第17話 味わう時間
ブランデーの瓶は陶器だ。そして用意されたコップは不透明で歪なガラスでコロンとしたものだった。
トプトプと音を立てて注がれている様子を眺めて、それがどんな味わいかワクワクと心を躍らせて待つ。
そういえば、ブランデーは本当はブランデーって名称じゃないぞ。俺の〈言語理解〉で俺の知識にハマる翻訳ができてるだけで、少し長い名前だった。全部の物質の名前とかめんどくさいので覚える気力はない。
待っている間、テーブルの客の視線が背中にヒシヒシと刺さっているのを感じる。もしかして、普段は誰も手を出さないような、かなり高級な酒なんだろうか。さすがに、少しビビるぞ。
「どうぞ……」
マスターが二杯のコップをテーブルに置き、俺の前に一杯だした。
所作がベテランのバーテンのようだ。カクテルはないみたいだけど。
不透明なガラスのコップに店の明るすぎないランプの光が反射して、ブランデーの液体の揺らめきが幻想的だ。
「乾杯」
俺が杯を上げるとマスターはカツンと当ててくれた。お作法は向こうの世界と大差なさそうだ。
ぐぼぁっ!!
意気揚々と一口、迎え入れた酒は強烈に濃かった。テキーラを飲んだ時の口の中。スピリタスよりはマシだけど、十分に喉が焼ける感覚だ。
マスターがコップを持ったまま固まった俺を見てニヤニヤしている。くっそ。
俺だってテキーラを一気で飲んでいたし、それなりに強い酒は飲んできたけど、まさかブランデーで一撃入ると思わないだろ。
初撃に驚いただけで、あとはチロチロ飲めば大丈夫。
味は……なんて言うんだろうな。リキュールに近い。薬草、ハーブの存在感が強く、熟成度は低い……
もしかしたら精製精度の低い時代、昔の……中世の酒はこんなだったのかと想像する。タイムトリップをして大昔の酒を体験しているような、そんな感じだ。
当然温い。常温だ。だから余計に酒自体の味がしている。
えぐみ、ほんのり甘み、そしてダイレクトな酒精。口の中がむちゃくちゃ楽しい。
「……チーズと生ハム、つまみを頼む」
マスターはうなずいて手際よく生ハムを削いで、チーズを薄く削って皿に盛ってくれた。
ちなみに後ろにいるテーブル客はエール中心でたまにウィスキーを頼んでいるようだ。露店のエールとはまた違うだろうから、あとからエールも飲みたいな。
生ハムもチーズも向こうの世界で食べていたものより癖があって匂いの強いものだった。酒が進むな。
「そっちの瓶のはおいしい?」
「俺が選んだ酒しか置いてない」
旨いのは当然だって顔で笑う。なら次はそれでと頼んだ。当然マスターにも一杯。でもあんまり進めると酔わせてしまうかな。
「ありがとう」
って普通にニヤッとされた。ニュアンス的には「メルシー」って言ってそう。エレガントでスマートなダンディ……
二杯目の酒はさっきの物より薬草の味が強めに出ていた。こっちのブランデー(と脳内で翻訳されている)は、ブドウより薬草の味が強い。苦みやえぐみを抑えるためなんだろうか。
「どうだね?」
「ん、さっきのよりとろみとまろやかさがあるかな」
おいしい……はどうだろう。こっちの味に慣れていないからまだ探求心のが勝っている。
しいて、この世界と向こうの世界の酒の違いを例えるなら。粗い茶こしを使って淹れたお茶と、きっちり茶葉を濾したお茶くらいの差があると思う。
「ふ、ちゃんと味わいがわかっているのだね、あそこの連中は何を飲んでもうまいしか言わないぞ」
唐突にマスターに話を振られたテーブル席の人たちは常連か。
「ひでぇ!!ちゃんと旨いから旨いっていってんのに」
「そうだよ!」
体格の良い青年たちが剥れている。
テーブルには肉を使ったオードブルがある。料理も出るのか?
「しっかりした食事は持ち込みだよ」
俺の表情を呼んだマスターがボソッと教えてくれた。持ち込みアリなのか。
「腹が減ってるのか ?」
「いや」
飲み始めるとつまみくらいしか食わないタチだ。ただマスターが一人で全部やってるのかと驚いただけ。
「お前さん、いいもの飲むねぇ」
「ほんとだよ、初見さんが値段も聞かずにブランデーって」
あ、やっぱ相当高いのか。
「うちをぼったくりのように言わないでくれ」
マスターが微妙な顔で彼らを窘めた。
その次はエールを頼んだ。順番が違うとか青年たちに笑われたが、興味の赴くまま、飲みたいものを飲むほうが楽しい。
エールはやはり、露店より管理が良い感じで麦の味がしっかりしていた。冷やしたい。よく炒った麦の香り、ほんのりアルコールが心地いい。
結局、俺は五杯ほど飲んで、マスターにも同じものをおごって、銀貨三十三枚払った。三万三千円くらいか。思ったより高くもなく、安くもない絶妙な値段だ。
ちなみに一番高い酒が銀貨五枚、宿代と同じ。けっこう高級品だな。
でもキャバのお姉さんがいる店より安い。
俺が支払うのを見て常連たちが少しざわついていたけど、何杯も飲んでるから一人、銀貨十枚くらい行くんじゃないか。
「またお待ちしてます」
マスターに送り出され、俺はいい気分で店を出た。
一度だけでおしまいにするには惜しい店だ。〈転移〉が使えるんだし、〈勇者〉云々の話が落ち着いたころにまた来たいものだ。




