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第13話「全滅の跡」



 岩陰を出て数時間。視るものの残響がまだ頭の奥で燻る中、俺たちは灯ノ塔を目指して歩き続けていた。


 護符は残り一つ。次に視るものと遭ったら、凌げるのはあと一回だけ。その事実が、ずっと胸の底に重く沈んでいる。


 そして——匂いで、分かった。


 岩の稜線を越えた瞬間、鼻腔を突く異臭が襲ってきた。腐敗と、焦げと、それから——血。乾ききっていない、生々しい血の匂い。


 足が止まった。


 胃が持ち上がる。膝が震えた。何かを見る前に、身体が拒否反応を起こしていた。


 窪地が眼下に広がっていた。闇の底に、赤黒い染みが点々と散らばっている。


 人だ。


 人だったもの。


「——っ」


 椿が息を呑む音が、すぐ後ろで聞こえた。


 俺は窪地を見下ろしながら、その光景を——理解しようとした。理解したくなかった。だが、目は勝手に数を数えていた。


 十。二十。それ以上。


 全滅。


 言葉が出ない。脚が震えている。胃の中身が込み上げてくる。


 ——奈々の待つ場所へ行くために、俺はこの地獄を歩いている。


 その事実だけが、かろうじて俺を支えていた。



            ◇



 ゆっくりと、俺は斜面を降りていった。


 足元の大地が、いつもより重い。一歩ごとに、靴底が何かを踏む感触がある。乾いた草か、砕けた骨か、判別したくなかった。


 背後で、椿が息を整える音がする。老兵と女は、稜線の向こうで立ち止まったままだ。降りてこない。降りてこられない。


 俺だって、降りたくない。


 だが、降りなければならなかった。


 奈々が待っている灯ノ塔へ向かう道の途中で、これは避けて通れない光景だった。この窪地を迂回すれば、丸一日の遅れが出る。そして、灯ノ塔にはもう、一日の猶予もないかもしれない。


 だから、真っ直ぐ進む。


 死体の間を縫って、進む。


「……集団だな」


 椿の声が、後ろから聞こえた。ついてきていたのか。


「ああ」


 俺は短く答えた。


 散らばった遺体の装備を見れば分かる。手製の槍。獣の皮を縫い合わせた防具。火を起こすための道具。


 これは、塔から来た者ではない。


 夜の国の中で、生き延びていた集団だ。壁の外で、どうにか命を繋いでいた人々。終ノ塔にも、灯ノ塔にも属さない、第三の生存者たち。


 そんな集団が、存在していたのか。


 そして、その集団が——丸ごと全滅した。



            ◇



 遺体を調べる。


 好んでやりたいことではない。だが、何があったのか、知る必要があった。


 傷を見る。爪痕。牙の跡。一撃で引き裂かれた肉。


「異形か」


 椿が、俺の隣で呟いた。


「違う」


 俺は首を振った。


「異形の傷じゃない。もっと……大きい」


 昨日、俺たちが戦った異形は、人の三倍ほどの大きさだった。だが、この傷は違う。一撃で人体を引き千切るような力。もっと巨大な何かの仕業。


 視るものか?


