第66話 いっときの別れ
「今日で診療所で働くのも最後じゃの」
コロラータの診療所でシルロ先生がいつものように髭を撫でながら、少し寂しそうに言う。
僕たちがコロラータに訪れて早くも四ヶ月。
当初の予定より大幅に長く滞在し、その間、周辺地域の訪問医療も続けた日々。
「なんかあっという間だったね」
僕はいつものようにカルテを整頓しながら、今まで過ごした日々を思い返す。
夏に訪れ、鮮やかな街並みに目を引かれた日。
聖明が倒れて心配した日々。
初めて一人で行動して、精霊の森で学んだことを実践し続けた日々。
自分なりに色んな人と交流をして、街で話せる人も増えた。
徐々にこの街に馴染んで、夏が終わり、冷たい風が吹き始めて秋になり、気付けばもう冬。
──聖明と出会ったのも雪が降る冷たい冬だった。
まだ雪が降るほど寒くはないけど、時の流れの早さを感じる。
「風真くんともお別れになっちゃうのね。残念だわ」
頬に手を当て溜め息をつく看護師のカトリーナさん。
綺麗な金髪をさらりと耳に掛け、僕と一緒にカルテをしまいながら深緑の瞳で僕を見て苦笑する。
「カトリーナさん、色々教えてくれてありがとう!
楽しかったよ!」
僕が答えるとシルロ先生や聖明にお茶を出している看護師のエレナさんが元気な声を上げる。
「風真くんが手伝ってくれたお陰で事務処理も楽だったよ!」
茶髪のショートヘアーが可愛らしいエレナさんは、毎日元気でいつも気さくに声を掛けてくれた。
「ふふ、風真はモテモテだね」
聖明がいつものように穏やかな顔で微笑みながら、膝の上に黒猫姿のリリーを乗せ、撫で回している。
ここに来てから聖明は本当に穏やかに過ごすようになったと思う。
出会った頃なんて本当に死にそうで……今でも心配になることは多いけど、それでも元気になったと思う。
「聖明に言われたくないよ!
聖明なんて患者さんからしょっちゅうラブレターとか告白されてたじゃん!」
「ぐっ」
ここに長く滞在して気付いたけど、聖明は元々人たらしなところもあって、人を魅了する天才だと思う。
本人は「魅了効果のせい!」とか言っているけど、それだけじゃないと思うんだよね。
男性姿であっても表情一つで可憐な女性にさえ見える容姿は同性の目を引くし、凛とした男性らしい振る舞いは女性を釘付けにする。
そのためか、男女問わず大人気だ。
僕は聖明が無性体と知っているけど、普段の聖明は男性姿だ。
幾ら中性的な顔立ちでも男性の聖明に同じ男性が告白するのは驚きを隠せない。
まあ、聖明はのらりくらりと躱しているので何事もなく済んでいるけど……いつか襲われないか少し心配だ。
聖明ってボーっとしているところがあるから余計にだ。
今なんてエレナさんから貰ったお茶を啜りながら頭に花咲いてそうな雰囲気だし……。
「まったく!可愛いギャルとイチャイチャしよって!
破廉恥じゃ!」
とか叫びながらシルロ先生は診察室のベッドに座りながら、同じくお茶を啜っている。
「あはは!シルロ先生には私たちがいるじゃないですか!」
「うぬ!おぬしたちにはいつも助けられておるの!」
エレナさんはジジイの扱い方がよくわかっている。
明るく茶化すように言う姿も見慣れてしまうぐらいには見てきた。
「お給料に反映してくださっても良いんですよ?」
「う!?急に持病の発作がの!」
「嘘バレバレですよ。シルロ先生」
カトリーナさんは強かだ。
綺麗で大人しそうな雰囲気で、どこか守銭奴なところが面白かったりする。
「聖明先生!
今日で診療所での仕事は最後になるがの、今後の予定はどうなっておるのじゃ!?」
「あ、ジジイ。話題逸らしたな」
ジジイは分が悪くなると直ぐに逃げるのも覚えた。
物理的には逃げ足が速過ぎて捕まえられないけど言葉であれば案外直ぐに降参したり、詰め寄れることにも最近気付いた。
と言っても、この技はカトリーナさんとエレナさんしかできてないけど。
「そうですね。
コロラータに長く滞在した分、物も増えてしまいましたからね。
特殊な魔法が付与されたトランクがあるとはいえ、荷物の整頓に少し時間は欲しいです。
なので、あと三日ぐらいは滞在してからこの地を離れようと思います」
あと三日か……少し寂しいな。
「風真くん!」
急にカトリーナさんが抱き締めてくる。
「わあああ!カトリーナさん!急に何!?」
僕の身長が低いのもあって、後頭部が胸に包まれてしまう。
……柔らかな感触が後頭部を襲ってくる!
「今日で最後になっちゃうかもしれないから今のうちに風真くんを満喫させてね」
「それはちょっと!」
僕が慌てながら声を上げると今度は前から柔らかな感触に包まれる。
「じゃあ、私も!風真くん可愛い!」
「え、エレナさんまで!?」
僕は女性二人に抱き締められて大パニックだ。
「破廉恥じゃ!」
「ふふ、風真、モテモテだね〜」
医者共は呑気に観察してるだけで止めようともしない。
「ちょっと!助けてよおおお!」
しかし、聖明は愉快そうに微笑むだけ。
リリーに至ってはジト目で見てくる始末だ。
僕のせいじゃないのに!
