未知の料理
カレーもシチュー美味しいですよね。
そして出されたのはウ……ゲ、ではなく泥とシチューの中間のようなものだった。
白い虫の卵のような粒は、恐らく米だろう。あまりサンディスでは食べられない穀物である。小麦が主食で、大体がパンになる。麺にもなるが、ぐっと割合は下がる。
米=食物であるイメージが少ないのも原因だろう。アルマンダイン公爵は、その生まれもあって食べ物に苦労したことがない。いつだって上等なパンが食卓に並んでいた。
見慣れないこれは食べ物のはずだ。彼は必死にそう自分に言い聞かせる。
運が悪いことに、アルマンダイン公爵家のシチューは白かった。ブラウンシチューよりホワイトシチューが彼の中でメジャーな存在なのだ。
よくない何かを連想させるこの泥っぽい料理、見かけは悪いが高価な香辛料が使われているのが分かる。
「で、殿下。これは……?」
「カレーです。ゴユランなどの暑い地方ではよく食べられるスパイスをふんだんに使った味付けですわ。ですが、こちらではやや辛すぎるのか好まれないようで……食べやすいように、アレンジしてみたのですが」
理由は分かるが、なんで排泄物と泥にシチューに具材が混ざっているのだろう。そして、なんで昆虫の卵っぽい穀物の上にかけたのだ。
おおよそ食べ物に持つ感想とは思えない考えが過っていた。
卵に見えた粒を見ればそれは米だと分かるのだが、マイナー穀物なので悪い方向に捉えてしまう。アルマンダイン公爵にカレーインパクトが強すぎて、最悪のイメージを繋げてしまったのだ。
サンディスは小麦によるパン食が主流だ。次点で豆や芋類である。
「最近、ここへ寄るとスパイスの香りがしたのは、これを作っていたのか」
ラウゼスはほうほうと頷いている。この外見に抵抗がないらしい。
アルマンダイン公爵は無言で顔を青くしている。こんなドロッとした気持ち悪い料理が出てくるとは思わなかった。今までラティッチェは王道に沿った美食を提供してきたから、油断していた。
まさか、王太女からの嫌がらせかと思ったが、アルベルティーナは無邪気だ。ふんすふんすと興奮気味にラウゼスに説明する姿に、嫌みや悪意はない。
もしカレーを出してきたのがグレイルやキシュタリアなら、アルマンダイン公爵もなんたる無礼だと容赦なく嚙みついただろう。しかし、提供してきたのは柔和と温厚の象徴のような王太女殿下である。
アルマンダイン公爵は恨みを買った覚えはないし、アルベルティーナは身内に攻撃しない限り大人しいレディである。どこぞの新旧ラティッチェ公爵とは違う。
ここまで推測したところで、アルマンダイン公爵は色々と込み上げる感情を飲み込み黙るしかない。
「他の地域ではナンという平たいパンと一緒に食べるカレーが主流ですが、わたくしは皆さまに米の美味しさも知っていただきたくて」
そうか。善意でこの組み合わせになってしまったのか。眩暈と絶望を覚えてしまう。
アルベルティーナ曰くナンはまだ満足な域に達しておらず、専用窯の建築許可を申請しているそうだ。どうか、全力で推し進めて欲しい。アルマンダイン公爵は、第一印象でカレーと米に強烈な拒否感を覚えていた。
同じくカレーを出されたキシュタリアとフリングス公爵はそこまで気にしていない。スパイシーなシチューなのかな、程度である。
一生懸命説明する義娘に、ラウゼスはにこにこと頷きながら耳を傾けている。
「冷めてしまう前にいただきましょう」
「おお、そうだな」
ラウゼスは長年冷めきった料理を食べていた。遠くの厨房で作られ、毒味を終えた料理が運ばれてくる頃には、いつも香りも薄く味気ない温度になっている。
アルベルティーナが食べる料理に、ましてやグレイルがいる状況で毒が盛られるはずがない。暖かい料理でも、安心して食べれた。
(こんなに賑やかな食事など、久方ぶりだ)
穏やかな空気に、ラウゼスは静かに口角を緩めた。
若かりし時、悲劇が続いた。相次いで兄王子たちが病床に臥し、儚くなっていった。本来受け継ぐものがなく、伯爵家に婿入りする予定だったラウゼスに王冠が転がり込んできた。
一国の王となると、豪勢なばかりで寂しい食事が多くなる。妻は権力に腐心して、贅沢ばかりを追い求める。子供たちはその立場の重責に絡めとられ、マナーばかり気にして居心地が悪そうだった。唯一気にしない娘は息子たちとは逆にカトラリーの順番すら危うく、すべての料理をかき集めるようにして貪っている。
そこに温かみなどなかった。
同じ卓に着きながら、何一つ交流がないのだ。上辺を滑る会話ばかりで、虚しさばかりが去来する。
グレイルやキシュタリアは、アルベルティーナから振る舞われるご馳走に慣れているのだろう。多少奇抜でも特に構えることもない。時折相槌を打ちながら、アルベルティーナの説明に耳を傾けている。
