表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
物部王朝  作者: はまゆう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/9

邪馬台編 第一章 風の噂

 トヨの一族に生まれた少女カガリ、祭司名トヨメ、魏が記録した名前、邪馬觚(やまこ)と呼ばれるその娘が、まだ神殿で見習いをしていた頃、卑弥呼はすでに老いていた。


 といっても、それは齢の話ではない。神を降ろし続けてきた年月の重みが、女王の背に見えぬ荷のように積もっているという意味だった。トヨメは女王の傍らに控え、その荷の重さを、いつか自分も負うことになるのだと、まだ実感のないまま教えられていた。


「今日の託宣は、何を映した」


 卑弥呼がそう尋ねるのは、いつも神事の後だった。トヨメの役目は、まだ神を降ろすことではなく、降ろされた言葉を覚え、後で女王に問われるままそれを語り直すことだった。記憶することが、この頃のトヨメにとっての修行のすべてだった。


「西の海が騒がしい、と。それだけにございました」


「それだけ、か」


「はい」


 卑弥呼は、それ以上を問わなかった。神託というものは、はっきりと形を持たぬまま降りてくることが多い。西の海が騒がしいというその一言が、何を意味するのか、女王自身にも分からぬのだろう、とトヨメは思っていた。


 だが、その年の終わり近くになって、対馬から通ってきた交易の者が、妙な話を持ち込んだ。


 海の彼方、遥か西南の大陸で、呉という国が、船団を組んで東の海を探らせているという噂だった。目的地は分からない。ただ、その船団が向かう先が、あるいはこの倭の地であったかもしれぬ、という話だった。


「まことか」


 女王がそう問うと、交易の者は首を振った。


「まことかどうかは、手前にも分かりませぬ。ただ、そういう噂が半島の向こうから流れてきた、というだけのこと」


 卑弥呼はしばらく黙っていた。トヨメは、その沈黙の中に、何か普段とは違う気配を感じ取った。女王が本気で案じているときの沈黙だった。


「その船団は、まだこちらへは来ておらぬのだな」


「来てはおりませぬ。噂だけが、先に流れて参りました」


 卑弥呼は頷き、それ以上その話に触れなかった。だが、その晩の神事で降ろされた言葉には、いつもより長く、西の海についての言葉が続いた。トヨメはそれを一言も漏らさず覚え、後で女王に語り直した。


「海の向こうから来る者は、まだ届かず。届かぬまま、去る」


 そう語ったとき、女王は初めて、安堵とも呼べぬ、複雑な息を吐いた。


「届かぬのならば、良い」


「なぜにございますか」


 卑弥呼はトヨメの顔をしばらく見つめてから、答えた。


「届いてしまえば、我らはまだこの国の形を持たぬ。持たぬうちに大国の影に触れれば、飲み込まれるだけだ。届かぬ今のうちに、我らはこの国の形を作らねばならぬ」


 トヨメには、その言葉の意味が、まだ十分には分からなかった。ただ、女王の目に浮かんだ、遠い西の大陸を見据えるような光だけは、はっきりと覚えている。


 その頃、呉の船団は夷洲からの帰路にあった。それがどれほど近くまで迫っていたのか、トヨメが知るのは、ずっと後になってからのことである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