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姫様の迷走

アルベル、奇行に走る。本人は真面目です。



 時は少し遡る。

 グレイルの無茶を知ったアルベルティーナはとても怒った。何故、大好きな父親はこんなにも危険な真似をするのだろうかと悩み、考えた。

 それは自分が頼りないからだ。御年十七歳になる王太女殿下は、魔王のお膝元で暢気にすくすく育った自覚がある。社交経験ゼロのどこに出しても恥ずかしいヒキニート令嬢だった。義母も義弟も使用人たちもたっぷり甘やかしていたので、立派な世間知らずに育っている。


「わたくしは将来的には女王になるというのに、これはとてもよろしくないのでは?」


「政治は王配の管轄ですから、お気になさらないで大丈夫ですわ。姫様は今まで通りお美しく健康に生きていただければ」


 考えあぐね、思い至った結論は良くなかった。アルベルティーナが今更ながらにバイブレーション搭載して、現実に頭を抱えてしまう。

アルベルティーナは真剣に悩んでいた。しかしベルナは主人が政治に煩わせられるより、その美貌をより磨くことに心血を注いでいた。

 どうしても着てもらいたいらしい新作のミニドレスを視界に入れさせ、サブリミナル効果を期待している。

 素早く動いて、アルベルティーナの視界ギリギリの位置でドレスをちらつかせている。

 しかし、それはアンナがやってきて失敗した。ベルナの奇行に慣れつつあるアンナは、容赦なくベルナの後頭部をシバく。


「おやめなさい。アルベル様は幼少期から膝上のスカートはお召しになられません」


「ですが折角の美脚を! 華奢でありながらも女性美的曲線を描くおみ足を! 是非を!」


 その熱意が心底気持ち悪い。はあはあと荒い息で熱弁を繰り出すベルナに、靴の中でダンゴムシを潰してしまったような顔で対応するアンナである。

 どう見てもベルナのドレスのスカートの裾は短い。膝上十センチある。足首どころか膝小僧や魅惑の太腿が半ばくらいまで見えてしまう。そんなデザインでも、アンナの敬愛する主人なら見事に着こなせるというのは理解していたが、恥ずかしがるのも分っていた。

 幸い、悩み事に夢中のアルベルティーナは変態発言を右から左にスルーしている。


「レイヴン。これを捨ててきてください」


「……分かりました」


 変態の処理を任されたレイヴンの顔がちょっと困っていたのは見て見ぬふりだ。

 アルベルティーナはこのドレスに興味がないようだし、アンナは睨んでくる。ベルナはドレスを取り返そうと必死だ。レイヴンは色々考えた結果、ドレスは衣裳部屋(三軍エリア)に運ぶことにした。


「バレンシュタットの最新作なんですよおおお! 北から来た商人から取り寄せたのにー!」


 最後まで見苦しい断末魔だった。あそこまで欲望を剥き出しにしていると、ある意味で清々しい。

 ベルナが追い出されたあと、ずっと考え込んでいたアルベルティーナが顔を上げた。


「そうですわ! わたくしがしっかりすればいいのです! お父様が心配しないくらい王太女を頑張ればいいのです!」


 もう嫌な予感しかしないアンナである。ろくに外敵を知らないガラパゴス系姫君が、いきなりできるはずがない。魑魅魍魎が溢れかえって跳梁跋扈する王宮で動けば捕食される。

 自衛力ゼロだが、見た者の人生を狂わせる美貌を持っている。中身は善良、時に永遠の幼女みがあるのが余計に周囲を拗らせる。

 アンナはアルベルティーナの傍にいて、そんな人間を何人も見てきた。両手で足らなくなったあたりから、数えるのはやめた。


「姫様、僭越ながら申し上げます。社交は貴女様には向かないかと」


「ど、どうして!? 何がダメなのですか!?」


 いつもは応援してくれるアンナの言葉にショックを受けるアルベルティーナ。頑張ると息巻いた直後に、信頼する腹心からNOを突き付けられてしまった。


「姫様には毒が足りません。社交界を泳ぐ自衛手段です」


「ど、どく……!」


 一刀両断され、アルベルティーナは震える。その背後には幼気なハムスターが見える時点でダメダメだ。あらゆる生物から捕食される動物すぎる。

 社交界には欲望に染まった化け物がひしめき合っているのに、このようなか弱い存在を投げ入れるのは死と同じである。


「わ、わかりましたわ。アンナ、わたくし……」


 諦めてくれそうだとアンナは胸を撫で下ろした。だが、それは大きな間違いだった。

 アルベルティーナの顔が曇るのは心苦しいが、彼女が腹の探り合いや交渉が苦手なのを知っている。

 

「わたくし、立派な悪い子になります! お父様が心配する気がなくなるような悪い子に!」


 無理だ。

 即座に否定しなかったアンナは、主人の自主性を重んじる忠臣だからである。

 両手を握りしめ、ふすふすと気合いたっぷりに意気込んでいるアンナの主人。やる気が漲っているが、頑張り方が斜め上である。

 かれこれ十年以上アルベルティーナのお世話をさせていただいているアンナはとても理解している。ナチュラルボーン善性をこの上なくのびやかに成長させたこのお姫様は、その手のことが致命的に下手くそだ。

 というか、悪い子になるという発想がもう良い子の思考。

 アンナは知っていた。我が姫君は、時折斜め上の行動力を見せる。そして今がその時だった。


「手始めに、お父様に意地悪をしてきますわ!」


 それは絶対喜ばれるパターンだ。何をするかは不明だが、溺愛するアルベルティーナに悪戯されたら嬉しいに決まっている。

 娘を目に入れても痛くないほど溺愛している。むしろ目に入れて持ち歩きたいグレイルにとって、アルベルティーナからの構ってサインにしか見えないだろう。

 それにこの箱入り姫がする意地悪なんてたかが知れている。相手は欲望蔓延る王宮で、権謀術数を片手にあしらってきた魔王だ。アルベルティーナが渾身の悪意を見せつけたとしても、児戯である。

