第54話 闇医療の診察
私の名は紅 聖明。
西洋に合わせて呼ぶなら聖明・紅が無難だろう。
母が東洋人で父が東洋の響きを気に入り、姓も名も東洋の言葉を使用している。
母も父も種族は天使。
そんな二人の間に生まれた私は、数奇な運命の末に堕天使として生を受けた。
光の種族とも言われる天使にして闇を操ることのできる異端の天使。
私は堕天使の中でも闇の保有量が多く、人の心の闇を操ることに長けている。
そして──『闇を背負う堕天使』と言われる二つ名を持っているだけあって、限度はあるけど他者の闇を肩代わりすることができる。
闇魔法医療医師として、私は他者の心に巣食う闇を見定め、時として背負うことで治療をしている。
そして、今──コロラータの街にある診療所で一人の医者として患者と向き合っていた。
「──はい、君の闇は日常のストレスから来るものだ。
これぐらいであれば薬を飲んでゆっくり休めば心身共に良くなりますよ」
私は患者である女性の手を包むように握り、安心させるように伝える。
「聖明先生、ありがとうございます!」
茶髪の彼女は、嬉しそうに微笑み返事をしてくれる。
彼女のように、日常の様々なストレスによって生じた闇に心身を蝕まれることがある。
闇の刻印は出ていないけど、敏感な人は情緒不安定や鬱状態が続き、日常生活に支障をきたす。
彼女のように違和感を感じ、こうやって受診してくれれば重症化する前に適切な薬で対処可能だ。
彼女の心を覗き見ても、そこまで深刻ではない。
この程度であれば私も闇を吸収する必要がなく、負担が軽いので助かるというのが本音だ。
「うん、念のため、三日後にまた来てね」
「はーい♡」
彼女は元気に挨拶をすると席を立ち、何故か頬を赤らめながら私を見つめた後に手を振り診療室を出る。
……魅了効果が昔より強まっている気がする。
私は無言で眼鏡の位置を調整するように、指でブリッジを押し上げる。
そのまま机に向き直し、カルテに必要事項を追記していく。
看護師さんに薬の内容を記載して渡さなければ。
静かな部屋の中、ペンを走らせる音とは別に、何とも言えない歯ぎしりのような音がして私は視線を横にずらした。
「……シルロ先生、先程から何です?ハンカチなんて口に咥えて……」
壁際にはぴかぴかに光った頭を揺らしてこちらを見つめる診療所の主──シルロ先生が佇んでいる。
彼は何故かハンカチを噛みながら、私を睨むようにギリギリと歯で音を立てる。
睨むと言っても白い眉毛で目は見えていない。
しかし、明らかに強い視線を感じて落ち着かない。
「男のおぬしはモテ過ぎじゃの!女性にキャッキャされよって!」
「……ええ……何言ってるんですか……」
確かに今日は女性患者が多かった。
しかし、キャッキャとは何だ……。
私としては魅了効果が悪影響を及ぼすことを懸念しているというのに。
この魅了は、他者の欲望を無意識に刺激する。
特に負の感情が強い者ほど、その奥に潜む後ろ暗い欲まで増幅され、感情の制御を失いやすい。
結果、酷い場合は暴れ他者に危害を加えることがある。
大概の場合は欲の捌け口として魅了効果を放っている私に向けられることが多い。
けれど、この魅了は闇の保有量に比例して、本人の意思とは関係なく滲み出る気配のようなものだ。
私の意思でどうこうできるものでもなければ、何かしらの手段で消したり、完全に抑え込んだりできるものでもない。
魅了効果を留めるために魔封じの眼鏡を掛けているけど気休めにしかならない。
堕天使の瞳が最も強く魅了効果を放つとされているため、眼鏡を掛けるだけでも多少は影響を弱められる。
まったく厄介な体質だ。
「おぬしは案外、自覚がないやつじゃの!!
