第5話『王都の陰謀と、反撃の茶会』
「やり方が浅はかすぎるな。到底、王太子の器ではない」
ヴァルハイト領の主の執務室。アレクシス様は、王都から届いたばかりの高級な羊皮紙の書状を、一瞥しただけで容赦なくびりびりと破り捨てた。床に散らばったのは、私に対する『悪徳な魔女』としての逮捕令、そしてアレクシス様に対する『国家叛逆の疑い』による王都への即時召喚状だった。
あの日、セドリック殿下が辺境から這々の体で逃げ帰った後、王都では私に対する卑劣な噂が国中に広められ始めていた。
私が王宮を去ったことで特製のお茶が作れなくなり、外交が停滞したこと。王宮の薬草園が衰退したこと。それら全てを「シャーロットが裏で呪いの調合薬を仕込んだせいだ」とすり替え、私を力ずくで捕らえる大義名分を作ろうとしたのだ。自分たちの無能を隠し、私の調合技術を強奪するための、あまりにも汚い陰謀だった。
「シャーロット、心配いらない。王宮ごとセドリックを叩き潰す準備はいつでも整っている。我がヴァルハイトの軍を動かし、あの愚か者どもの首を跳ねてやろう」
アレクシス様の赤い瞳に、かつての「悪魔」と呼ばれた冷酷な殺気が、怒りと共に爆発しかけていた。私のために国を相手に戦争を起こそうとするその重すぎる愛に、私は内心で冷や汗をかきつつも、毅然とした態度で彼の前に立った。
「待ってください、アレクシス様。武力で潰すのは簡単ですが、それではあなたの名誉が傷つきますわ。……私に一つ、とても素晴らしい策があります」
「策……?」
アレクシス様が怪訝そうに眉をひそめる。私はふふっと不敵な笑みを浮かべると、机の上に、私がこれまで水面下で集めていた「あるもの」を提示した。
それは、王宮の薬草園が衰退した原因――ミリアたちのずさんな管理体制と、保存方法の間違いを科学的・魔力的に証明した詳細な分析結果。そして、セドリック殿下が私から技術を不当に盗み取ろうとしていたことを示す、事前のやり取りの証拠文書だった。さらに私は、カバンから一つの美しい小瓶を取り出した。
「これは、私が新しく開発した、最高級の効能を持つ『奇跡の薬草茶』です。彼らは私の知識と技術を軽視していました。なら――その本当の価値を、社交界の全ての人々の前で、言い逃れのできない形で証明してみせますわ」
私の強い瞳、そして元医療関係者としてのプライドを懸けた不敵な微笑みを見て、アレクシス様は驚いたように目を見開いた。しかしすぐに、その端正な唇を愉しげに歪め、愛おしそうに目を細めた。
「……フッ、やはり私の選んだ女性だ。美しく、そしてどこまでも頼もしい」
彼は私の手を取り、その白い甲に、誓いを立てるように熱いキスを贈った。
「いいだろう、お前の舞台を用意しよう。私は陰から、お前を害しようとする全ての芽を摘み取る本物の悪魔となろう」
◇
一ヶ月後、王都の大夜会。
きらびやかな中央広間には、自分たちの勝利を確信し、高笑いするセドリック殿下とミリアの姿があった。周囲には、王宮の新しいお茶がお披露目されると聞いて集まった、各国の有力な貴族や外交官たちがひしめき合っている。
「皆様! 本日は我が国が誇る新たな『聖女』、ミリアが淹れた至高のお茶をお披露目しよう! これぞ国を豊かにする奇跡の癒やしである!」
セドリック殿下が朗々と宣言し、給仕たちによって貴族たちに杯が配られる。ミリアは得意絶頂の笑みで胸を張っていた。
だが――お茶を一口飲んだ瞬間、貴族たちの表情が一斉に曇った。
「……これが、至高? なんだか酷く苦くて、風味も落ちているような……」
「以前、ヴァルハイト領から買い付けたお茶の方が、遥かに素晴らしかったが……。本当にこれが聖女のお茶なのか?」
