第1話 召喚された日
俺がここランダルイルク国のスフィトの町にたどり着く前の話をしようか。
あの運命が変わった日、仕事帰りにバーでうまい酒、うまい葉巻を楽しんでご機嫌だった。幸せな余韻を残しながらの帰り道。
突如、俺の足元が光った。
「は?」
見慣れた繁華街の景色と喧騒が消え、視界は異国の雰囲気を思わせる優美な神殿の中に切り替わっていた。
「……」
ポカーンとくちを開けたまま、天井や壁を見る。
宗教的な美しい建築、モザイクタイルの壁画が圧巻だ。
「なんでだよっ! あんなおっさんより俺のほうがいいじゃんよ」
騒がしい怒声が耳に入って意識をそちらに向けると派手な青年が俺を指さしていた。
どうやら俺はいきなり見知らぬ青年に悪意ある暴言を吐かれたようだ。
失礼なヤツだな。俺はまだ38歳だぞ。
叫んでいるアイツは二十前後といったところか……
「役割は天命によって与えられる。汝にその器がないということであろう」
青年が怒鳴りつけている相手は……なんだろう、明らかに人ではない異質な存在だ。よくあんな喧嘩腰に話せるものだ。
そして彼の周囲に、青年と同じような年齢、同じような服装……の派手な二人がいた。
「あぁん?足腰弱っていくだけのおっさんより俺のがふさわしいって言ってんだろ」
金髪に赤いメッシュを入れたくそ生意気な青年はさらに俺を侮辱した。
「ぷっ、おっさんって言っちゃ悪いわよぉ」
ブルーアッシュのツインテールの地雷メイクの女がくすくすと笑って金髪にくっついて笑う。
「だけど明らかにさぁ、あっちの方がおまけっぽいじゃんな」
金髪の手下っぽい空気を醸すミントグリーンのツンツン頭が失礼を重ねてきた。
こいつら、あれか。流行りの少年少女のたまり場のなんだっけ、なんたら界隈の若者……口ピアスと腰パンはやめろ。
「俺様が〈奪略者〉でなんであのくたびれたおっさんが〈勇者〉なんだよ!!ありえねぇだろ」
「……職業スキルは我が与えるものではない。魂の選別によるものである」
異質な存在は……たぶん神なんだよな?石像のように白くて硬質な感じだけど……口だけ動いている感じなの怖いぞ。
スキルってあれか?ゲームのやつ。俺は若い時にちょっとやったくらいだ。アニメは古いのしか見てないんだよなぁ。
たまに暇つぶしでネット漫画を見てたからなんとなく状況は分かった気がする。
異世界転生とかそういうやつ。
「なぁ、〈奪略者〉ならスキル奪えばいいんじゃん?俺っち〈剣星〉だから〈勇者〉になったらいい感じじゃね?」
ツンツン君が不穏な言葉を吐いた。ってけんせい(・・・・)って〈剣聖〉か?マジか。あんな三下風なのに……
「マッジー!?きよぽん!!かっこいいじゃん、ゆあちは〈巡礼者〉だってぇ。何かなぁ、何するのかなぁ。ま、いっかぁ。ねぇねぇ、じゅんぴー、はやくうばっちゃいなよぉ」
地雷系ギャルが簡単に、笑いながら「奪え」と言い出す。
……そもそも〈勇者〉ってなんだ?よく分からんが強制的に働かされて何かしらやれってことだろ?罰ゲームじゃないのか。
「早速〈奪略者〉で奪略してやるぞ!悪く思うなよ。おっさん。勇者は若くてかっこいい俺さまにふさわしいからさ、よ・こ・せ」
じゅんぴーとやらが手を振りかぶって「スキル〈強奪〉っっぉぉぉおお」と手を伸ばしてきた。
じゅんぴーの腕になにやら黒い影が渦巻いて、俺に向かってきたその影は何やら俺から奪い終えてから、じゅんぴーの胸元に吸い込まれていった。良いスキル?がなんか禍々しく見えたな。
「……ふぁぁぁぁ、俺これで勇者になれたのか!?」
じゅんぴーは両手を見つめてなにやら感動に打ち震えている。
俺のほうはまったく違和感なく、「なんか抜けていったな」くらいの感覚だ。
「愚かなり。それで満足したのか?ここでの奪略行為は大罪。即座にその向こうの転移陣に乗ってここより去れ、召喚者が待っているであろう。疾く行くがよい」
お。異質な人、無表情だけどお怒りのようだ。
「おっさん、悪く思うなよ」
「そだよぉ、じゅんぴーのがかっこいいんだもん。しかたないよぉ」
「やっぱ、俺っちたちはズットモなわけぇ。じゅんぴーが勇者なのは必然っていうかぁ」
うむ。「今どきの若いもんが」とか言うのは好きじゃないが、この派手な若者たちの言ってることがさっぱりわからない。俺は年を取ったんだな……
いや、かっこいいとか言葉はわかるけどな。どうして仕方ないのか、なぜ必然なのか、俺になんの関係があるんだ、それは。
「疾くと去ね」
神様も苛立ったのかパチンという音とともに彼らは転移陣に引き込まれ消え去った。
「おー、マジックだ」
まさに神業ってやつ。俺はうるさいやつらがあっさり消えたことに感動して思わずパチパチと手を叩いた。
「さて、六堂愁、汝は〈無職〉になった」
「え?」
あ、〈勇者〉を奪われたからか。
勇者にはならなくて良かったけど、この年で無職はちょっと抵抗があるぞ……
「我は無道を許さじ。あれらからは生活魔法も特殊スキルも取り上げた。あれらの分もまとめて汝に授けよう」
三人分のスキル??そんなん出来るなら奪略を止めればよかったのでは……
「職業スキルがないことは人間界では不利……まともな職に就けないことを意味する。生きていくのに困らないように望みを言ってみるがよい」
職に就けないってパワーワードすぎる。
「……元の世界に返してくれ」
それ以前に、見ず知らずの場所に連れてこられて説明もなく柄の悪い青年に暴言を吐かれて、なにやら奪われて、踏んだり蹴ったりだ。
「それはできぬ。汝を召喚したのは人間たちであり、我は不運な来訪者に気まぐれに情けを与えているだけ……」
気まぐれだったのか!!
