第4話 無実の証明
「半日だ」
薬草管理人のバルドは、吐き捨てるように言った。
「日が沈むまでに何も見つけられなければ、この娘を盗人として村長に突き出す」
広場に集まった村人たちが、ざわめいた。
膝をついたクララの肩が、小さく震えている。
俺は彼女を見る。
泣き腫らした目。
握りしめた手。
誰にも信じてもらえなかった者の顔。
見覚えがあった。
俺自身が、そんな顔をしていたからだ。
「分かった」
俺はバルドに向き直った。
「日が沈むまでに調べる」
「余所者が偉そうに」
バルドは鼻を鳴らした。
「いいか。薬草の詰まった麻袋はこの娘の家の近くで見つかった。弟は病気。動機はある。倉庫の近くで見た者もいる。これ以上、何を調べる必要がある」
「本当にそれで十分なら、調べられて困ることはないはずだ」
俺がそう返すと、バルドの眉がぴくりと動いた。
ほんのわずか。
だが、俺の視界には文字が浮かんだ。
《矛盾看破》発動
発言者の反応に動揺を確認。
やっぱり、何かある。
俺は広場の中央に置かれた麻袋へ歩いた。
薬草の詰まった、大きな麻袋だった。
大人が両手で抱えるほどの大きさがある。布は古びているが、口は太い縄でしっかり縛られていた。底の方には、赤い泥がべっとりと付いている。
軽いものではない。
これを子供のクララが一人で運んだというなら、それだけでも不自然だった。
俺は麻袋に手を伸ばす。
「触るな!」
バルドが声を荒げた。
広場の空気が張り詰める。
俺は手を止め、バルドを見た。
「証拠なんだろ。なら調べる」
「余所者が勝手に――」
「バルドさん」
門番のダンが間に入った。
「半日だけ時間をやると言ったのは、あんただ。調べさせてやれ」
バルドは舌打ちした。
「……好きにしろ」
俺は麻袋に触れた。
持ち上げようとすると、ずしりと腕に重みがかかった。
中身がぎっしり詰まっている。
「……重いな」
俺は小さく呟いた。
クララの体格なら、これを担いで歩くだけでも相当きついはずだ。
「鑑定」
視界に文字が浮かぶ。
名称:薬草の詰まった麻袋
内容物:乾燥薬草
状態:一部劣化
重量:重い
付着物:赤土
「一部劣化……?」
俺は麻袋の口を開ける。
乾いた草の匂いがした。
薬草と言われれば薬草なのだろう。だが、俺には新しいのか古いのか判断できない。
その時、クララが恐る恐る口を開いた。
「あの……見ても、いいですか?」
村人たちの視線がクララへ向く。
彼女はびくりと肩を震わせたが、それでも俺の方を見ていた。
「分かるのか?」
「少しだけ……。弟の熱を下げるために、薬草のことを勉強していたので」
俺は頷き、麻袋をクララの前へ寄せた。
クララは震える手で薬草を一枚つまむ。
匂いを嗅ぎ、葉の色を確かめた。
そして、眉を寄せた。
「これ……熱冷ましには使えません」
「どういうことだ?」
「乾きすぎています。葉の色も悪いですし、匂いも薄いです。本当に保管されていた薬草なら、もっと青くて強い匂いがします」
村人たちがざわついた。
「クララ、お前、そんなことが分かるのか?」
「弟のために薬師の婆さんから教わってたって聞いたぞ」
「でも、それなら薬草を欲しがっていてもおかしくないだろう」
バルドがすぐに口を挟む。
「そうだ。薬草に詳しいなら、なおさら盗めるじゃないか!」
クララが顔を伏せる。
俺はバルドを見た。
「逆だ」
「何?」
「弟を治したいクララが、使えない薬草を盗む理由がない」
広場が静かになる。
俺は麻袋の底についた泥を見た。
赤い泥。
広場で見た時から、気になっていたものだ。
それは、ただ付着しているだけではなかった。
底全体に、擦りつくように広がっている。
持ち上げて運んだ汚れ方ではない。
地面を引きずったような跡だった。
「クララ」
「はい」
「君の家の周りの土は、この色か?」
クララは首を横に振った。
「違います。私の家の近くは、畑道と同じ黒っぽい土です」
「この村で赤い土がある場所は?」
クララは少し考えてから答えた。
「村長さんの家の裏手と……バルドさんの作業小屋の近くです」