そういえばと何気なく気になり、ガンダルフのほうを見る。
そして止まった。
あの巌の如き強面と筋肉の化身であるフォルトゥナ公爵の手に、不釣り合いなファンシーな熊のパンがある。
それはいい。アルベルティーナが持ってきた時点で見ていた。
だが、顔はデフォルメされたメルヘン&ラブリーなのに対し、首から下につながった熊の体が異様だった。
ムッキムキなのである。
パンゆえのデフォルメ感はあるが、筋骨隆々で古代の彫刻にも負けないバキバキのシックスパックがついている。そして、ごつい肩幅と上腕二頭筋を主張するようなサイドチェストを決めている。
綺麗な焼き色を付けるための卵黄がテカテカこんがりな小麦色となり、はっきりとした凹凸を際立たせていた。
上半身だけでない。下半身もしっかり焼き色でテカッている。大殿筋もムキィッと音が聞こえてきそうな主張しており、申し訳程度の小さなパンツ(ブーメランパンツ)で局部は隠れているがほぼ全裸だ。
なのに、何故か黒い蝶ネクタイは付けている。どうしてそこにワイルドさではなくジェントル要素を付けた。
まさかグレイルのパンもと考え、視線を走らせる。
そこには普通に可愛らしいメルヘンな熊パンがあった。蝶ネクタイは一緒だがブーメランパンツはない。先ほどの熊パンより露出度が多いはずなのに、まともに見える。テディベアのような愛らしさでまとまっているのだ。
それを食べているのがグレイルな点が違和感だが、先ほどのメルヘン頭部を搭載したゴリマッチョ熊よりだいぶまともだ。
ラウゼスが一部を凝視しているのに、アルマンダイン公爵とフリングス公爵も気づいたようだ。
二人は例のブツを視界に入れた瞬間、流れるようにしてその光景を見なかったふりをした。
もはやこれは、本能的な危機察知能力だ。深く見てはいけないと海千山千の社交界を渡った猛者としての直感が働いたのだろう。
一部でぎりぎりの緊張感が漂っている。一方でのほほんとしているのは原因を作ったアルベルティーナである。祖父であるフォルトゥナ公爵のほうへ行き、感想を聞いていた。
「ふむ、このパンにカレーとやらが入っているのか」
「はい。パンだけじゃ味気ないと思いまして色々と具を変えているんです」
今の彼は厳格なフォルトゥナ公爵ではない、孫を溺愛するただのおじいちゃんである。アルベルティーナの祖父ガンダルフだ。
顰め面が多いガンダルフが今まで見たことのないくらい眦を下げている。
ガンダルフにとって食事はただの栄養補給であることが多い。だが、今に限っては一口ずつ嚙み締めるようにして味わっている。
目に入れても痛くない可愛い孫からのお手製料理だ。感涙を抑えるほうが難しい。どんな贅を凝らした馳走よりも、ガンダルフを喜ばせている。
熊モチーフでマッチョなのも、自分を意識してのことだと思うと嬉しかった。
孫溺愛フィルターが全開フルパワーで働いており、あらゆる点を良い方向に捉えている。
一方、多少の苦言は覚悟していたアルベルティーナはあまりに無反応なので肩透かしである。喜んでいるのは分かるのだが、想定の反応と違うのだ。
(フォルトゥナ公爵家では食べ物の形を変えるのは珍しくないのかしら)
そんなわけがない。
ガンダルフは最愛の孫からのお手製ランチという、夢にすら見られなかった現実に感極まっていて、判断力が著しく低下しているだけである。アルベルティーナ以外がやろうものなら、怒号からの鉄拳制裁だ。
この状況で修羅場を迎えているのが二名いた。アルベルティーナは意図していなかったことだが、アルマンダイン公爵とフリングス公爵を追い詰めていたのである。彼らは表情筋と腹筋を全力行使していた。
同じ食卓でファンシーマッチョ熊パンランチという属性過多な代物が提供されている状況に、彼らの自制心が試されている。
この混沌を作り出したアルベルティーナである。彼女は悪戯不発に残念がっていたが別方向に大爆発していた。現在、延焼ギリギリで食い止めているから露見していないだけだ。
今、この食卓は張り詰めた均衡の上にいる。
王女殿下のランチを笑おうものなら、魔王が二度と笑えない惨状をプレゼントしてくるだろう。受け取り拒否をしようが、あの手この手で忍ばせて叩きつけてくる。
残念なことに、人間はやってはダメな状況だとやりたくなるものである。笑ってはいけないとなると、余計に笑いが込み上げてくるのもまた事実。
少なくともアルベルティーナがいるところで余計な笑いもツッコミも文句も入れてはならない。そんな余裕もない。許されているのは沈黙。そしてお行儀よく出されたものを平らげることだ。
初見は驚いたが、食べてみれば美味だった。
流石ラティッチェ。美食の聖地の名は伊達ではない。
視覚の暴力たる熊マッチョのノイズがなければ、もっと味わえただろう。
読んでいただきありがとうございました。