 いや。視るものは襲わない。ただ見つめるだけだ。


 なら、何が。


 俺は周囲を見回した。窪地の壁面に、いくつかの穴が開いている。洞窟のような、住居のような。この集団は、ここを拠点にしていたのだろう。


 そして、何かに襲われた。


 逃げる暇もなく。抵抗する間もなく。


 一晩で、全滅。


「沈黙の館」


 椿が短く言った。声が僅かに震えている。


 俺の脳裏に、古文書の一節が蘇る。——入ったら二度と還らぬ。灯は点るが音はない。


 沈黙の館。栞から聞いた、夜の国の怪異。


 それが、この集団を奪ったのか。



            ◇



 窪地の中央で、俺は立ち止まった。


 これが、夜の国。


 これが、壁の外の現実。


 終ノ塔の中で、人々は壁の外を恐れていた。外に出れば死ぬと。化け物に喰われると。


 正しかった。


 恐れは、正しかった。


 俺たちは、たまたま生き残っているだけだ。


 運が良かっただけ。護符があっただけ。視るものが、たまたま俺たちを見逃しただけ——いや、違う。


 俺の右手が、微かに熱を持った。昨日、視るものの前で感じた、あの奇妙な感覚。この国に拒まれていない、という感覚。


 この集団は、きっと俺たちより長く、夜の国で生きていた。サバイバルの知恵も、戦う術も持っていた。


 それでも、全滅した。


 一晩で。


「……真」


 椿の声が、背後から聞こえた。


「何か、動いた」



            ◇



 俺は瞬時に構えた。右手に意識を集中させる。光の刃を発動できる状態に。


 視線の先。窪地の端。崩れた岩の陰で、何かが蠢いている。


 生存者か。それとも——。


「動くな」


 声がした。


 低い。掠れている。だが、人の声だ。


 岩陰から、人影が這い出してきた。


 女だった。


 短く切った髪。土と血で汚れた顔。日に焼けない夜の国育ちの肌。手には、弓が握られている。矢が、俺の胸を狙っている。


「あんたら、何者だ」


 女の声は、警戒に満ちていた。敵意ではない。恐怖でもない。純粋な、生き延びるための警戒。


「終ノ塔から来た」


 俺は、手を上げた。光の刃を収め、敵意がないことを示す。


「終ノ塔?」


 女の目が細まった。


「嘘をつけ。終ノ塔の連中が、こんなところまで来るはずがない」


「来た。灯ノ塔を目指している」


「灯ノ塔……」


 女の目の奥で、何かが動いた。失ったものを思い出すような、遠い色。


 だが、弦を引く手は緩まない。警戒の硬さは消えていなかった。


「近づくな」


 弓を引き絞る。矢尻が、俺の心臓を狙う。


「あたしの集団を、こうしたのは、あんたらか」


「違う」


 俺は、一歩も動かなかった。


「俺たちがここに来た時には、もう——」


「嘘だッ!」


 女の声が裂けた。


「あんたら以外に、誰がいるッ! この窪地を知っている奴が、他にいるはずがないッ!」


 弦を引く手が震えている。目が潤んでいる。だが、矢は外れない。


 この女は、本気だ。


 本気で、俺たちを殺そうとしている。



            ◇



 椿が、一歩前に出ようとした。


 俺は左手で制した。


「下がってろ」


「だが——」


「いいから」


 俺は、女を見た。


 震える手。潤んだ目。引き絞られた弓。


 この女は、俺たちを殺したいんじゃない。


 誰かを責めたいだけだ。全滅した集団への悲しみを、どこかにぶつけたいだけだ。


 分かる。痛いほど、分かる。