その瞬間、バルドの顔が強張った。
《矛盾看破》発動
発言者バルドに強い動揺を確認。
俺は確信に近いものを覚えた。
まだ証明には足りない。
だが、道筋は見え始めている。
「ダンさん」
「何だ?」
「薬草倉庫を見せてほしい」
ダンはバルドを見た。
バルドは不機嫌そうに腕を組む。
「倉庫を見て何になる」
「クララが盗んだなら、倉庫から持ち出した痕跡があるはずだ」
「……好きにしろ」
バルドはそう言いながらも、明らかに苛立っていた。
俺はクララを見た。
「歩けるか?」
「はい……」
クララはゆっくり立ち上がった。
足元はふらついている。
それでも彼女は、自分で歩こうとしていた。
俺とクララ、ダン、そして数人の村人が薬草倉庫へ向かった。
倉庫は広場の奥にある小さな建物だった。
木造で、入口には古い鍵がついている。
ダンが説明する。
「鍵を持っているのは村長とバルドさんだけだ」
「クララは持っていない?」
「持っているわけがない」
俺は倉庫の扉を見る。
鍵穴に傷はない。
扉の周りにも、無理にこじ開けたような跡は見当たらなかった。
「鑑定」
名称:薬草倉庫の扉
状態:施錠済み
破損:なし
備考:最近、通常の鍵で開閉された形跡あり
「通常の鍵で開けられている」
俺がそう言うと、村人たちが顔を見合わせた。
バルドが後ろから声を上げる。
「だから、クララが鍵を盗んだんだろう!」
「鍵は見つかったのか?」
「……まだだ」
「鍵を盗んだところを見た人は?」
「いない」
「クララが倉庫を開けたところを見た人は?」
「……それも、いない」
俺は扉から手を離した。
「なら、クララが倉庫を開けた証拠はない」
バルドが歯ぎしりする。
「だが、倉庫の近くで見た者がいる!」
「その人に話を聞きたい」
ダンが一人の若い男を呼んだ。
気弱そうな村人だった。
男は人前に出るのが苦手なのか、落ち着かない様子で視線を泳がせている。
「あなたが、昨夜クララを見たと?」
「あ、ああ……見たと思う」
「思う?」
俺が聞き返すと、男は慌てたように言った。
「いや、その……小柄な人影が倉庫の近くにいて。クララに見えたんだ」
「顔を見たのか?」
「顔は……見ていない」
村人たちがざわめく。
「暗かったのか?」
「ああ。雨上がりで、雲も多かったし、月明かりも弱かった」
「なら、どうしてクララだと分かった?」
「背格好が似ていたから……」
視界に文字が浮かぶ。
《証拠記録》発動
証言:顔は見ていない。
判断理由:背格好のみ。
証言確度:低。
俺は頷いた。
「ありがとう。もういい」
若い男はほっとしたように下がった。
バルドが声を荒げる。
「それでも倉庫の近くにいたんだ! クララの家の近くに麻袋もあった!」
「その麻袋が、誰かに置かれたものだとしたら?」
「何だと?」
「隠したにしては、見つかりやすすぎる」
俺は麻袋を見た。
「それに、これは軽い袋じゃない。大人が両手で抱えるほどの重さがある。クララが一人で運んだというなら、担いだ跡や、途中で落とした跡があるはずだ」
村人たちの視線が、麻袋に集まる。
俺は続けた。
「でも、麻袋の底についた赤土は、持ち上げて運んだ汚れ方じゃない。地面を引きずったように、底全体へ擦りついている」
村人たちの空気が変わり始めた。
疑い。
それはまだクララを救うほど強くはない。
だが、少なくとも最初のように一方的ではなくなっている。
「クララ」
「はい」
「バルドの作業小屋まで案内してくれ」
クララは少し驚いた顔をした。
「でも……」
「赤い土があるんだろ」
「……はい。こっちです」
クララが先に歩き出す。
俺はその後を追った。
バルドの作業小屋は、村の端にあった。
薬草を乾かす棚や、道具をしまうための小屋らしい。近くの地面は、確かに赤い土だった。
俺はしゃがみ込む。
麻袋の底についていた泥と、同じ色。
さらに、小屋の裏手の地面には、不自然な跡が残っていた。
何か重いものを引きずったような跡。
クララがそれを見つけて、声を上げた。
