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転生者の朝は早い

きらきらと眩しい朝日がパステルグリーンのカーテン越しに降り注ぐ。階下からは朝食のいい香りが漂ってきて鼻腔をくすぐる。ぱたぱたと忙しない足音は母親のものだろうか。ときたま、父親と話している声が耳に届く。穏やかな朝の一幕。

そんな中、鈴木一花すずきいちかは目を覚ました。



まず感じたのは違和感だった。

まだ起きるには早い時間だと自然と思った自分に、何とも言えない奇妙な感覚を覚えた。覚醒に促されるまま目を開き、まだぼんやりとする視界におさまる部屋を“一花”の部屋であると認識すると同時に、何かが違うとも彼女は感じる。

お気に入りのホワイトベージュのチェスト、その上に並ぶ可愛らしいぬいぐるみ、ドア横にかけられた真新しい制服。どれもこれも一花の持ち物で、一つひとつに思い入れがあるし見覚えもある。しかし、何かが違うのだ。それがなにであるか一花にはわからない。


枕元の時計を見れば午前六時を回っておらず、学校の準備をするまでにまだ余裕があることがわかる。

とにかく落ち着こう。今日は新しい学校へ転入する記念すべき日なのだ。と、深呼吸をしてはっとした。

学校、それはひどく懐かしく胸の内に響く。自分は、もうとうの昔に学生というものを卒業していて、学校に行くことはない。なのになぜ、今になって学校へ行かなければと思うのか。

そんな疑問が浮かびつつも、今日から新しい学校へ入るのだと確信している自分もいて、一花は混乱した。

なにかがおかしい。二重に反響するような思考が冷静さを奪っていく。一花という自分の名前にすら不安を覚える。私はこんな名前だったっけ。そう思う自分が確かにいた。


混乱から抜け出すため、ベッドから起き上がろうとして鋭い痛みが頭を襲う。その痛みにぎゅうと閉じた瞼の裏、そこに走馬燈のような光景が浮かんだ。

はっきりとは聞こえないが、自分に呼びかける複数の優しい声。しかし、その名前は一花のものではない。年齢も様々な複数の人たちに囲まれ、その中心で布団に横たわる一花とは似ても似つかないが、“自分”だとわかる人物。たまに場面が飛んで、死が間近に迫っているのが容易にわかる会話や、病院内の様子が映し出される。

ああそうか、“自分”は死んだんだ。そう一花は驚くほどすんなりとのみこんだ。

一花とは名前も、容姿も違う誰かが死んだ場面は、間違いなく“自分”の今際の際の光景であった。自分であって一花でない誰かの記憶。

うっすらと痛みの波が引いていく中、転生という二文字が脳内を駆け巡る。


ゆっくりと瞬きをして、もう一度部屋の様子を眺める。ベッドに腰かけてぐるりと見渡せば、見慣れているような見慣れていないような家具や小物が目に入った。今の人生に関する記憶、もとい思い出がきっちり頭に入っていることを考えると、前世を思い出しつつも一花本人の意思や記憶を全て食ったわけではないのだと思い至る。

ふと制服に目がとまった。黒に近いきれいな濃紺のジャンパースカートに、オフホワイトの特徴的な丸襟をしたシャツ、スカートと同色でやわらかなフォルムをしたボレロ。そして学年ごとに色が違うリボン。そのリボンは一花の学年を表す鮮やかなブルーをしている。一年は白、二年は青、三年は臙脂。上品なデザインの制服に映えるリボンを見つめて自然と唇が動いた。


「志信先輩……」


ぽつりと落ちた呟きは朗らかな朝の空気に溶けていく。無意識に出た名前に引っ張られるようにして再び走馬燈のようなものが脳裏をかすめる。

しかし、それは走馬燈というより一花の前世がよく知るゲームのイベントスチルというものに酷似していた。人物の下には長方形のフレームが入り、セリフが字幕のようにして入っている。

