突撃、ランチタイム
地獄の会議、平和なランチ
サンディスの重鎮が集う会議。多忙な中で集められた顔ぶれが、定例の報告をしていた。四大公爵当主らと、国王のラウゼス。彼の後ろにはグレイルの姿もある。
場所は普段使う会議室ではなく、ヴァユの離宮の一角を使用している。理由はグレイルが娘の手作りランチを間違いなく受け取るためだ。それを了承してしまうあたり、ラウゼスも甘い。寛容というべきか。
表面上、キシュタリアは当主らしい優美な外面モードの貴族スマイルだった。だが、内心はちょっとむくれている。
(まだ僕の順番は来ない。アルベルが凝り性なのは知ってるけど、そろそろいいんじゃないかな)
会議はいつも通りだ。定例報告に事業の推進、それを元に政策の話し合い。人員は大きく減ったが、邪魔をするばかりの元老会派閥がごっそり減ったので仕事自体はスムーズになっている。
最近まで国境沿いで不穏な動きをしていたゴユランはめっきり静かになった。サンディスに潜伏させていた間者が粛清され、干渉が難しくなり手を引いたのだろう。
(もしくは……)
魔王の帰還に驚いて、尻尾を撒いて逃げ出したか。
ちらりと視線を書類からずらす。グレイルが現状を纏め、簡潔に説明する。とても成人間近の子供がいるとは思えない。二十代半ばから後半で通じるような美貌だ。少年の域は完全に脱しているが、青年とも違う落ち着いた雰囲気。かといって、老成とは違う。
その年齢不詳な容姿が、魔王人外説に拍車をかけているのは間違いない。
年齢相応の成長のキシュタリアと、かれこれ十年以上老化らしい外見変化の見られないグレイル。あと数年したら普通に兄弟に見られそうだ。舐められたくないキシュタリアが大人びた雰囲気を意識しているから、年の離れた兄弟とみられてもおかしくない。
国内ではラティッチェの魔王グレイルと魔公子キシュタリアは有名だが、国外では違う。それに今後、平民から貴族に取り立てられる者も増えるだろう。うっかり間違えても不思議ではない。
(うわ……すっごい嫌だ)
シンプルに嫌すぎる。不穏と絶望すら感じる、漠然とした嫌悪が押し寄せる。
養子と義父という関係なのに、実子のアルベルティーナより二人は似ていた。
艶やかなアッシュブラウンの髪に、宝石のようなアクアブルーの瞳。色白で甘い美貌と共通点が多い。
実子のアルベルティーナは黒髪に緑の瞳だ。完全なる母親似の美貌で、父親譲りは魔力の強さだろう。性格もきっと母親寄りだ。遠縁の貰われっ子であるキシュタリアがこんなにも似ているのは、どういう奇妙な偶然だろうか。
もしかしたら、グレイルにも外見の変化が訪れるかもしれないが、それは限りなく無理な願望だと分かっている。何せ、記憶をどうひっくり返しても出会ってからの外見変化がなさすぎる。
むしろ、アルベルティーナがローズ商会を立ち上げ、明るい色合いも着るようになったので若返っている気がする。何という絶望。キシュタリアは思わず、老けろと念を送ってしまう。
そんな時、グレイルと目が合った。目元が優しくない微笑が怖い。
「ラティッチェ公爵。雑念が滲み出て、随分と余裕のご様子。当主となって間もないので、仕事量を抑えていたが必要ないようだね」
ラティッチェ公爵とは呼んでいるが、敬っているように聞こえない。冷たく微笑むグレイルの姿はキシュタリアをどう料理してやろうかと値踏みしているようにしか見えない。
その眼差しだけで、キシュタリアの心は猫に甚振られ殺される寸前の鼠だ。
今は無爵位だろうがグレイルから長年どっぷりと頭からつま先まで叩き込まれた恐怖は、抵抗する心を折ってくる。かつてはあったはずの反抗心は、アルベルティーナが折った色紙のように綺麗に折り畳まれている。
(まずい。何か言わないと、どんな修羅場や辺境に送られるか)
