呉編 第五章 帰還と粛清
建業に戻った船団を、出航のときのような歓呼の声は迎えなかった。
一万を数えた兵は、戻った頃には千余りにまで減っていた。代わりに船倉にいたのは、夷洲から連れ帰った数千の民だった。言葉も通じぬまま呉の地に降ろされた彼らは、何が起きたのかを理解できぬ顔で、ただ茫然と岸を見つめていた。
衛温は、その光景を眺めながら、これが「成果」と呼べるものなのかを、自分自身に問い続けていた。答えは出なかった。
朝議での報告は短いものだった。夷洲には上陸し、民を得た。亶洲へは、兵の消耗甚だしく、辿り着けなかった。それだけの報告に、居並ぶ臣下たちは誰も声を上げなかった。声を上げる必要がなかった。結果がすべてを語っていたからだ。
陸遜は、その場にいた。何も言わなかった。以前に諫めたことを、今さら口にする男ではなかった。ただ、衛温と諸葛直を見る目に、憐れみに似た色があったのを、衛温は見逃さなかった。
数日後、詔が下った。
詔に背き功を成さず——その一文に続く言葉を、衛温は最後まで聞かなかった。聞かずとも、意味は分かっていた。
「後悔されておられますか」
獄に繋がれる前夜、諸葛直がそう尋ねた。若さの中にあった強引さは、もうどこにもなかった。ただ、疲れ果てた一人の男の顔だけがあった。
「何を、だ」
「船出したことを」
衛温は、しばらく答えなかった。答える代わりに、遠い記憶を辿った。会稽の港で見た、薬を多く積み込む水夫たちの姿。夷洲の民の値踏みするような目。凪いだ海の不気味さ。そして、あの晩見えた、確かめようのなかった島影。
「後悔はせぬ」
「では」
「ただ、あの影が本当に島であったのか、それだけを知りたかった」
諸葛直は、その言葉に小さく笑った。笑うことしか、もう残されていないというような笑い方だった。
「知れぬまま逝くのですな、我らは」
「知れぬまま、な」
その夜を最後に、二人は言葉を交わさなかった。
衛温と諸葛直が誅殺されたという報せは、瞬く間に建業の内外に広まった。功を求めて出た者が、功のなさゆえに命を落とす——その顛末を、人々は様々に語った。孫権の英断だと言う者もいれば、無謀な遠征を強いた末の非情だと言う者もいた。
だが、誰一人として、あの晩に見えた島影が何であったのかを、語る者はいなかった。
その頃、海の彼方の島では、まだ何も知らぬまま、一人の巫女が日々の神託を降ろし続けていた。呉という国の名も、孫権という王の野心も、彼女の耳にはまだ、ただの遠い異国の噂としてしか届いていなかった。
二つの国の間にあった海は、この年もまだ、渡られることなく残された。




