第88話 重なる嘘
──闇魔法医療科カゴノトリ病棟内、堕天使専用の病室。
俺は聖明を連れてきて、ベッドに寝かせていた。
穏やかな表情で眠る彼女。
普段は男性として振る舞っているくせに、眠る時は大概、女性姿。
仕事中の居眠りだって油断すると女性姿になる。
まったく……惚れ込んでる男が真横にいるんだぞ。
幾ら俺がパートナーだからって信用し過ぎだ。
でも──今後はこいつの横にいられなくなる。
「セレス。準備はできてる」
龍が泣き腫らした顔で俺に告げる。
「ああ……サンキューな」
龍が手に持っている魔力制御装置を受け取り、聖明の首に装着する。
そして、準備しておいた筋肉緩和剤を注射器で投与する。
これで、少しは暴れるリスクを抑えられる。
と言ってもこれは気休め程度だ。
聖明は規格外の力の持ち主だからな。
本気を出せば魔力制御装置を壊すかもしれない。
薬なんて無視して引き摺ってでも身体を動かすだろう。
俺は病室内を見渡す。
聖明を封じるために魔法を仕込んでいる。
天井と床にも魔法陣を描き、聖明の動きを封じる魔法を準備している。
それだけではない。
聖明には悪いが手足にも拘束具を付けさせてもらった。
本来ならこんなことはしたくない。
ベッドの上に拘束することは、聖明にとってトラウマ以外の何ものでもないからな。
「──っ!」
「セレス!?」
右目の奥が酷く痛い。
俺は頭を抑え、首を軽く左右に振る。
──恐らく俺は朝になる頃には死ぬ。
「……大丈夫だ」
それまでにせめてやれることをやろう。
聖明が起きても自分を責めないように。
この先、例え一人になったとしても、自分が正しかったと思えるように。
今の俺にできるのは、これぐらいだ。
もっと時間があれば、マシな方法があったかもしれないのに。
ごめんな、聖明。
「……ん……」
聖明が薄っすらと目を開ける。
俺は彼女の頬に手を添え、その綺麗な瞳を見つめる。
ああ……やっぱり綺麗だな。
「……せ、れす……?」
「起きたか?」
次の瞬間、聖明の目は見開かれ、俺の右目を真っ直ぐに見た。
いや──俺の右目があった場所、だな。
「せ、セレス……?」
聖明は震える手で俺の頬に触れる。
手を上げると繋がれた鎖がジャラっと音を立てる。
しかし、聖明は拘束されていることに気付かず、俺ばかりを見つめている。
普段から、こんな熱い眼差しで見つめていてほしいものだ。
「どうした?俺に惚れ直したか?」
「何、馬鹿言ってるの……?そんなことより、これ……」
俺は甘えるように聖明の手に頬擦りした。
こんなふうに甘えられるのも最後だな。
「……前より男前になっただろ?」
次の瞬間、勢いよく聖明は起き上がり叫ぶように言葉を放った。
「ふざけないでよ!これ、私がやったんでしょ!?