その無駄に整った顔で優しく微笑み、甘い言葉で惑わす……破廉恥じゃ!」
「いや、何言ってるか全然わからないです」
シルロ先生が嫉妬心を剥き出しで騒ぎ始める。
顔のことを言われても……。
男性としては女性的な顔立ちだとは思う。
本来が無性体だから仕方ないのかもしれないけど、どうせ男性になれるのであれば個人的には『格好良い男』になりたかった。
男性としては細身だし、筋肉も付きにくい。
それに比べて”彼“は男性らしさを体現したような格好良さがあった。
私もあんなふうに格好良い男になれたら、この性別にも悩まなかったのだろうか。
女性としての人生は……正直、考えられない。
想像しようとすると、何故か胸の奥がざわつく。
普段は男性として生きている私にとって、何気ないコンプレックスだ。
とは言え、顔が嫌いというわけではない。
私の顔は、大好きな母さんとそっくりだからだ。
瞳の色は堕天使特有の鮮やかな赤だけど、鏡を見れば母さんに見守られているような気がして『ああ、私は母さんの子供なんだな』って、安心できる。
「男のおぬしは少しドライじゃの!」
「……シルロ先生、後で構ってあげますから落ち着いて」
診療室で騒いでいるのが聞こえたのか、扉が勢いよく開き、怒鳴り声が響く。
「ちょっと、何騒いでるのさ!次の患者さん、呼んでもいいの!?」
待合から怒った顔を覗かせる風真。
彼は何故かナース服。
と言っても流石に下はハーフパンツでスカートではないけどね。
風真が仕事を手伝いたいと言ったところ、事務をしてくれているエクソシストの看護師さんが風真を気に入って、特別にナース服を準備したんだよね。
風真は恥ずかしがって最初は拒否していたけど、残念がる看護師さんに押し負けた感じだ。
うん、風真は瑠璃にそっくりで可愛い顔してるからよく似合ってるね。可愛いね。
「聖明!顔、ニヤけてる!変な顔で僕を見ないでよね!」
「へへへ。だって、風真が可愛いからさ」
「嬉しくない!」
風真が不服そうな顔で訴えるけど、それがまた愛らしい。
まだ幼さが残る少年だからこそ、中性的な服装も似合うね。
今度、フリル沢山の服でも買ってきちゃおうかな。
そんなことを内心思っていると、受付の方から看護師さんの声が響く。
「風真く〜ん。院内では静かにね〜。
それと先生からカルテ貰ってきてね〜」
「ぐっ!……はーい!」
風真も注意されてしまい気不味そうな表情を浮かべる。
私は書き終えたカルテを風真に手渡すと、入れ替わるように次の患者さんのカルテを渡してくれる。
「聖明、次の患者さんのカルテ」
「うん、ありがとうね」
私はカルテをサッと見て、内容を頭に入れる。
「風真。次の患者さん、呼んじゃって」
「うん、分かった」
風真は素直に返事をするとカルテを片手に診療室を出て扉を閉める。
暫くするとノックと共に一人の男性が診察室に入ってきた。
白髪のおかっぱヘアーが目を引く男性だった。
彼は礼儀正しく一礼をすると綺麗な所作で私の前にある丸椅子に腰を掛ける。
「よろしくお願い致します。先生」
「うん、よろしくお願い致しますね」
カルテを見ると……ちょっと珍しい響きの名前の人だった。
「ロウマン・アモールさん、で合っていますか?」
「はい、間違いありません」
ニッコリと笑う彼は、物腰が柔らかく上品な印象だ。
恐らく育ちが良いのだろう。
カルテに添えられた看護師さんのメモには『身体に闇の侵食の可能性があり』と簡単に記載があった。
この街は結界に守られている分、悪魔や魔人、魔物からの外的要因はほぼ皆無。
それを考えると、自身の心から生じた闇によって身体に刻印が出るほど、症状が進行しているということだ。
しっかりケアをしなければ。
「では、ロウマンさん。症状について教えていただけますか?」
「はい。理由はよく分からないのですが、身体に黒い模様が浮き出るようになりました。
