↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カゴノトリ ―Another Sky―  作者: 灯夜 雪
第六章 心の闇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/93

第74話 大粒の涙

来た道をどうにか戻り、聖明の部屋の前まで辿り着く。

そこには龍が扉を塞ぐように寄り掛かり待ち構えていた。


「逃げ出しておいて、よく戻ってこれたな」


龍の着ていた白衣が、所々血で汚れているのに気付く。

恐らく血塗れの聖明を部屋まで運んだんだ。


彼は鋭い眼光で睨みつけてくる。

でも、僕も引き下がるわけにはいかなかった。

もう決めたから。


「確かに僕は怖くなって逃げ出した……。

でも、もう逃げない!聖明の傍にいるって決めたんだ!

確かに僕は人工天使で、存在そのものが聖明を苦しめるのかもしれない。


でも──そうじゃないかもしれない!

僕はこうして意思を持って、考えて動ける!

だったら聖明が苦しまなくてもいい方法だって見つけられるかもしれない!


何と言われようとも僕はこうして生を受けている。

だったら、僕は見つけたい。


聖明も僕自身も幸せになれる道を探したい!

僕は僕ができることをするだけだ!」


まだ僕が何をできるかは分からない。

でも、聖明が少しでも笑っていられるなら、それに応えられるように生きたい。

聖明が僕を守ってくれているように、僕だって聖明を守りたいんだ。


「クソ……瑠璃ちゃんと同じ顔で、同じようなこと言うなよ……」


龍は片手で顔を覆い、嘆くように言う。

そして、呼吸を整えるように深呼吸をすると、改めて僕と向き合う。


「聖明なら部屋で寝てる。

連日の闇魔法の使用に加えて、今日は心の深層まで潜ってたんだ。

闇の負担が大き過ぎて発作を起こしてる。

鎮痛剤と抑制剤は投与してるが、暫くは寝込むと思うぜ」


そう言い切ると龍は視線を逸らし、どこか憂いを帯びた表情で言葉を続けた。


「あいつの傍にいるってことは、今後も見続けるってことだ。

聖明に関わる生死や苦悩──目を背けたくなるような現実をな。

それでも、お前には覚悟があるっていうのか?」


龍は僕以上に聖明の苦しみを見てきたんだ。

きっと僕には想像もできない出来事があったのかもしれない。


「正直、怖いよ。僕では文字通り力不足だし、色々と足りてない。


でも、不安がってばかりじゃ進めない!

僕は聖明と一緒に堕ちたいんじゃない!

一緒に前を歩きたいんだ!」


前を向いて歩いていれば、きっと聖明を連れ出せると信じてる。

かつて聖明が僕を救ってくれたみたいに、今度は僕が聖明の手を掴んで連れ出すんだ。


「あー!やめだ!やめ!

こんな損な役回り、俺の柄じゃねーよ!」


龍は大きな溜め息と共に自身の頭をクシャッと乱暴に掻き、項垂れるようにその場でしゃがむ。


「はあ……わりぃな。本当は八つ当たりだ。

何もできなかったのは俺の方なんだ」


そう言うとふらっと立ち上がって、苦笑しながら話を続ける。


「あいつの悩みも苦しみも全部知っておきながら、俺はずっと黙認してきた。

俺はさ……あいつと一緒に堕ちる道を選んだんだ。


だから──お前が眩しくて憎いよ」


龍がそう言い切った瞬間、ガチャリと扉が開いた。

部屋から出てきたのは、汗に濡れ、苦しそうな表情を浮かべた聖明だった。

女性姿のせいか、着ている衣類は大きくダボッとしており、隙間から見える手首や胸元にまで闇の刻印が広がっている。


「ごめんね……龍……風真……」


一歩踏み出そうとした聖明の身体がふらつき、転びそうになる。

僕は慌てて駆け寄り、聖明の身体を支えた。

その拍子にいつも掛けている眼鏡が廊下に落ちる。


「聖明!無理に起き上がらないでよ!」


聖明の体は異常なほど熱く、その目は焦点が定まらない。

どう考えても意識が朦朧としている。


でも、聖明は必死な様子で絞り出すように言葉を続ける。


「本当に私は身勝手だね……。

君たちが大切なのに……傍にいるだけで、こんなにも苦しめている」


聖明が縋るように僕の肩に頭を付けながら譫言(うわごと)のように話し続ける。


「それだけじゃない……レイナ、ごめん。ごめんね。

救えないと知っていて、私の目的のためだけに殺した。

彼女は間違いなく許されない罪を犯した。

でも……彼女はただ愛されたかっただけなんだ。

愛し方が分からなかった、ただの女の子だった。


そんな無力な子を……私は……っ」


これは聖明の心の奥底から漏れ出る独白だった。


「こんな罪悪感を持ちながら……同時に、羨ましかった。

死を受け入れることのできる彼女が、羨ましかった……っ」


だけど──僕はそんな聖明の気持ちを否定する。

そんな気持ち認めたらいけない!


「いい加減にしてよ!

聖明の気持ちも、レイナの気持ちも、僕には到底理解できない!

罪だってきっと消えない……これからも罪の分だけ苦しむんだと思う。


だからこそ──ちゃんと背負うんだ!

それはきっと辛いことばかりだ。


でも、独りじゃないだろ!


一緒に苦しむなんて言えない。

安易にその罪を肩代わりもできない。


でも、一緒にいることぐらいはできる!

だから、せめてこうやって話してよ……!

不器用なりに頼ってよ!弱みをもっと言ってよ!


全部抱えて黙って、はぐらかすなんて僕は許さない!

