第62話 急な来訪者
コロラータの街を拠点に訪問医療を開始して一週間。
聖明の転移魔法でコロラータ周辺や、魔法都市から西に位置する地域を順に訪問する日々。
訪問医療では、一日に二・三箇所もの村や町を巡ることもある。
その度に聖明は平然とした顔で転移魔法を展開しているけど、正直心配になる。
だって、僕なんて一日一回、一人の転移をするだけで他の魔法さえ使えなくなるぐらいの疲労だ。
でも、聖明は僕とリリーまで連れて、三人で何度も転移を繰り返している。
その上、地図を見る限り、どう足掻いても軽く飛べる距離じゃない。
そんな距離を往復するだけでなく、更に何箇所も巡るために転移魔法を展開する。
魔法を使うようになってきたからこそ分かるけど、聖明って規格外過ぎるんじゃないだろうか……?
僕は変に怖くなり、転移先の町で思わず苦言を漏らすように聞いてみる。
「……聖明。
今更だけどさ、転移魔法ってそんなにホイホイ使えるような魔法だっけ……?」
「ん?」
聖明は長い後ろ髪を揺らしながら振り返り、穏やかな笑顔で僕を見る。
やはり疲れたような様子さえない。
「私は闇の保有量も多いせいか魔力総量も多いんだよね」
平然とそんなことを言うけど、どう考えても常人の倍どころではない魔力量だと思う。
「それにしても限度があると言うか……」
「風真、覚えておくといい」
聖明が人さし指を上に立て、説明を始める。
そんな彼の肩には、いつものようにリリーが乗っており、静かに耳を傾けている。
「転移魔法に限らず、魔法は使えば使うほど精度が上がる。
勉強と一緒で繰り返し使うことで、その魔法についてより深く知ることができ、魔法を使用する際の魔力量の微妙な調整や、最適化をすることが可能になる。
最初は詠唱ありきの魔法でも、完璧に身に付けば詠唱なしでも展開できるようになる。
転移魔法のような魔力消費量が多い魔法は、基本的には一日一回使えれば良い方だ。
風真も一回が限度だと思う」
「うん。聖明みたいに何度も使うなんて絶対無理だよ」
僕は思わずジトーとした視線で聖明を見てしまう。
「ふふ、最初はそんなものさ。
でもね、自分の限界を超える魔法を使い続けると、魔力上限は伸びていくんだ。
エクソシストでも長く勤務している人のほうが強い人が多くてね。
そういう人は現場で魔法を極限まで使い続けているからこそ、使用する魔法への理解を深め、魔力上限も上がっていく。
風真も日々の鍛錬を頑張れば転移魔法も一日二・三回使えるようになるさ」
楽しそうに語る聖明だけど、そう簡単に使える想像ができない。
僕だって少しは強くなりたいと思って、暇があれば精霊の森で鍛錬も踏まえて魔法生物の素材を採取しに行っている。
可能であれば転移魔法で帰ってくるようにもしているけど、魔力上限が伸びているかと聞かれたら……実感もないし、怪しいものだ。
「あ、でも」
聖明が思い付いたかのように話を続ける。
「転移魔法は高度な魔法に分類されるだけあって、魔力消費量だけじゃなくて技術的にも難しい部類だね。
風真も飛ぶ時に、移動先の景色を強くイメージするはずだ。
想像を形にするのが魔法だけど、飛ぶ先のイメージが曖昧だったり、術式の精度が悪いと同じ座標でも空に投げ出されちゃったり──ん?」
不意に聖明を覆うように影が落ちる。
今日は晴天で雲一つない。
そして、僕たちがいるのは町の入り口少し手前で影があるような道ではない。
不自然な影に僕と聖明は瞬時に顔を上げた。
刹那、女性の叫び声と共に聖明の上に女性二人が降ってきた。
「──っ!?」
「せ、聖明っ!?」
見事に聖明の上に落ちてきた二人の女性。
聖明は二人を受け止めるように姿勢を変えたものの、勢いで仰向けの状態で地面に倒れ込み、女性二人は聖明の上に座っていた。
勿論、リリーは咄嗟の判断で僕の傍に降り立ち、避難している。
「いったー!」
「……っ」
女性二人もどこかを打ったようで腰を擦り、痛そうな仕草をしている。
けれど、僕としては聖明のほうが心配だ。
「せ、聖明!大丈夫!?」
僕はどうしたらいいか分からないまま、聖明にとりあえず声を掛ける。
すると女性二人がハッとした顔で立ち上がり、聖明を見る。
「きゃあああああ!聖ちゃん、ごめんなさい!」
「……え?」
