第67話 私の幼馴染
魔法都市から北部に位置する街──ボレアス。
エクソシスト北部支部が存在している街だ。
そして──エクソシスト諜報部の12セクターがある場所でもある。
この土地は元々寒い地域で、冬に入ったばかりだというのに風は冷たく、息を吐けば白く漂う。
顔を上げれば白化粧をした山脈が街を見守るように存在している。
そんな街の小さな喫茶店で、私は人を待っていた。
寒さを誤魔化すように私は湯気の立つコーヒーを一口飲む。
普段ならホッとするはずなのに、今日は全く落ち着かない。
今から会う人物のことを考えると気が重いからだ。
向き合おうと覚悟はしていたけど、気持ちは逃げ腰だ。
そんな弱気だからか、ここ数日は睡眠が浅く、寝不足の日々が続いている。
それには風真やリリーも薄々気付いており、心配をかけてしまっているのは申し訳ないと思う。
「はあ……」
思わず溜め息が漏れる。
すると私の向かいの席に誰かが静かに座った。
──来たか。
「聖明、もう四年振りくらいか?」
「通信魔法で話してはいただろ?」
私は聞き慣れた男性の声に驚くこともなく、淡々と返事をしながら前を向いた。
そこには黒髪に翡翠の瞳をした、短髪の男性。
左耳には赤いタッセルピアス。
華の国『龍華』の民族衣装──袍に似た黒い服を身に纏っていた。
「……龍」
「まあ、通信で話し始めて一年ぐらいか」
彼の名は──龍・C・ミカエル。
大天使ミカエルの養子。
稀代の天才にして、魔法都市を代表する魔導機構を考案した博士。
でも、そんな大層な肩書きでさえ、あくまで表向きのもの。
彼はミカエルの『五本指』と呼ばれる直属の部下でもあり、魔法都市の全ての諜報員を束ねる裏の権力者。
そして──私の幼馴染で、私を魔法都市に戻すために手引きしてくれている協力者だ。
彼のお陰で大天使ミカエルに直接交渉を持ち掛け、勅命を受けることで魔法都市へ帰ることを許されたわけだ。
「龍には本当に助けられている」
私は四年振りに顔を合わせる友人に罪悪感と気まずさもあり苦笑してしまう。
「ったく!急に連絡あった時はマジでビビったんだからな!」
「あはは……本当にごめん……」
彼は背凭れに体重を預けると脚を組んだ。
「聖明。お前の希望通り、この一年仕事復帰していることを隠している。
勿論、お前も知っての通り、堕天使ストラとソルティアの協力ありきだがな。
流石の俺でもカゴノトリ内部になると協力者が不可欠だったからな。
カゴノトリ諜報部の指揮官であるストラの協力は特に必須だった。
代理とはいえ総指揮官の地位に就いてる奴の目を盗むのは苦労してんだぞ?
あいつは察しも良いし、頭も切れる。
俺……何度も問い質されて、毎回殺されるかもって思って対応してんだぞ?偉くね?」
龍が愚痴っぽく手振りを添えながら話す。
それもそうだろう。
私のパートナーであるセレスティーナ・ラファベルは、私の代理としてカゴノトリの全権を握っているんだ。
そんな彼の目を盗んで私が一年もの間、様々な仕事をこなしている。
私の行動はどうしても目立つことが多いというのに、よくここまで隠し通せたものだと思う。
まあ……龍のことだから、上手い具合に誤魔化し、逃げ続けてくれているんだろう。
「で、俺からの報告だ。
ミカエル様からの勅命の報告書は直接、ミカエル様に回してる。
医療に関してはラファエル様に直接報告だ。
要は大天使様も巻き込んでお前の存在を隠してるわけだ。
その甲斐あって代理総指揮官に情報が渡らないように調整して誤魔化し続けている。
で──その中で一点、文句言わせろ。
お前が送り込んできた魔人の話だ」
龍が鞄から資料を取り出すとテーブルに紙の束を置く。
私は手に取り、それを読み始める。
「魔人ロウマン・アモール。
魔人を勧誘したこと自体は問題ない──が!
あいつの首にガッツリお前の『血の誓約書』が刻まれてるじゃねーか!」
何故か怒鳴るように言い放つから私は首を傾げてしまう。
「そりゃ……私の魔人だからね」
「だから問題なんだよ!
お前……誓約時に首噛ませただろ。
血の誓約は最初に血を飲ませた箇所に浮き出る」
流石、物知りな龍だ。
堕天使特有の誓約についてもよく知っている。
──血の誓約書。
堕天使が闇を操る種族を使役する唯一の禁術。
悪魔や魔人、魔物を使役する血の誓約は、契約主である堕天使によって紋様が違う。
私の血の誓約書は、赤黒く浮かぶ薔薇の紋様だ。
「聖明、お前忘れたとか言うなよ!?セレスがどれだけ嫉妬深いと思ってんだよ!」
「……あ」
その言葉にハッとする。
私のパートナーは、龍が言うように凄く嫉妬深い。
私が他者に触れられることに、何故か凄く怒る人だった。
私が首を噛ませたって知ったら……今でも怒ってくれるのかな……?
いや、それはないな。
私は勝手に消えた存在なわけだし……。
「お前の存在隠してるのに存在アピールするような魔人送ってくんなよな!
どうにか首を隠して、今はソルティアの部隊に紛れ込ませてる!
