第91話 初めての出会い
私の生き方は、きっと『真っ当』とは言えない。
物心ついた頃から前世の記憶があり、自分とその存在との境界は曖昧だった。
今では『過去と今は別人』だと理解しているけれど──前世を知る者たちは今も尚、私に過去を求めてくる。
正直、心地よいものではない。
そんな私には、たった一人の大切な妹がいる。
人生で初めて、私だけを真っ直ぐに見てくれた、愛おしい存在。
彼女もまた、数奇な運命を背負って生まれてきた。
生まれながらに大天使さえも上回る魔力と、純粋な光属性のマナを持つ『神の愛子』。
その力は土地を豊かにし、邪悪を退ける退魔のような効果を発揮する。
魔法都市では『エクスシア』と呼ばれる希少存在だ。
その特異性故に、生まれてすぐに家族から引き離され、幽閉される運命が定められていた。
だけど──それだけは嫌だった。
幼いながらも彼女を守りたくて、私は魔法都市を統治する存在──大天使と誓約を交わした。
『私の身体を使って好きなだけ実験するといい』
それが、瑠璃の普通の生活を保障してもらうための代償だった。
私は瑠璃の全ての闇を引き受け、その経過を観察するための検体として、身体を差し出す。
幸か不幸か、私は堕天使。
闇属性を操り、不老不死という稀有な特性を持つ異端。
私の身体を欲しがる輩は幾らでもいた。
定期的に検体として実験されることと引き換えに、妹と私たちの静かな日常は守られている。
我ながら馬鹿げた誓約だと思う。
親を悲しませ、妹には真実を隠し、他人を欺く笑顔を張り付けて生きる日々。
そんなことを続けていれば、性格も捻くれるというもの。
──妹以外の前で、私は本当に笑ったことがあるだろうか?
誰かに求められた自分を演じすぎて、もう『私』という人間性がわからなくなっていた。
「馬鹿馬鹿しい」
私は誰もいない学院の屋上で悪態を付いた。
さっさと帰ろう。
帰宅途中で買い物をして、帰ったら夕食の支度。
瑠璃がハンバーグが食べたいと言っていたな。
そんなことを思い浮かべながら屋上を後にした。
◆◆◆
「お前が堕天使だな!」
夕暮れの学院の廊下で、ぼんやりしていたのがいけなかった。
ハンバーグに練り込む具材を考えている間に、学生風の三人組に囲まれてしまう。
学生風と言ったのには理由がある。
高校生にしては少々老けているように見える。
その上、そもそも制服のデザインが適当だ。
どうせ変装するなら、もう少しマシな変装をしてほしいものだ。
どうせこいつらは、どっかの官僚が堕天使欲しさに送り込んだんだろう。
私は堕天使の中でも一番若くて、一番狙いやすい存在だからね。
要は、目的は誘拐だろうな。
「君たちの雇い主は馬鹿と見た。
堕天使が恐れられている理由、聞かなかったのか?」
私は深い溜め息と共に蔑むように言い放つ。
しかし、一応プロ意識なのか私とは話すつもりはないらしく、挑発に乗ってこない。
……面倒臭いな。
私は闇の茨を呼び出し、一瞬で彼らを絡め取り、悲鳴が出ないように口を塞ぐ。
そして──容赦なく締め上げた。
堕天使には、自身を害した者に対する「処罰権」が認められている。
これは堕天使保護法という魔法都市で定められた立派な法律で、その処罰には相手の命を奪うことさえ含まれる。
要は──正当なる処刑だ。
私はそのまま茨で男たちを握り潰した。
こいつらも仕事だろうけど、私とて無駄に身体を差し出したくはない。
襲ってくる相手にいちいち感情を割いていては身が持たない。
「あ〜……聖明。また派手にやらかしてんな……」
血の滴る廊下に、一人の人物が姿を現した。
「ああ、龍。あまり見ないほうがいいよ。
あまり見ると君の心が病んでしまう」
龍は私の指示を聞くと慌てて目を隠す。
彼は私の幼馴染で、唯一心を許せる友人だ。
魔法と科学を融合させた『魔導機構』の博士として、国に認められた存在でもある。
龍は大天使ミカエルの養子でもあり、国の中枢に関わる立場から、裏の事情にも精通している。
私は龍に配慮して、死体と血痕を残さず闇の中に飲み込んで消した。
その時、一つだけやり残したことに気付いた。
「雇い主を調べるのを忘れてた!」