出会いから、学園のイベントや学生生活の中でのトラブル、恋の芽生え、そしてラストの結びの一幕まで目まぐるしく展開していくそれらを一花は確かに覚えていた。選択した返事や行動で分岐するストーリー。恋に落ちる相手はたしか、特殊な状況下で現れる人物を含めて五人。名前や容姿、細かな身長体重などのスペックに加え彼らを取り巻く家庭環境まで全てを思い出す。


今日転入を果たすはずの一花が知りようのない、学園にいる生徒たちの詳細な個人情報。しかし、一花は知っている。前世で飽きることなく情熱を注ぎこんだとある女性向け選択型恋愛ゲーム。俗に言う乙女ゲームの一つでタイトルは「学園スター!~ときめけイケメンの園~」。

すべての結末を網羅し、設定資料はもちろん様々なメディア展開をしたそのゲームの、ありとあらゆるグッズを買い込んだ青春時代。歴史上の人物よりもしっかりと記憶に刻んだキャラクターの名前。


光を放つような美貌をもつ彼らに囲まれた主人公ヒロインが着ていた制服は、いままさに目の前で朝日に照らされ鎮座している。これはもう間違いようもなく乙女ゲーム転生だ。しかも、幸運なことに前世で一番やりこんだ、青春の一角と言っても過言ではないほどに情熱を傾けたタイトルの世界。

逸る気持ちを抑え、今にも叫び出しそうな自分を律しながら胸に手を当て深呼吸をする。果たして私はどの登場人物に転生したのだろうか。どきどきする胸の鼓動は興奮と歓喜と期待に打ち震えていた。

あのシーンもこのシーンも、攻略対象以外で大好きなあのキャラクターも間近で見れるかもしれないのだ。興奮するなという方が土台無理な話で酷である。

転生物の小説を好んで読んでいたような記憶が前世にあって、ある一つの可能性にたどり着く。もしやこれは、かの有名な悪役ライバル転生ではないのか、と。


イケメンたちと恋をするために生まれたヒロインと対を成す恋のスパイス、愛の障害物。それが好敵手となる女性キャラクターだ。

基本的にメイン攻略対象者に一人は横恋慕をするお邪魔虫な名前付きのライバルキャラがいる。もちろん攻略される男性は高いスペックを惜しげもなく詰め込まれている為、恋い慕う女生徒はわんさかいるのだが、その大半は名前のない有象無象のモブであり、そしてライバルの鳥巻きであったりもする。

そんなその他大勢の中で、一線を画すのがこのライバルキャラだ。名無しのモブとは違い名前やある程度の設定もつけられ、物語に大きく関わってくる。

学スタは王道に王道を重ねた結果大当たりしたタイトルであるので、そこらへんは抜かりなく美しいライバルお嬢様が用意されていた。


そもそもこのゲームの舞台となる私立カメリア学園は日本有数のお嬢様お坊ちゃま学校として名を馳せている。ほぼ生徒の全員が超のつくお金持ちの家出身で、財界のはたまた政界の、果ては医療・警察その他諸々とにかくどこかしらの重役につく親を持つ子息子女たちが集う学園である。一般的な中流階級の庶民からすると夢のような学園なのだ。

当然ライバルは日本でも有数の財閥家のお嬢様。ついでに付け加えるならメイン攻略キャラはその財閥をも凌ぐ、裏で日本を操っているとかいないとか妙に威圧感のある噂を持っている大財閥のお坊ちゃまだったりする。

王道の名が示す通り、ライバルお嬢様は幼いころからメイン攻略キャラの婚約者で、大勢の鳥巻きを引き連れ、突然現れ婚約者と距離を縮めるヒロインにあらゆる手段を使って妨害する。彼女は彼女なりの信念でヒロインを妨害しているので、一概に悪役と言い切るのはいかがなものかとも思うが、徹底して嫌な役回りを彼女が背負うので学スタユーザーの大半からは毛嫌いされている。その為一般的には彼女は悪役のポジションに据え置かれているのが現状だ。