「聖明先生、次に行く先はどこになるんじゃ?魔法都市かの」
その言葉に一瞬、聖明の表情が曇ったのを見逃さなかった。
「……次はエクソシスト諜報部の12セクターで、少しだけ厄介な仕事です。
それが終わったら魔法都市に戻る予定です」
「ん?いつものエクソシスト支部とかじゃないの?」
僕は疑問に思い尋ねる。
その頃には二人はクスクス笑いながら僕から離れてくれた。
真面目な話とかの時はこうやって配慮してくれるのは大人の人だなって思う。
彼女たちは何かを察したように扉の前で一礼すると診療室を出ていった。
「基本的にエクソシストの軍部は、魔法都市を中心として東西南北に大きな支部を置いていて、そこから枝分かれして東北支部、南東支部などの少し小さな支部が点在してるんだ。
それとは別に軍部の中には諜報機関が存在していてね。
通常のエクソシスト部隊とは別系統で動いている諜報部があるんだ。
エクソシストの諜報部は魔法都市を中心に時計回りに1セクターから12セクターまで存在していて、国内の情報を収集しているんだ。
一応、機密機関に当たるから、諜報部の支部に当たる各セクターの詳しい位置は表立って開示されていない。
まあ、私の場合はカゴノトリに所属している関係もあって諜報部とは深い交流があるんだ。
基本的にカゴノトリとエクソシストの軍部は犬猿の仲だけど、諜報部だけは密に連携を取っている。
要は、総指揮官である私は全セクターの位置を知っているとも言えるね」
聖明が説明してくれているけど、カゴノトリが何で諜報部と仲が良くて連携しているのかは正直よく分からなかった。
確かに軍務はあるけど、何で諜報部なんだろう?
カゴノトリって基本的には闇魔法を使った医療集団だよね……?
「う、うん?」
「諜報部からの依頼ということじゃな」
僕が首を傾げているとシルロ先生が聖明に尋ねるように声を挟む。
「まあ、そういうことです。
諜報部の仕事は碌なことがないんですけどね……」
「聖明先生はすぐに無理するからの。
風真。この街から離れたらおぬしがちゃんと聖明先生を見ておくんじゃよ。
こやつは直ぐによからぬことを仕出かすからの」
「え〜……」
それに関しては同意だ。
聖明って直ぐに無理するし、注意してないと自身を犠牲にしようとする癖がある。
出会った頃に比べてマシになったけど、それでも長年培ってきた思考は中々直せないようで、周りが注意してあげるべきだと思う。
この街にいる間はシルロ先生が注意してくれていたからこそ、穏やかに過ごせていたんだ。
この街を出たら僕がしっかりしないとね!
「うん!僕がしっかり聖明を見張っておくよ」
「え!?風真!?」
聖明が一瞬にしてショックを受けた顔で涙目になる。
すると膝の上で撫で回されていたリリーが顔を上げる。
「主。私も見張っていますからね」
「えええ!?リリーまで!?」
聖明の反応に思わず僕もジジイもリリーも笑った。
きっとこうやってジジイを含めて笑い合っている時間も今日で最後だ。
やっぱり少し寂しいな。
僕の気持ちを無視するように六時を告げる鐘が街中に響き渡る。
聖明はすっと席を立ち、シルロ先生の前で姿勢を正すと、綺麗な所作で一礼した。
「シルロ先生、長い間、お世話になりました」
その言葉に「ああ、今日でお別れなんだ」って思ってしまう。
まだ三日は滞在するけど旅路の準備や診療所の忙しさを思うと顔を出すタイミングは難しそうだ。
「こちらこそ、楽しい日々だったわい。
たまには若いもんと仕事をするのも、なかなか良いもんじゃのう。
また近くに寄った際は、顔を出しなされ」
「はい。その時は是非」
少し寂しいけど……きっと永遠の別れではない。
だって──僕が生きるための旅路でもあるんだから。
「ジジイ、今度来る時は育毛剤持ってくるよ!
きっと生えないけどね!」
僕はジジイの頭をツルッと撫でてやる。
するといつものように仙人のような笑い声を上げる。
「ふぉっふぉっふぉっ!諦めなければ夢は叶うもんじゃよ!」
「いや、ジジイは毛根死んでるじゃん……」
アース・ドラゴンの鱗を使った魔法薬でも生えてこなかった毛根だ。
絶対に無理だと思う。
しかし、ジジイは元気に笑い続ける。
「ふぉっふぉっふぉっ!」
このクセのある笑い方に僕は気付けば慣れていたんだなって思うと変に僕まで笑ってしまう。
「また遊びに来ましょう。主も楽しそうでしたよ」
リリーが聖明の膝上から肩に飛び乗ると顔に擦り寄りながらそう言う。
聖明は一瞬驚いたような表情をし、直ぐに穏やかな笑顔を見せた。
「そうだね。また来よう。三人で」
その言葉に聖明も僕と同じく一緒にいる未来を思い描いてくれているんだと分かり、嬉しくなる。
僕は聖明に続き、診療室のドアの前に立つ。
「それでは、シルロ先生。またお会いしましょう」
「うぬ!まだまだ儂も現役じゃ!
こちとて魔法都市に行くこともあるじゃろうて。
その時は案内でも頼むとするかの」
「はい、是非」
僕は次に会える時を願って精一杯の笑顔でジジイに言った。
「またね、ジジイ!元気でね!」
「風真、おぬしもな!」
僕とジジイは最後に互いの手を打ち合わせて笑って別れを告げた。
次会う時はきっと、死に怯えることなく、全てを解決してから会うんだ。
そのためにもいっときのお別れだ。
大丈夫!きっとこの先も明るい未来が待ってる!




