さらなる迷走
ほのぼのパート
本日も王宮は平和である。
平和と言っても水面下では常に画策が飛び交い、謀略を張り巡らす者がいる。だが、今まで牛耳っていた元老会とその派閥がごっそり減ったこともあり、以前と比べれば可愛いものだ。絵に描いた餅に手を伸ばし、小者どもがみみっちいことで騒いでいる程度だ。
その理由としてグレイルが宰相の座にいるのが大きいだろう。横領などしようものなら、笑顔で死の宣告だ。表面上はもっともらしい理由をつけて、過酷な僻地に吹き飛ばす。
グレイルの前任であるダレル・ダレンはコンラッド・ダナティアや元老会の繋がりが露見して投獄、そして処刑が決まった。あっけないものである。
玉璽を用いた王命の偽造、そして王の毒殺未遂にも加担している疑いもあり逃れられない状況だった。ダレルは特に抵抗もせず、爵位、権利や財産の剥奪を大人しく聞いていた。先日息子グレアムが死に、深い失意の中にあるのだろう。
彼も被害者でもあるが、同時に許されない罪を犯した加害者だ。
ラウゼスは彼からの告解を待っていたが、ついに口を噤んだままで終わってしまった。
ダレルからの謝罪や懺悔があっても、結果は変わらなかっただろう。王位簒奪に加担した以上、死罪は免れない。
ましてや、ダレルは宰相だった。当時、国王に最も近い側近である。一番寝返ってはいけない立場でありながら裏切ったのだから、罪も一層重くなる。
ラウゼスは擁護しない。
ここで私情を挟めば、新たな悲劇を生むと理解しているからだ。
民はサンディスの王宮に根深く蔓延っていた闇を知らない。王宮で起きた事件は知られているが、生活に変わりはない。むしろ良くなっていくだろう。そして、王位簒奪があったことなど時間ともに忘れていく。
ラウゼスに望まれるのは、アルベルティーナが次代を産むまで国を統治すること。できれば育つまで続けられればいいが、ラウゼスの年齢を考えれば難しい。
残念ながら、アルベルティーナは王に向いていない。心根が優しすぎる。だが、彼女を慕う王配候補たちは統治者として十分な資質を持っていた。
グレイルはまだ力不足だと不服そうに嘆いているが、逸材ばかりだ。三人がそれぞれに強みを持っている。
彼らは健全な善政を行うだろう。アルベルティーナが望むように。揃いも揃って、苛烈な本性をうまく隠しているところが昔のグレイルに似ている。
子供の頃はまだ隠していたのだ。クリスティーナに求婚したあたりから変わった。コーディーとの対立により隠せなくなったのか、隠さなくなったのか。
(クリスティーナか……アルベルティーナは本当によく似ている)
クリスティーナより少し臆病で無邪気である。そしてちょっとずれている。
今日も「お父様に嫌がらせしますわ!」と元気よく差し入れを作って、逆に喜ばせている。未来の夫たちが微妙な表情をしながら、それを見送っていた。
困っているが面白がっている。曖昧に笑いながら同時に嫉妬している。色々な懊悩を押しやって、楽しげなアルベルティーナを見て黙るしかない。
今日の執務も早く終わった。グレイルが宰相として辣腕を振るっているので、時間に余裕ができるようになったのだ。
こういう時は、行き先が決まっている。最近できた新しい家族――義娘のいるヴァユの離宮に向かうのだ。
国王が足繁く通うのは不自然に見えるかもしれないが、ラウゼスにとっては自然なことだった。王宮には思い出が多すぎる。
アルベルティーナの姿が明らかになるまで相応しい者がいないと閉ざされていたヴァユの離宮。新しい主人であるアルベルティーナを迎えるにあたり、改修もされている。クリスティーナを襲った痛ましい事件が起きた場所もヴァユの離宮だが、今は生まれ変わろうとしている真っ最中だ。
いつか、あの場所に幼子の賑やかな声も混じる日も来るはずだ。
ラウゼスの訪問は先触れに出していた。少し急な伺いとなったが、アルベルティーナは笑顔で歓待した。
お気に入りの謎の爬虫類(通称ドングリトカゲ)を抱きながら、にこにこと楽しそうに最近の出来事を話してくれる。実際は妖精や精霊の類だそうだが、ここでは完全に愛玩動物扱いだ。