「レンさん、これ……」
「気づいたか」
「重い麻袋を引きずった跡です。持って運んだんじゃありません」
俺は頷いた。
クララはただの被害者ではない。
細かいところをよく見ている。
薬草の知識もある。
この子には、自分で誰かを助ける力がある。
「鑑定」
名称:地面の痕跡
状態:新しい
特徴:重い布袋を引きずった跡
付着土:赤土
《証拠記録》発動
地面の痕跡を記録。
麻袋の付着土と一致する可能性あり。
俺は小屋の裏を調べた。
木箱が積まれている。
その陰に、乾いた薬草の残りが落ちていた。
クララがそれを拾い、顔をしかめる。
「これも駄目です。もう薬効がほとんど残っていません」
「劣化した薬草か」
つまり、こういうことか。
薬草管理人のバルドは、管理していた薬草を駄目にした。
それを隠すために、盗まれたことにした。
そして、病気の弟がいるクララを犯人に仕立て上げた。
動機があるように見えるから。
村人たちが信じやすいから。
俺の胸の奥に、冷たい怒りが湧いた。
美琴と同じだ。
周囲が信じやすい物語を作り、そこに無実の人間を押し込める。
罪を作るのは、いつだって簡単だ。
無実を証明する方が、ずっと難しい。
だが、今度は。
「クララ」
「はい」
「広場に戻る。そこで証明する」
クララは息を呑んだ。
「私が……盗んでないって、証明できますか?」
「できる」
俺ははっきりと言った。
クララの瞳が揺れる。
その目に、少しだけ光が戻った。
広場には、まだ村人たちが残っていた。
日が傾き始めている。
約束の時間は迫っていた。
バルドは俺たちを見るなり、苛立った声を上げた。
「何か見つかったのか、余所者」
「ああ」
俺は広場の中央に立った。
視線が集まる。
胃が重くなる。
手のひらに汗が滲む。
人前で何かを訴えるのは、怖い。
あの日から、視線が苦手になった。
誰かに見られるだけで、責められているような気がする。
だが、今は逃げられない。
クララが後ろにいる。
彼女は俺よりもっと怖いはずだ。
それでも、ここに立っている。
俺は息を吸った。
「クララが薬草を盗んだという話には、五つの問題がある」
村人たちが静かになる。
「一つ目。麻袋についていた泥だ」
俺は麻袋の底を見せた。
「この泥は赤い。クララの家の近くの土は黒い。赤い土があるのは、村長の家の裏手と、バルドの作業小屋の近くだ」
バルドが顔を歪める。
「それだけで何が分かる!」
「二つ目。麻袋の重さだ」
俺は麻袋に手を置いた。
「これは大人が両手で抱えるほど重い。クララがこれを一人で担いで運んだなら、途中でふらついた跡や落とした跡があるはずだ。けれど、見つかったのは底全体に擦りついた赤土。これは持ち上げて運んだ汚れ方じゃない。引きずった跡だ」
村人たちが麻袋を見る。
何人かが、初めてその重さに気づいたような顔をした。
「三つ目。倉庫の鍵だ」
俺は続けた。
「薬草倉庫は壊されていない。鑑定でも、通常の鍵で開けられた形跡が出た。鍵を持っているのは村長とバルドだけ。クララが鍵を盗んだ証拠はない」
村人たちの視線が、少しずつバルドへ向かう。
「四つ目。証言だ。倉庫の近くでクララを見たという人は、顔を見ていない。暗い中で、背格好だけで判断していた」
若い村人が気まずそうに目を伏せた。
「五つ目。薬草の状態だ」
俺はクララを見る。
「クララ、説明できるか?」
クララはびくりとした。
村人たちの前に出るのが怖いのだろう。
無理もない。
さっきまで、彼女はこの人たちに犯人だと決めつけられていた。
それでも、クララは一歩前に出た。
小さな声で、それでもはっきりと言った。
「この薬草は……もう熱冷ましには使えません。乾きすぎていて、匂いも弱いです。弟に使うなら、私は絶対に選びません」
広場がざわつく。
「クララは薬草に詳しいのか?」
「弟のために覚えてたんだろ」
「じゃあ、使えない薬草を盗む意味は……」
バルドが叫んだ。
「黙れ! 子供の言うことだぞ! そんなもの、信用できるか!」
「なら、村の薬師に見てもらえばいい」
