52話 南部ダンジョン攻略①
いつものブラウスにスカートという仕事着ではなく、ズボンに足を通しブラウスの上には革のベストを羽織る。
ローブと編み上げブーツはいつもと同じ。ローブのポケットには杖。
背負い鞄には、いつも入れている最低限の補給物資やランタン、それに魔法鍵。そこに大量のポーションと食料、ロープにコンパス、下着に毛布も詰める。
ベルトにナイフをセットして、支給された笛を首からぶら下げる。杖とは反対のポケットにダンジョンの地図を入れ、最後に箒を持った。
ここまでガチガチの装備は、ルミエナ殿下の影武者だった時以来だ。
「おはようございます」
「おう! 今日は魔法使いに見えるな、セリセリ!」
「セリセリ!? えと、昨日までは何に見えて⋯⋯?」
距離の詰め方が半端じゃないイングリッド姐さんに妙なあだ名をつけられ、普通に朝から動揺する。
「んー、良いところの嬢ちゃんって感じだったな」
遠慮のないイングリッド姐さんの言葉に、喉が詰まる。アレイシオ殿下の従者役として、日頃より小綺麗な格好をしていたのが裏目に出た。
「今日のセリアは一段と頼もしく感じるね」
後ろから声を掛けられ振り向くが、予想していたサラサラの金髪を下ろした、王子様然としたアレイシオ殿下はいない。
何故か前髪を上げ、耳にかかるほどの長さのサイドの髪も、後ろにピッチリ整えられている。
服装もいつもの金の刺繍があしらわれたジャケットも着ておらず、高価そうではあるものの革のベストに、私と同じ機構のローブ。
王子様感は完全に消え去り、冒険者にしか見えない。
「か、髪! どうしたんですか!?」
「寝癖の直し方がわからなくてね、適当に張り付けたんだ」
「張り付けた⋯⋯」
言葉を失う私を横に、イングリッド姐さんは「今日の方がカッケーぞ!」とアレイシオ殿下に絡む。いや、そんなわけないでしょう⋯⋯。
遠くからラウル先輩が走って来るのを見て、味方が増えたと胸をなで下ろした。
***
もう春になる冬の島だけど、ダンジョン内には雪が積もっていた。
私は何故か先頭を歩かされ、隣にいるリオネル先輩を憎々しく見上げる。十六人もいて、適任者は絶対私じゃないと思う。
「入口付近は危険が少ない方だ。今のうちに慣れておいた方がいい」
「春の島管区の時から思ってたんですけど、リオネル先輩の指導方針って、とりあえず崖に突き落としてからって感じなんです?」
「人は選んでいるが⋯⋯?」
首を傾げたリオネル先輩にドン引いていたら、前方から氷の欠片が飛んできている。咄嗟に結界を張るも、私たちのところまで届かなかった。
「射程短い? アイススライムですかね?」
「そうだろうな」
光魔法で前方を照らす。すると、少し先にアイススライムが二体いることがわかった。
「手貸してほしいのか」
「流石に! 冗談です!」
詠唱も唱えず、杖も取り出さず、光の矢を放つ。リオネル先輩、多少厳しいのは良いですけど、舐められるのは困ります!
「セリアは平民だったよな」
「はい、そうですね」
アイススライムを倒したことに、リオネル先輩はお褒めどころか一切反応してくれない。
「その割に育ちがいいよな」
「それ今朝イングリッド姐さんにも言われたんですけど⋯⋯そんなお嬢様に見えます?」
「そういうわけではないが、俺もいつものアレイシオ殿下より今日のアレイシオ殿下の方が格好良いと思った」
「不敬ですよ、不敬」
オールバックにしていたアレイシオ殿下の髪は、ラウル殿下が何とかしようとしていたが、普通に時間がなく諦めていた。
アレイシオ殿下は一切気にしていないようだったが、ラウル先輩が気になるから次からは髪をセットしに行くらしい。アレイシオ殿下は心底嫌そうだったが、私も気になるので大賛成である。絶対、絶対、いつものアレイシオ殿下の方が格好良い!
こういう見栄えへの着目点なんかが、言われてみれば私は少し貴族寄りなのかもしれない。確実に”紅葉の学府”の教育の賜物である。
「戦い方の治安も良い」
「いや、インターフェア使えるリオネル先輩に言われても」
前方からバサバサと音がする。
ダンジョンを歩いているのだから当然のことだが、次のモンスターと遭遇したのだ。
「フロストバットか」
「お手本見せてもらってもいいんですよ?」
煽れば「一匹だけだぞ」と言い、リオネル先輩がフロストバットの群れに突っ込んで行く。インターフェア以外でモンスターと戦うリオネル先輩は初めて見るかもしれない。
上から数匹のフロストバットがリオネル先輩に接近する。このうちどうやって一体だけ倒すんだろう。
リオネル先輩は近づいてきたフロストバットのうち一匹に、勢いよく手を伸ばした。
「光魔法、発散!」
触れられたフロストバットの体が膨張し、霧散する。うわ、むごい。
私が引いてる傍ら、仲間を倒されて怒り出したフロストバットの群れが、超音波を発し始めた。
フロストバットって超音波と共に霜も飛ばすんじゃなかったっけ?
慌てて後ろの全員をカバーできる結界を張り、リオネル先輩を見れば、涼しい顔して自分の分の結界だけ張っているのだから、この先輩は嫌だ。
「舐めプかー!? リオ坊!」
結界からイングリッド姐さんが飛び出し、勢いよくフロストバットに斬りかかる。何で大人しく結界の中にいてくれないんだ!?
動き回るイングリッド姐さんを囲うよう結界を展開。これ難しいから嫌いなのに。
「そういうところだセリア。魔法使いなら、倒す方に回れ!」
杖を握って極限まで集中している私の耳に、リオネル先輩の叱責が刺さる。今ので結界解けた、最悪なんですけど!?
苛立ちながらも杖を握り直す。
「光属性魔法を指向固定、収束ーー放出」
大量の光の矢を発生させ、一斉に射出する。今の気持ちはもう、当たっても知らねえぞに近い。
そうは言っても、イングリッド姐さんはプロの冒険者だ。上手く光の矢を避けながら、フロストバットを切り捨てていく。
最後の一匹に光の矢が刺さり、床に落ちる。それを見届けたイングリッド姐さんは、勢いよくリオネル先輩を振り返った。
「リオネル、何でインターフェア使わねえの?」
「セリアを鍛えてる」
「えっ? セリセリ戦えるべ!?」
素っ頓狂な声を上げたイングリッド姐さんに、複雑な気持ちになる。戦えないなら、ここに来る意味ないでしょ⋯⋯。
「私魔法使いだって言ったじゃないですか!」
「いやー、今どき戦わない魔法使い多いからさー」
そう言いながらイングリッド姐さんが、角を曲がる。その瞬間、狼の吠える声が聞こえた。
モンスターに対する恐怖感や、仕事への使命感ではなく、絶対にこの人を見返してやるという気持ちで杖を強く握り締める。
特に恨みも何もないけど、今吠えた狼は私が倒す。




