使節団編 第四章 狗邪韓国
海を渡り続けて幾日、船団はようやく、半島の南端の港に着いた。
狗邪韓国。弁韓の地の一つであり、倭と韓との境目にあたる場所だと、難升米が一行に説いた。ここまでで、すでに千余里の道のりを来たことになるという。トヨメは、その数字を木簡に刻みながら、まだ旅の半ばにも達していないのだと、改めて思い知らされた。
港に降り立つと、そこには対馬や壱岐とはまるで違う、大きな賑わいがあった。倭の言葉とは違う響きの言葉が飛び交い、見慣れぬ形の甕や織物を並べる市が立っていた。巴利は、その活気に目を輝かせた。
「これほどの市は、我が国では見たことがない」
「ここは、韓と倭とが行き交う要の地だと聞く」
トヨメがそう答えると、案内に立った土地の男が、片言の倭語で言葉を継いだ。
「ここは誰のものでもない。誰のものでもないからこそ、誰もが来る」
その言葉に、トヨメは強く心を惹かれた。国という形がまだ定まりきらぬこの時代、こうした境の地だけが、かえって自由に人と物とを行き来させているのだと、その一言で腑に落ちた気がした。
難升米は、この地の実力者と面会し、これから先の道中の安全を約する話をつけた。贈り物として持たされていた布の一部が、ここで早くも差し出された。都市牛利が、その差配を細かく記録し、トヨメはその傍らで、交わされたやり取りの一言一句を覚えていった。
「先だっての船団の話は、ご存知か」
面会の場で、実力者の一人がふと漏らした一言に、トヨメは耳をそばだてた。
「先だっての船団、とは」
「幾年か前、南方の大国から、船団が海を渡ろうとしたという話だ。夷洲という島までは着いたらしいが、その先へは進めなんだとか。多くの兵を失うたという噂だった」
トヨメは、その言葉に、思わず息を呑んだ。呉の船団の話だった。あの、届かなかった海の話が、こんな異国の地でも語られている。難升米も都市牛利も、その話に興味なさげに頷くだけだったが、トヨメだけは、その言葉の重みを、誰よりも強く受け止めていた。
あの船団が届かなかった先に、今、自分たちがいる。そして自分たちは、その船団が目指した方角とは逆の――魏という、もう一つの大国へ向かおうとしている。二つの大国の間で、倭という国が、どちらに近づき、どちらと距離を置くか、その選択の重さが、この境の港で、初めてはっきりとした形を持ってトヨメの前に現れた。
「この地で、しばし休むことになる」
難升米がそう告げた夜、トヨメは持衰の男の様子を見に行った。男は、変わらず船底の隅に座っていた。陸に上がることも許されていないのだろう、と気づいて、トヨメは何も言わずに、ただ水を一杯、そっと置いて去った。
振り返ると、月明かりの下、対馬から共に渡ってきた仲間たちの影が、市の灯りの中に散らばっているのが見えた。それぞれが、それぞれの思いを抱えて、この境の地に立っている。トヨメは、木簡にもう一行、書き加えた。
――狗邪韓国にて、呉の船団のことを聞く。渡れなんだ海を、今われらは渡らんとす。