アルベルティーナは意気揚々と語る。グレイルにどんな意地悪(と言っていいのか判断しかねる)をしたかと、己の悪行(だと思っている)を堂々と胸を張って報告していた。
言葉の随所から分かる、グレイルの過保護っぷり。掌中の珠とは知っていたが、温室育ちにしすぎではなかろうか。
これでは社交界に出すにはまだ早そうだ。むしろそれを狙って、こういう教育を施した可能性すら考えられる。
「そう! つまりわたくしは極悪令嬢! いえ、王太女? 少し語呂が悪いですわね。極悪王女としてお父様に意地悪を見せつけ、お父様が守る必要のない立派な悪い子だと理解してもらうのです」
かなり変な方向性で迷走している。
本人が極めて真面目に奇行に走っているが、周囲は止めなかったのか。ちらりと周囲を見れば、生暖かい眼差しでアルベルティーナを見ている。
アルベルティーナの野望は達成されていないが、周囲に迷惑はかけていないので見守られている。概ねそんなところだろう。
悪戯の対象は主にグレイルやガンダルフ、クリフトフなどの身内が多い。アルベルティーナの嫌がらせを疎むどころか、相好を崩して受け入れている。
ラティーヌやパトリシアには悪戯はせず、甘えているそうだ。こちらはこちらで、アルベルティーナの奇行を笑顔で流している。
残念なことに、誰一人アルベルティーナの行動を正していない。彼女が楽しそうで何よりと好きにさせているのだ。
生き生きとしたアルベルティーナの姿が嬉しいのだろう。王宮に連れてこられてから苦労の連続で、曇った表情や無理をした笑顔が多かった。痛々しく奮起する姿が、憐れだった。ラウゼスも、その気持ちが分かってしまう。
「そうか、なら気が済むまでやりなさい」
気がつけば、そんな言葉が出ていた。言ってしまってから我に返るが、アルベルティーナは照れくさそうに笑っている。その笑みにこれでいいかとやはり流してしまった。
ラウゼスも周りに負けず劣らず、アルベルティーナに甘い。
国がしっかりしていれば、彼女はグレイルの箱庭で幸福を甘受しているはずだった。王家の都合で縛り付けた負い目もある。
彼女が笑っていると、王家や元老会に振り回されてきた犠牲者に報いれたと思える。クリスティーナやシスティーナに許されている気持ちになるのだ。
「そうだ……アルベルティーナよ。婚約式の日程を決めたいのだが、頃合いは半年後くらいで良いだろうか?」
ラウゼスの義娘は大層美しい。国内の主要な貴族は、その美貌を知っている。
今は人手不足で騒がしい王宮も、少し余裕ができれば彼女に近づきたいと寄ってくるはずだ。アルベルティーナの性格からして、歓迎できないだろう。ならば、彼女の今後のためにも早め早めに動くべきだ。
「ふぇ……?」
ラウゼスがアルベルティーナを見ると、目を丸くしている。まったくそんなことを考えていなかった顔だ。
ぴたりと動きを止めて、ラウゼスの言葉の意味を理解しようとしている。ゆっくりと咀嚼し、飲み込むように沈黙が流れる。
「こんやく……?」
ゆっくりと自分を指さすアルベルティーナに、ラウゼスは深く頷く。
何故だろうか。アルベルティーナの周囲にふわふわとヒヨコが回っている気がする。
「私はこの年齢だ。今から妃を娶ったとしても、後継を作るのは難しい。そなたに背負わせるのは気が引けるが、子を儲けるのは任せたい」
まだ内密にされているが、ラウゼスの子だと思っていた三人は不義の子だった。メギル風邪の後遺症で、ほぼ確実で子種がない。
メギル風邪の後遺症のことは、まだ伏せられている。
この病は、持ち主の魔力量によって容態が変わる。魔力が多いほど重症化しやすいし、後遺症も出る。平民より、貴族のほうが魔力の保有量も保有率も多い。この事実がつまびらかとなれば、王宮の人材、領地を治める貴族の両方で問題が出るだろう。立て直し最中の政の人事への影響も懸念された。
サンディス以外でも定期的に流行するので、国内だけで済む問題ではないので公表は慎重にならざるを得ない。