前世で読んでいたものが偏っていたのかも知れないが、記憶にある小説内では大抵主人公が悪役という名の噛ませ犬、またはライバルキャラに転生していることが多く、そこから再起にかける展開が多かった。だから私もその可能性があるのではないかと思った。


改めて本日から歩むことになった学スタの世界にいる自分の名前を心の中でなぞる。鈴木一花、それが今世での名前だ。

鈴木一花、鈴木いちか、すずきいちか。三度ほど繰り返すが、脳内学スタデータベースにヒットする項目がなかった。おかしい。登場人物全ての名前を網羅しているはずの私が覚えられないキャラクターがいたなど断じて認められない、そう一花は歯噛みした。

とりあえず期待していたライバルキャラでないことは確定している。彼女の名は長臣藤子おさとみとうこと言って、鈴木一花とは似ても似つかない名前だ。


残念なことにゲーム上では名もなきモブの一人に転生したのかもしれない、そう思うも喉に魚の小骨が刺さったときのようにすっきりしないもやもやが心を占める。すずきいちか、確かに学スタ上で聞いたことがある名前なのだ。しかし思い出せない。

うんうんと頭を悩ませていると、いつの間にか結構な時間が経っていたらしく、目覚まし時計がけたたましく起床の時間を知らせてくる。かちりとタイマーボタンを押してそれを止め、無意識に詰めていた息をゆっくりと吐き出す。

もう少し悩んでいたかったが、一花の記憶があと五分もすれば母親が叩き起こしに来ることを告げていた。考えても仕方がない、そう切り替えて学スタの主戦場(メイン舞台)である学園へ向かうべく用意のため立ち上がる。


この世界を思い出すきっかけとなった制服を一瞥して部屋を出ようとして、クローゼットの前に姿見があることに気が付いた。何の気なしに――一花のいつもの癖で――その鏡を覗き込んでぎょっとした。

アッシュブラウンの柔らかな猫っ毛はすこし寝癖がついてはいるもののつやつやとしていて、朝の陽光にきらめいている。柔らかそうな頬は血色も良く化粧もしていないのに美しく整ってはりがある。

人懐こそうなくりっとした双眸には、利発そうな輝きが浮かび、日本人にしては薄い虹彩は光の加減によっては僅かに緑がかっている。

叫び出さなかったのが奇跡だと思う。呆然とした表情で鏡を見つめている少女には見覚えがあった。

中流家庭の家に育ち、庶民の中でのびのびと育ってきた天真爛漫な少女。秘められた学力は未知数で、その優秀な頭脳を買われ、特待生として私立カメリア学園へ転入を果たした彼女は、学園で運命に出会う。幾多の妨害や困難を乗り越え、愛する人を一途に想い、時には傷つきながらも最後には真実の愛を実らせるという幸せな未来を約束された女の子。

二年生でカメリア学園に転入という時点でなぜ気が付かなかったのか。そう一花は振り返る。それだけ転生という衝撃が強かったというわけだが、そのさらに上をいく衝撃に痺れたように回らない頭では理解が追いつかなかった。

未だ、狼狽えている一花はそろそろと右腕を持ち上げた。すると鏡に映る少女の腕も同じ動きを示す。当たり前だ。これは鏡なのだから。

それでも疑わしく感じてしまうのは、目の前にいる少女が自分であると信じられないからだ。一花として生きてきた記憶があるのだから間違いようはないのだが、確かめずにはいられなかった。


「いひゃい……」


鏡には頬を抓る少女が映っている。そして右頬に痛みを覚える自分。

そうして彼女はようやっと、事実を受け入れた。

鏡に映るその姿に先程まで沈黙を守っていたデータベースが答えを導き出してくれていた。


鈴木一花、それは学スタのヒロインのデフォルトの名前だ、と。



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