すると龍は指の隙間から目を覗かせ、ニヤッと笑った。
「いいさ!後始末は『カゴノトリ』に任せておけ」
──闇魔法医療科カゴノトリ。
将来、私が配属される予定の堕天使の組織。
表向きは闇魔法医療科として医療と軍務を担っている。
しかし、裏では国の闇とも言える仕事を請け負う諜報機関でもある。
私の前世がその組織のトップだったせいで、その地位は今も空けられたままだ。
私が再びそこに座ることが、決まっている。
「聖明、俺といる時はいいけど、人前でその顔はやめとけよ」
龍に指摘され、私は自身の顔に触れた。
今、私はどんな顔をしていたのだろう。
龍が言うぐらいだから良くない表情をしていたんだろう。
私はいつもの笑顔を貼り付けて返事をする。
「ごめん。ありがとう」
「謝んなって!俺たちの仲だろ!」
龍は、私の首に腕を回し、ニカッと笑う。
そして、何やら面白そうな話を持ち出してきた。
「なあ、聖明!明日、面白そうな奴が転入してくるらしいぜ!」
「ふ〜ん、龍が興味を持つなんて珍しいね。どんな人なのかな?」
すると龍は自身の鞄に手を突っ込み、ガサゴソと何かを探り出す。
取り出したのは魔導機構の電子パネル。
彼はパネルを起動し、私の肩に身を寄せた。
私は龍が持っている電子パネルを一緒に見る。
「えっとな!大魔導師の弟子が来るらしいんだよ!」
パネル内に表示されるのは大魔導師の弟子である男性の情報だった。
正直、興味がなく適当に読み流す。
どちらかと言うと、隠居している大魔導師が弟子を残したことの方が驚きだ。
ミカエルの付き添いで、大魔導師とは何度か会ったことはあるけど『胡散臭そうな人だな』という印象しかなかった。
まあ、魔法都市の学院にやってくる以上、何か政治的な思惑が絡んでいるのかもしれない。
私は龍の話を適当に聞き流しつつ、二人で歩く。
教員室の前を通ろうとしたところで、一人の男性が教員室から姿を現した。
「失礼しました」
彼は一礼して扉を閉めると、近くにいた私たちに視線を向ける。
「──っ!」
私は驚いた。
身に纏う雰囲気こそ違うものの、その容姿は胡散臭い笑みを浮かべる大魔導師と瓜二つだったからだ。
恐らく彼は大魔導師の弟子だ。
大魔導師と違うのは、瞳の色と髪型。
大魔導師は両目共に鮮やかな青色だけど、目の前の彼は右目だけ銀色だ。
そして、白銀の月を思わせるプラチナブロンドの髪は、右目にかかるように右側だけ長い。
右目だけ色が違うのは、恐らく強大な魔力が宿っているせいだ。
ぱっと見では詳しくわからないけど、契約魔法系統が刻まれているな。
私であれば、それぐらい見抜ける。
「聖明、噂してたやつ!」
「だろうね」
はしゃぐように私の肩を揺らした龍は、続けざまに大魔導師の弟子へ駆け寄り、無理やり手を掴む。
「スゲー綺麗な目してるな! 髪も月みたいな色だ!
俺、お前と友達になりたくてさ!龍っていうんだ!よろしく!」
龍は即座に声をかけるが、彼は引いたような表情で言い放った。
「俺は……セレスティーナ・ラファベル。
あまり俺と関わらないでくれ」
そう言い残し、龍の手をやんわりと離し、足早に去っていく。
セレスティーナ・ラファベル。
名前まで大魔導師と同じ。
読み流していた資料から考えるに、恐らく彼は──大魔導師の器。
大魔導師の魂が転生するための依り代だ。
「なあ、聖明!
あいつ見て、どこまで分かった!?」
龍は当然のように私に尋ねてくる。
私は軽く息を吐き、知り得たことを伝えた。
「死期を悟った大魔導師が、魂を移すために仕込んだ器だろう。見ただけでは細部まではわからないけど、右目に契約系統の魔法が刻まれてた。
あれが発動すれば大魔導師の魂が、あの弟子の身体に宿るだろうね」
「お前って本当、化け物じみてんな……」
聞いときながらドン引いた顔で私を見つめてくる。
……失礼な奴だ。
「龍……流石に傷付くよ?」
「はは!冗談だって!」
龍はニヤリと笑い、私の手を引く。
私は少し早足になった龍に連れられ、そのまま廊下を進んでいく。
「きっと、お前もあいつを気に入るって!」
「何を根拠に……」
「勘!!!」
龍の勘は、妙に当たる。
その時、私はほんの少しだけ──笑ってしまった。