アルベルティーナには負担をかけるが、後継者問題は彼女にかかっている。
こればかりはラウゼスがどう努力しても難しいだろう。何せ、男性不妊ということもつい最近知ったことだ。落胆より、やはりかという思いもあった。
幸いアルベルティーナは若く健康。王配候補たちもアルベルティーナに好意的なので、協力を惜しまないだろう。
だが、やはり段階を踏むのは必要だ。
婚約発表は通知だけでいいとして、内外に通知させるために大々的なお披露目はしておくべきだろう。下手に内密にやると、なかったことにしようと画策する馬鹿が出る可能性があった。
「結婚の前にはやはり婚約は必須なのだ。王家、ましてや王太女となると順序を踏まねばならぬ」
「それで婚約式、ですか?」
「ああ。コンラッド……いや、コーディーというべきか。あれの起こした騒動で、情報も交錯しているであろう。正式な声明を出しておきたい」
「は、はい。分かりました……ただ、その」
「何か困ることが?」
「三人……キシュタリアとミカエリス、ジュリアスは了承してくれるでしょうか。そもそも王配にと望んだのは、わたくしが無理にお願いしていたからです」
何言っているのだ、この娘は。
ラウゼスはなんとかその一言を飲み込んだ。
どこからどう見てもアルベルティーナにべた惚れで、隙あらば周囲を威嚇し、魔王からの地獄のイビリにも屈さない執着心があるというのに。
そう思ったが、ラウゼスはぐっとこらえた。アルベルティーナは真剣である。自信なさげに眉を下げているし、その瞳は恐れるように揺れている。
傍らに控えるアルベルティーナの侍女アンナ。彼女を見ると首を横に振る。
(陛下……アルベル様は本気で悩んでおいでです。ですが、三人は全く殿下から離れる気はありません)
アルベルティーナは自信がない。己に他者から望まれ、愛されるような人間だという自覚がない。
父親からの溺愛は受け入れるが、それ以外に対してはどうも鈍いのだ。特に恋愛面においては酷い。多くの者のアプローチを木っ端微塵に粉砕してきている。
アンナの知る限りでも、かなり熱烈なアプローチを受けている。三人から手を変え品を変えこれでもかとアタックされていた。言葉、態度、時には手紙で伝えてきているのにこの有様だ。
この天然要塞が難攻不落だからこそ、あの三人が余計に沼に嵌っているのも否定できない。弄んでいるなら愛情も揺らいだだろうけれど、極めて真面目である。
察したラウゼスは、おもむろに顔の前で手を組んだ。気まずい表情を隠したかったのである。アルベルティーナの無垢な子犬のような眼差しを受け止める自信がなかった。
気のせいか、遠くで麗しい魔王が笑った気がした。未来の王配を冷たく嘲笑っている。
そう簡単にあげないよ――そう言っている気がする。
(……ここはあの三人に頑張ってもらうしかないな)
色恋のスタンスはそれぞれ。王侯貴族が政略で結婚するのは珍しくないが、その領域を超えられるかは本人たち次第。この場合、彼らの頑張り次第だ。
アルベルティーナはダメだ。その手の情緒はまだおくるみの中から出てきたばかりだ。バブバブはいはいしている。
「とりあえず、三人に再度打診してみると良いだろう。下手に人を挟むと、話が捻じれてしまうからね」
「はい……」
しょんぼりと萎れた表情で返事を返すアルベルティーナ。
その後ろで「可愛い……しょんぼり姫様もぎゃわいい……ッッ!」と鼻息荒い侍女がいたが、右からアンナに、左からベラにどつかれている。それでもめげずに悶えている。
他の使用人や騎士たちは慣れているのか、涼しい顔だ。アルベルティーナも後ろの異様な熱気を察してもよさそうだが、のんびりとお茶を飲んでいる。
アルベルティーナも侍女の奇行に慣れているのかもしれない。
少し見ないうちに、ヴァユの離宮はかなり愉快な場所になっている。
ラウゼスは奥歯で笑いをかみ殺しながら、誤魔化すようにカップを取るのだった。
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