第92話 転校生
──プロメテウス魔法大学院附属高等学院、二年生の教室。
翌日の朝。
セレスティーナは、龍と私がいるクラスに転入してきた。
学年全体の人数は多く、クラスもいくつかに分かれているため、同じクラスになる確率は低い。
──つまり、偶然ではない。
政府の意図が絡んでいると考えるのが自然だった。
監視対象である私と、大魔導師の器。
問題児は一箇所にまとめたほうが管理しやすい──という判断だろう。
「それではセレスティーナくんは、紅くんの隣の席に座ってね」
よりによって、私の隣。
先生の無邪気な声に、心の中で溜め息を吐く。
なるべく関わらないつもりだったが、運命はそうはさせてくれないらしい。
セレスティーナは無言で席につき、無表情のまま前を向いている。
距離感の取り方が徹底している。
とはいえ、こちらも挨拶ぐらいはしておくべきだろう。
社交辞令の範囲で。
「はじめまして、私は聖明・紅。
母が東洋出身だから、ちょっと変わった名前かもしれないけど、よろしくね」
いつもの『作った笑顔』で、いつものように対応する。
セレスティーナは私をじっと見つめた後、ぼそりと呟いた。
「……お前、胡散臭いな」
笑顔がピクリと引きつる。
同時に私の中の胡散臭い代表である大魔導師の顔がカットインする。
同じ顔の人物に言われると流石にイラッとする。
しかも、私の顔を見て、ここまでストレートに『胡散臭い』と言ってきた人間は初めてだった。
「悪かったね。胡散臭くて」
私の口角はそのまま。
表面上は笑って返しつつ、少しだけ反撃する。
セレスティーナはそれ以上は何も言わず、視線を逸らして授業に集中し始めた。
無理に干渉してくるタイプではないらしい。
深入りされるのは面倒だし、私も静かに授業に耳を傾ける。
──授業が終わるや否や、私は早々に席を立った。
転入生なんて周囲は興味津々だ。
隣に座っていれば質問攻めのとばっちりを食うのは目に見えている。
案の定、生徒たちがわらわらと集まり始めた。
「ねえセレスティーナくん、どこから来たの?」
「その目、すごく綺麗!オッドアイなんて珍しいね!」
「得意な魔法ってある?」
そんな声に混ざって、一際大きな声が響く。
「セレス!昨日も会ったよな!?俺たち友達になろうぜ!!!」
……龍、元気だな。
けどセレスティーナ相手には逆効果だと思う。
「悪いんだが、俺はあまり人と関わりたくないんだ。
……好意だけはありがたく受け取っておく」
案の定と言うべきか……彼は周りの好意をすべて断るように言いながら、席を立つ。
そして、セレスティーナは一瞬だけ私を横目に見て、教室を出ていった。
教室が少しざわつくが、女性陣には妙にウケている。
冷たい態度すら、謎めいた魅力に見えるらしい。
「紅くんは、セレスティーナくんと友達になったの?」
女子の一人が声をひそめて尋ねてくる。
私はいつもの笑顔で、無難に答えた。
「……なれるといいね」
本音ではまったく思っていないけれど、それが一番丸く収まる言葉だ。
「せーめー!!! 慰めてくれえええええ!!!」
いきなり飛びついてくる龍に、少しよろめく。
「あーはいはい、次があるよ」
「ははっ!また聖明に慰められてる〜!」
「何かあると、いつもこうだよな!」
クラスメイトたちは笑いながら取り囲む。
私は特に興味もないけれど、みんなが楽しそうなら合わせておけばいい。
それで場が平和になるなら、それでいい。
「流石、心の友だあああああ!!!」
「わかったから、離してよ。トイレ行きたいんだけど」
「うおおおおお!」
泣き叫ぶ龍を力任せに引き剥がし、近くの男子に押しつける。
「さっさと行ってこーい!」と、快く引き受けられた。
私は逃げるようにトイレへ向かった。
◆◆◆
トイレの洗面所で、周囲に人がいないことを確認して、私は一息つく。
トイレだけは私にとってネックだ。
普段は男性として振る舞っているけど、本当は無性体だ。
無性体用のトイレはないけど、魔法都市は多種族が多く住む土地だから、両性体用のトイレならある。
しかし……私の場合は、そもそも身体を変えられることを秘密にしているから、男子トイレを使うしかない。
そのため、一応お互いに気まずい思いをしないよう、なるべく誰もいない時を見計らって入るようにしている。
個室も多いけど、その、立ってするところは流石に見てはいけない気がして……。
私はそんな下世話なことを考えつつ、鏡に映る自分の顔をじっと見つめた。
──赤い瞳。
眼鏡の認識阻害で多少は印象を薄められていると思っていたけど、それでも赤い瞳は目立つ。
この目を気味悪がらずにいられる人間が、一体どれほどいるだろうか。
ハイネックのファスナーを指先でつまみ、ゆっくりと下げる。
首元に視線を落とすと、闇の刻印がうっすらと浮かび上がっていた。
その瞬間、身体の奥からずんと重い痛みが走る。
──やはり、体調は良くない。
……そういえば、昨夜は瑠璃の闇を引き受けたばかりだったな。
思い出しながら、私は刻印にそっと手を当てる。
その時──。
「お前、それ……闇の刻印か?」
「へ!!?」
背後から声をかけられ、咄嗟にファスナーを上げて首元を隠し、振り返る。
そこに立っていたのは、セレスティーナ・ラファベル。
どうやら個室にいたらしい。
周囲を確認したつもりだったが、個室にいた彼の気配を見落としていた。不覚だった。
堕天使である私にとって、闇の刻印は当然のもの。
けれど、周りから見れば、それは『呪い』であり、『毒』であり、『穢れ』だ。
見られてしまった。
きっと怖がるだろう──そう思い、静かに口を開く。
「……すまない。気味の悪いものを見せた……」
セレスティーナは何も言わず、隣の洗面台に歩み寄る。
蛇口を捻り、手を洗いながらぽつりと言った。
「別に。お前、堕天使だろ?
赤い目だし。
初めて見たから驚いたけど……気持ち悪いとか、そういうのはない。
気にすんな」
それだけ告げ、手を拭きながら何事もなかったかのように去っていく。
私はその背中を黙って見送った。
──苦手かも。
わかりやすい敵意のほうが、まだ扱いやすい。
同年代から向けられるものなら、尚更だ。
私は服を正し、刻印が隠れるようファスナーを一番上まで留める。
少し息苦しいが、仕方がない。
今日はこのあと、堕天使実験も控えている。
体調が悪い中であの施設に向かうと思うと、更に気が重くなる。
「……早く帰りたいな」
そう呟き、私はトイレを後にした。




