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カゴノトリ ―Another Sky―  作者: 灯夜 雪
第六章 心の闇

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第72話 隠された闇

私はレイナの目を真っ直ぐに見つめ、彼女の奥深くに眠る闇に触れた。

彼女の意識が闇に沈み、記憶が過去へ過去へと戻っていく。


私も彼女の心を覗き見るため、意識を手放したレイナを抱きかかえソファに座る。

そして──私も目を閉じた。


闇を通して彼女の意識の中へと潜っていく。


「さあ……もっと深く、もっと意識を潜らせるんだ。

君が闇に囚われた瞬間を──見せてご覧」


次の瞬間、私は薄暗い場所に立っていた。

傍らには、ザラザラと壊れたような音を鳴らす蓄音機がある。


私は慣れた手つきで蓄音機を操作し、音を鳴らし始める。

すると、何もなかった空間に映像が映し出される。


まるで──壊れかけたビデオテープのように、不鮮明な映像。


私は蓄音機の近くで腰を下ろすような動作をする。

すると同時に一脚の椅子が現れ、そこに座る。


ここは私だけが操れる空間。

誰かの心を覗き見る時に使う私の領域。

ここにいる限り、必要以上に他人の心に──闇に飲み込まれなくて済む。


一瞬目を閉じ、深呼吸をする。

ほんの少しの覚悟をして瞼を開くと、レイナの記憶が映像として流れ始めた。


ああ──彼女の断片的な感情が、記憶が、流れ込んでくる。



◆◆◆



「なんで、そんなことするの!?」


半ば発狂したように声を荒げる女性。

どこかレイナに似た彼女は、持っていたコップを投げつけ、何かを叫んでいる。


「この異常者!何で!?何で!?私の子供がこんな……っ!」


目の前の女性はレイナの母親だ。


「あああ……っ」


叫ぶ母親の横で、頭を抱える気弱そうな男性。

彼は──レイナの父親。


父親は絶望したようにレイナを見つめ、涙を流している。

彼が見つめている先には──笑顔で猫の死体を抱きかかえる一人の幼い女の子。


彼女がレイナだ。

レイナは笑顔のまま素直に首を傾げる。


「何でそんなに怒っているの?何で泣いているの?

私はただ──猫ちゃんと遊んでいただけよ?」


とても可愛いから、いっぱい愛しただけ。


何がいけなかったの?

ママも、パパも、何で怒るの?泣くの?


私には分からなかった。


可愛いと思ったから、力いっぱいに撫でた。

大好きだから、精一杯抱き締めた。


そうしたら──猫は動かなくなってしまった。

動かなくなっちゃったのがいけなかったのかな……?



──激しいノイズと共に場面が切り替わる。別の記憶が流れ始める。



「異常者のくせに、身体だけは立派だよな」


お兄ちゃんは口は悪かったけど優しかった。

いつも私をいっぱい触って、いっぱい『愛』を囁いてくれた。


だから──許されると思った。

愛することも、私から触れることも。



◆◆◆



「……っ!なんて酷い兄だ……!」


私は吐き気を催し、口元を押さえる。

映像を全部見なくても、そこで起きた出来事が闇を通じて勝手に私の中へ流れ込んでくる。


私は耐えきれず、場面を切り替えた。



◆◆◆



気付けば私の両手は、温かな『兄だったもの』で濡れていた。

真っ赤な真っ赤な温かい兄の温度。


いっぱい愛して、いっぱい触れたら──バラバラになっちゃった。

床には兄の中から出た温かい『何か』が転がっていた。


「きゃあああああ!オリヴァ!!!」


ママがお兄ちゃんの名前を叫びながら、床に転がった何かを掻き集めて涙を流し、怯えた目で私を見てくる。


何がそんなに悲しいんだろうか。

何がそんなに怖いんだろうか。


「兄を殺すなんて……っ!は、早く、エクソシストに通報を!」


怯えながら外へ逃げるように駆け出すパパ。


パパは何でそんなに怯えた顔で私を見るの?

昔は可愛い可愛いっていっぱい撫でてくれたのに。


何で、何で、何で?


ママも、パパも、私を見てくれない。

泣き叫び、怯えた目で私を見てくる。


お兄ちゃんだけは愛してくれたよ?

今は動かなくなっちゃったけど、ここにいるよ?