何で……こんな……っ!これじゃ……もう、君は……っ」
流石、聖明だな。
言わなくても俺が死ぬことが分かるようだ。
俺は安心させるように微笑む。
「気にしてねえよ。
お前からなら、何でも受け入れてやる」
「こんな時まで、何言ってるんだよ……っ」
絶望の色を滲ませ、聖明は両手で顔を覆った。
身体を震わせ、俺のために泣いている。
普段なら抱き寄せて、精一杯甘えさせてやりたい。
でも、今はそれさえもできない。
俺は龍に目配せをすると、龍は辛そうな顔で頷き手元の魔導機構のスイッチを入れる。
「きゃ!?」
聖明の首に嵌めた魔力制御装置が起動し、内蔵されている魔石が淡い光を放つ。
「な……!?これ、何を……?」
聖明は涙を流しながら困惑した様子で俺たちを見上げる。
俺はベッドから離れ、龍の隣に立つとわざと冷たい声で言い放つ。
「聖明。お前の処遇が決まった」
俺は感情を出さないように抑え込みながら話す。
「堕天使保護法により、故意に危害を加えてきた相手は堕天使自らの手で処刑することが許されている。
それが極刑であってもな。
今回、聖明は悪魔教徒を皆殺しにした。
全員漏れなく死んだ。
ただ──それだけじゃなかった。
お前は暴走して覚えていないだろうが、周辺の住民を巻き込んで無垢な魂にまで手を掛けた」
──これは真っ赤な嘘だ。
「よって堕天使にとっての一番重い刑を言い渡された。
聖明──お前は強制封印される」
聖明は綺麗な目を丸くしながら固まっている。
俺はそのまま言葉を続ける。
「本当であれば大天使からお前に勅命を下すところだが、今回の騒動で手が離せない。
ミカエルに至っては重症で眠っている。
よってお前のパートナーである俺に聖明を封印する役目が回ってきたというわけだ。
安心しろ。
何も永遠に封印されるわけじゃない。
飽くまで元凶は悪魔教徒だ。
ある程度の減刑がある。
よってお前の封印期間は千年だ。
千年も経てば、普通の天使はみんな寿命で亡くなっている。
龍もアクアも俺も、目が覚めた時には墓の下だ。
それでもお前には堕天使の仲間がいる。
一人じゃない」
封印については半分本当だ。
聖明の心を砕くような相手がいなくなった頃に、封印を解除するようお願いしている。
きっと聖明は泣く。
それでも、長い年月が経ってしまえば今回の件は有耶無耶にできる。
自分を責める余裕さえなくなる。
それどころか俺たちを恨むかもしれない。
でも、それで良い。
恨む元気があるぐらいでいい。
このまま生きるには、聖明には酷過ぎる。
今だって俺が死ぬことを察して、こんなにも泣いているんだ。
その上──瑠璃まで消えたのを知れば、それこそ心が完全に壊れちまう。
だから、一度封印して、堕天使たちに任せることにした。
同族であれば、きっといつかは聖明の傷を癒せる。
「悪いな、聖明。
だが──これがパートナーとしての最後の責務だ」
聖明は涙を流しながら俯き、暫く沈黙した。
そして──無機質にも感じられる表情を俺たちに向けた。
「──っ、せいめ──」
「何を言っている?
その程度の嘘を私が見破れないとでも思っているの?」
次の瞬間、瞳が鋭く光り、精神干渉の波が走る。
俺は慌てて龍の目を手で覆う。
「な!?」
「龍は目を閉じてろ!」
堕天使の瞳は一種の魔眼だ。
堕天使の象徴であり、見るだけで闇を操る魔眼。
その能力は堕天使によって異なり、聖明の場合は魅了効果と精神干渉に長けている。
魅了効果は副産物らしいが、精神干渉は厄介だ。
俺の意識も揺れるが、右目に聖明の闇が芽吹いているせいか、どうにか抵抗できているようだった。
背筋に冷たい汗が流れる。
「──心を読まなくても分かる」
聖明は低く呟く。
「お前ら──何かを隠している?」
思考は速く、正確だった。
聖明は頭の中を精査するように言葉を続ける。
「どれが本当だ?私が大量殺人を犯したこと?
いや──あれは現実だ。事実だ。
あの時は私の意思でやった。間違えるはずがない。
でも──ああ、民間人は殺していないね。
良かったよ。
流石に私も意味なく人を殺すのは心が痛い。
それともミカエルを私が殺したか?」
龍が俺の腕の中でビクッと反応してしまう。
それに気付いたのか、聖明は狂気の交じった笑みを零す。
「──それも違うね。
龍、お前の鼓動が速まったね。ミカエルも生きている。
どうやら闇の侵食も大丈夫だったみたいだね。
私の中にミカエルの闇があるのが分かる」
マズイな……心を見透かされている。
長年、人の心を読んできた聖明は、予測だけで言い当てられる節がある。
次の瞬間、聖明はハッとしたような顔になり、焦りの色が滲む。
本当にマズイ!きっと気付かれた!
「──瑠璃は?
私はセレスに瑠璃を送り込んだはずだ。
彼女はどうしたんだ……!?」
空気が凍りつく。
クソ……!気付かれた!