一度、こちらの診療所に伺った際に『闇の刻印』ということで処方箋をいただいていましたが、なかなか消えず、今日は専門の先生がいらっしゃるということで受診しました」
彼はそう言うと、左腕の袖を捲る。
そこには、確かに赤黒い薔薇の茨のような模様が浮かんでいた。
「失礼、触ってもよろしいですか?」
「はい」
私は彼の腕を取り、刻印をなぞるように触れる。
……闇が見た目以上に濃いな。
これでは通常の薬では間に合わないわけだ。
直ぐに死んだり、転化するレベルではないけど、早急に手を打ったほうがいい。
しかし──この闇の量は吸収すれば少なからず私も発作が起きるかもしれない。
少なからず発作が起きることを覚悟しながら、更に詳しい内容を尋ねていく。
「症状はいつ頃から出ていますか?」
「半年ほど前からです」
……長いな。やはりあまり放置できない。
結界内で転化するようなことがあれば街は大混乱だ。
「闇の刻印は悪魔たちからの外的要因の他に、己の心から生じた闇──つまりストレスなどを原因として現れることがあります。
心を病み、その闇が蓄積することで、このように身体まで侵食してしまうんです。
もし差し支えがなければお悩みをお伺いしてもよいでしょうか?」
私であれば無理やり心に入り、原因を突き止めることは可能だ。
でも、心を暴くようなことは最終手段。
余程の緊急性がない限り、個人の尊厳を無視するような行為はしたくないし、何より全ての患者にそのようなことをしていたら私の身が持たない。
基本的には患者さん自ら話す内容を重視する。
感情の揺れ動き程度であれば完全に心を読まなくても、普段から感じ取ることができる。
「あ……えっと、お恥ずかしい話なのですが……私は可愛いものが大好きで……ぬいぐるみやお人形、可愛らしい服を集めるのが趣味なのです。
しかし、私は男です。
母は私の趣味に否定的で『男らしくしなさい!』という言葉が口癖でした。
しかし……半年前に母が病で亡くなり、自身を偽る必要がなくなりました。
解放された気持ちがあったはずなのですが、どこか心に空虚さが残っているのです」
……可哀想に。
恐らく母親に長年、否定されてきたのだろう。
その上、認められることなく母親は亡くなった。
彼は認めてほしかった相手を失い、虚しさを感じているんだと思う。
長年の蓄積もあり、巣食っていた闇が徐々に蓄積され、母の死をきっかけに身体に症状が出た──というところだろうな。
私は彼の感情だけを闇で読み取りながら、言葉を選んでいく。
「大丈夫ですよ。
好きという気持ちは尊いものです。
それは誰かに否定されるようなものでもなければ、他人の言いなりになるようなものでもありません。
あなたはお母様に趣味を認めてもらいたいと言うよりも、あなた自身を見てほしかったんですね。
あなたはあなたのままで良いと、私は思います」
私の言葉に心が揺れ、彼は涙を浮かべるような表情の後に安心したような笑みを浮かべる。
その様子を確認しながら私は言葉を続けた。
「この闇の刻印はあなたが頑張ってきた証です。
しかし、放置すれば命にかかわる可能性もある。
今日は私の力で、身体と心に溜まり過ぎた闇を取り除きます。
決して記憶がなくなったり、過去にあったことを変えることはできません。
しかし、少なからずあなたが抱えている辛い気持ちが薄れ、前向きな気持ちになれると思います。
私が処置したあとは、光のマナを凝縮した薬を処方致します。
それを飲んで体内のマナバランスを整えていきましょう。
そうすれば元気になれますよ」
「……はいっ!よろしくお願い致します!」
私は彼の手を握り、彼の中にある闇に意識を集中させる。
「それでは……少し目を瞑ってください。
闇の刻印を消させていただきます」
彼が目を閉じたのを確認して、私は深呼吸をする。
彼の闇を自身に取り込み、想いと共に背負い込む──。
「──っ!」
一瞬、呼吸をするのを忘れる。
想像を遥かに超える量の闇が私の中に入り込み、激しい動悸と激痛が走る。
──なんだ!?この闇は!?