「俺は真。こっちは椿。終ノ塔の出身だ」


 俺は、ゆっくりと言った。


「俺たちは、ここに来たばかりだ。この窪地のことは、今日初めて知った。お前の集団を襲った何かとは、関係ない」


「……」


 女は、答えない。だが、弦を引く力が、僅かに緩んだ。


「俺たちも、昨日、視るものに遭った。護符一つ使って、やっと逃げた。その前は、異形に仲間を一人殺された」


 少年の顔が、脳裏をよぎる。あの一瞬。手が届かなかった、あの一瞬。


「俺たちは、お前の敵じゃない。同じ目に遭っている、ただの人間だ」


 女の目が、俺を見つめている。


 嘘を探す目。信じていいのか、値踏みする目。


 俺は、その目から逃げなかった。


「……名前は」


 女が、ようやく口を開いた。


「真。さっき言った」


「聞いてない」


「お前、耳までやられてるのか」


 思わず口調が崩れた。


 女の眉が、微かに上がる。目の奥の硬さが、ほんの少しだけ、別のものに変わった。



            ◇



 沈黙が流れた。


 矢は、まだ俺を狙っている。だが、殺意は薄れていた。


「……茜」


 女が、吐き捨てるように言った。


「あたしの名前だ。覚えなくていい。どうせ、すぐ忘れる」


「覚える」


 俺は、即座に言った。


「茜。覚えた」


「……」


 茜の目が、一瞬だけ揺れた。誰かに名前を呼ばれることに、慣れていない目。


 だが、弓は下ろさない。矢はまだ俺を向いている。


「で、何しに来た。灯ノ塔を目指してるって言ったな。なんで」


「待ってる奴がいる」


「誰が」


「大事な人が」


 それ以上は、説明しなかった。


 奈々。声は途絶えたままだ。でも、繋がりは残っている。糸のように細い、でも確かな繋がりが。


 茜は、しばらく俺を見つめていた。嘘を見抜こうとするように。隙を探るように。


 だが、弓を下ろしはしなかった。


「……物好きが」


 その言葉には、侮蔑と、それから——何か別のものが混じっていた。



            ◇



 茜は、弓を構えたまま、少し距離を取った。


 矢はまだ俺の方を向いている。信用していない。当然だ。


「一つ聞く」


 茜が、俺の目を見た。


「あんたら、何で生きてる」


「……どういう意味だ」


「そのまんまの意味だ。終ノ塔から、ここまで来た。視るものにも遭った。異形にも遭った。なのに、まだ生きてる。なんで」


 俺は、少し考えた。


「運が良かった」


「顔に出すぎだ、あんた」


 茜が、即座に返した。


「運だけで、夜の国は歩けない。あたしが一番よく知ってる」


「なら、何だと思う」


「さあな」


 茜は、俺の右手を見た。光の刃を発動させていた手。


「その武器か。何か、特別なのか」


「……俺にも、よく分からない」


「正直だな」


 茜の口角が、微かに上がった。嘲笑ではない。何か——認めるような、そんな表情。



            ◇



 その時だった。


 大地が、揺れた。


 いや、揺れたのではない。何かが、近づいてきている。


 足音だ。


 重い。巨大な。大地を踏みしめる音。


「——っ、来た」


 茜の顔から、表情が消えた。


 純粋な恐怖。


「あれが、来た」



            ◇



 窪地の稜線に、影が現れた。


 巨大だった。


 視るものほどではない。だが、異形よりも大きい。五メートルはあるだろうか。腕が四本。胴体は岩のように分厚く、目は——目がない。代わりに、頭部全体が口のように裂けている。


