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痴漢冤罪で人生を壊された男は、異世界で《証明者》となり、嘘で人々を支配する聖女を断罪する  作者: 月瀬 リュカ


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第43話 削られた所見



 外部聖具鑑定士がギルドへ到着したのは、翌朝だった。


 灰色の外套を着た、細身の女性だった。


 名はイーリス。


 神殿所属ではない。


 古物商組合と魔道具組合の両方に登録している、聖具専門の鑑定士らしい。


 エルハルト監査官が神殿外部から呼んだ人間だった。


「神殿内部の鑑定では、後から疑義が出る可能性があります」


 そう言ったエルハルトの顔には、疲れが滲んでいた。


 神殿の監査官として、聖女ミコトを疑う。


 その重さは、俺には分からない。


 だが、彼がもう神殿の白さだけを守ろうとしていないことは分かった。


 ギルド会議室の机の上には、ペンダントが置かれていた。


 銀色の輪。


 白い石。


 美琴が現世で落とし、俺が拾い、この世界まで持ってきてしまったもの。


 聖具番号、WF-07。


 白環のペンダント。


 聖女候補ミコトが異界修行の際に持っていた聖具。


 イーリスは手袋をはめ、ペンダントに触れた。


 彼女の表情はすぐに変わった。


「……ずいぶん、歪んでいますね」


 クララが身を乗り出す。


「歪んでいる?」


「聖具としての構造は正常です。信仰や祈願を受け止め、持ち主の聖性を保つためのもの。異界や辺境のように信仰が薄い場所で使う護符でしょう」


 イーリスは白い石を光にかざした。


「ですが、内部に妙な層があります」


「妙な層?」


 マーヤが聞く。


「普通、こういう聖具には、感謝や祈り、守護願いの痕が残ります。暖かい白い波のようなものです」


 イーリスは眉をひそめた。


「でも、これは違う。黒いものが混じっています。疑い、恐怖、嫌悪、責める視線。そういった負性の感情が一度集まり、それが白い聖性へ変換された痕跡があります」


 会議室が静まった。


 俺はペンダントを見つめる。


 負性の感情。


 疑い。


 恐怖。


 嫌悪。


 責める視線。


 全部、覚えている。


 駅のホーム。


 集まる人々。


 スマホのレンズ。


 駅員の目。


 俺を見ていた全員の顔。


 イーリスは続けた。


「怖いのは、変換された後の聖性が、とても綺麗なことです」


「綺麗?」


「はい。表面だけ見れば、強い信仰にしか見えません。誰かが心から聖女を信じた時のような、純白に近い聖性です」


 マーヤが唇を噛んだ。


「でも元は、誰かへの疑いなんだよね」


「その可能性が高いです」


 イーリスは、ペンダントを机に戻した。


「この聖具だけでも、異常は証明できます。ただし、何が起きたのかを正確に言うには、当時の測定記録が必要です」


「帰還後測定記録なら、昨日見つけました」


 エルハルトが答える。


「さらに、その所見を書いた元測定官ユーデルが北区の修道院にいる可能性があります」


 イーリスは頷いた。


「その方に会うべきです。聖具に残った痕跡と、当時の測定波形を照合できれば、かなり強い証拠になります」


 俺は立ち上がった。


「行きましょう」


 声が少し低くなった。


 自分でも分かる。


 クララが心配そうにこちらを見た。


 だが、止めなかった。


 俺も止まるつもりはなかった。


 北区の修道院は、町外れにあった。


 神殿ほど白くない。


 石壁は古く、蔦が這い、門の前には小さな薬草畑がある。


