↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カゴノトリ ―Another Sky―  作者: 灯夜 雪
第八章 始まりの記録

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/94

第93話 毒の投与

ひんやりと無機質な床と壁。

ここは、私のために作られた堕天使専用の研究施設。


表向きは『魔導機構生産工場』として登録されているけど、実態は非人道的な実験の温床だ。


授業を終えた私は、気の重い足取りで施設の中を歩く。

大天使との誓約により、週に一度、必ず来ることが義務付けられている──逃れられない決まり。


与えられた自室に入り、支給されたワンピース型の被検体用病衣に着替えて部屋を出る。

すると科学者たちが待ち構えていた。


「お待ちしておりました、聖明様。

本日は毒に対する耐性実験となっております」


「……わかってる」


胸の奥で、重い溜息が燻(くすぶ)る。


即死する毒なら、むしろ楽だ。

死んで生き返るだけなら、痛みも一瞬。


だけど、遅延性の毒や、死なない程度に苦しめる類のものは──長い。


抗体が作れるかを調べているらしいけど、成果はほとんどない。

不死であるだけで、耐性まで自在に得られるわけじゃない。


偶然、抗体ができたとして、普通の天使に使える保証はない。

結局わかるのは『堕天使をどうすれば効率よく苦しめられるか』だけだ。


白い廊下を科学班に囲まれながら進んでいき、実験室に案内される。


白い部屋の中央に、白いベッドが一つ。

ベッドの周辺には毒が入っていると思われる点滴球が浮いている。


……今日は点滴タイプか。最悪だ。

長丁場になるのは間違いない。


でも、そんな表情を顔に出してしまえば変態科学者たちが喜ぶだけだ。

私は促されるがまま、ベッドに横たわる。

そのまま科学者たちは無言で、私の腕に点滴の針を刺した。


──今回は、何の毒だろうか。


若干の不安が心を暗く染めていく。


「では、聖明様。投与を開始致します。

我々は横の部屋で観察し、記録を取っております」


どこかニヤついた表情を見せる科学者に嫌気が差す。

点滴の毒が一滴、一滴と身体に入っていく。

それを確認すると科学者たちは横の部屋へと消えていく。


暫くすると、体の奥からじわじわと不快な感覚が広がる。


胃がむかつき、頭が重く、視界が霞む。

冷や汗が滲み、指が痙攣し始めた。


……これは、マズイ。


呼吸が荒くなり、全身が震え出す。

腕で自分を抱き締め、必死に耐える。


しかし、とうとう制御が利かなくなり、身体が女性の姿へと変わってしまう。

それさえも気にすることができないほどの激痛が、全身を駆け巡り始める。


意識が一瞬遠のき、すぐ戻る──その繰り返し。


声を出すな!弱みを見せるな……っ!


喉から漏れそうになる声を、唇を噛んで押し殺す。

痛みと吐き気と痺れが交互に押し寄せ、思考が削ぎ落とされていく。


早く……終わって……っ!