 あれが、この惨状を嗅ぎつけたのか。


 死肉の匂いに誘われ、闇の底から這い出してきた——そんな化け物に見えた。


「逃げるぞ」


 茜が、俺の腕を掴んだ。弓を向けていた相手の腕を、だ。


「勝てない。あんなのに挑んで、生きてた奴を、あたしは知らない——」


「待て」


 俺は、茜の手を振り払った。


「椿、老兵と女を連れて、窪地の反対側へ」


「真、お前——」


「時間を稼ぐ」


 右手に意識を集中させる。光の刃の発動。熱が、掌に溜まり始めた。


「お前が何言ってんのか分かってんのか!」


 茜が叫んだ。


「死ぬぞ! あれは、そういう化け物だ! あたしは、もう——」


「知ってる」


 俺は、怪物を見た。


 稜線を越えて、窪地に降りてくる。一歩ごとに、大地が震える。


「だから、俺が行く」



            ◇



 俺は、走った。


 怪物に向かって。


 背後で、茜の叫び声が聞こえた。何か言っている。止めようとしている。だが、聞こえない。聞いている余裕がない。


 俺の力は、数回しか使えない。


 だが、今使わなければ、全員死ぬ。


 俺一人が死ぬか、全員が死ぬか。


 答えは、最初から決まっていた。


 光の刃が、白く輝き始めた。


 夜の国の怪物を傷つけられる、唯一の力。


 怪物が、俺を認識した。頭部の裂け目が開く。内側に、無数の牙が並んでいる。


 来い。


 俺は、跳んだ。



            ◇



 白い閃光が、夜を裂いた。


 光の刃が、怪物の腕を斬る。一本目。肉が焼け、怪物が咆哮する。


 だが、止まらない。


 残りの三本の腕が、俺を捉えようと伸びてくる。


 避ける。転がる。斬る。


 二本目の腕を斬り落とす。


 だが、力が——枯れていく。


 使えるのは、あと一回。いや、もう限界だ。


 三本目の腕が、俺の体を掠めた。鎧が軋む。肋骨に、痛みが走る。


「——っ!」


 吹き飛ばされる。


 背中から、地面に叩きつけられる。息が、できない。


 怪物が、迫ってくる。裂けた頭部が、大きく開く。あの中に呑み込まれたら、終わりだ。


 立て。


 立てよ。


 奈々が、待っている。声は途絶えていても、繋がりは残っている。あの子は生きている。俺を信じて、待っている。


 椿が、逃げている。老兵と女が、必死で走っている。


 そして——。


 名前も知らなかったばかりの、茜という女がいる。


 全員を生かすために、俺は——。



            ◇



 矢が、怪物の頭部に突き刺さった。


 頭部の裂け目の内側。柔らかい部分。


 怪物が、動きを止めた。咆哮が、悲鳴に変わる。


「何ボケッとしてんだ!」


 茜の声が、頭上から聞こえた。


「逃げろって言ってんだろ!」


 茜が、窪地の縁に立っていた。二本目の矢を番えている。


「椿に言われた、反対側に逃げろって! あんたも来い!」


 俺は、立ち上がった。


 体が重い。力を使いすぎた。だが、動ける。まだ、動ける。


 怪物は、まだ暴れている。だが、視界を奪われて、動きが鈍い。


 今だ。


 俺は、走った。茜のいる方へ。


 背後で、怪物の咆哮が響く。追ってくる。だが、距離が開いている。茜の矢が、的確に動きを削いでいる。


 窪地の縁を駆け上がる。


 茜が、手を差し出した。


 俺は、その手を掴んだ。引き上げられる。


「走れッ」


 茜が、俺の背を押した。


 二人で、走り出した。



            ◇



 夜の国を、走った。


 どれだけ走ったか、分からない。


 振り返ると、怪物の姿は見えなくなっていた。追ってきてはいない。傷と視界喪失で、追跡を諦めたのか。


 岩陰で、椿たちが待っていた。


「真!」


 椿が、駆け寄ってくる。


「無事か。怪我は——」


「大丈夫」


 本当は肋骨が軋んでいる。息をするたびに、痛む。だが、折れてはいない。たぶん。


「死に急ぐな、愚か者」


 椿の声が震えている。怒りと、安堵と、恐怖が混じっている。


「時間が必要だった」


「それでも——」


「全員、生きてる。それでいいだろ」


 俺は、椿の目を見た。


 椿は、何も言えなかった。言葉を探している。だが、見つからない。


 代わりに、俺の腕を掴んだ。強く。痛いほど。


「……次はない」


 それだけ言って、離した。



            ◇



 茜が、少し離れた場所に立っていた。


 弓を背負い直し、腕を組んで、俺たちを見ている。


 矢はもう向けていない。怪物戦を経て、ようやく——本当にようやく——弓を下ろしたのだ。


「で、あんたらは、これからどうすんだ」


 茜の声には、まだ警戒が残っていた。だが、最初ほどではない。


「灯ノ塔を目指す」


 俺は、息を整えながら答えた。


「片道、あと何日かかるか分からない。でも、行く」


「……ふうん」


 茜は、視線を落とした。


 沈黙が流れた。


 老兵と女は、岩陰でへたり込んでいる。椿は、まだ俺の隣にいる。そして、茜は——。


「あたしの集団は、沈黙の館に持ってかれた」


 茜が、ぽつりと言った。


「昨日の夜だ。あたしだけ、偵察に出てた。戻ったら——あの有様だ」


 声に、感情がない。感情を込める余裕が、もうないのかもしれない。


