第11話 聖女の痕跡
タイラーさんが売買契約書と代金を用意してきますと席を立った。ついでにお茶の手配をしてくれたらしく、事務員らしき人が飲み物とお菓子を持って来てくれた。
「あまりの品に目が眩んで飲み物も出ていないことに気が付かず悪かったね」
どうぞと、勧めてもらったのに悪いが、朝の青汁ショックをまだ引きずっているのでおそるおそるコップを手に取ると、濃い色の茶色いものだった。まさかの紅茶……
「こちらは公爵家の農園で管理されている品で私もお気に入りのものだ」
……上客と判断されたってことかな。
「ありがたく……」
青汁じゃないことにホッとして飲んだ。なるほど……確かに薫り高くまろやかで透き通った味わい。紅茶専門店で飲んでいたようなものだ。
「そちらの菓子は昔の聖女様のご提案で作られた、ヨーカンです」
ヨーカン!?
ヨアキムさんはびっくりしている俺を見ながら、ニコニコした顔で先にパクッと羊羹を口に入れた。
青汁の恐怖が先走って菓子を見ていなかった。色合いは桜色でどっしりした佇まい。確かに羊羹っぽい。聖女……渋いな。もしくは焼き菓子の作り方を知らなかったのかも知れないが、羊羹のほうが作る機会ないような……
俺はヨアキムさんを真似ている風を装って、羊羹を口に入れた。
…………あまーーーーーーーーーーいっ。
動揺を隠して紅茶を飲む。可憐な見た目からは想像もつかない、脳がしびれるような甘さ……砂糖は高いはずなのに、なんて贅沢な使い方なんだ。
「とろけるように甘くて素晴らしいお菓子ですね」
俺は甘いのも辛いのも好きだが、さすがに甘すぎて気が遠くなりそうだ。口の中のねっとりする甘さを紅茶で流して、なんとか笑みを作って感想を述べた。
「そうでしょうとも」
ヨアキムさんは食べきってしまって少し残念そうな顔をしているが、超甘党過ぎるだろう……
「聖女様のご希望を叶えるために当時の王子殿下と宮廷料理人が素材を探し、吟味して仕上げた極上の品なのですぞ」
初めてやってきた人間に対して出してもらっていいお菓子じゃなさそうだ。
「特上のお客でも来ないとヨーカンは出してもらえないんでな。今日は良いものが仕入れられて、おやつも食べられてよい日だ」
おお、タイラーさんが厳しく管理しているのかな。ヨアキムさんはとてもご機嫌だ。
「お待たせいたしました」
紅茶を飲み終えたころにタイラーさんがトレイを持って戻ってきた。
トレイの上には契約書と金貨が並べられている。
……ちょっと焦った。うっかりしていたが、この世界の文字の読み書きができるのだろうか。街ブラでは意識していなかったが値札は当然あった。文字や数字に引っかかりを覚えていないってことは普通に読んでいたということだろう。
タイラーさんが俺の前に差し出してきた売買契約書の文字は……普通に読めた。良かった。契約内容をじっくり読んで契約の穴がないかチェックした。
そして……契約書なので当然サインがいる。内容は承服できたものの、サインを書けなかったらどうしよう……とビビったが普通に書けた。意識的にはローマ字を書いているんだが、ペンを動かす指はアラビア語っぽい独特な文字をスラスラと書き起こした。すごい。
これは多分〈言語理解〉とかいうスキルのおかげか。じゅんぴーたち、サブスキルは全部取り上げられたはず……大変そうだなぁ。
「はい。綺麗な文字を書かれますね」
タイラーさんがにっこりと書類を確認した。
「では血判を」
ぎゃ。ハンコとかないんだ。いや、俺はそもそも持ってないわけだが。逆にハンコって言われなくて助かったんだな。
ちょっと恐る恐る用意された小刀で指先を切って血判を押した。
「はい。これで契約は成立しました。代金の確認を」
トレイにドーンと用意された金貨は金の粒の十二十枚、コショウの一枚、瓶の三枚の計百二十四枚と……銀貨二十五枚……ん?
首を傾げた俺の様子を見てクスリと笑うタイラーさん。
「コショウは125サラムございましたので」
あー……端数か。金の粒のインパクトが強すぎて頭の中になかったわ。
俺は「では」と断って、腰のバッグからウォリスさんの財布を取り出し、代金をしまった……これマジックバッグのお財布だった!!そういえば持っていたお金の量と財布のサイズが合ってなかった。受け取った代金もスッと入っていった。財布に重量感はない。
ヨアキムさんもタイラーさんも一瞬ハッと目を見開いたけど、すぐ表情を整えた。
「さすが素晴らしい品を仕入れるお人なだけありますな」
あはははは。そうね。商人は荷物がいっぱいだから小さめのマジックバッグを持っているのはあり得るよね。
「まだ、そちらのカバンには素晴らしい商品が入っているのではありませんか?」
……二人の目がギラッと輝いた……大金稼げたし、もう帰りたい。




