第61話 秋の風
「風真。魔法都市に戻るまでの仕事はコロラータを拠点に動こうと思う」
聖明がふとそんな言葉を漏らしていた。
コロラータに来て二ヶ月が経とうとしていた。
気付けば、残暑の残る夏から、涼しい風と枯葉が舞う秋へと移り変わっていた。
窓から入り込んだ少し肌寒い風がカーテンを揺らし、朝食中の僕たちの肌を撫でるように部屋の中を吹き抜ける。
「コロラータでの診療が長引いてるから?」
僕は齧っていたトーストを皿の上に置き、尋ねてみる。
コロラータに来てから最初の二週間ほどは聖明が入院をしていた。
そして、そこから予定通り、診療所を借り受け街の人達の診察を続けている。
当初の予定では一ヶ月だった滞在期間も、シルロ先生の注意もあり、聖明は体調を考慮しながら仕事を行った結果、気付けばあっという間に二ヶ月が経過していた。
その甲斐あってか、聖明の顔色も随分良くなり、睡眠も以前よりまともに取れ、今でもこうやって一緒に食事をしている。
相変わらず少食ではあるけど、朝食にトースト一枚は食べられるようになったのは、出会った頃を考えると劇的な変化と言える。
「うん、それもある。
患者さんとゆっくり向き合えているから、滞在が長引いていることは悪いことではないよ。
ただ……予定より遅れたことで季節的に心配なんだ」
聖明は窓の外を見ながら、少し困ったような横顔を見せる。
「当初の予定では冬に入る前に全ての仕事を終わらせて魔法都市に戻るつもりだった。
でも、もう秋だ。
コロラータでの仕事が終わり、再び旅に出る頃には冬になってしまう。
そうなると今までのように旅路中の野宿が少々難しい。
魔法があるとはいえ、寒い季節に風真に無理をさせたくない」
言われてみれば確かに冬の野宿は少し心配だ。
聖明と旅を始めたのは、春を少し前に控えた頃だった。
冬の終わりがけというのもあって当時は場所によっては雪が残り、夜は特に寒く、野宿中はテントの中で震え上がっていたのを覚えている。
聖明はそんな僕を気遣って、夜は温度を調整する魔法を展開し続けてくれたのでそこまで苦労した記憶はなかったけど、今思えば聖明が眠っていなかったからこそできていた無茶だと思う。
折角、少しは眠るようになって、体調が良くなってきたのに無理はさせたくない。
そういう意味では僕も心配になった。
「それにね。風真」
聖明が僕を見たかと思うと穏やかな顔で微笑みながら、僕の鼻をチョンと触る。
「風真はこの街、結構好きでしょ」
その言葉に僕はコロラータに着いてからの日々が脳裏を過る。
最初は聖明が倒れて、入院して、シルロ先生に言われるがまま精霊の森に赴き魔法生物の素材を集めた。
でも今は、聖明の仕事を少しばかり手伝って、自らの意志で魔法生物の素材を採取しに行ったり、聖明やシルロ先生から魔法薬学を教わったり、診療所の看護師さんたちから事務に関わる知識を教えてもらったりと、充実した毎日を過ごしている。
街を毎日歩いていることもあって、商店街の人たちとも少しずつ顔見知りになっている。
聖明と一緒に食材を買いに行けば、聖明のお世話になっている患者さんとも遭遇したりして、世間話をすることも増えた。
そんな交流も含め、日々の時間は穏やかで楽しい。
そういう意味では間違いなく僕はこの街に根付き始めていて、好きかと聞かれたら好きな街だと思う。
「うん!僕はこの街、好きだよ!
治安も良いし、優しい人も多い!
