第6話『溺愛の永遠と、二人のお茶会』
あの大夜会での断罪劇から、数ヶ月が経った。
私を不当に貶め、その技術を盗もうとした第一王子セドリックは、数々の不正と国家の損失を招いた責任を問われ、正式に廃嫡となった。彼の側で甘い汁を吸おうとしていた男爵令嬢ミリアともども、王都から遠く離れた修道院へ幽閉されることが決定したという。自業自得、因果応報の結末だった。
王宮からは「どうか王宮筆頭調合師として戻ってきてほしい」という懇願の手紙が何度も届いたが、私はその全てに目を通すことなく、暖炉の火へと放り込んだ。
今の私には、王都の華やかな地位も、権力闘争のドロドロした人間関係も、一切必要ないからだ。
王都の喧騒を遠く離れた、北の辺境ヴァルハイト領。
緑豊かな薬草農園を見下ろす小さな丘の上に、小さな、けれど白を基調とした美しいお茶会用の東屋が建っていた。アレクシス様が「シャーロットがいつでも最高のお茶を楽しめるように」と、最高の職人を集めて建ててくれたものだ。
心地よい澄んだ風が吹き抜け、色とりどりのハーブの花々が咲き誇る中で、私はお湯を沸かし、ゆっくりとお茶を淹れていた。
「……いい香りだな」
背後から低く甘い声が聞こえたかと思うと、大きな影が私を包み込んだ。
アレクシス様は、私が淹れたばかりの琥珀色のお茶を愛おしそうに一口飲むと、隣の椅子に座る私の腰に自然な動作で手を回した。そして、そのままひょいと私の身体を持ち上げ、彼自身の逞しい膝の上へと私を抱き上げたのだ。
「ちょっと、アレクシス様……! 重いですし、お茶がこぼれてしまいますわ!」
突然のことに顔を真っ赤にして抗議するが、アレクシス様は満足げに目を細め、私の腰を抱きしめる腕の力を緩めようとはしなかった。
「こぼれないように、こうしてしっかり抱きしめている。……それよりもシャーロット、王宮からの筆頭調合師への誘いを、今回も全て断ったそうだな」
「当然ですわ。王宮の筆頭調合師の座なんて、これっぽっちも興味ありません。私はここで、あなたのためにお茶を淹れている方が、ずっとずっと幸せですから」
私の言葉に、アレクシス様の美しい赤い瞳が、熱を帯びて激しく揺れた。
かつて「死にたがり悪魔」と呼ばれ、世界を呪い、ただ死を待つだけだった男の顔には、今や深く優しい愛の笑みが浮かんでいる。彼の身体からは、出会った頃の禍々しい呪いの影など一切消え去り、私が淹れ続けたお茶と、その魔力安定の効果によって、溢れんばかりの生命力が満ち満ちていた。
「お前は本当に……これからもずっと、私を救い続けるのだな」
「救ったのは私ではありませんよ。アレクシス様ご自身が、絶望を捨てて、生きて私を愛することを選んでくださったのです」
私の頬にそっと手を添え、アレクシス様は宝物を愛おしむような眼差しで私を見つめた。
「ああ。お前のいるこの世界なら、私は永遠に生きたいと思う。お前の淹れるお茶を飲み、お前の笑顔を隣で見られるなら、この命が続く限り、どこへも行かない」
アレクシス様は私の顎を指先で優しく持ち上げると、深く、甘い接吻を重ねた。
お茶の芳醇な香りが口いっぱいに広がり、胸が苦しくなるほどの切ない愛おしさが、私の全身を駆け巡っていく。出会った頃の「患者と調合師」の関係は、いつの間にか、互いになくてはならない「唯一無二のパートナー」へと変わっていたのだ。
「シャーロット。ヴァルハイト伯爵夫人として、一生私のそばにいてくれるか?」
指先にきらりと光る、深紅の魔石が嵌め込まれた婚約指輪。それは、彼の命と、彼のすべてを私に捧げるという誓いの証だった。
「……ええ。お茶が冷める暇もないくらい、ずっとずっと、あなたのそばにおりますわ」
悪役令嬢としての絶望の未来は、私の知識と、そして彼の重すぎるほどの愛によって、完全に上書きされた。
風に揺れる薬草の優しい香りに包まれながら、私は最愛の伯爵様とともに、甘く幸福な永遠の時間を、これからも一歩一歩歩み続けていくのだった。
(『愛され悪役令嬢は、死にたがり悪魔伯爵の執着を解きたい 〜死に戻りからの溺愛人生〜』・本編完結)




