順番待ちの彼ら
アルベルティーナはファーストフードのセット風を作っています。
最近、変な動きが多いアルベルティーナが奇妙な道具の発注をかけた。ローズ商会経由で頼むので、ジュリアスには筒抜けになる。
ローズ商会は幅広い職人を抱えているので、金型などの金属加工を得意とする者もいた。彼らにお声がかかったのだ。
ここ数日、アルベルティーナはいそいそとグレイルの執務室に日参して自作ランチを差し入れしていることも耳に入っている。話題の人であるアルベルティーナの一挙手一投足は宮中でも話題に上がりやすい。同時に、アルベルティーナが来た後、グレイルの上機嫌は確定している。書類の提出のチャンスを逃すかと言わんばかりに、文官たちが目を光らせていた。
最近では文官たちが入る順番の談合や裏取引まで流行しているという。無駄な時間と切り捨てたいが、彼らは大真面目。本気でグレイルが怖いのだ。
情けないと一蹴できないあたり、魔王の恐怖はサンディス王宮に浸透しきっていた。
アルベルティーナの悪戯が開始されて一週間。キシュタリア、ミカエリス、ジュリアスは情報交換もかねて会っていた。
場所はヴァユの離宮の一角。三人用にとアルベルティーナが好きに使える場所を複数割り振っているのだ。ありがたく使わせてもらう。
王配候補同士、幼馴染の関係に亀裂が入ったかと思いきやそうでもない。グレイルが復帰した以上、苛烈な婿イビリも予想される。同志として交流は必須ですらあった。
「いいなぁ。僕もお昼の差し入れ欲しいよ」
キシュタリアが呟く。少し眉根を寄せて、拗ねたような表情に少し離れたメイドたちがざわめいている。この若公爵も時の人であるが、現在ラティッチェの引継ぎに必死である。
優秀なキシュタリアだが、サンディス王国の四大公爵家の一角であるラティッチェ当主となればやることも多い。
執事長のセバスはグレイルに引き抜かれてしまった。その代わりに、ラティッチェの私兵『影』だったジェイルがサポートしてくれている。彼は最近まで暗殺者の振りをして潜入任務を行っていたので、実力は折り紙付きだ。
「そのうち順番が回ってくるでしょう。うちの熊と髭も貰ったようですから」
熊はガンダルフ、髭はクリフトフだ。ジュリアスの義父であるフォルトゥナ公爵と次期当主にして義兄なのだが、酷い言いようである。
先を越されたのが気に食わないんだろうと気づいたキシュタリアとミカエリスだが、言及はしなかった。こういう時のジュリアスをいじると、後にしっかりやり返しにかかるからだ。
「えー、なんであっちが先?」
キシュタリアが不満たっぷりに言うと、そうだろうと言いたげに頷くジュリアス。
「我々用のメニューは決まっているようですが、満足のいく出来に至らないようです。
丸いパンや薄焼きのハンバーグと専用ソース。あとポテトやチキンのフリット、オリジナルの炭酸水を試作しているそうです」
誰も言わないだけで、アルベルティーナの行動は筒抜けである。
本人が内緒でやっているつもりなので、厨房には顔を出さない。それでも料理人たちや使用人たちからの噂や、調達される食材の情報を総合すればおのずと答えは出てくる。
「紅茶ではなく炭酸水か。珍しいな」
ミカエリスが知るアルベルティーナは紅茶やハーブティーを好む。炭酸水はあまり飲まないイメージなので意外だった。
「それがまた変わったものでしてね。多種の香辛料や香草、柑橘ピール、結構な量の砂糖で煮てシロップを作って炭酸水で割った代物だそうです」
一見するとゲテモノを作っているのではないかと疑いたくなるが、ラティッチェに食の黄金期を開幕させた美食の女王による監修だ。クオリティは期待できる。
やれやれと肩を竦めながらも、ジュリアスの顔は笑っていた。アルベルティーナは時折、ジュリアスの予想を平気で飛び越える。今回もまたそうなのだろうと、彼も楽しみなのだ。
「アンナやゴードンたちはもう試食しているんだろうなー。いいなーっ!」
キシュタリアが駄々っ子のようなことを言っている。本気で拗ねているわけではないが、全く嘘でもない。自分たちのために、アルベルティーナが頑張っていると思えば我慢できるけれど、どうしても羨ましいのだ。
今はどうしようもないし、自分でも強行突破する気がない。キシュタリアなら、やるならとっくにやっている。我慢ならなかったら、厨房に突撃していただろう。
持て余した感情の発露の居場所を求めて、ここでは子供っぽく振る舞っているだけだ。ラティッチェの若当主のこんな姿を見られるのは、彼に心を許された者だけである。
マクシミリアン侯爵家やダナティア伯爵相手に、しっかり立ち回れていたキシュタリアだがまだ幼い部分も残っていた。
(……本人は否定しそうですけれど、アルベル様に甘やかされた結果ですよね)
(言うなよ。本気で拗ねるから)
ジュリアスとミカエリスが、無言のアイコンタクトをする。
義弟としてたっぷり可愛がられ続けたキシュタリアは、甘えるのが上手い。幼馴染トリオの中では一番若いこともあり、弟分ポジションだ。
こんな子供っぽい愚痴は、社交の場では一切出さない。気の知れた相手だからこその振る舞いである。
「さて、私はそろそろ仕事に戻ります。事業の件で、フォルトゥナ家と相談が必要ですので」
「アルベルの事業は好調か?」
区画整理を伴う、貧困街の救済事業だ。捨て置かれていた人材を集め、住居や職を与える。これにより国の増収や経済の活発化も期待できる。まだ働けない子供たちは学び舎を提供しているので、教養や手に職をつけて巣立っていけるようにしていた。
今まで見て見ぬふりをされていたところに、アルベルティーナが莫大な予算を投じて行い注目を集めている。マクシミリアン侯爵家が盛大にしくじった後に、ジュリアスが引き継いだが順調だ。
「ええ。ですが、別の問題が。現在、王宮の人材不足が酷いでしょう? 助手や侍従として有能株を先に斡旋しようかと考えています」
もう少しじっくり仕込みたかったのだが、王宮の人材不足は喫緊の課題。雑用だけでも増やしておきたい状況だ。
雑用からでも、十分上に這い上がる余白はある。ジュリアスの蒔いた人脈が根を張る絶好のチャンスで、周囲に恩も売れるまたとない機会。この状況を利用し、ジュリアスは優秀な人材を厳選しなければならない。彼らの仕事ぶりは、今後の採用に影響を及ぼすのは明白。
王宮を取り仕切るのはグレイルだ。実力主義の彼の下なら、頑張り次第で役職や爵位も夢じゃない。
ジュリアスにとって追い風の状況。一代で子爵になった成り上がりの身分を、フォルトゥナ公爵家に養子入りすることによって補っている。どうしても、幼少時からラティッチェの後継者として養子入りしたキシュタリアや、生まれてからずっと伯爵家の一粒種として育ったミカエリスに劣る。
(あの魔王から見ても、一番切り落としラインに近いのは俺だ)
アルベルティーナが重用しているから、保留。それくらいに考えておいたほうがいい。気まぐれを起こされ、入れ替えだと言ってセバスでも寄越されたらその座をあっさり奪われるだろう。
やっと平和が訪れても、まだまだやることは山積みのジュリアスである。
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