ざわめき、落胆する会場に、凛とした、しかし良く通る毅然とした声が響き渡った。
「当然ですわ。そのお茶は、保存方法も調合の比率も、完全に間違っておりますもの」
その声に、会場中の視線が一箇所に集まる。
人ごみを割って現れたのは、洗練された漆黒と深紅のドレスを纏った私――シャーロット・エヴァンジリン。そしてその隣には、圧倒的な威厳と存在感を放ち、周囲の貴族たちをその覇気だけで平伏させるアレクシス様の姿があった。
「シャーロット!? なぜ、なぜここにお前が……! 罪人として捕らえられたはずでは!」
驚愕し、指を震わせるセドリック殿下に対し、私は優雅に一礼し、完璧な微笑みを向けた。
「罪人? 何のことでございましょう。私はただ、ヴァルハイト伯爵閣下の『専属調合師』として、正しいお茶の魅力を皆様にお伝えしに来ただけですわ」
私は事前にアレクシス様が手配してくれていた特設の茶卓へと進み、持ち込んだ一級品の茶器を取り出した。その場で、静かに、しかし流れるような手つきでお茶を淹れ始める。
次の瞬間、淹れたてのお茶から立ち上ったのは、王宮のそれとは比べ物にならない、芳醇で濃厚な極上の香りと、目に見えるほど美しく澄んだ魔力の波動だった。
私はその最初の一杯を、社交界で最も影響力があり、長年ひどい偏頭痛に悩まされていることで有名な老公爵夫人の前へと差し出した。
「どうぞ、お召し上がりください。日頃の お疲れが、少しでも和らぎますように」
夫人が不審がりながらも一口含むと――その瞬間、彼女の目は見開かれ、手元が震えた。
「まあ……! なんということでしょう! 長年私を苦しめていた頭痛が、霧が晴れるように一瞬で消えていくわ……! 肌に潤いが戻ってくるような、身体の奥から魔力が満ちていく……なんて素晴らしいお茶なの!?」
社交界の重鎮たる夫人のその言葉に、会場は一気に、割れんばかりの騒然とした空気に包まれた。
「あり得ない! そんなはずはない! ミリアのレシピの方が正しいはずだ!」
取り乱したセドリック殿下が叫ぶが、もう全てが遅かった。
私はすかさず、事前に用意していた王宮の管理不備の分析書、そしてセドリック殿下たちが私を陥れようとしていた証拠文書を、夜会に参加していた公明正大な大公や有力貴族たちの元へ配布したのだ。
「私を不当に追放し、技術を盗もうとしたこと。さらには、自身の無能で王宮の薬草管理を怠り、外交を危機に晒したこと。その罪を私に擦り付けようとしたこと……全て、ここに証明されております」
貴族たちの冷ややかな、そして軽蔑の視線が一斉にセドリック殿下とミリアに突き刺さる。
そこへ、アレクシス様が氷のように冷徹な声で、決定的な追い打ちをかけた。
「セドリック殿下。我がヴァルハイト家は、シャーロットに対する不当な侮辱、および我が領地への不法な介入に対し、王家への資金および魔力支援を、本日を以て『全て打ち切る』ことを決定した」
「な……ヴァルハイト伯! 正気か!? この女はただの悪役令嬢だぞ!」
セドリック殿下が悲鳴のような声を上げるが、アレクシス様は彼を、ゴミを見るような冷たい赤い瞳で見下ろした。
「彼女は私に『生きる意味』を与えてくれた、私の最愛の女性だ。彼女を侮辱することは、ヴァルハイト家全体を敵に回すことと同義だと、その身を以て思い知れ」
アレクシス様から放たれた、部屋中の空気を押し潰すほどの圧倒的な威圧感に、セドリック殿下とミリアはついにその場にガタガタと崩れ落ちた。
王国の経済と軍事の要であるヴァルハイト家の支援を失う――それは、セドリック殿下の王位継承権の完全な失脚を意味していた。
私を陥れようとした愚か者たちへの、完璧な「ざまぁ」が完了した瞬間だった。




