可能。
直接的な攻撃が必要だと判断したシルヴィアは、自身の極彩色の魔力を空中で小石サイズまで極限に凝縮させた。
七色の魔力球が、彼女の周囲にふわりと浮かび上がる。
「喰らいなさい! これぞ七曜を統べる魔女の『七曜の小包』なのだわ!」
弾丸のごとく放たれた七色の魔力球が、巨獣の岩のような外殻に次々と着弾し、激しい爆発を引き起こす。
だが、土煙が晴れた後に現れた巨獣は、致命傷には程遠かった。巨獣は元々非常に頑丈であることに加え、エーテルを糧とする性質ゆえか、シルヴィアの放った魔法攻撃のダメージが通りにくいのだ。
(火力が足りないのだわ……かと言って、この町の防備じゃ……)
傷一つ無い巨獣を見て眉を潜めるシルヴィア。
今の自分にあれを止める術は無い、殺し切る術が無いかと言われればあることにはあるが、実行するにはリスクが伴う。
かと言って助力を乞おうにも、街にある防備は古臭い原始的な大砲や巨獣相手には豆鉄砲にも劣る銃火器しかないだろう。
町を守るために蔓と樹木を展開し続け、防戦一方となり、シルヴィアが焦りを感じ始めたその時――
「っ!? ビーム!? どこから――」
――一筋の閃光が、巨獣めがけて空を切り裂いていった。
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