第63話 疑問と気不味さ
僕たちは町にあったレンガ作りの喫茶店に入っていた。
店内は地元の人で賑わい、コーヒーの香りと人々の話し声が漂っている。
僕たちは窓際のボックス席でコーヒーを片手に座っていた。
「ふーん。で、この子が噂の助けた少年?
本当に瑠璃ちゃんの生き写しなんだね」
ストラはコーヒーを一口飲むと唐突に僕を見ながらそんな言葉を発する。
噂ってなんだろう。
そもそも聖明が周りの人に僕のことをどう伝えているかなんて知らない。
それに──瑠璃にそっくりなことを指摘されると、少し複雑な気持ちになる。
僕だって好きでこの容姿になったわけではない。
僕がどう答えようかと考えていると、横に座っている聖明が僕の頬をツンと指で触ってくる。
「そんな難しい顔しないで良いよ。
ストラ。龍から説明は受けていると思うけど、この子の名前は風真。
悪魔に……瑠璃に人工的に作られた天使だ。
魂の半分は瑠璃の魂を持っているけど人格は全くの別人だ」
聖明の説明に少しだけ胸が痛くなる。
改めて言葉にされると、僕は作られた存在で、瑠璃の生き写しだったんだよなって再認識するからだ。
幸いなのか、性別だけは瑠璃と違う。
性別まで一緒だったら、もっと自身という存在が曖昧に思えたかもしれない。
「それでね──私の大切な家族なんだ!」
聖明が続けた言葉に暗くなりかけた僕の心に一瞬にして光が差し込む気持ちだった。
──そうだった。
聖明は僕のことを瑠璃の複写体とか代わりみたいに思っていない。
僕のことを僕として見てくれてる。
僕を家族として見てくれてるんだ。
だから──僕も真っ直ぐ前を向こう!
僕は聖明の向かいの席に座るストラを真っ直ぐに見た。
彼女はその言葉に少し驚いたような表情をしていた。
「……そう。聖ちゃんがそう言うなら、きっと彼は家族なんだね」
「ふふ、確かに見た目は瑠璃にソックリだけど、表情が全然違うんだ。
ちゃんと男の子でね、少し意地っ張りで、でも根は素直で頑張り屋さん。
凄い真っ直ぐで私には眩しいくらいの良い子なんだ!」
聖明がそんなことを言いながら抱き付いてくる。
「ちょ!聖明!放してよ!」
女性の時に抱き付かれるよりはマシだけど、それでも抱き付かれるのは少し恥ずかしいし、苦手だ!
「聖ちゃんが元気で安心したよ」
ストラの声に聖明の動きが止まった。
僕はその隙に聖明の腕の中から逃れ、少しだけ距離を取る。
いつもと様子が違い、腕の力が弱くすんなり抜け出せたと思う。
聖明を見ると落ち込んだような表情で少し沈黙した後に、小さな声を発した。
「……ストラ。みんな……元気……?」
その声は不安げで震えていた。
「うん、元気だよ。
みんな、聖ちゃんに会いたいってよく話してる」
「みんな、怒ってないの……?」
「怒るわけないじゃない。
聖ちゃんは、クロスから託された大切な子で、私たちの末っ子。
血の繋がりがなくても、堕天使のみんなは聖ちゃんを家族だと思ってるから、怒るよりも悲しかった。
“あの時”私たちに頼ってほしかったよ」
──そうか。
聖明はクロスロードの魂を引き継いだ堕天使だ。
だからストラたちにとっても、聖明は特別な存在なんだ。
「……ごめんなさいっ。私……」
聖明が今にも泣きそうな声で小さく謝った。
未だに僕は、昔何があったか全容は知らない。
瑠璃が死んで、聖明が失踪したこと以外、何も。
でも、想像以上に聖明は色んな人との縁を捨ててまで逃げ出したんだと思う。
「良いの。こうしてまた会えた。
私たち堕天使にとって数年なんてあっという間よ!
聖ちゃんが、また前を向いてくれたなら、私はそれで良いの!
でも──次に困ったことがあったら私たちも頼ってね。
セレスちゃんだって泣きまくって大変だったんだから!」
その言葉に僕は少し反応してしまう。
セレス──聖明のパートナーの名前だ。
「あ……せ、セレスが……」
聖明が少し慌てたような顔で口元に手を当てて目を泳がせ始める。
聖明は『セレス』というパートナーのことになると急に落ち着きがなくなる気がする。
何だか僕の胸がモヤっとする。
「あの坊やなりに頑張って総指揮官代理なんてやっちゃってるけど、聖ちゃんがいなくなった時は一番取り乱してたんだから!