俺が言うと、バルドは言葉を詰まらせた。
その反応だけで、村人たちの疑いはさらに強くなった。
俺は最後の証拠を出す。
「バルドの作業小屋の裏に、重い麻袋を引きずった跡があった。赤い土も付いていた。さらに、劣化した薬草の残りも見つかった」
バルドの顔から血の気が引いた。
「つまり、こういうことだ」
俺はバルドを見た。
「バルドは、管理していた薬草を劣化させた。それを隠すために、盗まれたことにした。病気の弟がいるクララなら、動機があると思われやすい。だから薬草の詰まった重い麻袋をクララの家の近くに置いた」
「違う!」
バルドが怒鳴る。
「そんなもの、全部こじつけだ!」
「こじつけなら、反論すればいい」
俺は一歩前へ出た。
「どうして麻袋に赤い泥が付いていた?」
「それは……」
「どうして倉庫は鍵で開けられていた?」
「……」
「どうして使えない薬草が盗まれた?」
「……」
「どうして作業小屋の裏に、重い麻袋を引きずった跡がある?」
バルドは黙った。
汗が額を流れている。
村人たちの目が、完全に変わっていた。
さっきまでクララに向けられていた疑いが、今はバルドに向いている。
俺の視界に文字が浮かぶ。
《証拠記録》確認
証拠一:麻袋の赤土
証拠二:麻袋の重量と引きずった痕跡
証拠三:倉庫の鍵の権限
証拠四:証言の不確実性
証拠五:薬草の劣化
証拠六:作業小屋裏の引きずり跡
《矛盾看破》発動
対象バルドの主張、破綻。
胸元のペンダントが淡く光った。
戦いではない。
剣もない。
魔獣もいない。
けれど、これは確かに俺の戦いだった。
俺は静かに言った。
「クララが盗んだという証拠は、弱い」
そして、バルドを見据える。
「でも、あんたが薬草を隠し、クララに罪を着せた証拠は揃っている」
沈黙。
長い沈黙のあと、バルドの膝が崩れた。
「……仕方なかったんだ」
その声は、もう怒鳴り声ではなかった。
掠れた、弱い声だった。
「薬草を駄目にしたと知られたら、俺は終わりだった。村長に責められる。管理人の仕事も失う。だから……だから、盗まれたことにすればいいと思った」
クララが息を呑んだ。
バルドは地面に手をついたまま、顔を上げない。
「クララなら、みんな信じると思った。弟が病気だから……薬草を欲しがったと思うだろうって……」
広場がざわめきに包まれた。
「何てことを……」
「クララに罪を着せようとしたのか」
「ひどすぎる……」
クララはその場に立ち尽くしていた。
泣いている。
でも、それはさっきまでの涙とは違っていた。
疑われた悔しさ。
怖さ。
そして、無実が証明された安堵。
いくつもの感情が混ざった涙だった。
その時だった。
胸元のペンダントが、強く光った。
視界に、文字が浮かぶ。
《証明成立》
対象:クララ
判定:無罪
罪状:薬草窃盗
原因:他者による罪の転嫁
職業《証明者》に経験値が加算されます。
《矛盾看破》の精度が上昇しました。
《証拠記録》の記録範囲が拡張されました。
「……無実を証明しても、強くなるのか」
俺は、震える指でペンダントに触れた。
魔獣を倒した時とは違う。
誰かを傷つけたわけじゃない。
誰かを救ったことで、俺は少しだけ強くなった。
それが《証明者》という職業なのだと、初めて理解した。
ダンがバルドの腕を掴む。
「バルドさん。村長のところへ来てもらう」
バルドは抵抗しなかった。
連れて行かれる背中を、村人たちは険しい顔で見送った。
やがて、ひとりの老婆がクララの前に出た。
「クララ……すまなかったね」
それをきっかけに、村人たちが次々と頭を下げた。
「疑って悪かった」
「怖い思いをさせたな」
「本当にすまない」
クララは何も言えなかった。
ただ、小さく頷くだけだった。
俺はその様子を少し離れた場所で見ていた。
謝られても、傷はすぐには消えない。
疑われた時間は、なかったことにはならない。
俺はそれを知っている。
無罪になっても、俺の人生は戻らなかった。
だから、クララがすぐに笑えないことも分かった。
しばらくして、クララが俺の方へ歩いてきた。