 そこは、神殿を退いた者や、病で働けなくなった神官が過ごす場所らしい。


 ユーデル元測定官は、奥の小さな部屋にいた。


 痩せた老人だった。


 白い髭。


 深く刻まれた皺。


 片目は白く濁っている。


 だが、こちらを見た瞬間、その目に鋭い光が戻った。


「監査官殿が来るとは、穏やかではありませんな」


 エルハルトが一礼する。


「ユーデル殿。古い記録について、確認したいことがあります」


「古い記録は、たいてい都合が悪いから古くなるものです」


 老人は静かに笑った。


 その笑みには、諦めと苦さが混じっていた。


 俺はペンダントを保全袋ごと机に置いた。


 ユーデルの表情が変わる。


「……それは」


「白環のペンダント。聖具番号WF-07です」


 エルハルトが言った。


「聖女候補ミコトの異界修行時に貸与され、未返却となっていた聖具です」


 ユーデルは、長い間、ペンダントを見つめていた。


「戻ってきたのですか」


 その声は、震えていた。


「いや……戻ってきてしまった、というべきでしょうな」


「知っているんですね」


 俺が言うと、ユーデルはこちらを見た。


 片目しか見えていないはずなのに、その視線は鋭かった。


「あなたは?」


「レン・クゼです」


「……レン」


 ユーデルは、その名を小さく繰り返した。


 何かを探るように。


 俺は言った。


「現世で、白羽美琴に罪を着せられた者です」


 部屋の空気が固まった。


 エルハルトが息を呑む。


 クララが俺を見る。


 マーヤは何も言わず、拳を握った。


 ユーデルは、ゆっくり目を閉じた。


「やはり、いたのですな」


「何がですか」


「被疑対象です」


 その言葉で、胸の奥が冷えた。


 被疑対象一名。


 測定記録に残っていた言葉。


 俺は椅子に座らなかった。


 立ったまま、ユーデルを見る。


「あなたが書いたんですね」


 エルハルトが復元した記録を机に置いた。


『疑念集積反応』


『被疑対象一名』


『対象への負性視線が、候補者の聖性増幅へ転換』


 ユーデルはその文字を見て、苦く笑った。


「ええ。私が書きました」


 刃は鳴らない。


 嘘ではない。


「そして、消された」


「消されました」


 ユーデルは静かに頷いた。


「正確には、正式な認定記録には不要とされました」


「不要?」


 クララが怒りを含んだ声を出す。


「誰か一人が疑われて、その疑いが聖女様の力になったって記録ですよね。それが不要なんですか?」


 ユーデルは目を伏せた。


「当時の私は、不要ではないと主張しました」


「でも、通らなかった」


「はい」


 老人の声は重い。


「ミコト候補の聖性は、あまりにも高かった。異界修行で三倍以上に増幅した聖女候補など、当時の神殿にはいませんでした」


「だから危険性を消したんですか」


 マーヤが言う。


 ユーデルは答えなかった。


 その沈黙が、答えだった。


 俺は机に手を置いた。


「異界修行の目的は、無辜の魂への救済実践だったはずです」


「その通りです」


「なら、あの修行は失敗ではないのですか」


 ユーデルの顔が歪んだ。


 苦しそうだった。


「私は、そう判断しました」


 部屋が静まり返る。


 ユーデルは続けた。


「本来、異界修行とは、信仰も権威も届かぬ場所で、聖女候補が一人の人間として無辜の魂を救えるかを見る試練です」


 無辜の魂。


 罪のない魂。


「ミコト候補は、救う側に立たなければならなかった」


 ユーデルはペンダントを見た。


「ですが、測定記録に残っていたのは違いました」


「何が残っていた」


 俺の声は低かった。