そう叫んだ女性は聖明を知っているような口振りで、聖明に手を差し伸べている。
「……雑な転移魔法はやめようって話したことあるでしょ」
聖明も溜め息混じりで彼女の手を取ると立ち上がる。
「ごめんね。聖ちゃん。
闇の気配だけで座標を合わせたから精度悪くて」
「それより……何で君たちがここにいるの……?」
当然のように会話し始める二人に僕は困惑しっぱなしだ。
よく見ると聖明と話している女性の瞳は、聖明と同じく赤い瞳だった。
──この人、堕天使だ。
「主。風真様が固まっていますよ」
僕が躊躇っているとリリーが代わりと言わんばかりに口を開く。
すると聖明がリリーに手を差し伸べ、抱き上げると彼女の頭を撫でる。
「ごめん。私も咄嗟のことでびっくりしちゃって……」
聖明が困ったように苦笑すると、リリーを自身の影にそっと置く。
するとリリーも何かを察したように影の中へと身を沈めた。
そして、聖明は先程話していた女性の背中に手を触れ、僕と向き直すように促す。
その女性は僕と同じぐらいの背丈で聖明よりも小さな女性だった。
肩上で切り揃えた灰色の髪をハーフアップにし、聖明とは少しデザインが違う軍服を身に纏っており、やはりカゴノトリの人なんだと察する。
もう一人の女性は雪のように真っ白な髪に真っ白な肌で同じく赤い瞳をした女性だった。
でも、口元は魔導機構で作られたようなマスクで覆われ、表情が見えない。
服装も制服のデザインを取り入れているけど雰囲気が全然違い、身体のラインに妙にぴったりな白い服装だった。
この服も魔導機構を積んでいるのか機械仕掛けで、マスク同様、所々から青い光を発している。
「あ、えっとね……灰色の髪をした女性が『戦略を巡らす堕天使』ストラ・ベリアル。
私を可愛がってくれている姉さんのような人だ。
そして、後ろに控えているのがストラのパートナーで、眷属のサリー・レント。
ストラは戦略に長けた堕天使で、カゴノトリ創設者であり、元総指揮官であるクロスロード・ブラッティ・ナイトメアが私に魂を預けて消えてから、私がカゴノトリに入るまでの間、総指揮官を務めていた女性だ」
聖明がサラッと説明したけど、情報量が多くてどこからツッコミを入れればいいのか分からなくなってしまう。
とりあえず、挨拶を──。
「あ、えっと、はじめま──」
「ちょっと!聖ちゃん!また痩せちゃったんじゃない!?
もう……心配してたんだよ!?急に消えちゃうんだから!
皆も心配してたんだからね……っ!」
僕のことなんて眼中にないようで、ストラと呼ばれた堕天使は、聖明の顔を両手で包むように掴み、顔を突き合わせる。
「す、ストラ……その……ごめんね。
あの時は、皆に顔向けできなかったんだ。
あれだけ我が儘を聞いてもらって、見守ってもらっていたのに……。
私は期待を裏切るようなことをしたから……」
聖明は狼狽えるように謝り始めた。
この様子だと、急にストラという人と会ってしまったような雰囲気だ。
覚悟も何もなかったから、聖明は酷く動揺しているように見える。
「そんなことはどうでもいいので!
聖ちゃんが無事でいてくれただけで十分。
私こそ急に来ちゃってごめんね。
軍務で近くまで来てたから、どうしても会いたかったの」
本当に心配していたんだろう。
彼女は苦しそうな声と表情で聖明に告げる。
聖明もそんな彼女の姿を見て、泣きそうな顔をした後に、どこか嬉しそうに笑った。
「ううん。来てくれてありがとう。
私は臆病だから……ストラみたいに急に来てくれないと逃げてたかもしれない。
ストラ……ただいま」
「うん!聖ちゃん、おかえりなさい!」
二人は額をつけ合い笑い合っていた。
嬉しい再会──で良いのかな?
僕は口を出すこともできず、ただ二人を見守った。
同じようにストラのパートナーであるサリーという人も一言も発さず、優しい目で二人を見守っていた。
「……立ち話もなんだね。この町には飲食店もあったはずだ。
一度、そこでゆっくり話そう」
聖明がそう話すと僕を見て、いつものような穏やかな笑顔を見せた。
僕はその表情にホッとした。
──けど、横にいるストラからの視線は何だか痛い。
鋭い目付きで僕を睨んでいるように感じられる。
何か……怖い人だな。
そんなことを思いながら、聖明に付いていくように全員で町へと入っていった。




