第2話 道外れの案内人
強烈な衝撃と共にシルヴィアの視界は宙を映す。
彼女の身体は大きく後ろに仰け反り、そのまま土埃に塗れるように無様な音を立てて地面へと倒れ伏した。
「け、警告したからな……くそっ」
「お、おい! いきなり撃つなよ……ほ、本当の魔女だったらどうするんだよ!?」
門番たちの焦燥と興奮の入り混じった声が、喧々諤々と響く。
彼らは手に持った粗悪な銃を構えたまま、倒れ伏したシルヴィアの死体を警戒するように遠巻きに囲んでいた。
射殺した、けれど万が一、億が一にでもこの狂った女は本物の魔女かもしれない。そんな不安と緊張から、誰も死体に近づこうとはしなかった。
そして――彼らの安堵は数秒と持たなかった。
ピクリ、と倒れたシルヴィアの指先が動いたかと思うと、ゆらりと立ち上がり、風穴が空いているはずの頭から甲高い音を立てて銃弾が落ちた。
「ひ、ひぃっ!? な、なんだ……!?」
魔女が顔をあげる。そこにあるはずの傷穴は徐々に塞がっていき、地面に滴る血はまるで昇っていくかのように傷口へと収まっていく。
最後には――傷一つ無いまっさらな状態となったシルヴィアがそこに居た。
「っ……つぅ、何すんのよ!? この天才の頭を撃ち抜くなんていい度胸してるのだわ!!」
マントについた泥を払いながらむくりと起き上がったシルヴィアに、門番たちは悲鳴を上げて尻餅をついた。
撃ち抜かれたはずの場所よりも、倒れ込んでぶつけた後頭部の方を痛そうにさするシルヴィアは、キッと門番たちを睨む。
体内のエーテルを漲らせ、七色に輝く魔力を迸らせながら敵意を向ける門番たちへ威圧するように魔女の威風を見せつける。
勿論本気で仕返しをしようなどとは思っていない。魔女たるものが一般人に手をあげることなどあってはいけない、それでは”魔女の名がすたる”のだ。
「ば、化け物ォォォッ!!」
「逃げろ! 本物の魔女だ、殺されるぞ!!」
その手で撃ち殺したはずの人間が蘇る。
その光景を目の当たりにした門番たちはパニックに陥り、手にしていた銃すらも放り捨て、蜘蛛の子を散らすように町の中へと逃げていった。
威圧するようなただのオーラですら、彼らからすれば何か恐ろしい前触れのように思えたのであろう。物珍しげに後方で眺めていた見物人すらも我先にと、その場から立ち去っていった。
「あ、ちょっと! 待ちなさいよ! 誰が化け物よ! 訂正なさい、心外なのだわ!?」
一人残されたシルヴィアは、怒りで肩を震わせたが、ふと、視線を感じて顔を上げた。
少し離れた木陰の裏から、こちらをジッと窺っている小さな影があった。
赤毛のおさげに、手入れはされているがパッチワークの痕が残るエプロンドレスを着た町娘だ。
「あら? あの子……他の奴らとは違うみたいね」
シルヴィアが視線を向けると、町娘はビクッと肩を揺らし、脱兎のごとく逃げ出した。
「あ、待って!」
再び化け物扱いされて逃げられるのかと落胆しかけたが、町娘は数歩走ったところで立ち止まり、恐る恐る振り返った。
そして、周囲を警戒するようにキョロキョロと見回した後、シルヴィアに向かって『こっちへ来て』と伝えるかのように手招きをしたのだ。
「私をどこかへ連れていきたいのかしら? ……まあ、こんな門の前で突っ立ってても仕方ないのだわ」
一度帰ったとして、また自分が姿を見せてはまたひと騒動起きてしまうかもしれない。
そういった懸念と一欠片の好奇心も手伝い、シルヴィアは町娘の小さな背中を追うことにした。
━━━━━━
町娘に案内されたのは、町から外れた小道の先にある広場であった。
おそらくは元々材木を集めるための伐採場であったのであろう。切り株が点在する中、歩を進めるごとに、泥臭い油と鉄の匂いが鼻をつく。
あちらこちらに散らばったジャンクは、旧時代の洗練された魔導技術の欠片もない、完全に別の文明体系だ。
「ひどい景観ね。帝国のスラム街でも、もう少し小綺麗だったわよ」
鼻をつまみながら文句を言うシルヴィアの前で、町娘はある建物の前で立ち止まった。
廃屋のように思えたそれは、蒸気と黒煙をあげながら、金属を叩きつける音を響かせる作業場のようだ。
「修理屋さーん、いますかー? 入りますよー?」
町娘が小屋に向かって明るい声をかける。そして一度こちらを振り返ってにこっと微笑んだかと思えば、そのまま扉を開けて中へと入っていった。
どうやら目的地はここだったらしい。
「ん、リンネか。また来たのかい? 今日こそ修理依頼を持ってきたんだろうね、話に来ただけなら作業の邪魔になるから帰って――」
軋む音と共に立て付けの悪いドアが開き、中から一人の人物が姿を現した。
オイルと煤で汚れた一回りサイズの大きな作業着。無造作に束ねられた金糸のようなブロンドの髪。手には油まみれのスパナが握られている。
しかし、シルヴィアの目は、その汚れた外見ではなく、彼女の持つ独特の「気配」と、人形のように精巧な顔立ちに釘付けになった。
相手もまた、シルヴィアの顔を見た瞬間に言葉を失い、持っていたスパナを地面に落とした。
「……まさか。はは、こんな時代に懐かしい顔に会えるだなんてね」
作業着の少女の声が、かすかに震える。
煤汚れた顔は当時のまま、しかしその身体を形作る手足は無骨な鉄のフレームに変わり果て、そして落ち着いた声音と姿に似合わぬ言葉遣い。
そう、シルヴィアは彼女を知っている。そして、彼女もまたシルヴィアを知っていた。
「その口調……あなた……まさか――」
「やはり君か、シルヴィア。あぁ、まさかこの時代に本物の魔女を目にするなんてね」
シルヴィアの眼前に居る少女。
それは研究にこもる前、最後に会った時と大きく格好が変わっていたが、変わらず少女のような姿をした”人形”にして、自分と同じ……。
「”義骸”の魔女、ギルベリア――」
かつて、同じ魔女として肩を並べた”義骸”の魔女、その人であった。
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