なけなしの笑みを顔に張り付けているが、キシュタリアの背中には冷たい汗が滝のように流れていく。うるさいくらい早鐘を打つ心臓が今にも口から出てきそうだ。その間にも背に広がるじっとりとした感触が気持ち悪い。
他に目をやるとラウゼスは困ったように眉を下げ、他は目を逸らしている。グレイルの矛先が向かないようにしているのだ。普段なら喧嘩を売るガンダルフも、とばっちりで孫娘との時間が取られたくないのか沈黙している。
「魔法が得意だから、北の山脈で目撃されたらしいアイスドラゴンの討伐を頼もうか。大丈夫、変異種かオーロラドラゴンじゃないかとか言われているらしいけど―――」
数いる魔物の中で、ドラゴンは平均して討伐難易度が高い。総じて身体能力、知力が高い。おおよその人間は無力である。ただ図体がデカい爬虫類とはわけが違うのだ。
オーロラドラゴンは成熟した個体だと、魔法を使うだけでなく天候すら変えると噂されている危険な魔物だ。つまり、身を切るような氷の礫が飛び交う猛吹雪の中での戦闘が予想される。その時点で地獄だ。
そんな時、ノックもなしに扉が開いた。
「たのもーう! ですわー! お昼ご飯をお届け……に……ぴゃあああああ!」
意気揚々と入ってきたアルベルティーナだが、中にいた人物に想定外の面子がいたのか真っ赤になりながら真っ青になって悲鳴を上げた。
彼女の服装はドレスではなく身動きがとりやすい軽装。鮮やかな青のワンピースに、白いフリルの愛らしいエプロン姿。豊かな黒髪は高い位置で纏めたポニーテールだ。この姿からして、厨房からそのままこちらに来たのだろう。
「ええ? あれ? 今日はお父様がこちらをお使いになって……? どうして陛下とアルマンダイン公爵とフリングス公爵が? キシュタリアも?」
動揺するアルベルティーナは、憐れなほど困惑している。ヴァユの警護を担当しているので、ガンダルフがいることは驚いていないようだ。
状況を察し、咎めるような視線を送ったラウゼスとアルマンダイン公爵。その先に立つグレイルはしれっとどこ吹く風だ。
フリングス公爵はプルプルと細かく震えながら笑顔をキープしている。本当なら、爆笑したいのだろう。
「グレイル。さてはアルベルティーナに言わなかったな?」
「言ったらあの子が気兼ねして、本日の悪戯をやめてしまう可能性がありましたからね」
その言葉に黙り込むガンダルフ。この強面熊も楽しみにしていたのだろう。
武骨を絵にかいたようなガンダルフだが、妻、娘、孫娘を溺愛していることは有名だ。妻と娘には先立たれたとなると、その二人に激似な孫娘に愛情が傾くのは仕方がない。
彼の息子のクリフトフはそれに不満を抱くどころか、争うようにアルベルティーナを溺愛している。
キシュタリアがアルベルティーナの後ろに視線を向ければ、明らかに一人分ではない量がワゴンに積まれている。
「も、申し訳ありません。無作法をお許しくださいませ」
見ていてかわいそうなほどしょんぼり肩を落とし、耳や首筋まで羞恥で赤く染めたアルベルティーナ。素直な謝罪と、しおらしさに誰も怒れない。
この中で一番叱れる立場はラウゼスだが、謝罪するアルベルティーナに気の毒そうな顔をしている。
「よい。話も終わったところだ。それはグレイルとガンダルフの昼食か?」
ラウゼスは先ほどの不穏な会話を流そうとしてくれていた。キシュタリアとしては非常にありがたい。
気のせいか、グレイルはつまらなそうな顔をしていた。それでも、先ほどの話を続けないあたり、ラウゼスにこの場を譲ったのだろう。
「は、はい。そうですわ」
「噂は耳にしていてね。少し気になっていたのだ。見ても良いかね?」
断れるはずもない申し出に、アルベルティーナは心の中で悲鳴を上げた。思わず表情にも出てしまう。瞼をギュッと閉じ、顔をくちゃりと歪めた。
(ま、ままままずいですわ!)
