第7話 風呂事情
宿〈真昼の月〉は整然と横並びに建つ、建物の一角にあった。
石造りの四階建てで、同じ高さの建物がキレイに並んでいる。下町といってもここは王都なので、景観の保護か建築上の……なにかしらルールがあるのかもしれない。
青い看板を確認して中に入ると「いらっしゃいませ」と大きな声で出迎えられた。
「部屋、空いてますか?」
入ってすぐが食堂で奥に受付があった。館内は清潔で花が飾ってある。服屋の婦人が紹介してくれただけあってなかなか良い雰囲気だ。
「空いてますよー」
中から若い女の子が出てきた。
「おひとり?食事はお付けしますか?」
俺はとりあえず三泊お願いした。もちろん食事付きだ。
朝夕食事付き一泊、銀貨五枚。日本円の価値で五千円くらいは安い。王都で二食付きは安すぎるぞ。銀貨十五枚を先払いで支払った。
そして、気になっていた浴室自体はあったのだが宿泊者共用だった。
浴槽はないらしい。ただ身体を洗って汚れを落とすための場所らしい。
「個人の浴室があるのは貴族向けの高級宿だけですよぉ。うちにあるわけないじゃないですかぁ。湯舟に入るなら大浴場に行くといいです」
なんと、この世界には公衆浴場があるらしい。昔の勇者が「風呂がないのは嫌だ、病気になる」と王族にねだって作らせたそうだ。風呂には入りたいよな。わかる……わかるぞ。名も知らぬ勇者よ、感謝だ。
「お洗濯はサービスしますので汚れものがあったらだしてくださいね」
「ありがとう。助かるよ」
でも自分よりかなり若い女性に下着を出すのはちょっと気が引けるので出すならタオルくらいかな。
ん?いや、待て。まったく出さないと「着替えも洗濯もしない汚いおっさん」と思われる危険があるのか……それはちょっと嫌すぎる。
とりあえず、部屋のカギを貰って食事の時間と浴場の場所を聞いた。
「食事はご希望のお時間にお運びします。食堂でよろしければ何時でも対応できますよ。浴場はこちらの奥に進んでもらって……」
説明を受けて俺は食事は食堂で食べると伝えた。夕食時には酒を頼みたいから食堂のほうが都合がいい。朝は……ゆっくり寝たい。
決まった時間に起きなくて良くなったからな。そういえば、通勤電車の地獄から解放されたんだぞ。感動だ……
部屋は三階だった。石造りの階段に少しエレガントな彫刻が施されている手すりを見て少し気が遠くなった。エレベーターがない。暮らしの便利さに慣れ過ぎていたことを思い知り涙がでる。……浴場に先に行けばよかったな。たかが三階、たかがだ。でも少し疲れた。
辿り着いた部屋の中は石造りだった。タペストリーや絨毯で華やかな色合いにしてある。シンプルにベッド、ローテーブル、ソファ、窓際に椅子……ビジネスホテルより少し温かみがあるかなって感じだ。
俺はバフっとソファにダイブした。
「っ……ッテ」
馬車で自分が思っていたよりダメージを負っていたようだ。ケツ、割れたかも……は冗談だが寝る前に湿布でも貼るか。
正直また階段の上り下りは気が滅入るが身体は洗いたい。〈洗浄〉魔法を使ったから一応キレイだが汗を流した気分になりたい。
着替えとタオルを〈生成〉してから浴場に向かった。
脱衣場は狭かった。着替えを入れるカゴと身体を拭くようの布が置いてあった。さすがに無防備に荷物を置いておく勇気はないので脱いだものだけカゴに入れてバッグはアイテムボックスに入れた。
浴場の広さは六畳ないくらいか。
「……おぉ」
滾々と出ているお湯を溜めている大きな桶と横に水の桶が並んでいて、手桶と木製の椅子が三セット置いてあった。
お湯は温泉でもひいているのか?水はただ汲み貯めたものっぽい。
俺はこの風呂では寛げないなぁと少し残念に思いながら、お湯を頭からかぶった。
「あ」
石鹸がない。この世界では石鹸は使わないのか持ち込みをするものなのか……
仕方ないのでお気に入りのシャンプーとボディソープ、うっかり忘れていた身体を洗うようのタオルを思い浮かべて〈生成〉した。
ん、癒される香りだ。
泡たてて髪を洗い、身体もゴシゴシと洗う。やっぱりこの洗うって作業は一日の疲れを落とすのに大事な儀式だ。
「ふぅ」
この浴場は共用だから誰かとかち合うのも嫌なので泡を流してすぐに出る。
脱衣場で身体を拭いて、髪を……ドライヤーがないのだった。自分のスキルを思い出して〈乾燥〉を使った。便利魔法がいろいろ使えるのは助かるな。
〈生成〉で作った露店で見かけたゆるいパンツとシンプルなシャツを着た。寝巻のつもりだったが食事をするのでまた着替えることになりそうだ。
食堂に出ると受付をしてくれた少女が声をかけてくれた。
「食事とエールを頼む」
「はぁい」
テッテッと小走りで厨房に向かう様子はかわいらしくて和んだ。
他に食事をしている客はいない。まだ早い時間だからか。何度も階段を使いたくないのでまとめて済ますぞ。
「まずエールをどうぞ」
「ありがとう」
運んできてくれた木製コップを手に取って早速飲む。
露店で飲んだものよりはアルコールが強いようだ。麦の香りもよい。クラフトビールっぽくて好きだ。冷えていたらもっと良いんだが……やはり常温だ。
一杯飲み切ったころに食事が出てきた。
「ワインは頼めるか?お勧めでいい」
「はぁい。少々お待ちくださいね」
食事はスープと鶏肉のソテーだ。野菜が少ないなぁ。パンはスライスして焼いたものに何か塗ってある。
……ニンニクとオリーブオイルの香りがする。
スープは薄味だがおいしい。見たことがない根菜が入っているが何だろう。味はカボチャに近いか。
ソテーはシンプルに塩とハーブだった。皮がパリっとしていて旨い。何鳥か〈鑑定〉してみたら、魔物だった。鳩のようなものらしい。
この世界の普通食が魔物なら慣れるしかないか。
ま、どうしても何か食べたくなったら〈生成〉すればいい。
その後出てきたワインは赤でフルボディだった。エールより少し冷えていた。
スモーキーで樽の香りが濃い、ちっょと粗い味だが悪くない。
二杯目のワインを飲んでいたら他の客が入ってきた。雰囲気的には冒険者か。
今日はもう静かに過ごしたいので部屋に戻ろう。
「ありがとう」
酒代を払って礼を伝えると少女はニコっと笑ってくれた。
やはり看板娘の存在は強いと思う。癒されるからな。