バレたら俺の命のほうがヤバいわ!」
「……きっと、セレスは怒らないよ。
きっと私のことなんて……嫌いになってる」
私の言葉のせいか、龍が黙ってしまう。
店内のガヤガヤした話し声が無駄に響いて聞こえる気がする。
「ったく……お前は相変わらず……。まあいい。
今日、会いに来たのは愚痴るためじゃない。
──最後の勅命だ」
龍が更に鞄から別の資料を取り出し、手渡してくる。
私はそのファイルを開き、軽く内容を読む。
「はは……これはまた……」
前もって聞いていたけど、なかなかに酷い依頼内容だ。
この仕事で、本当の意味で、私がカゴノトリに戻るべきか見定めるつもりだろう。
「……私の手綱を再び掴めて喜んでそうだな」
「お前が掴ませた手綱だ。覚悟を決めろ」
龍は笑顔を崩すことなく言い放つ。
その笑顔は四年前と変わらない。
でも──長く一緒にいたから分かる。
龍は怒っているな。
「……そうだね」
龍はいつもこうだ。
本気で私に怒っている時こそ、こうやって笑う。
分かっていたけど……簡単には許してもらえないだろうな。
「聖明!買い物してきたよ!」
風真の声が聞こえて視線を向ける。
彼は買い出しの荷物を両手いっぱいに抱え、戻ってきていた。
リリーも黒猫姿で風真の足元で一緒に歩いている。
「風真、リリー。おかえり。買い物頼んじゃってごめんね」
「街歩くの楽しかったよ!……て、あれ?この人は……?」
風真が荷物の隙間から顔を出し、不思議そうに龍を見つめる。
その間にリリーが私に駆け寄り、肩にぴょんと乗ってくる。
私はリリーの喉を指で撫でながら紹介することにする。
「彼は大天使ミカエルのご子息で龍・C・ミカエル。
私の幼馴染で、友人だ」
「えええ!?ミカエル様の!?しかも、幼馴染なの!?」
風真は驚きながらテーブルの空いているスペースに荷物をドサッと置く。
「よ!お前が噂の聖明の連れか!」
龍はいつもの明るい様子でニカッと笑い風真を見上げる。
「あ!はじめまして!風真って言います!」
「俺は紹介に預かった龍・C・ミカエル。龍って呼んでくれ。
一応、エクソシストという扱いだが、俺は特別枠でな。
エクソシストのどの省にも属していない。
詳しく話すと長くなるから、簡潔に言うとミカエル様直属の部下の一人だ。
肩書きとしては『魔導機構博士』という称号を頂いている」
流石に裏の肩書は言わないので少しホッとする。
『魔法都市諜報機関の最高責任者』なんて名乗られたらカゴノトリの全容について風真に話さなくてはいけなくなってしまう。
いや……今回で少なからず知ることになるか……。
「主。そんな浮かない顔をしないでください」
私の思考に割って入るように、リリーが私の頬をペロッと舐める。
私は彼女を抱き上げ、ギュッと抱き締めた。
「ふふ、ありがとう。リリー」
「……聖明。それ、使い魔か?」
龍が不思議そうな顔で尋ねてくる。
何を今更言っているんだろうと思って私は首を傾げる。
「ん?そうだよ?」
「お前、使い魔なんて使役してたか……?」
「え?知らなかったっけ?」
「ん?」
何故か微妙に話が噛み合わず、互いに首を傾げる。
すると風真が私のトランクを開けて荷物をしまいながら尋ねる。
「聖明がずっと通信魔法で話してた人ってきっと龍さんだよね?
今日はどうして直接会ったの?仕事?」
私はテーブルに置いてある資料を横目に答える。
「……ああ、この旅で最後の依頼だ。だから龍が直接来たんだ」
「今回の仕事を終えたら、俺は聖明を大天使様の元まで連れて行かなきゃいけないんでね」
龍が仕事を直接見届け、そして──私は大天使たちの前に召喚される。
己が犯した罪を償うために。
私という存在が特殊なため、カゴノトリ総指揮官の地位に完全に戻されることは確定している。
しかし──それとは別に、何かしらの罰として誓約を課されるだろう。
でも、それは仕方ないことだ。
私は『魔法都市の宝』とも言うべき瑠璃を死に至らしめている。
その上、私は逃走までしている。
普通であれば死罪になってもおかしくない。
まあ、堕天使だから本来なら封印か。
「ふ〜ん」
龍が何故か風真を値踏みするようにじっと見始める。
「え、な、何?」
風真もたじろんで助けを求めるように私を見る。
この空気……嫌な予感がする。
「おい……龍」
私が静かに名を呼ぶと、龍はこちらを一瞥しつつ風真を睨むような目つきで言い放った。
「妹と同じ顔でお前は何をするつもりだ?」
「なっ……!?」
「おい、龍!」
あまりの言葉に私は立ち上がり、風真の前に出て、庇うように彼を背に隠す。
いくら友人とはいえ風真にそんなことを言うなんて!
しかし彼は、昔と変わらぬ悪戯な笑顔を浮かべた。
「ははは、冗談だよ!」
「冗談で済むか!」
「……聖明」
振り返ると不安そうな顔を浮かべた風真が、私を見上げていた。
いや、これは龍が悪いわけじゃない……そもそも、原因は私にある。
龍に怒るのはお門違いだ。
「そんな顔しないで。風真のせいじゃない」
「……うん」
風真はどこか悔しそうな顔をして、床に視線を落とす。
……ごめんね。
きっともっと辛い思いをさせる。
そう心の中で謝罪をする。
「聖明」
龍は飄々とした様子で立ち上がり、私の名を呼びながら手を差し出してきた。
「仕事の時間だ。
エクソシスト諜報部12セクターまで同行願います」
これは幼馴染としての頼みではない。
エクソシストとして──ミカエル直属の部下としての正式な命令だ。
私に拒否権はない。
「……ご指名とあらば」
私は胸の奥に芽生える不安を押し殺し、彼の手を取った。
覚悟を決めろ──私。