高確率で想定はしていたが、やはりこうなるか!
「だから言っただろ……!
聖明が瑠璃のことになるとこえぇって!」
目隠しをされたまま、龍が小さな声で喚く。
「黙ってろ!」
俺は龍を一発殴り、背中に隠す。
「──悪いが、無理やりでも吐かせてもらう」
聖明から闇の気配が一気に吹き出し、闇の茨が聖明を囲むように顕現する。
「そうさせねーよ!」
俺は仕込んでいた魔法陣を起動した。
聖明の手足の拘束具が仄かに輝き、ベッドに聖明を括り付ける。
「──っ」
聖明は身を捩って逃れようとするが、薬のお陰か、力が入らないようだ。
「くっ、私に何を──」
「身体には筋肉緩和剤を打ってある。
それに、下手に動けば拘束魔法の威力も更に上がるぞ。
この部屋全体に術式を巡らせてあるからな。
聖明……大人しくしてろ」
聖明はわずかに目を細め、俺を睨んだ。
「心を読まなくても分かる!
重大なことを隠してるでしょ!?」
その瞬間、鎖と魔法陣にヒビが走った。
バキン!という音と共に全てが粉砕される。
……やはり駄目か。
だが、まだ魔力制御装置は残っている。
あれは聖明でも外せない代物だ。
聖明はベッドの上でゆらりと立ち上がる。
刹那、弾丸のように聖明が俺たちに向かって飛び出してきた。
その様子に龍は両手を上げる。
「うわああ!タンマ!タンマ!」
「お前の相手は俺だ!」
俺は龍を庇い、前に出ると聖明の拳を手で受け止め、腹に一撃入れる。
「か、は……っ」
そのまま聖明の身体をベッドに押し戻し、馬乗りになって両腕を掴み上げ、動きを封じた。
聖明は俺の下で小さく泣く。
「お願いだ……瑠璃に、瑠璃に会わせて……っ。
せめて、安否だけでも……お願い、セレス……っ」
あまりにも苦しそうな顔で泣くから、俺の胸が酷く痛んだ。
「セレス!油断すんな!」
龍の声にハッとしたが──遅かった。
薔薇の咲いた目に激痛が走った。
──しまった!この目の闇は聖明のものだ!
俺が死ぬことを分かっているから、触れないものだと高を括っていた……っ!
聖明は泣きながらも俺の目に宿っている薔薇に干渉し、侵食を促してくる。
「ぐっ、あ……!?」
激痛のあまり、ベッドへ倒れ込んでしまう。
聖明は俺を退け、ベッドから出る。
「龍。これを外して」
魔力制御装置を触りながら、龍に詰め寄る。
「あ……」
龍の目が虚ろになり、操られるように聖明の魔力制御装置を外してしまう。
そして──聖明は闇の茨で龍を薙ぎ倒した。
「っ、りゅ、う……っ」
声を上げることも叶わず、龍は気絶しているようだった。
聖明は身体を引き摺るように歩きながら部屋の扉に手を掛ける。
俺はどうにか身体を起こし、ベッドから転がり出る。
「行くな!聖明!」
しかし、その呼びかけに──振り返ることはなかった。
扉は開かれ、裸足のまま聖明が廊下を進んでいく足音が遠ざかっていく。
俺は全力で床を殴った。
「クソ!!!」
早く立ち上がれ!早く追いつかなくては!
今、瑠璃の元に行かせるわけにはいかない!
瑠璃は、恐らく死を選んだ。
俺はそれを分かって行かせた。
もし聖明が現場を見てしまったら、それこそ取り返しがつかない!
聖明の心が完全に壊れてしまう……っ!
痛みなんて、どうでもいい!
死んだって構わない!
だから、せめて、あいつの心だけは守らせてくれ!
しかし、意識が落ちそうになる。
なら──痛みで繋ぎ止めるしかない。
俺は自身の足に光で生成した短剣を突き刺す。
「……っ、聖明……っ!」
鋭い痛みで薄れかけていた意識が一気に覚醒する。
俺はどうにか立ち上がり、聖明の後を追った。