◆◆◆



……どれほど時間が経ったのか。


揺れる視界で点滴球を見上げる。

ようやく点滴球が空になり、科学者たちが戻ってきた。


「どうやら終了のようですな」

「血液サンプルを」


朧げな視界の中、彼らが私の血を採取していく。

動こうとしても、力が入らない。

それでも、ベッドに転がったままではいけないと思い、どうにか身体を起こす。


このまま転がっていたら、何をされたものか分かったものじゃない。


「……今日の実験は、終わりだ……」

「ええ、もちろんですとも。お疲れ様です、聖明様」


不敵な笑みを残し、科学者たちは部屋を出ていった。


扉が閉まる音を聞いた瞬間、私はベッドから崩れ落ちるように床へ倒れ込む。


息が上手くできない。麻痺が酷く、声も出ない。

それでも、指先に小さな魔法陣を展開して魔力結晶を生成し、龍に通信魔法を繋ぐ。


『聖明、今連絡来たってことは実験が終わったんだな』


「龍……ごめ……実験所に来て……第三号魔導機構生産工場、地下……毒薬、実験室……」


『わかった、すぐ行く。気絶するなよ』


通信が切れた直後、激痛が再び全身を駆け巡った。

爪が床を削るほど力を込め、喘(あえ)ぎ藻掻(もが)く。

涙が、勝手に溢れて止まらなかった。



◆◆◆



視界がグラつく──感覚が鈍く、もうわからない。


「聖明!」


馴染みの声が、遠くで響いた。


……けれど、身体が動かない。

声も上手く出せる気がしない。動くのは、わずかに目だけ。


その反応に気付いた龍が、すぐさま駆け寄ってきた。

脈を測り、顔色を見て、眉を顰(ひそ)める。


「くそ……発作も出てるな。お前の部屋に運ぶぞ!」


龍は私をブランケットで包み、身体を抱き上げ、近くの車椅子へ乗せる。

そのまま全力で廊下を駆け抜けた。


準備されている私の自室に入るや否や、龍は私の荷物を探り、一本の注射器を取り出す。


「とりあえず発作を止める!」


迷いなく、私の首に針を突き立てた。

中身は、高濃度の光のマナを圧縮した──私専用の抑制剤。

闇の暴走を抑えるための非常用だ。


薬が全身に広がるにつれ、少しずつ痛みが薄れていく。


「……り……う……」


掠れた声が、ようやく漏れた。


「おう、ここにいる」


彼は私の顔を覗き込み、安心させるように笑ってみせる。


「ま……ひが……」

「わかってる。麻痺が出てるんだな。まずはベッドに移そう」


龍に抱えられ、ベッドに移動すると、彼は手際よく呼吸補助装置を私に装着する。


「呼吸はこれで何とかなる……よし」


その後も、彼は一つひとつ丁寧に処置を施してくれた。

視線だけで応答する私に、彼はこう言った。


「まだ意識はあるな。左手、少しでも動かせるか?」


私は、微かに指を動かして応えた。


「よし、今からお前の状態を予測してみる。合っていたら一回手を握ってくれ。違ったら二回だ」


龍は私の左手を握る。

私は返事をするように、龍の手を一度ぎゅっと握った。

それを確認すると、龍はゆっくりと話し始める。


「恐らく強めの麻痺で、呼吸が乱れてる。

学院を出た時間から考えると、投与されてから2~3時間は経ってるな。


実験時間の長さを考えると、恐らく点滴で継続的に投与されたはずだ。

それなら窒息で何度か気を失っている可能性がある」


私は指先にわずかな力を込めて、一回握る。

龍は頷き話を続けた。


「麻痺以外にも若干の痙攣がある。

投与開始からこれだけ時間が経っても通信できてたってことは、即効型じゃない。

症状の出方から見ても遅延型だ。

つまり──今も進行中だ」


冷静な口調の中に、確かな焦りが滲む。


「ここからは推測も入る。

つい先日、エクソシストがナーガと呼ばれる魔法生物を討伐した。

頭が七つある魔物で、それぞれの頭が異なる猛毒を持っていた。

それらの毒は解析中で、安全が確保されるまでは保管されていた……はずだった」


この時点で、大体の見当はついた。


「実は来る途中で記録を調べた。

保管数と記録が合わない。

毒のサンプルが一つ、無断で持ち出されてる。

つまり、その毒が使われたんだ。

でもな……残念なお知らせがある」


龍は一拍、間を置いて言った。


「血清は──ない」


何となく察していた。

けれど、その言葉を聞いて心が沈む。

堕天使である私の『不死性』を前提とした、命を削るだけの実験。

死なないとはいえ、身体への負担に限界がないわけじゃない。


「今のお前は、意識はあるし、なんとか呼吸もできてる。

つまり『致死』には至っていない状態──その分、苦しみが長引くってことでもある」


静かに、だけどはっきりと、龍は言葉を続ける。


「俺が考える対応は、三つ」


龍の説明はこうだった。


ひとつ──治癒魔法で再生力を強化し、毒を押し流す。

だけど、肉体への負担は大きく、私の弱い体では、一週間以上寝込む可能性が高い。


ふたつ──血液の入れ替え。

これは不可能に近い。

堕天使の身体は他者の血を拒絶する。

血液結晶という人工の血液もあるけど、飽くまで輸血で使用されることが多く、交換輸血には向いていない。

試すにはリスクが大き過ぎる。


みっつ──自然治癒に任せ、体力の回復を待つ。

時間は掛かるけど、身体への負担は最も少ない。

時間が掛かると言っても一週間以内で済むだろうという見解だ。


「俺のおすすめは、最後の案。

苦しいのは続くが……お前の身体には、それが一番優しい」


私は左手に力を込め、どうにか声を出す。


「……三つ目が、いい」


「了解。けど、このままこの施設に置いておくのは不安だな。

堕天使に頼んで、カゴノトリへ移送しよう。

そっちのほうが安全だ。


瑠璃ちゃんには『発作で倒れた』って、俺から誤魔化しておく」


その言葉に、涙が滲んだ。

申し訳なさと、感謝と、情けなさが胸に広がる。


「あ、りがと……」

「おう!お前は少し眠っておけ」

「……うん」


龍は何も言わず私の手を握り続け、私が意識を手放すまで側にいてくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。