第5話 直世の魔女
「っ!? ビーム!? どこから――」
――一筋の閃光が、巨獣めがけて空を切り裂いていく。
魔力によって破壊力を伴った青白い熱線は、シルヴィアの魔法攻撃すら弾き返した巨獣の分厚い外殻を破砕し、その巨体を大きくよろめかせる。
鼓膜を劈くような高周波の飛行音に導かれ、シルヴィアが上空を見上げると、そこには懐かしくも頼りになる姿があった。
煤にまみれた作業着を纏っていた少女の姿は彼方へ。
生まれ変わったかのようなその姿は、一見すればまるで童話に出てくる少女かのように可憐で鮮やかであった。
しかし、各部をよくよく見てみれば銃口やエーテル駆動の推進器が搭載されているその姿はまさに人型の兵器であった。
かざした手のひらからは、淡く光を放つ砲口、手の甲からは排熱するかのように白煙が吹き出している。
「【A.L.I.S】、オンライン。出力、旧規格の90%まで回復……ああ、久々に思考がクリアだ……ふふ、最高だね。これなら戦える」
空中に滞空するその機体から、ギルベリアの理知的で、しかしどこか歓喜を帯びた声が響く。
それは、失われた旧時代の技術の粋を集めた純然たる戦闘用義骸。
代替動力で動いていたガラクタの身体ではなく、エーテルによって駆動する人体をも超えた真体である。
「……待たせたね、シルヴィア。反撃といこうか」
「遅いのだわ! もう少しで私の最高級ローブが泥まみれになるところだったじゃない!」
軽口を叩きながらも、シルヴィアの口元には笑みが浮かんでいた。
防壁の陰から恐る恐る顔を出した町民たちは、空に浮かぶギルベリアの姿に息を呑んだ。
不格好な蒸気機関や火薬式の銃火器しか知らない彼らにとって、宙に浮き、閃光を放つその姿は、神の御業か今やおとぎ話に語られるだけの魔法そのものに映ったことだろう。
「目標を捕捉。面制圧を開始する。拘束は任せたよ」
ギルベリアが淡々と告げると同時に、全身の砲門が巨獣目掛けて火を噴いた。
放たれたのは両手のひらから発射されるエーテル砲、腹部の機関砲、そしてフリルスカートを模したアーマー内に内蔵されているマイクロミサイル。
それら全ては目標の巨体に命中し、爆炎と共に轟音を響かせる。
「ギァァァァァッ!!」
エーテル飢餓で凶暴化していた巨獣が、苦痛と混乱の入り混じった咆哮を上げる。
致命傷にはなり得ないが、それでも命を削りながら動いているその身へ与えられる衝撃は巨体を押し留めるのに充分であった。
「さあ、これで身動きは取れないのだわ!」
シルヴィアは自身の魔力を込めた種子を追加で放ち、先ほどよりもさらに太く強靭な植物を急成長させる。巨木がその巨体を中へと持ち上げ、無数の大蛇が絡みつくように、蔦がその四肢を巨木へと縛り付けていく。
「拘束確認。全砲門、出力を最大へ……景気よくいこう」
ギルベリアが両手首を合わせ、手のひらを巨獣へと突き出す。2つの砲門から溢れ出すエーテルの光は合わさり、収縮し、一瞬大きく煌めく。
そして放たれた極太のエーテルキャノンの直撃を受け、拘束されていた巨獣はその拘束すら引きちぎるほどの衝撃を受け、大地へと倒れ伏していく。
ズズゥン……という重い音と共に、戦場に静寂が訪れる。
巨獣は完全に動きを止め、浅い呼吸を繰り返すのみとなった。
「……や、やった……?」
「すげえ……化け物を、倒したぞ!!」
しばしの静寂の後、状況を理解した町民たちから、爆発的な歓声が上がる。
圧倒的な災厄を前に死を覚悟した彼らにとって、この光景は奇跡に他ならなかった。
しかし、歓喜に沸く町民たちをよそに、シルヴィアは土煙を払って巨獣の頭部へと近づいていく。
そして、警戒することもなく、その硬い鼻先にそっと両手を触れた。
「……シルヴィア? まさか」
「ええ、そのまさかよ」
空から舞い降りたギルベリアの問いに、シルヴィアはウインクで応えた。
倒した巨獣にトドメを刺すのかと見守っていた町民たちやリンネの前で、シルヴィアの両手から七色に輝く魔力の光が溢れ出す。
「こんな時代に無理やり起こされて、お腹を空かせて暴れちゃっただけだもの。殺す理由なんてどこにもないのだわ。それに巨獣なんて私達の時代から希少種なのよ、研究職として貴重な存在を無駄に死なせたりしてたまるもんですか!」
シルヴィアが発動したのは、彼女の本領たる”再生”の魔法だ。
光が巨獣の全身を包み込むと、ギルベリアの砲撃で削り取られた分厚い外殻が、瞬く間に本来の姿へと修復されていく。