あまりの闇の量で彼の抱えている気持ちが見えにくい。
それに、このままでは発作で患者を不安にさせてしまう。
震える手をどうにか気力で抑え、可能な限り彼の闇を背負う。
その甲斐あって、彼の腕から闇の刻印が消え去る。
落ち着け……患者の前では、絶対に狼狽えるな……。
「……はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます!」
早く……彼を診療室から出さなくては……っ!
自身の手に闇の刻印が浮かび始め、彼に気付かれないように手を離す。
内心焦っている中、急に彼が私に抱き着いてきた。
「先生!」
「えっ!?」
──まさかの出来事で私は思考が停止してしまう。
「ろ、ロウマンさん!?」
「……ああ、なんて素敵な人なんだ……」
ゾクリとする低い声が耳を撫でる。
彼はふっと離れると、また満面の笑みで言う。
「すみません、つい感極まってしまって!
こんなに優しくしてくださった方は初めてで!」
きっと悪気はないのだろうけど、流石に困る。
私は彼の肩をそっと掴み、距離を置くように離す。
「い、いえ……では三日後にまたいらしてください。
一緒に経過を観察していきましょう。
きっとよくなりますからね」
「はい!」
元気よく返事をして、軽快な足取りで出ていくロウマンさん。
扉が閉じた瞬間に一気に激痛が体を巡り始める。
「く……っ」
闇が身体の中で暴れ始めている。
「聖明先生!腕を出しなされ!」
一部始終を見ていたシルロ先生が慌てた様子で声を上げる。
シルロ先生は薬品棚から、私のためにあらかじめ準備してくれていた抑制剤入りの注射器を取り出し、慣れた手付きで消毒液などの準備をする。
私は乱れ始めた呼吸をどうにか整えながら、自身の腕を捲り紐で腕を縛る。
「聖明先生!少しちくっとするぞ!」
「……すみません」
左腕に消毒の感触、そして針が刺さる。
「……っ」
──何度打っても、注射の感覚は苦手だ。
私は深呼吸をして、なんとか気を落ち着ける。
その間に先生が止血をしてくれている。
早々に抑制剤を投与してくれたお陰で早く治まりそうだ。
「聖明先生。今の患者でちょうど最後じゃ。
とりあえず、そこのベッドで横になりなさい」
診療室にあるベッドを二人で見る。
私は頷き、腕を抑えながらふらふらとベッドに腰を下ろした。
「……本当にすみません。退院したばかりなのに……」
想定外だったとはいえ、背負う闇の量を見誤るとは。
私もまだまだだな。
「仕方あるまい。
おぬしの場合は闇を取り扱うのが仕事じゃからな。
こういうことも多いじゃろうて」
先生は優しい声で気遣うように言ってくれる。
その言葉に甘えるように私はベッドに転がり、天井をぼーっと見つめた。
……それにしても先程の患者さん。
闇の濃さが尋常じゃなかった。
あれだけの闇の量で転化していないなんて……闇に免疫でもあるんだろうか?