「私が悪いの?お兄ちゃんを愛しただけなのに?」


私の疑問に誰も答えてくれない。

私の声は──誰にも届かなかった。


昔はママもパパも、沢山「愛してる」って言ってくれた。


でも……いつからだろう。

私のことを化物を見るような目で見るようになったのは。


ママが顔を上げ、醜く歪んだ顔で叫んだ。


「あんたなんて産むんじゃなかった!」


どうして?どうしてそんな酷いことを言うの?

私は……いらない子なの……?


この瞬間、全部がどうでもよくなった。


──もう、いいや。

愛されなくていい。愛してほしいとも思わない。

私は、私が愛していることが大事なんだから。


ママ。

パパ。

お兄ちゃん。


──愛してる。


私は全力で愛した。

私なりの愛で、想いを家族に捧げた。


ママも、パパも、お兄ちゃんとお揃いになった。

部屋中に転がる、家族だった──何か。

足を踏み出せば、ぬるっと絡みつく家族の体温。


ああ──温かい。これが家族の温もり、家族の愛。


「あはははは!これで、一生一緒よ!

大丈夫。私はちゃんと愛してあげられるわ!

臓物一つ残らず、全部──愛してあげる」


彼女はくるくる回り踊る。

今までに感じたことのない幸福に満たされ、愉快そうに笑う。


同時に、痛いほどの感情に心を支配される。



寂しい。独りは寂しい。

誰か──誰か、お願い。私を──


「愛して」


────殺して。



◆◆◆



「──これが君の本心か」


私は目を開き、白い部屋で意識を戻す。

すると抱き締めていたレイナが私から離れ、頭を抱え絶叫する。


「いやああああああああ!!」


彼女の闇に、心に触れた。

無理矢理暴いた。


「見ないで!見ないで!私を見ないで!」


本心を暴かれ、ボロボロと涙を流すレイナ。

私は立ち上がり、そっと彼女を抱き締めた。

怯えて、苦しんで、全身を震わせている。


「パパ……ママ……お兄ちゃん……ごめんなさい、ごめんなさい……」

「うん」


「私……愛したかっただけなの。……でも分からないの、愛し方が……わからないの」

「うん」


「好きだから……いっぱい触れたかっただけなの……ごめんなさい、こんな子でごめんなさい……」

「……うん」


「先生……愛してほしい……」

「………うん」


悲痛なまでの叫びだった。

私の胸も酷く痛くなる。


レイナは闇堕ち人ではない。

こんなにも罪悪感を抱き、こんなにも誰かを求めている。


ただ……分からなかっただけなんだ。

愛し方が、愛され方が分からなかった。


きっと、この子は私に似ていた。

私も、愛し方も愛され方も分からないんだ。


「先生、先生……っ」


静かに浮かび上がった闇の刻印が、レイナの全身へ急激に広がっていく。


レイナはずっと隠していたんだ。

ずっと気付かないふりをして闇を抑え込んでいた。


私が暴いてしまった以上、もう闇は止まらない。

そして──レイナが犯した罪もまた、消えることはない。


『聖明!』


龍の声が響き渡る。

通信魔法を応用して、無理矢理こちらに音声を通しているんだろう。


『そいつは処刑対象だ!』


龍が言いたいことは分かる。

闇堕ち人ではない時点で、レイナはただの死刑囚だ。

研究対象としての資格を失った以上、速やかに処刑するのが決まりだ。


私は静かに龍に返事をする。


「……分かっているよ」


せめて、最後くらいはレイナの願いを叶えよう。

私には本当の意味で誰かを愛するというのが分からない。

恋愛感情というものは、特によく分からない。


でも──真似事ぐらいならできる。


「レイナ」


私は優しく彼女の名前を呼び、頭をそっと撫でる。

彼女は顔を上げ、私の目を見た。


レイナも気付いている。

私が今からすることも、考えていることも、分かっている。

それでも彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「……好きだよ、レイナ」

「ありがとう……先生、愛してくれて……ありがとう」


私たちは唇を重ねた。

そして──音もなく、私の影から伸びた闇の茨が彼女の心臓を貫いた。


茨を伝い、彼女の血がポタポタと、床に広がった私の血へ重なるように落ちていく。

彼女の目から光が消え、手がずるりと滑り落ちた。


私は唇を離し、力のない彼女の体を抱きかかえ、その場にしゃがむ。

開いたままの目をそっと手で覆い、瞼を閉じる。


ごめんね。私にできるのはこれくらいだ。


穏やかに眠る彼女を見て、私は『羨ましい』なんて思ってしまった。


なんて──身勝手なんだろう。

余程、私のほうが罪深い。


「……おやすみ。レイナ」


せめて──もう寂しくありませんように。

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