「候補者が救われる側になった反応です」


 胸の奥が、熱くなる。


 救われる側。


 守られる側。


 信じられる側。


 その反対側に、俺がいた。


「彼女の聖性は、他者の救済によって高まったのではありません」


 ユーデルは言った。


「一名に向けられた疑い、恐怖、非難、拒絶。それらが聖具に集まり、候補者ミコトの聖性へ転換されていました」


「つまり」


 バルトが低く言う。


「誰かを悪者にした分だけ、聖女様が白くなったってことか」


 ユーデルはゆっくり頷いた。


「乱暴に言えば、そうです」


 クララが口元を押さえた。


 マーヤはペンダントを睨むように見ている。


 エルハルトは顔色を失っていた。


 俺は、呼吸を整えた。


 怒るな。


 まだ、怒るな。


 怒りは証拠ではない。


 でも、今、証拠が目の前にある。


「あなたは、それを危険だと書いた」


「はい」


 ユーデルは机の引き出しから、古い封筒を取り出した。


 封蝋は割れていない。


 神殿のものではない。


 修道院の印だ。


「正式記録から外されると分かった時、私は写しを一部残しました。規則違反です。ですが、いつか必要になると感じた」


 エルハルトが息を呑む。


「ユーデル殿、それは……」


「処罰なら受けましょう」


 老人は静かに言った。


「ですが、私は一度、記録を守れなかった。二度目まで同じ過ちをするつもりはありません」


 封筒が開かれる。


 中には、古い測定波形の写しと、ユーデルの所見が入っていた。


『異界修行帰還者ミコト』


『主加護:《白き信仰》』


『通常信仰流入ではなく、負性視線転換を確認』


『被疑対象一名への社会的損傷が、候補者の聖性増幅に連動』


『修行目的である無辜の魂の救済は未成立と判断』


『候補者は救済者ではなく、庇護対象として聖性を獲得』


『当該加護は、誤用時、他者の疑いを聖性燃料とする危険あり』


 俺は、その一文から目を離せなかった。


 修行目的である無辜の魂の救済は未成立。


 それが、本来の判断だった。


 俺の中で、何かが静かに崩れた。


 あの日の俺は、誰にも信じてもらえなかった。


 裁判で無罪になっても、人生は戻らなかった。


 でも、この世界の記録には残っていた。


 ミコトの修行は、本当は成功ではなかった。


 俺を踏みにじって得た聖性は、本来なら認められてはいけなかった。


 ユーデルは言った。


「私は認定延期を求めました」


「結果は」


「却下されました」


「理由は」


「聖性が高すぎたからです」


 老人の声には、深い後悔があった。


「当時の神殿は、強い聖女を必要としていました。ミコト候補は、民衆に強く信じられる器だった。白く、美しく、祈れば人が安心する。危険性より、有用性が選ばれました」


 エルハルトが目を伏せる。


「そして、危険性の所見は削られた」


「はい」


「誰が命じたのですか」


 ユーデルは少し沈黙した。


「当時の聖女候補管理室です。署名はありません。ただ、白い花の印が押されていました」


 また白い花。


 ミコト本人の指示ではない。


 だが、彼女を白くするための手が、すでにその時から動いていた。


「ミコト本人は、自分の力の危険性を知っていたのか」


 俺が聞くと、ユーデルは俺を見た。


「帰還後、私は一度だけ、彼女に問いました」


「何を」


「異界で声を上げた時、その男性が本当に害を与えようとしていたのか、と」


 喉が詰まった。


 クララが俺の袖を掴みかけて、やめた。


 ユーデルは続ける。


「ミコト候補は答えました」


 老人の声が、少し低くなる。


「私は、怖かっただけです、と」


 刃は鳴らない。