「レンさん」
「大丈夫か?」
クララは涙を拭きながら、ぎこちなく頷いた。
「はい……怖かったです。でも、レンさんが証明してくれました」
「俺は証拠を集めただけだ」
そう言うと、クララは首を横に振った。
「それでも、私の話を聞いてくれました」
その言葉に、胸が少し痛んだ。
俺が一番欲しかったもの。
ただ犯人だと決めつける前に、話を聞いてほしかった。
クララはそれを、俺に言った。
「ありがとうございます」
深く頭を下げるクララに、俺は何も言えなかった。
その後、クララは俺の腕を見て、慌てたように顔を上げた。
「レンさん、その傷……ちゃんと手当てしないと駄目です」
「大したことない」
「駄目です。魔獣の爪でできた傷なら、放っておくと熱が出ることがあります」
クララは近くの草むらへ走り、小さな葉を数枚摘んできた。
それを水で洗い、手のひらで揉む。
「これは傷口に効く薬草です。そのまま貼るとしみるので、少し揉んでから使います」
クララは丁寧に俺の傷口へ薬草を当て、布で巻き直した。
少し冷たい感覚が広がる。
痛みがわずかに引いた気がした。
「詳しいんだな」
「弟の病気を治したくて、薬草のことを勉強していました」
クララは少し照れたように目を伏せる。
「でも、今日……私は何もできませんでした。泣いて、否定するだけで……」
「それは仕方ない」
「仕方なくないです」
クララの声は小さかった。
けれど、はっきりしていた。
「私、レンさんが証明してくれるのを見て思ったんです。証拠を見つけて、話を聞いて、嘘を暴けば、人を助けられるんだって」
俺は黙ってクララを見る。
彼女は拳を握りしめていた。
「私も、助けられるだけじゃなくて……誰かを助ける側になりたいです」
「危ないぞ」
「分かっています」
「俺だって、村の外のことも、この国のこともよく知らない。探している相手がいるとはいえ、どこへ行けばいいのかも分かっていない」
クララは少し考えるように目を伏せた。
「それなら、なおさらです」
「……何がだ?」
「レンさんには、このあたりのことを知っている人が必要だと思います」
「……」
「私は戦えません。でも、薬草なら少し分かります。村の周りの道も分かります。人の噂も、薬師さんから聞いた話も、少しなら役に立てます」
その言葉に、俺は何も返せなかった。
確かに、俺はこの土地を知らない。
言葉は通じる。
スキルもある。
だが、常識がない。
薬草も、地名も、村の事情も、聖女ミコトの噂も、何も知らない。
クララの知識は、必要になる。
けれど、簡単に頷いていいのか。
彼女を巻き込むことになる。
俺が追っているのは、ただの悪人ではない。
この世界で聖女と呼ばれる女だ。
俺はクララの目を見た。
そこにあったのは、助けられた者の弱さだけではなかった。
自分も誰かを助けたいと願う、静かな強さだった。
「……すぐには決められない」
俺は正直に言った。
「でも、助かる。少なくとも、この村にいる間は力を貸してほしい」
クララの表情が明るくなる。
「はい!」
その返事は、初めて年相応の少女らしい声だった。
日が沈みかけていた。
空が赤く染まり、村の影が長く伸びている。
この村に来て、俺は初めて誰かの無実を証明した。
それで俺の過去が消えるわけじゃない。
壊された人生が戻るわけでもない。
けれど、少なくとも今ここで、ひとりの少女が盗人にされる未来は止められた。
そして、俺は知った。
《証明者》は、敵を倒すだけの職業じゃない。
誰かの無実を証明することでも、前に進める。
俺は胸元のペンダントに触れる。
「聖女ミコト……」
あの女は、この世界でどれだけの嘘を重ねているのだろう。
どれだけの人間を騙し、どれだけの罪を他人に押しつけているのだろう。
なら、俺は進むしかない。
嘘を見抜き、証拠を集め、真実を突きつける。
それが《証明者》としての戦いなら。
俺は何度でも、証明してやる。
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