51話 冬の島は広すぎる
早朝から馬車で移動し、一度魔導船に乗り換える。そしてもう一度馬車に乗り、半日が経つ。
冬の島南部最大の都市であるグレイス砦市に着いた頃には、もう日が暮れていた。
「宿屋でいいじゃないですかー」
「ダメだ。街の人の意見を聞きたい」
私はもう疲労困憊だというのに、リオネル先輩は手加減してくれない。
今日は宿屋で夕食を取るという皆を他所に、私のローブを引っ剥がし、髪を解かせ、説明もなしに街へ連れ出したのだ。
「入るぞ。間違っても管理官とか言うなよ」
「指示が雑です、リオネル先輩」
アクアハース・リストレーションで事細かな確認一覧表を作ったリオネル先輩はどこに行ったのだろう。
そう思いながら、酒屋の入口をくぐった。
「エールを二つ」
席に着き、確認もなしにリオネル先輩は注文する。あの、とりあえずエールって、若者はそこまで思ってませんから。
口に出す勇気はない。
「お兄さんたち、こんな見ない顔だね? どっから来たべ?」
「北部から。イエティが出て商売にならないから、移動してきたんだ」
店員らしきおばさんからエールを受け取る。
私はそういう設定でいくんだ、とリオネル先輩を見た。リオネル先輩は一瞥もしてくれないが。
「北部もそんなことなってんのかい! 嫌な世の中だねぇ」
「北部も?」
「こっちもダンジョンがどんどん広がっちまってねぇ。お嬢ちゃんは恋人?」
「⋯⋯妹だ」
追加された設定に、私がどうして連れてこられたのかわかった。カモフラージュだ、この人自分だけだと役人に見えるから。
「兄妹仲良いのねぇ。ガディエン殿下とルミエナ殿下みたいで素敵だべさ」
「よく言われる」
リオネル先輩は難なく相槌を打つが、私には何のこっちゃわからない。黙っているのも目立つから、ひたすらエールの入った木杯を口に当てている。
「冬の島のダンジョンは散々後回しにされてきた。ガディエン殿下の願いをルミエナ殿下が聞いてくださらなかったら、まだ放置されていただろうね」
「まだ?」
「一年くらい前から、冒険者がよく来るようになったべさ。噂によるとお二人のおかげらしい」
「それは知らなかったな」
リオネル先輩は適当に会話を切り上げた。その後も他の客たちに絡まれつつ食事を済ませ、店を出る。
迂闊なことを喋れない空気と、空きっ腹に流し込まれたエールのせいで、食べ物の味はろくにわからなかった。
「あまり飲めないのか?」
「はい。⋯⋯それに今日は疲れてるんです」
「情報収集は到着したその日のうちに。基本だろう」
気持ち悪くて座りたい。そういう思いは汲み取られない。
それどころか、情報収集に対する講義が始まってしまった。ダンジョンの周辺に住む民の意見をあらかじめ知っておくことが大切。それはそうかも知れないが、今言うことじゃない。
こんなお兄ちゃん嫌すぎるよ。
「マレーナさんにリオネル先輩が怖いって言いつけます⋯⋯」
「俺にこれを教えたのはマレーナさんだが」
頼みの綱は切れた。
***
窓から日の光が差し込み、私は目を覚ました。とは全然言い難い。頭は痛いし、目が開かない。
昨日酒場から帰ってきたとき、既に日付が変わっていた。そこから入浴して、歯を磨いて。
私は一体何時間眠れたのだろう。当然、今日も朝から移動である。
顔を洗って、服を着替えながら思う。昨日の酒場での情報収集では、当然お給料は貰えない。そしてこれは若干不満だが、食事代は自腹だった。
もしや昨日の私、お金を払って仕事をしていた?
酒の席での人脈が、かけがえのない財産になる。管理卿の言葉を思い出し、昨日のことを思い出すのを止める。
そしてまた馬車に揺られ、やっと今回の南部ダンジョン攻略の拠点に辿り着いた。
元グレイス砦市南ギルドだ。
ダンジョン攻略全盛期に流行った、冒険者ギルドはもう全て解体されている。そして空き家となったギルド本部を機構が買い取り、今回の南部ダンジョン攻略の拠点とすることに決めたらしい。
「思ってたより綺麗ですね」
「機構が買い取った時に改修したらしい。女性は二階を使ってくれ」
男性陣が一階、私とイングリッド姐さんが二階。そしてアレイシオ殿下が三階にある、元ギルド長室を使うことになった。
ただし浴室は一階にしかないとのこと。二つあったので片方を女性用にしてもらう。
イングリッド姐さんと適当に部屋を決めて、中に入ってみる。
小会議室だったであろう部屋に、ベッドが鎮座していた。シーツや布団ってどこにあるんだろう。
一階に下りて、冬の島管区の先輩に倉庫まで案内してもらう。
「いいなー、一階は冒険者が使ってたシーツがそのままでさ。今から洗濯だぜ」
「うわぁ、お疲れ様です」
倉庫には、シーツや布団だけでなく、部屋を暖める魔法具なんかも置いてあるようだ。
寒さに耐えられなくなったら拝借しよう。
「運んでやろうか?」
「自分で持てるので⋯⋯。あ! やっぱりお願いします」
「え? 何? 怖いんだけど」
先輩が手伝ってくれると言うので、シーツや布団を一組持ってもらう。そして自分でも一組持つ。
「二組運ぶの?」
「はい! イングリッド姐さんの分もないと思うので」
「はぁー、お前ね」
先輩が隣で大きく溜め息を吐いた。
その反応に、お礼を言い忘れていたことを思い出す。
「あっ、すみません。手伝っていただきありがとうございます!」
「違うっつーの」
ーーただ、これが噂のセリア・ノアルかぁって思っただけだよ。
そう言った先輩の声は、称賛とは違う消極的な響きをしている。
自分の名前が持つ力が大きくなっていくこと。その意味に、私はまだ気づかない。