 それは、おそらく本当なのだろう。


 怖かった。


 その感情だけは本物だったのかもしれない。


 だが。


「私はさらに問いました。相手が無実だった可能性は考えないのか、と」


「それで?」


 俺の声は、自分でも分からないほど冷えていた。


 ユーデルは言った。


「彼女は、困ったように笑いました」


 心臓が、嫌な音を立てた。


「そして、こう言いました」


 老人は目を伏せる。


「もし違ったのなら、気の毒です。でも、私も怖かったのです。誰かを疑わなければ、私が壊れてしまったかもしれません、と」


 俺は拳を握った。


 爪が掌に食い込む。


 その言葉は、俺の知っている美琴の言葉とは少し違う。


 だが、根は同じだ。


 自分が壊れないために。


 誰かを疑わせる。


 誰かを黒くする。


 その誰かが壊れることは、見ない。


「それを聞いて、あなたはどう判断した」


 エルハルトが問う。


 ユーデルは深く息を吐いた。


「危険だと判断しました」


 彼は机の上の所見を指した。


「恐怖そのものは罪ではありません。だが、ミコト候補の加護は、恐怖を起点に周囲の疑いを集める。そして疑われた者の損傷を、候補者の聖性へ転換する」


 ユーデルは、ゆっくり言った。


「もし本人がその構造を理解すれば、誰かを直接陥れずとも、自分に都合よく疑いを誘導できるようになる」


 会議室ではない。


 修道院の静かな部屋だった。


 けれど、その言葉は、今までの事件すべてを貫いた。


 トビー。


 マルドゥク。


 サーシャ。


 オルグ。


 リーネ。


 ミリィ。


 誰かが疑われる。


 誰かが罪を被る。


 誰かが切り捨てられる。


 そのたびに、ミコトは白い場所に立つ。


 直接命じなくてもいい。


 涙を見せるだけでいい。


 困った顔をするだけでいい。


 悲しそうに祈るだけでいい。


 周囲が勝手に動く。


 そしてミコトへの信仰が強まる。


「これが、《白き信仰》の本質ですか」


 俺が問うと、ユーデルは首を横に振った。


「本来の《白き信仰》は、決して悪い加護ではないはずです」


「悪くない?」


「人の祈りを受け取り、聖性へ変える。苦しむ者の信仰を支えにして、さらに多くを救う。正しく使えば、聖女にふさわしい力です」


 ユーデルの目が、ペンダントへ向く。


「ですが、ミコト候補の加護は、異界修行で歪んだ。あるいは、歪みがそこで表に出た」


「どう歪んだ」


「信仰だけではなく、疑いと罪をも聖性へ変えるようになった」


 その定義が、胸に落ちた。


 周囲の疑いと罪を対価に、自分の聖性を増幅する力。


 《白き信仰》。


 ミコトの本当の力。


 イーリスが静かに言った。


「ペンダントの反応と一致します」


 彼女は聖具鑑定用の石を置いた。


 その石には、ペンダントから写した光の波形が映っている。


 白い波。


 その下に絡みつく、黒い線。


「ここにある黒い線が、疑念集積反応です。そして、ここで白く跳ね上がっているのが聖性転換」


 イーリスはユーデルの古い波形写しを並べた。


「一致度は高いです。同じ聖具、同じ加護反応と見ていい」


 エルハルトが記録水晶を確認する。


「外部聖具鑑定士イーリスの所見として記録します」


 イーリスは頷いた。


「ただし、もう一つ確認できます」


「何を?」


 クララが聞く。


 イーリスは俺を見た。


「被疑対象です」


 部屋の空気が変わった。


 俺は黙って彼女を見る。


「この聖具には、疑いを向けられた対象の魂痕がわずかに残っています。通常ならここまで残りません。ですが、世界を越えて聖具が所有者以外の手元に残ったのなら、理由があります」