 すべてを理解しながらも、アンナはとても優しい笑顔を浮かべつつ頷いた。


「まずはお父様の言いつけをいっぱい破ってやりますわ」


 意外と正統派に悪いことをしようとしている。アンナは驚いた。アルベルティーナは得意満面だ。過去一番にドヤドヤしまくっている。その姿は威張り散らしているというより、おしゃま自慢をする幼女にしか見えない。 

 悪巧みをしているつもりだろうけれど、とても微笑ましい。


「お父様に禁止された、刃物や火を使うお料理をしますわ!」


 予想を裏切らず、破る約束事も幼女的なレベルだった。

 アルベルティーナは料理が好きなのだが、火傷や切り傷ができたらいけない禁止事項が多い。包丁、鋏、竈、魔導コンロ、オーブンなど様々な道具に使用制限がある。


「たくさん破って、お父様にお昼ご飯を作ります。王宮のご飯を食べられなくさせてやりますわ!」


 そこまで言って、むふーと胸を張るアルベルティーナ。アンナは震えた。予想を裏切らない悪意音痴。見事な意地悪のポンコツだ。

 美食の発祥地ラティッチェより数段グレードの下がる王宮料理。つい最近まで元老会の息がかかっていたので、時代遅れの調理法ばかりなのだ。

 ヴァユの離宮はラティッチェのレシピを使用されているので、アルベルティーナはほとんど口にしたことがない。

 グレイルは基本、王宮で仕事の際はラティッチェのタウンハウスから料理を運ばせている。毒を盛られる防止策でもあるが、口に合わないのも大きいのだろう。キシュタリアも同じことをしている。

 ラティッチェの美食に慣れると、王宮の料理すら受け付けなくなってしまうのだ。

 アルベルティーナは素人であるが、繊細な味覚の持ち主だ。料理のセンスも良い。ラティッチェの食事事情を飛躍的に向上させた張本人である。

 あの魔王は愛娘を溺愛している。娘の料理なら、泥のスープだろうが雑草サラダだろうが石のハンバーグだろうが完食する。気合いで食うだろう。


「まずはゴードン料理長に協力を仰ぎますわ。調理場を確保です!」


 ヴァユの離宮の厨房を任されているのは、ラティッチェから派遣された料理人だ。まるで傭兵や騎士などが下手な変装をしているような体格で、料理人とは思えないゴリゴリのむくつけき筋肉達磨だが恐ろしく繊細な料理を作る。

 部下からは鬼と称されるゴードンだが、彼女はアルベルガチ勢なので快く場所を提供してくれた。アルベルティーナが厨房を使いたい理由が、料理でグレイルに嫌がらせをするという内容には一瞬だけ面食らった顔をしていた。しかし、説明を聞いているうちに、アンナと同じように優しい笑顔で頷いてくれた。

 アルベルティーナは素人料理というが、サンドイッチの作り方一つでも拘っている。マヨネーズとケチャップを混ぜたオーロラソースの卵サンドには、塩もみした細切りキュウリがアクセントとして入っている。厚切りハムとレタスのサンドイッチはソースにマスタードを加えている。バジルとサラダチキンのサンドイッチは特製ピクルスとクリームチーズでワンランクアップと試行錯誤をしている。

 ちなみに失敗作は他の料理人や護衛のレイヴンの胃に収まっていった。料理人の間ではラティッチェの天使からの贈り物を拳で奪い合っている。

 スープはベーコンと野菜たっぷりのミネストローネ。飲むというより、食べるスープだ。胡椒はしっかり目で、隠し味に粉チーズを少々。


「ふう、できましたわ。パンから焼くことはできなかったけれど、具材は素人の手作り。サンドイッチとスープだけという侘しいランチです。宰相のいただくお昼としては品数も質素。最高の嫌がらせメニューの完成ですわ」


 食べ応えのあるサンドイッチとスープだ。一目で具が分かるように断面が見え、食べやすいように紙で包装してある。アルベルティーナの主張する嫌がらせ要素が見当たらない。

 いそいそとバスケットに作った料理を入れる。スープは蓋つきの小鍋に入れて、サンドイッチとはしっかり分けて温度が移らないようにしていた。お手拭きや紙ナプキンも入れている。


「姫様、お持ちいたします」


「いいえ、わたくしが責任をもって運びますわ!」


 目を輝かせるアルベルティーナは、成功を疑っていない。厨房から漂う良い匂いと、歓喜しておこぼれを貪る者たちの姿は見えていないのだろうか。

 バスケットを持とうとした手が、思わずうろうろしてしまうアンナである。


「お父様はどこにいらっしゃるのかしら。ご自分の執務室? それとも陛下のお手伝い中かしら?」


「今日は閣下の執務室に居られますよ」


 何時の間にか戻ってきたベルナが、さっと背後から現れる。戦える使用人だけあって、足音がしない。

 急に現れたベルナにゴードンがフライパンを一瞬構えたが、誰だか分かると複雑な顔をして下げた。ここにいたのが本物の不審者だったら、頭蓋を砕くフルスイングをされていただろう。


呼んでいただきありがとうございました。


ここしばらく雪→停電→ネット故障のコンボでなかなか大変でした。

停電くらいならよくありますが、ネット環境破壊は困りましたね。電気が通っているのに……な状態に。

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