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カゴノトリ ―Another Sky―  作者: 灯夜 雪
第五章 運河の街コロラータ

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第64話 ストラと僕

「堕天使ストラ。こちらが周辺の地図になります」


エクソシストが張ったテントの中で、白い軍服を身に纏った人たちが慌ただしく動いている。

その中央にある大きなテーブルの上に資料を広げ、エクソシストと話し合っている堕天使ストラ。

僕は喫茶店で話があると言われ半ば強制的にここまで連れてこられた。


──一体、どうしてこうなった!?


「現状について報告しなさい」


ストラが冷たい声で言い放つと、エクソシストの男性が少し引きつった顔で資料を見ながら説明を開始する。


「はい。魔物が周辺地域に分散してしまい、現在部隊の者が追跡をしていますが、全部を把握できていない状態です。

魔物が分散してから時間も経っているため、我々だけでは全て排除するのが難しいと判断し、カゴノトリに協力要請を行いました」


彼はどこか怯えながらもストラにそれなりの敬意を示しているように感じる。

聖明が軍務をする時は、畏怖と軽蔑の視線や陰口ばかりだけど、それとは少し違う。


「まったく、最初に一気に討滅しないからこんなことになるんだよ!

仕方ないから協力してあげるわ!」


ストラが溜め息混じりで愚痴っぽく話すと地図上に手を掲げ、魔法陣を展開する。


「闇を導け──闇の千里眼《テネブラエ・ウィデレ》」


すると地図上に小さな紫色の結晶のようなものが、あちこちに出現し始める。

気配的に闇魔法の一種なんだろう。

その結晶は地図の上でどうやら動いているように見える。


「これで周辺の魔物の位置は完璧に把握できるはずよ。

私が魔法を解除しない限り、魔物を見失うことはありえない」


聖明とはまた全然違う闇魔法だ。

聖明は遠距離攻撃型だけど、ストラは敵の位置を正確に把握する後方支援型だ。


確かにこれなら、数の多い魔物を討滅する時にも有利な作戦を立てられる。

一見地味だけど、凄い能力だ。


「私は夕方までに帰りたいの。さっさと殲滅してきなさい!」

「は!ありがとうございます!」


ストラが叱責するように指示を出すとエクソシストの偉そうな人が敬礼し、他のエクソシストを連れてテントに出ていく。

恐らく地図を元に殲滅しに行ったのだろう。


「……少年」

「え?もしかして、僕?」


ストラが急に僕を横目に見ながら呼ぶものだから、首を傾げる。

ここには少年と言ったら僕しかいないから、恐らく僕のことだ。


「聖ちゃんはね、堕天使の中でも凄い強いの。

でもね、堕天使の中では一番若輩者。

私のように長く生きている堕天使は、エクソシストの中途半端な役職の人なんて、簡単には逆らえないくらいの年月を生きてるんだ。

だから、恐怖するし、下手に逆らうような態度も取らない」


堕天使は不老不死だもんな。

ストラの見た目は二十歳過ぎぐらいの女性に見えるけど、実際は凄い年齢なのかもしれない。

天使の寿命はおおよそ五百年。

もしかしたらそれ以上に生きているのかもしれない。


「でもね、聖ちゃんはあれだけ強くて、実力もあるのにまだ今年で二十四歳よ。

天使からしてもまだ幼過ぎる。

それでも聖ちゃんは、クロスの知識と実力を兼ね備えている。

だからこそ、私たちの一番上に立てる唯一の存在なの。


そうなるとね、愚かな馬鹿共は、幼く一番標的にしやすい聖ちゃんばかりに敵意を向ける!

聖ちゃんは堕天使だけど悪魔じゃない!

悪魔に八つ当たりできないからって私たちに八つ当たりするんだ!

ほんと、馬鹿みたい!」


ストラがそう叫ぶとテーブルを強く叩く。

それを聞いていたテントの護衛をしているエクソシストがビクッと肩を震わせるけど、聞かなかったふりをして目を逸らす。

それに気付いたストラが彼らに告げる。


「少し席を外して。地図は投影魔法で共有しといてあげるから」


その言葉を聞くと、警備のエクソシストたちは頷き、その場を離れていった。


その間に僕は考えていた。

ストラと聖明の差について。


「──そうか」


聖明は堕天使だからというだけで、あんなに敵対視されていたわけじゃないんだ。


総指揮官という高い地位と力を持ちながら、堕天使の中では一番幼い。

それだけでも疎まれる理由になる。

まして、悪魔と同じ闇を操る堕天使は、悪魔を憎む人たちの感情の捌け口にもなりやすい。


それは聖明と行動してきた僕にも分かる。


「少年。私は聖ちゃんを連れ出してくれたことには感謝してる。

でも、同時にあんたが憎い!」


「っ!」


ストラが僕の胸倉を掴んできた。


「何を……っ」


「何で、よりによって瑠璃ちゃんなの!