だが、シルヴィアの魔法は単なる傷の修復だけにとどまらなかった。
「傷を治すついでにちょっとは心地よく眠れるようにしてあげるのだわ。あの頃のように自由に動き回れはしないけれど……」
それは、シルヴィアが自らの不老を維持するために用いている魔法理論の応用だった。
エーテル生成器官の活性化。再生魔法によって機能しなくなっていたエーテル生成器官が再度、その機能を取り戻していく。
だが、巨獣とは周囲のエーテルを取り込むことで活動する生命体である以上、エーテルが失われた今の世界では活動に必要なだけのエネルギーを確保することはできない。
「……全く、この210年でどれだけの研究者が再びエーテルを手にしようともがいていたことか……そんなに容易く元に戻してしまう様を見ていると彼らが哀れに思えてくるよ」
ギルベリアが感嘆の息を漏らす。
光が収まると、巨獣はゆっくりと目を開けた。先ほどまでの凶暴な光は消え失せ、飢えから解放された穏やかな瞳がシルヴィアを見下ろしている。
身をすり減らすほどの飢えが解消されたといっても、決してその腹が満ち足りているわけではない。
しかし、それでもただ苦痛に苛まれる悪夢からは解放されたのだ。
グルル……と、喉を鳴らすような低い声を出した後、巨獣は重い身体を起こした。
町民たちが再び怯えて後ずさるが、巨獣は彼らには目もくれず、町に背を向けてゆっくりと歩き出した。再び永き休眠につくための安全な場所を探すために。
「な、なんだ……? 逃したのか?」
「でも、あんなに大人しく帰っていくなんて……」
防壁の前に集まった町民たちは、信じられないものを見たというように顔を見合わせた。
破壊と災厄をもたらす存在だと教えられてきた魔女。しかし目の前の少女は、自分たちを救っただけでなく、恐ろしい化け物すらも癒やし、争うことなく帰してしまったのだ。
200年の時を経て姿を表した魔女。噂されていた最悪の化身、世界を混迷に導いた存在としてのイメージとは異なるその姿に、町民たちは困惑した様子でざわつく。
「皆さん、見ましたか! これが魔女様です! 化け物なんかじゃありません!」
リンネが前に進み出て、町民たちに向かって誇らしげに叫んだ。
その言葉に背中を押されるように、ふわっと飛び上がったシルヴィアは振り返り、大きな三角帽子のつばをクイッと持ち上げて不敵に笑った。
「ふふん。この程度私にかかれば朝飯前というやつなのだわ!」
「ボクの助力ありきだけどね」
「う、うるさいのだわ! その助力も私のエーテルを使ってるのだから私のおかげといっても過言ではないのだし、それをひっくるめて私がこの町を救ったと言えるでしょう!?」
「そもそもこれは殆どマッチポンプ……」
自信満々に胸を張って町民たちに声高に結果を誇るシルヴィア。
そもそもの原因は君に在るのだろうと冷ややかな視線を向けるギルベリアに、少しバツの悪そうな表情を浮かべた後、改まって咳払いをする。
顔を上げ、周囲を見渡す。町民たちの顔はそれぞれ恐れ、困惑、そして不安を抱いたものばかりであった。
巨獣という脅威に身一つで立ち向かい、撃退してみせたとしても、それを素直に称賛し受け入れることができるほどに、今の時代における魔女の悪名は根深いものなのだと、シルヴィアは理解した。
「聞きなさい、皆!!」
シルヴィアの通る声が、静まり返った防壁の前に響き渡る。
「エーテルが枯渇し、魔女が忌み嫌われ、空が黒煙で汚れきった世界なんて、この大天才である私が、本来の正しい形へとぱぱっと直してあげる!」
それは、途方もない年月を研究に費やしてきた彼女が見つけた、新たな目標。
かつての時代を愛し、魔法を愛した彼女だからこそ抱ける、壮大な決意だった。
「今日から私は、この歪んだ世界を直す――”直世”の魔女なのだわ!」
堂々たる宣言が、灰色の空へ吸い込まれていく。
210年の時を経て、唯一エーテルを生成可能な完全な肉体を保つ”再生”の魔女と、旧時代の兵器たる”義骸”の魔女が、再び世界という舞台に降り立った。
かつての常識が全く通用しないこの新基歴の世で、悪名高き魔女たちによる、規格外でめちゃくちゃな世直しの旅が、今ここに幕を開けたのである。
【序章完結】
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序章完結
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