第59話 家族だから
「聖明!」
聞き慣れた声に唐突に呼ばれ、私はハッとして飛び起きた。
覚醒し切らない頭で周辺を見渡すと目の前には風真が怒ったような顔で私を見下ろしていた。
「ふ、風真!?」
私は何が起きているか分からないまま、彼の名を呼んだ。
「聖明!何やってるんだよ!
精霊の森で派手に転んで、全身ずぶ濡れってどんだけドジなんだよ!」
「へ!?え!?」
何を言っているかさっぱり分からず目を泳がせていると、風真の背後で茶目っ気たっぷりのシルロ先生が舌を出して笑っている。
……ああ、そういうことか。
気を使って嘘を付いてくれたんだ。
私はシルロ先生の嘘に乗るように話を合わせる。
「ごめんごめん……ちょっと頭冷やしたくて散歩に行ってたんだ。
そしたら、足が滑っちゃってね。
流石にずぶ濡れで宿に帰ると風真やリリーに心配掛けると思って──」
「心配するに決まってるだろ!」
風真が頬を膨らませた顔で声を上げるものだから、私も少しビクッとしてしまう。
「こんな遅くまで連絡もしないでさ!
悪魔に襲われてたらどうしようって心配してたんだぞ!」
「うっ!」
言い得て妙で、実は魔人にある意味では襲われていたなんて口が裂けても言えない。
「聖明は強いけど、悪魔とかには弱いんだ!
それに、堕天使だから色んな意味で狙ってくる人だっているでしょ!?
僕は……聖明の家族なんだから心配するのは当たり前だよ」
最後は悲しそうな顔で、消え入るような声で言う。
その瞬間、家族として間違ったことをしていたと分かり、罪悪感が胸を刺した。
私はソファから起き上がると、風真の腰に手を回し、そっと抱き締めた。
「聖明……?」
「ごめんね。私が浅はかだった。
そうだね……家族が急にいなくなる怖さは、私が一番知っているはずなのに、風真に同じ思いをさせてしまった」
母が亡くなった時。
瑠璃が目の前で死んでしまった時。
家族が急に消える怖さぐらい、感情に疎い私にだって分かる。
残されたら悲しいし、寂しい。
きっと風真にも同じ思いをさせていたんだ。
「これからはちゃんと連絡を入れる。
ちゃんと風真が安心できるようにするから……」
すると風真が私を抱き締め返すように、頭をギュッとしてくれる。
「違うよ、聖明。
心配するのは家族として当然だから、心配を掛けることが悪いんじゃない。
ちゃんと頼ってほしかっただけなんだ」
意外な言葉に私は驚いて、風真の顔を見上げる。
すると風真は少し情けない顔で笑いながら続けた。
「僕は頼りないかもしれないけど、できれば頼ってほしいし、悩んでることがあったら話してほしいよ。
だから、心配ぐらいさせてよ。
心配させないようにするんじゃなくてさ」
そんな考えは、私の中には無かった。
瑠璃相手でさえ、頼ろうとか思ったこともなければ、心配かけないことばかり考えていた。
「それに──聖明は変なところで融通利かないからさ!
僕やリリーが見ててあげないと、そこら辺で生き倒れそうだし!」
風真が元気な笑顔で、そんなことを言うんだ。
私は驚いたのと同時に、自分が本当に愚かだったのだと気が付かされた。
私より余程、風真の方が家族を知っているじゃないか。
私にはまだどうして良いか分からないことも多いけど──だけど、こう思えた。
私も、風真を頼って良いんだ。
きっと風真だけじゃない。
リリーやシルロ先生、そして、かつての仲間たち。
きっと私は今まで、自分なりに誰かへ甘え、頼ってきたつもりだった。
でも、本当の意味では頼れていなかったんだな。
──そう何となく感じた。
だからこそ、今日は本当のことを話そうと思った。
流石に流血したことや、国家機密に関する魔人のことは話せないけど、そこは濁して、伝えられる範囲で伝えようと思った。
「風真……ごめん。本当は転んだんじゃないんだ」
「へ?」
「私の話を少し聞いてくれる?」
私はそこから風真とソファに座って、今日のことを話し始めた。
精霊の森からの帰りに、女性の患者に絡まれたこと。
そこで男性の患者に助けられたこと。
その男性がカゴノトリに必要な能力を持っていることに気付き、スカウトしたこと。
流石に「魔人で、首を噛ませた」なんてことは言えなかったけど、『彼の能力を試す際にドジって怪我をした』というふうには伝えた。
結果、血で汚れてシルロ先生を頼ったとも伝えた。
案の定と言うべきか、風真は怒って私を叱りつけた。
「聖明!怪我したならしたってちゃんと言ってよね!
次黙ってたらもっと怒るよ!」
──と、頬を膨らませて言う姿が正直、可愛くて仕方がなかった。
しかも、次は『もっと怒る』のか。
どんなふうに怒るのか、少し楽しみにさえなってしまった。
そんな会話をしている内に、影から黒猫姿のリリーも飛び出して来て、風真と一緒に普段の行いを色々注意されてしまった。
気付けばシルロ先生も便乗している。
でも──怒られているはずなのに何だかむず痒くて、嬉しくて、ついつい笑ってしまう。
そんなんだから風真はもっと顔を赤くして怒っていた。
私はそんな彼の頭をそっと抱き寄せ、頭を撫でた。
こんなに可愛くて、私を思ってくれる大切な家族だ。
きっと私が今言うべき言葉はこれしかないだろう。
「風真。心配してくれて、ありがとう」
風真の動きがぴたりと止まったかと思うと、今度は私の腕の中で激しく身を捩り始める。
「聖明!!!離してええええ!!!胸が、胸がああああああ!!!」
「うん?風真?」
「ふぉっふぉっふぉっ!青春じゃのう」
風真の叫び声とシルロ先生の笑い声の中、リリーの「みゃん」という鳴き声が響き、私も思わず笑ってしまう。
風真は必死に私から離れ「早く男に戻って!帰るよ!」とか叫んでくる。
正直、宿に帰って寛ぐだけだから、わざわざ男性姿に戻る気はなかった。
どうせ気が抜ければ女性になるわけだし、無理して男性になるのも身体が怠い。
まあ、夜も遅くなってきたし、このままシルロ先生のところで騒ぐのも申し訳ない。そろそろ帰ることにした。
「シルロ先生。今日もお世話になりました。
今日は帰って明日に備えようと思います」
私はそう告げながら、ソファの上にいたリリーを抱き上げ、風真の腕を掴む。
「え、聖明!?」
「うぬ!聖明先生も風真もゆっくり休むんじゃよ」
「はい、ではまた明日」
「聖明!?離してよ!」
「転移魔法で宿まで飛ぶからね」
「へ!?」
騒がしい挨拶をしながらも、私はシルロ先生にしっかりと一礼した。
その様子にシルロ先生は静かに頷き、小さく手を振る。
「じゃ、帰るよ〜」
「あ、聖明、待っ」
◆◆◆
風真が何か言いかけた時には、あの三人は儂の部屋から消えておった。
全く騒がしい若者たちじゃの。
まあ、でも──こんなに賑やかなのは久々じゃわい!
儂はゆっくりと杖を突きながら、廊下を歩いていく。
窓から見える月明かりが綺麗な日じゃわい。
「ふぉっふぉっふぉっ!若者を見守るのも年寄りの楽しみじゃな!」
明日も元気な顔を見せてくれるだろう若者たちを想像しながら、寝室へと入っていった。
──きっと明日も大騒ぎじゃぞ!




