表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カゴノトリ ―Another Sky―  作者: 灯夜 雪
第一章 出会い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/9

第7話 悪魔の囁き

暖炉の火は小さくなり、消えかかっていた。

横で眠る風真は、どこか幸せそうな表情で私に寄りかかり、静かな寝息を立てている。

私は彼を起こさないようにそっと抱き上げ、側にある三人掛けのソファへ寝かせた。


彼の幼さが残る顔を見ると、まるで瑠璃が生きているような錯覚に陥ってしまう。

銀髪の前髪を指でそっと掻き分け、頭を撫でる。


……この子は、瑠璃と同じ身体と魂を宿しているけど、全くの別人だ。


「まったく……私は何をしているんだ……」


自身の額に手を当てぼやいていると、影から使い魔であるリリーが現れる。

私に擦り寄るように尻尾を私の足に絡め、その小さな口を開いた。


「主。発作を無理に抑えていますね?……薬の力で」


私は苦笑した。

風真に見せるために捲った腕を、更に捲る。

左腕の肘の内側には、いくつもの注射痕が残っている。


「……まったく。

大きな怪我は瞬時に治るくせに、小さな傷は人並みの早さでしか治らないなんて……。

まったく、中途半端な不老不死だ」


風真に日記を見られ発作が起きた時、彼が部屋を出た後に書斎机の引き出しを開けていた。

そこにあるのは、作り置きしていた大量の抑制剤。

光のマナを圧縮した堕天使専用の薬だ。


無理矢理にでも発作を抑えるために、私は何本も自身に投与した。

幾ら堕天使でも過剰に摂取するものではない。


しかし……今は緊急時だ。

そんなことも言ってられなかった。

近くに悪魔になった瑠璃が来ているんだ。

発作で倒れている場合ではない。


私は足元にいたリリーをそっと抱き上げ、背中を撫でる。


「……ごめんね、リリー。心配ばかり掛けてしまっている」


「大丈夫ですよ。

私はそれでも主の傍にいることを望んだのですから。

だから、謝らないでください」


可愛い、可愛い、私の使い魔。

彼女のふわふわの身体に少しだけ顔を埋める。

彼女の体温が心地良い。


「リリー。お願いがあるんだ。この子を、風真を守ってほしい。

……私は大丈夫だから、お願い」


私の切実な願いにリリーはしばらく黙った後に小さく応えてくれた。


「……わかりました。主の頼みであれば」

「ありがとう。リリー」


私はリリーの額に唇を落とす。

そのままリリーをそっと床に降ろした。


「主……私からもお願いです。

少しだけでも、構いません。眠ってください。

たとえ不死でも……身体は悲鳴を上げます」


それだけ告げると、リリーは風真の影の中に潜ってしまった。

消えかけている暖炉の火がパチリと音を立て、薪が崩れる。


私は風真の毛布を整え、部屋を暖めるために暖炉に追加の薪をべる。

魔法で小さくなった火を大きく灯す。

すると再び炎がゆらゆらと揺れ始めた。


「……全部は選べない……か。覚悟を決めなくてはね……」


私は暖炉から離れると、風真の横にしゃがみ込んだ。

そして、かつての妹にしていたように、彼の額にキスを落とす。


「……行ってきます」


私はそのままリビングを出て、外へ向かった。

玄関を開けると、真っ暗な世界と静寂だけが広がっている。

コートさえ羽織らず、私は雪を踏みしめながら墓へ向かった。


……ああ、寒い。


降り積もる雪は、私の心に折り重なる想いのように──静かで、冷たくて、重かった。


──三年。

もう三年も経つのか。


瑠璃を失い、皆から逃げて、自分からも逃げて……逃げて、逃げて──辿り着いた先が、ここだった。


これはきっと罰だ。

堕天使に生まれてしまった罰。


きっと逃げ続けても、こうやっていつかは追いつかれる。

最後には逃げられない。


お墓に辿り着くと彼女が佇んでいた。

悪魔は歪んだ顔で、どこか嬉しそうに笑った。


「兄さん。決断はできたの?」

「ああ、そうだね」


私は息を吐く。

白い吐息が宙を舞う。

空から降り注いでいた雪は、どうやら止んでいたらしい。


「君を──殺すことにしたよ」