「信じた分だけ、痛いんだよ」


 茜は、俺を見た。


「仲間を信じた。一緒に生き延びられると思った。でも、駄目だった。結局、あたしは——また独りだ」


 俺は、何も言えなかった。


 何を言えばいいのか、分からなかった。


 自分も、同じだから。


 前世で誰かを守れなかった。この世界でも、少年を守れなかった。


 守りたくても、守れない。それが、この世界の現実。



            ◇



 茜が、深く息を吐いた。


「……あんた、変な奴だな」


「何が」


「普通、あんな化け物に一人で突っ込まない。死ぬと分かってて、なんで」


「死ぬ気はなかった」


 本当は、死ぬ覚悟だった。


 だが、茜は笑わなかった。


「正直すぎんだよ、あんた」


「……」


「でも、変だとは思わなかった」


 茜の目が、俺を見つめている。測るように。確かめるように。


「あんた——本気で、守ろうとしてたな。あたしみたいな、会ったばかりの奴を」


「当たり前だろ」


 俺は、言った。


「目の前で人が死ぬのは、もう——」


 言葉が詰まった。


 少年の顔が浮かぶ。異形に呑み込まれた、あの一瞬。


「……もう、嫌なんだ」


 それだけ言うのが、精一杯だった。



            ◇



 茜は、しばらく黙っていた。


 風が吹いた。夜の国特有の、冷たく、腐敗の匂いを含んだ風。


 そして、茜は口を開いた。


「物好きが」


 その言葉は、最初とは違っていた。侮蔑ではなく、何か——認めるような響き。


「灯ノ塔まで、案内してやる」


 俺は、目を見開いた。


「……いいのか」


「あたしも、行く理由ができた」


 茜は、肩をすくめた。


「独りで生きてても、どうせ死ぬ。なら、変な奴に付き合って死ぬのも悪くない」


「俺は死なない」


「知るか」


 茜が、俺に背を向けた。


「ついてこい。この先の地形は、あたしが一番よく知ってる」


 歩き出す。振り返らない。


 だが、去ろうとはしなかった。



            ◇



 椿が、俺の隣に立った。


「……信用できるのか」


 小声で、茜に聞こえないように。


「分からない」


 俺は、正直に答えた。


「でも、あいつがいなかったら、俺は死んでた」


 茜の矢がなければ、怪物に呑み込まれていた。それは、事実だ。


「敵じゃない。それだけは、分かる」


 椿は、しばらく黙っていた。


 そして、小さく頷いた。


「……お前がそう言うなら」


 それ以上は、何も言わなかった。



            ◇



 一行は、歩き始めた。


 先頭に茜。俺と椿がその後に続く。老兵と女は、最後尾。


 茜の足取りは、確かだった。どの岩を避け、どの窪みに気をつけるべきか、身体で覚えている。夜の国で生き延びてきた者の動き。


 俺は、その背中を見ながら歩いた。


 短く切った髪。土と血で汚れた服。怪物の骨で作った装飾品。


 独りで生きてきた。


 仲間を全て失った。


 それでも、まだ歩いている。


 強い奴だ、と思った。


「何見てんだ」


 茜が、振り返らずに言った。


「別に」


「目、逸らしてないぞ」


「うるさい」


 茜が、小さく笑った気配がした。


 ぎこちない、だが——少しだけ温かみのある笑い。



            ◇



 数時間後。


 一行は、岩場の窪みで休息を取っていた。


 茜は、少し離れた場所に座っている。まだ完全には警戒を解いていない。だが、弓は下ろしている。


 俺は、椿の隣に座っていた。


「肋骨は」


 椿が、小声で聞いた。


「折れてない。たぶん」


「たぶん、か」


 椿が、ため息をついた。


「無茶をするな、とは言わない。言っても無駄だろうから」


「……ああ」


「だが、死ぬな」


 椿の声が、低くなった。


「お前が死んだら——私は、灯ノ塔に辿り着けない」


 それは、戦友としての言葉だった。


 だが、その奥に、何か別のものがあることを、俺は感じていた。


「死なない」


 俺は、言った。


「約束する」


 椿は、何も言わなかった。


 ただ、俺の肩に、そっと頭を預けた。



            ◇



 俺は、夜の国の闇を見つめた。


 護符は残り一つ。次に視るものに遭えば、数秒凌げるかどうか。それが、俺たちの生命線だ。


 右手が、微かに熱を持っている。この国に入ってから、ずっと感じる違和感。俺を拒まない、という感覚。


 まだ、意味は分からない。だが、いつか——。


 少し離れた場所で、茜が夜の国の闇を見据えていた。背筋を伸ばし、いつでも動けるようにしながら。


 全滅した集団。信じた分だけ痛い、と言った彼女の言葉。


 それでも、茜は俺たちについてきた。


 俺が、会ったばかりの彼女を守ろうとしたから。


 理由なんて、それだけでいい。


 俺たちは、独りじゃない。


 灯ノ塔は、まだ遠い。


 だが——奈々が待っている。


 その事実が、俺の脚を動かし続ける、唯一の理由だ。



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(第13話 終)

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