まあ、そのお陰で私たちが冷静になれたところもあるけど……」
あの新聞の写真で見た男性が、取り乱すなんて……写真しか知らないけど想像ができなかった。
やっぱりセレスっていう人にとっても聖明は大事な存在なんだな……。
「あ、あの……ストラ……彼は、その……」
聖明は歯切れ悪く言葉を濁し、目を泳がせたまま、両手の指だけを合わせて少しモジモジした様子だ。
大の男がやっていると思うと引いてしまいそうな行動だけど、聖明は中性的な顔立ちのせいもあって、何だかあまり他人に見せてはいけない顔な気がする。
「セレスちゃんなら元気よ。
まあ、色々と荒れたり大変だったみたいだけど、仕事はしっかりやってるし、今では私生活も少し落ち着いたみたいね。
勿論、聖ちゃんの希望通り、まだ聖ちゃんが見つかったことは教えてない。
“ソルティア”と一緒に情報操作して誤魔化してるから安心して」
やっぱりパートナーには聖明が魔法都市に戻ろうとしてることを伝えていないんだ。
でも……何で?
『代理をさせているから無理をさせたくない』的な言葉を聞いた覚えはあるけど、この様子だと建前にしか思えない。
「ストラ、そうじゃないんだ……っ!
その、彼の右目……」
聖明が変に声を荒げるものだから僕はビックリして聖明を見つめてしまう。
でも、彼は僕の視線に気付くこともなく、苦痛の表情を浮かべ、テーブルの上にあるカップを見つめている。
「そっちを気にしていたのね。
大丈夫よ。“死ぬこともなく”聖ちゃんの“眷属”になってるよ」
「……そ、う……」
また『眷属』っていう単語だ。
確か、聖明がサリーを紹介した時にも出た言葉だったはず。
一体、眷属って何だろう。
それに──「死ぬことなく」っていう言い回しも変に聞こえた。
まるで死ぬのが前提だったような……。
「聖ちゃん」
ストラの少しだけ大きな声に、僕も聖明も彼女を見る。
「その少年と少し話してみたいわ。ちょっと借りていい?」
「え?」
「は?」
唐突な提案に僕も聖明も間抜けな声を上げる。
「だって、聖ちゃんが家族って言うほどの子でしょ?
興味あるじゃない」
そう言ってコーヒーを飲むストラだけど、僕はなんだか嫌な予感しかしない。
だって、隙あらば睨まれてる気がするし!
僕は思わず警戒するように体を強張らせてしまうけど、聖明は少し嬉しそうに微笑んだ。
聖明にとってストラは信用している相手だろうから、素直に嬉しいのかもしれない。
ぐっ、僕から断りづらい……!
「あ、でも、この後、町の診療所に行かないと。
風真には無理言ってパートナーしてもらってるから……」
聖明ナイス!
申し訳なさそうに言っているけど、僕としてはストラと一緒にされる方が怖い!
「大丈夫よ〜仕事中はサリーを手伝いに付けてあげるから。
ね、サリー?」
するとサリーはマスクをしたままコクリと頷く。
よく見るとコーヒーを飲み終えており、いつ飲んだのか若干気になってしまう。
というか、魔導機構のマスクってどうやって取るの……?
見た目では構造がさっぱりわからない。
「まあ、サリーが手伝ってくれるなら……」
聖明があっさり納得したような返事をするので勢いよく聖明を見てしまう。
だけど、そんな僕の行動を遮るかのように影の中からリリーの声が響く。
『主、そろそろお時間です』
「あ!そうだね!早く行かないと迷惑かけちゃう!
それじゃ、サリー、お願いね!風真も良い子で待っててね!」
聖明は勢いよく立ち上がり、代金をテーブルの上に置く。
僕も焦って声を上げ立ち上がろうとする──が、ストラに何故か服を掴まれてしまう。
「え、ちょ!え!?聖明!?」
「ストラ、風真をよろしくね!」
「オッケー!仕事終わったぐらいに診療所に行くわね」
「はーい!」
聖明はバタバタと店を出てしまい、サリーもそれに付いて行ってしまった。
届かなかった伸ばした手が何だか虚しい。
「さて、やっと二人っきりになれたわね」
先程よりも低めの声にビクッとしながら、振り返る。
ストラの顔からは笑顔が消え、冷たい眼光が僕に刺さる。
やっぱり嫌な予感しかしない!
聖明!帰ってきてええええ!