僕は聖明の家族で、友人で──聖明のことが大好きだから、一緒に悩みたいんだ!」


気付けば目の前が涙で霞んでいた。

ボロボロと涙が溢れて止まらない。


──悔しい。悔しくて堪らない。


こんなにも僕は非力で、頼りなくて──でも、それでも、聖明に笑顔でいてほしい。

少しでも良いから、力になりたい。


「ふうま……」


聖明が顔を上げて、僕の頬に手を添える。

涙で霞んでいても、やっぱり聖明の瞳は綺麗だって思う。


「あーーー!!!!もう!!!」

「!?」


突然大声を上げる龍に、僕はビクッと肩を竦(すく)めた。


「こんなチビにここまで言われて恥ずかしいわ!!!」

「……龍」


聖明は小さな声で彼の名を呼ぶ。

すると龍はこちらを向いて、両手で自分の頬を挟むようにバチンと叩いた。


「俺たちも一応、大人だ!

子供を泣かしてないでしっかりしねーとな!」


何故だか分からないけど、この瞬間、急に力が抜けてしまった。

そして、急に感情が込み上げてくる。


「せ、めいっ……せいめ……」

「え!?」


驚く聖明に抱き着き、僕はそのまま大声で泣き始めてしまった。


「あああああっ!」


「わああ!?ふ、風真!?

ああ……よしよし!ごめんね、ごめん……風真」


聖明は僕をギュッと抱きしめながら、ズルズルと床に座り込んでしまう。

きっと立っているのも辛いんだろう。

でも、そんなの気にしている余裕なんてなかった。

恥も何もかも捨てて、聖明の胸で僕は感情の限り泣く。


きっとこんなに泣いたのは生まれて初めてだ。


聖明は僕の頭をあやすように撫でる。

聖明も発作で苦しいはずなのに、僕は自分の感情を抑えられなかった。


「ふふ、もう……風真ったら。凄い顔だね」

「聖明のせいだバカああああ!」


僕は今までにないぐらい聖明に甘えて、その胸で泣き続けた。

暫くして、どうにか落ち着いてきた頃、聖明は僕の頭を撫でながら龍に声を掛けた。


「……龍、レイナの遺体は?」


気付けば聖明の横に座っていた龍が顔を上げて答える。


「エクソシスト法に基づき、直ぐにでも焼却処分だ。

まだあの部屋に放置してある。

お前の薔薇が闇を纏ってるせいで誰も手が出せねーよ」


その言葉を聞き、聖明はどこか安堵したような表情を見せた。


「聖明……?」


僕はぐちゃぐちゃの顔を服の袖で拭いながら聖明を見上げる。


「龍。我儘ばかりで悪いんだけど、もう一個、お願いしてもいい?」



◆◆◆



──翌日の12セクター近くの丘の上。


街を一望できる高台で僕たちは真新しいお墓の前に立っていた。

冬の冷たい風が吹き、朝日が世界を照らす。


聖明は案の定と言うべきか、発作が全然治まらず、立てる状態ではなかった。

身体も性別を上手く操作できないらしく女性姿のまま。


そんな彼女に無理をさせないためにも、僕が車椅子を押してここまで連れてきた。

車椅子の傍らには薬液の入った点滴が浮かんでおり、聖明の発作を和らげるため抑制剤を投与し続けている。


「龍。我儘を聞いてくれてありがとう」


僕の横に立っていた龍はニカッと笑った。


「ま、良いってことよ!


本来なら死刑囚の墓なんて以ての外だけどよ。

お前が強請(ねだ)るなら少しの無茶ぐらいしてやる」


それを聞くと聖明は嬉しそうに表情を和らげた。

そして、膝の上に乗せていた花束を、魔法でふわっとお墓に添え、静かに黙祷を捧げた。


「レイナ。どうか安らかに」


聖明が黙祷を捧げ、脱力したように背凭(せもた)れに体重を預けると、龍がぽつりと問う。


「……まだ、羨ましいか?」


すると聖明は首を左右に振る。


「羨ましいなんて言ったら風真に怒られちゃうからね」

「当然だろ!」


僕は一瞬にしてムッとして、変なことを聞いた龍を睨みつける。

龍は少し悪いと思ったのか、バツが悪そうに肩をすくめ、苦笑する。


「わりぃって!」

「龍って一言多いって言われない!?」

「あ!お前!何気に俺のこと呼び捨てに!」

「あんたこそ僕を一度も名前で呼ばなかっただろ!?」

「ぐっ!」


僕たちが騒がしく言い合っている間、リリーが影の中から出てきて、聖明の膝の上に乗っているのが見えた。

聖明は彼女の体を撫でながら、静かに口を開いた。


「風真」

「ん?」


聖明を見ると、浮かない顔でリリーに視線を落としている。


「……どうしたの?」


彼女は少し息を整えるように胸に手を当てる。


「風真……聞いてほしいことがあるんだ」


そう言って顔を上げた聖明は何か決意をしたような様子だった。

僕は聖明の気持ちに応えたくて頷いた。


「うん、聖明が話したいなら、ちゃんと聞くよ」


「……ありがとう。

君には話そうと思う。私と瑠璃に昔何があったのか。

それから……私が犯した罪の話を」


きっと、勇気を振り絞って話してるんだろう。

聖明の声は震えて、消え入りそうだった。


「──うん、聞かせて。僕も聖明たちのこと知りたい」


僕はしゃがんで、聖明の手をそっと包むように握った。

聖明は弱々しく微笑むと、空を見上げた。


僕はこれから知ることになる。

堕天使の苦悩と、世界の矛盾を。


そして──瑠璃をはじめとする幾つもの悲劇を──。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。