何せ今日の昼食も悪戯メニュー。アルベルティーナ渾身の悪意が炸裂しているのだ。これを見られるとは、何たる失態。とんだ生き恥だ。
正直に言えば絶対見せたくないが、期待しているラウゼスを断れるはずがない。
アルベルティーナが百面相をしているのを見て、ラウゼスは口に手をやった。素直な反応に思わず笑ってしまう。
親子喧嘩の第二ラウンドが現在継続中なのはラウゼスも知っている。アルベルティーナは果敢にも、グレイルに悪戯を仕掛けているのも耳にしていた。
その内容がとても微笑ましく、グレイルは上機嫌である。実害が誰にも出ておらず、グレイルの反応を鑑みれば利益のほうが大きい。
「素人の手料理ですが……」
恥ずかし気にアルベルティーナが見せたのは、ファンシーな熊のパンだった。シンプルな点と線でデフォルメされた顔が描かれている。
その周囲には器で分けられたおかずもある。コールスローのサラダに、人参のグラッセ、飾り切りで蟹の姿になったウィンナー、真っ赤な彩のミニトマト、チーズときゅうりのハム巻きは小さな串で留めてある。
二人が食べるには全体的に可愛らしいものばかりだが、全体的にアルベルティーナの頑張りが見て取れた。
「上手にできているではないか」
「あ、ありがとう存じます……」
ラウゼスに褒められたのに、視線を泳がせるアルベルティーナの怪しいこと。とてもやましいですと言っているようなものである。
アルベルティーナのことだから毒はないだろう。隠すようにそそくさとグレイルとガンダルフに渡しに行くのを止めはしなかった。その耳が真っ赤になっており、ただ単に恥ずかしかっただけだとラウゼスは見当をつける。
その予想は少し当たっていて、悪戯心たっぷりのラブリー弁当を見られたアルベルティーナは、自分の子供じみた悪意が優しい義父にバレたのが恥ずかしくてたまらない。立派なレディのすることではないと頭では分かっているので、予想外のところで見られたのが辛い。
ラウゼスとアルベルティーナはぎりぎり掠っているけれど、本質は微妙にずれていた。
そんな二人をグレイルとガンダルフは穏やかに見守っていた。
紆余曲折で義理の親子になった二人だが、共に本質は善良で温和。眺めているだけで、心に平穏が訪れる。
そんな中、フリングス公爵は何気ない顔をして二人のお弁当を観察していた。
(これはまた可愛らしいな)
アルベルティーナ以外が出したら無言で突っ返すだろうに、二人はそれぞれに喜びを滲ませながら見つめている。グレイルはいつもより纏う空気が穏やかだし、ガンダルフは一見仏頂面だが、少しそわそわしている。
「いやあ、宰相殿もフォルトゥナ公爵も愛情たっぷりのランチで大変羨ましい。ヴァユの離宮は、ラティッチェのシェフが多く集っていると聞きますが、やはり愛に勝るものはないようですな」
陽気にからかってくるフリングス公爵に、グレイルとガンダルフは「何言ってんだコイツ」という顔をしている。それは馬鹿にしているのでなく、当然だろうという表情だ。
美食のラティッチェは有名だ。ヴァユに訪れる機会があれば、是が非でもお茶と茶菓子をいただきたいと言う者は多い。
まだ社交を行っていないアルベルティーナは、身内としか食事をすることはない。警備も厳重で、長期滞在は難易度が高いのだ。食事は敷居が上がるが、ティータイムなら僅かにチャンスがある。
「まあ、お上手ですのね。フリングス公爵」
「いえいえ、ラティッチェの美食は有名ですから。食の流行はラティッチェにありですからね!」
下心込みのリップサービスに、アルベルティーナはおっとりと首を傾げる。
二人のやり取りを見ているアルマンダイン公爵は、面倒を起こすなとフリングス公爵を睨んでいる。
キシュタリアは涼しげな顔をして、この場が過ぎるのを待っていた。
アルベルティーナが同席するなら残り、別室へ行くなら退席して昼食を一緒に過ごそうと考えていた。正直、弁当を広げた瞬間に料理の香りが漂って、なかなかに空腹感を刺激してきている。
「よろしければ、昼食をご用意しましょうか? わたくしのものと同じものでしたら、ラティッチェの料理を出せますが」
それは最高品質保障である。
同時にキシュタリアとアルマンダイン公爵は、さっとフリングス公爵を見た。彼はアルベルティーナがその打診した瞬間、何とも言えない欲望交じりの恵比須顔となったのだ。
この男、最初からここで昼食を食べるのが目的だったのだ。
「それは光栄! 恐悦至極です。ラティッチェの料理をいただける機会を貰えるとは、実に嬉しい限りですな!」
いけしゃあしゃあと言ってくれるものである、このオッサン。実に厭らしいしてやったりの笑顔である。
褒められて悪い気はしないのか、アルベルティーナも控えめながらに嬉しそうな顔をしているものだからキシュタリアも止められない。グレイルはちらりと視線を寄越したが、止める気はないようだ。
「アルマンダイン公爵はどういたしましょう? 良かったらお召し上がりになりますか?」
横から圧を感じるアルマンダイン公爵。嫌だ、断れと刺々しいオーラを放っているのは、ラティッチェの若公爵だ。
だが、彼はつい最近まで卵を尻に引っ付けていた雛鳥の威圧などに怯む男ではない。だてにグレイルとの付き合いも長く、海千山千の貴族の世界を泳いできた者である。
「実はラティッチェの新作がありまして、よろしければご意見をいただければと……」
こてりと首を傾げて窺うアルベルティーナ。その声も仕草も無意識だが、抜群に人の心をくすぐる。そういうことなら、と頷かせる引力があった。
別視点の意見が聞きたいと、いじらしく頼まれては頷くしかあるまい。
読んでいただきありがとうございました。