あれだけ、聖ちゃんを縛って、聖ちゃんを苦しめてきたあんたが、また聖ちゃんを苦しめるの!?」


ストラの言葉に僕は聞き入ってしまう。

この言葉は、僕を通して、その先にいる瑠璃へ向けて言っているように感じた。


「聖ちゃんの傷は癒えてない!

なのに、何で聖ちゃんを引き摺り出しちゃったのよ!

あんたに、聖ちゃんを守れるとでも言うつもり!?

私は認めない!

悪魔の人工天使であるお前なんかを信じられると思う!?」


「ストラさん……っ、落ち着いて……っ」


彼女の手を掴む。その手は震えていた。

明確な敵意を僕に向け、ストラは睨んできた。


「また聖ちゃんを傷付けるぐらいなら──いっそ、消えて」


そう言うと手を離して僕を押す。


「っ!」


僕は体勢を崩し転びそうになるけど、どうにか踏ん張って前を向く。


初めて人から真正面から敵意を向けられ、正直怖かった。

でも、ここで怯えていたら駄目だと思ったんだ。


「それは──できない」


僕の言葉にストラの怒りが空気を通じて伝わる。

でも、僕にも譲れないものがある。


「確かに僕は悪魔に作られた人工天使だ。

瑠璃の写し姿で、魂だって彼女のものだ。

でも──僕は瑠璃じゃない。


僕は僕だ!」


聖明が僕を僕として見てくれた。認めてくれた。

ここで僕が身を引けば、その期待を裏切ることになる。


「僕の存在が聖明を苦しめることになるかもしれない」


これは僕の不安でもある。

だって──僕は聖明を苦しめるために生み出された存在と言っても過言ではないから。

でも──。


「でも、僕には意思がある。

僕には選べる未来がある。


僕は聖明が大事だ!

家族と呼んでくれた、聖明が大事だ!


だから──聖明が笑っていられるように、僕は選びたい!

人工天使としての未来じゃない!

『風真』として、僕は僕の意志で大切な人と一緒に生きたいんだ!」


これは僕が決めた人生だ。


「……生意気」


ストラがボソッと小さな声で呟いた。


「あー!もう!

聖ちゃんも、セレスちゃんも、瑠璃ちゃんも、お前も──全員馬鹿ばっかりなんだから!

何でこんなに合理的じゃないのよ!」


彼女は頭を抱え、叫ぶように声を上げる。

そして、一息ついた後に静かに僕を見つめた。


「仕方ないわね!

若者を導くのも年長者の務めだからね!

でも、覚えておきなさい!


もし『風真』が聖ちゃんを傷付けるようなことがあったら──私が殺す」


ストラが僕の名を呼んでくれた。

認めてくれたわけではない。

でも、少なからず僕という存在を見てくれた。


「その時は──僕を殺して」


決して僕自身の命を軽んじたわけじゃない。

これは僕が僕であるための決意だ。


僕は決して故意に聖明を傷付けない。

この命を自ら諦めない。


「僕がストラに殺される時は、僕が僕じゃなくなった時だ。

そうじゃない限り僕は僕のために生きるよ。

だって、きっとそうすることで聖明が笑ってくれるからさ」


僕が幸せになることが、きっと聖明を笑顔にできると信じてるから。

僕だって家族が幸せでいてくれたほうが嬉しいからね。


「ほんと、生意気。

いいわ。とりあえずさっさと軍務終わらせましょ。

きっと診療所で聖ちゃんとサリーが待ってるもの」


「──うん!」


少し照れ隠ししたような顔で告げるストラ。

最初の印象とは違って、素直じゃない人なんだろうなって思えた。


「あと、さり気なく呼び捨てにしないで!

せめて『さん』付け!

それと、サリーいないんだから、へっぽこなりに私を守ってよね!」


「はーい……ストラさん……」


うん、気が強いのは最初のイメージ通り。


でも、少しだけストラさんのことを知れた気がする。

僕はそれが少し嬉しくて、少しだけ人を知るということがわかった気がした。


さて、僕は僕なりにストラさんの仮パートナーとして護衛を頑張ろう!

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