私は両手に闇で生成した剣を顕現する。


ああ、この剣を握るのも何年振りだろうか。

人々を治療し、悪魔たちと戦い続けていた日々を思い出す。


「いいわよ、兄さん!一緒に──殺し合いましょう!」


悪魔は狂ったように笑いながら叫ぶ。

これは、もう瑠璃ではない。悪魔だ。


──せめて、私の手で全て終わらせよう。



◆◆◆



「せい、めい……っ!キスは駄目だよ!」


僕は唐突に目を覚ました。

夢の中で聖明にキスをされたような気がしたんだ。

僕は額を撫でるように指で触れる。


……なんて恥ずかしい夢を見ているんだ。

しかも、思いっきり寝言を叫んだ気さえする。


僕は誰も聞いていないか確認するように周辺を見渡した。

暖炉がパチパチと音を立て、温かい。

でも──それ以外の光は落とされていた。


どうやら話しているうちに眠っていたらしい。

きっと聖明がソファで寝かしてくれたんだ。

アーチ状の大きな掃き出し窓から外を見ると外は真っ暗。

きっと聖明も自室で寝ちゃったんだろうな。


ぼーっと呆けていると、僕の影からゆらりとアメジストの輝きを持つ黒猫が現れる。


「あ、君は喋る猫ちゃん」

「リリーとお呼びください。風真様」


彼女が静かな声でそう告げると僕の膝の上にぴょんと乗ってくれる。

僕はついつい彼女の艷やかでふわふわの毛を撫でてしまう。

きっと聖明に手入れされているのだろう。

僕の世話といい、聖明は本当に面倒見が良い人だと思う。


「リリーは聖明の友達なの?」


僕は彼女を撫でながら、そんなことを尋ねる。


「いえ、私は……ただの使い魔です。

主──聖明様と魂の契約により永遠の時間を一緒に生きる約束をした者です」


「……そっか。じゃあ、聖明は独りじゃなかったんだね!」


あの日記を見て、聖明はずっと一人で苦しんでいたのかと思った。

でも、よくよく考えたら咄嗟の時に聖明はリリーの名を叫んでいた。

きっと信頼しているんだろうなって思った。


……よかった。

僕が言うのも変だとは思うけど、彼がずっと独りじゃなくて良かったって心から思えたんだ。

きっとこれからもリリーが傍にいるんだろうな。

そうであれば良いなって思った。


だって……僕も傍にいたいと思ったけど、出会ったばかりだし、聖明が僕の傍にいる義理もないと思う。

多分、彼は優しいからお願いしたら、傍に置いてくれるとは思う。


でも、僕の顔は何故か聖明の妹にそっくりだった。

何となくだけど、聖明は僕を見る度に妹を重ねて辛くなってしまう気がするんだ。


それを考えたら……とても、傍に置いてほしいなんて言えないと思った。

きっと身体が治って、一人で生きられるようになったら離れるべきなんだと思う。


「風真様……」


何かを察したようにリリーが心配そうな声色で僕の顔を見上げた。


「あ、ごめん!何でもないよ!」


そう言った瞬間だった。

突然、全身が痛くなり、ドクンドクンと心臓が脈を打つ。


「なっ!?」


震える両手には闇の刻印が浮き出始める。

急に、どうしたんだよ……!


「風真様!?」


苦しさのあまりに涙が出る。

リリーに返事しなきゃいけないのに。


「り、り……」


リリーに手を伸ばそうとした瞬間だった。

僕の意思とは関係なく勝手に手が動き、リリーを乱暴に掴むと床に叩きつけてしまった。


「きゃっ!!!」

「リリー!?や、やだ!何で勝手に──!?」


僕の身体なのに、言うことを聞かない。

リリーは打ち所が悪かったのか、小さく痙攣した後、倒れたまま動かなくなる。


「リリー!リリー!やだ……嫌だ!言うことを聞けよ!」


彼女を抱き上げ介抱したいのに、僕の身体は口以外は勝手に動き続ける。

操られた人形のように、手足が動き、そのまま外へ向かって歩みを進める。


「やだやだ!怖いっ!助けて!!!」


恐怖に怯え叫んでいると、頭の中に声が響いた。

──とても優しい声だった。


『こっちに来て』

「だ……れ……?」

『私はあなた。あなたの半身よ。こっちに来て』


頭の中の声が大きく響くにつれ、思考が溶かされたかのようにぼやけていく。

抵抗する気力も奪われ、身体が動くまま、誰かに導かれるように玄関を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