無機質な神の表情はずっと変化がない。気まぐれを起こしそうにない顔だ。
「望むスキルを言うがよい」
「……何があるのかわからないのだが」
「「……」」
お互いで顔を見つめあう。
「ふむ。まずは自分のスキルを見てみるとよい」
神がパチンと指を鳴らすと目の前にずらっと文字が並んでいる透明なボードが出てきた。
ながっ!!
「あれらの分も含めて四人分。異界の者はもともとサブスキルが多い傾向にある」
ん……?
「こんなにあれば生きるのに十分なのでは?」
魔法スキル、転移、索敵、アイテムボックス、鑑定、言語、いっぱいありすぎる……多分ゲームで見たことがあるようなスキルはほとんどある気がする。
「だが〈無職〉である」
チーーーーーン。
金を稼げるスキルをもってないと詰むってことか……
俺はちょっとイラっとして無意識に胸ポケットのタバコを探した。
ハッ!!
「この世界のタバコと酒はうまいですかね?」
手に当たった箱をギュッと握って訊ねる。残っているこれだけで二度とタバコが手に入らないのはつらい。
そして旨い酒がないとか生きていけない。
俺はいずれ早期退職して田舎でシガーバーを開くつもりだった。日銭が稼げればいいような小さい店を。
実家が持ってる土地に駅にほど近い土地がある。終の住処を建てて一部を店に……
「……ふむ。供物の酒はまぁまぁだと思うがタバコとやらは知らぬ。汝の記憶にある味を再現出来るようなスキルを授けよう」
神が手を翳すと俺にファァァーっと光の粉が降ってきた。
〈生成〉というなんともおおざっぱなような、すごいような、スキルだ。
「それで汝の記憶にある飲み物、嗜好品、生活用品などは作れよう」
ただし、飲んだことがある、食べたことがある、使ったことがある、みたいな制限があるらしい。
飲んだことがない酒や吸ったことのないタバコは作れない……
あるだけマシだな。
「ほかのスキルと合わせて何とか楽しく生きるとよい」
なんかフワッとしているがかなりスキルをもっているから多分不自由はなさそうだ。
「……我は世界を守りし神である」
え、突然の宣言……わかってますよ、神だということは。なんとなく。
「異界の者は異界の者にしか命を奪えぬ。あやつらが悪しき道を進んだときは汝に滅して貰うしかない」
表情の読めない顔で、美しいが平坦な声で、なにやら衝撃的な言葉を発した。
「……汝に滅して貰うほかない」
二回言った!!
イヤですけど?
「いきなり勇者うんぬんもありえないし、あいつらを滅せとかも無理、戦争を放棄した国に生まれて、兵役にいったこともないし、人を殺したこともないのにいきなり戦えってそもそも無理だぞ」
食用の動物だって狩ったことも解体したこともない平凡なサラリーマンだ。
「あやつらは喜んでおったようだが……」
多分、ゲームやアニメのような世界とでも思ってるんだろ。コンテニューができるような、後先考えないやつ。
「昔きた男も嬉しそうだったが」
そりゃ、俺も十代とかなら喜んだかもしれないが。
「だが汝も自分の暮らしを脅かされてはこまるであろう。〈勇者〉は汝の天命であったのだ。そのスキルを悪用されては汝の魂に救済は訪れぬ」
「……脅しか?」
「否。汝の魂はきっと困った者を見捨てることはない。今は無理強いはしない。いずれ望んだときに使えるように持っておくがよい」
結局、なにやら物騒な名前のスキルを二つ貰った。
……面倒ごとには巻き込まないで欲しい。