「理由?」


「聖具が、あなたを記録している可能性があります」


 胸の奥が、強く鳴った。


 ユーデルが静かに頷く。


「当時、被疑対象の名は記録できませんでした。異界の者の名は、こちらの測定記録に翻訳されなかった。ただ、魂痕だけが波形として残っていた」


 イーリスはペンダントを俺の前へ置いた。


「触れてください。無理にとは言いません」


 クララが不安そうに言った。


「レンさん……」


「大丈夫だ」


 大丈夫ではない。


 でも、必要だ。


 俺はペンダントへ手を伸ばした。


 指先が白い石に触れる。


 その瞬間、冷たい感覚が腕を走った。


 視界の奥で、あの日の光景が揺れる。


 駅。


 人の輪。


 美琴の声。


 俺へ向けられた目。


 違う。


 俺はやっていない。


 だが、声は届かない。


 ペンダントが光った。


 白い光。


 その中に、黒い線が走る。


 イーリスの鑑定石に文字が浮かんだ。


『被疑対象魂痕、照合』


『一致』


 クララが息を呑んだ。


 マーヤが目を見開く。


 バルトが低く呟いた。


「つまり……」


 イーリスが言った。


「この聖具に残された被疑対象は、レン・クゼさんです」


 耳の奥で、何かが鳴った気がした。


 俺はペンダントから手を離した。


 手が震えている。


 今さらだ。


 分かっていた。


 あの日、疑われたのは俺だ。


 壊されたのは俺だ。


 そんなことは、自分が一番よく知っている。


 なのに。


 この世界の聖具が。


 異世界の記録が。


 今、初めてそれを認めた。


 俺が、被疑対象だった。


 俺に向けられた疑いが、ミコトの聖性になった。


 エルハルトが震える声で記録した。


「白環のペンダントWF-07に残る被疑対象魂痕は、レン・クゼ氏と一致」


 その一文が、記録水晶に刻まれる。


 俺は目を閉じた。


 怒りではない。


 悲しみでもない。


 ただ、長い間、誰にも届かなかった声が、ほんの少しだけ形になった気がした。


 ユーデルが静かに頭を下げた。


「申し訳ありません」


 俺は目を開ける。


「なぜ、あなたが謝るんですか」


「私は、記録を守れませんでした」


 老人の声は震えていた。


「あなたの存在を、証明できなかった。あの時、もっと強く異議を唱えていれば、ミコト候補の認定は止められたかもしれない」


「それは分かりません」


「それでも、私は黙った」


 ユーデルは深く頭を下げたままだ。


「申し訳ありませんでした。無辜の魂を救う修行で、踏みにじられた方」


 その言葉に、胸が詰まった。


 無辜の魂。


 誰かにそう呼ばれる日が来るとは思わなかった。


 俺はしばらく何も言えなかった。


 やがて、口を開く。


「謝罪は受け取ります」


 ユーデルが顔を上げる。


「でも、まだ終わっていません」


「……はい」


「あなたの記録を、証拠として使います」


「そのために残しました」


 ユーデルは静かに頷いた。


 修道院を出る時、空は曇っていた。


 灰色の雲が、町の上を覆っている。


 クララが隣を歩きながら、小さく言った。


「レンさん」


「何だ」


「つらくないですか」


「つらくないわけがない」


 クララが黙る。


 俺は続けた。


「でも、証拠がある」


 その言葉を言うだけで、少しだけ呼吸が楽になった。


 昔の俺には、なかったものだ。


 どれだけ否定しても届かなかった。


 無罪になっても戻らなかった。


 だが今は、ペンダントがある。


 記録がある。


 所見がある。


 証人がいる。


 まだ、全部ではない。


 美琴が意図して罪を着せた証明には、もう一歩足りない。


 だが、ミコトの力の構造は見えた。


 誰かが疑われるほど、自分は白くなる。


 その仕組みは、現世で俺に使われた。


 ギルドに戻ると、会議室は静かだった。


 ミコトはまだそこにいた。


 白い衣のまま。


 椅子に座り、祈るように手を重ねている。


 俺たちが入ると、彼女は顔を上げた。


 俺は机の上に、ユーデルの所見写しを置いた。


 次に、聖具鑑定士イーリスの鑑定結果。


 最後に、ペンダントの被疑対象照合記録。


 エルハルトが読み上げる。


「元測定官ユーデルの所見。ミコト候補の異界修行は、無辜の魂の救済未成立」


「外部聖具鑑定士イーリスの所見。白環のペンダントには、負性視線を聖性へ転換した痕跡あり」


「被疑対象魂痕、レン・クゼ氏と一致」


 ミコトは、黙って聞いていた。


 顔は白い。


 表情は崩れていない。


 だが、沈黙だけが長かった。


 俺はミコトを見た。


「現世で、俺に向けられた疑いは、お前の聖性になっていた」


 ミコトは静かに言った。


「私は、怖かっただけです」


 刃は鳴らない。


 そこは本当なのだろう。


 俺は頷いた。


「恐怖は罪じゃない」


 ミコトの目が、わずかに動く。


「だが、恐怖を使って誰かを疑わせ、その結果を知っても白い場所に残り続けたなら、それは別だ」


 ミコトは答えない。


 俺は続けた。


「次に証明するのは、そこだ」


 現世で、美琴が何を知り、何を言い、何を選んだのか。


 そして異世界で、同じ構造をどう使ったのか。


 ミコトはまだ、最後の仮面を被っている。


 怖かっただけ。


 救いたかっただけ。


 導きたかっただけ。


 その白い仮面を剥がすには、もう一つ必要だ。


 美琴が、自分の力を知った後も、誰かを黒くすることを選んだ証拠。


 俺はペンダントを握った。


 白い石の奥の黒い線が、静かに光っている。


 嘘は、全部を消せない。


 削られた所見も。


 封印された記録も。


 現世で俺に向けられた疑いも。


 全部、ここまで残っていた。


 次は、その疑いを誰が利用したのかを証明する。


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