精霊の森だって毎回行く度に知らないことばっかりで楽しいし、毎日が冒険みたいでワクワクするよ!」
僕は率直な感想を述べた。
ただ少しだけ言えなかったことがある。
それは──聖明が堕天使っていうだけで差別する人が、この街には少ないってこと。
今まで訪れてきた場所は、基本的に聖明を見るだけで憎悪や嫌悪の眼差しを向けていた人が多かった。
堕天使というだけで、闇が扱えるというだけで、差別して当然とばかりに聖明へ敵意を向けていた。
堕天使という存在をよく知らない人たちでさえ、聖明の赤い瞳を見ただけで「気持ち悪い」と罵声を浴びせる人さえいた。
聖明は当然のように受け入れて、何ともないような顔でいたけど、僕のほうが嫌で嫌で堪らなかった。
でも、この街は違った。
大きな街というのもあってか、人口も多く、そこまで道行く他人に興味を示さないし、他の地域に比べて様々な種族が住んでいるせいか、聖明の赤い目に過度に反応する人も少ない。
何より聖明の味方になってくれるジジイがいる。
ジジイは普段はふざけてるけど、他人を変な色眼鏡で見て差別しないし、個人を尊重してくれる人だ。
ふざけたことをしてる時はイラッてすることもあるけど、それでも僕なりに信頼している人だ。
「だからこそ、もう少しこの街にいたいと思ってね。
仕事も大事だけど、風真の成長も大事だ。
風真は育ち盛りだからね。
どこか一箇所に留まって健やかな日々を過ごすのも大事なことだ。
魔法都市に戻る時にはまた移動になってしまうけど……せめてそれまでは、ね」
聖明なりに僕を気遣ってくれることが嬉しい。
僕は人工天使で、魂も半分だからいつ死んでもおかしくない。
でも、聖明がこうやって未来に繋がる言葉をくれる。
だからこそ、死ぬ瞬間に恐怖するよりも、まだ出会ってない明日に思いを馳せることができる。
「聖明、ありがと!
仮にも僕はパートナーだから、ちゃんとお仕事手伝わせてよね!」
僕にできることは少ない。
それでも何かできるようになりたいと、日々僕なりに頑張っている。
そんな僕の気持ちに応えるかのように聖明は頷き、微笑むとスープを一口飲んだ。
僕もつられるようにトーストをぱくっと口に含み、食事を再開する。
「今後の予定だけど、コロラータの街を拠点に転移魔法で他の依頼場所に移動するつもりだ。
幸いな事に残りの依頼は、魔法都市から西に位置する区域が多くてね。
私が赴いたことのある地域ばかりだ。
転移魔法は一度行ったことのある場所であれば移動できる。
私の魔力量であれば風真と一緒に移動して帰ってくることも問題はない。
診療所での仕事は少し落ち着きつつあるから、週に三日の午後だけ診療所を借りて診察を進めていこうと思う。
診療所以外での時間は、同時進行で他の依頼をこなしていく感じだ。
勿論、無理はしないし、休みも取りながら仕事のスケジュールも組んでいるよ。
これについてはシルロ先生とも話は済んでるし、許可を貰っているから問題ないよ」
僕が口煩く「無理しないで!」と言ったお陰か、そこら辺も考えてくれていたようだ。
僕は内心ホッとすると同時に、変に自慢げな気持ちになる。
「分かった!今日は診察ない日だよね?
今日から他の仕事を始めるの?」
聖明は診察がない日だと言うのに朝からカゴノトリの制服姿だ。
その時点で出掛けるのだろうとは察していたけど、内容までは想像が付かない。
「今日はコロラータから北西に位置する少し小さな町からの依頼だ。
と言っても純粋に訪問医療だね。
そこの町はご年配の方が多く、コロラータに来るのも難しいから私が赴く感じだ。
まあ、暫くは周辺地域の訪問医療が中心だね。
私がこうやって地方で仕事をこなしているのもあってか、カゴノトリ全体の業務にも少し余裕ができたみたいでね。
特に軍務に関しては他の堕天使が仕事をしてくれているみたいだ。
お陰で私は医療に専念できるし“目立たなくて”済む」
最後の一言だけ少し引っ掛かり僕は首を傾げるけど、聖明はニッコリ笑うだけ。
こういう時って聞いても笑って誤魔化されることが多いんだよな。
僕は深く聞くのはやめ、気持ちを切り替えるように伝える。
「分かった。
ちょっとした事務処理とかサポートだったらできるようになってきたから任せて」
「ふふ、頼りにしてるね」
こうしてこの日からコロラータの街を中心に周辺地域への訪問医療が始まった。