まるで──魔人ぐらいの闇に触れたような……。
「……聖明」
風真の声にハッとする。
気付けば心配そうな表情で私の顔を覗き込んでいた。
「……風真」
「大丈夫?発作が起きたって聞いたけど……顔に刻印もある……」
心配そうな表情が瑠璃が悲しんでいる顔にも見えて、内心ズキッと痛む。
私は咄嗟に誤魔化すように笑った。
「……大丈夫だよ。
シルロ先生が処置してくれたから、完全に発作が起きる前に止められたよ」
実際に少し遅れていたら、もう少し苦しんだだろう。
今は動悸はするものの、激しい痛みは薄れ始めている。
闇の刻印から出血もしていないし、軽めで留められた。
「ならいいけど……病み上がりなんだから、無理しないでよね」
「うん、気をつけるね」
私は安心させるように風真の頭を撫でる。
すると風真は少し恥ずかしそうに──けれど、嬉しそうに目を細めた。
その反応だけで今日の疲れが少し吹き飛ぶようだった。
「……それにしても、聖明先生」
不意にシルロ先生が、妙に意味深な声で口を開く。
「おぬし……男にもモテるんじゃな?」
「は?」
一瞬、何を言われたのか分からず固まる。
「儂は見ておったぞ!
今の患者に抱きつかれておったわい!破廉恥じゃ!」
「へ!?」
今度は風真まで反応し始める。
「聖明、セクハラされたの!?」
「うん!?セクハラ!?」
あれは……言われてみればセクハラになるのか?
私は少し悩んでしまい、言葉を詰まらせてしまう。
すると捲し立てるように風真が言葉を続ける。
「だって、抱きつかれたんでしょ!?」
「そうじゃよ!熱い抱擁をされておったぞ!」
援護射撃と言わんばかりにシルロ先生は言葉を続ける。
ややこしいことになりそうな気がして、私も慌てて声を上げる。
「ちょっと、シルロ先生!黙って!」
思わず深い溜息が漏れる。
「治療で……刻印が消えたのが嬉しかったんだよ、多分」
私はベッドに座り直し、頭を抱えながら言葉を漏らした。
実際に、闇の辛さから解放されて歓喜の声を上げる人は多い。
それだけ辛かったんだろうし、嬉しかったんだと思う。
しかし──私の言葉に風真とシルロ先生が二人して集まり、ヒソヒソと話し出す。
「のう、風真。あやつ、自覚がない気がするのう」
「あ、わかります?聖明って何か恋愛とか無茶苦茶疎いんだよね」
少しイラッとする。
確かに恋愛はよく分からないけど、面と向かって言われると不愉快だ。
仕方ないだろ。
私は堕天使で、そういう感情が欠如しているんだから。
「ほう、通りで!距離感もバグっとるしの。
今だって白衣の中は、あの肩出しタンクトップじゃよ。
聖明先生は露出が多いのう」
「それ僕も思ってた!
何か聖明って肩出しスタイルなんだよね。
この前も──」
……なんだろう。
普段は言い争いばかりしている二人なのに、こういう時だけ息ぴったりだ。
「私は少し休む!」
……何だか気に食わない。
私は不貞腐れるようにベッドに再び転がった。
軽めとはいえ発作が起きたせいで身体が怠い。
きっと気分が悪いのも、そのせいだ。
「そうじゃの、少し休んだほうがええ。
発作がどれほど辛いかは想像しかできんが、見る限り負担も大きそうじゃからのう」
シルロ先生はそう言いながら、先程まで私が座っていた椅子に座り、いつの間にか持ってきた新聞を広げる。
その様子に風真も持っていたカルテを棚に戻し始める。
……少し八つ当たりっぽく言ってしまったな。
自身の言動に少しの罪悪感。
暫くすると扉が開き、金髪が綺麗な看護師さんが診療室に顔を出す。
「シルロ先生、聖明先生。
患者さんは全員お帰りになりました。
事務処理も済みましたので私たちは上がらせていただきますね」
すると新聞を広げたままのシルロ先生が元気な声で答える。
「カトリーナさん、お疲れ様じゃよ。
エレナさんにもお疲れ様と伝えておいての。
いつもありがとうのう。気を付けて帰りなされ」
「は〜い。風真くんもまた明日ね」
「あ、はい!お疲れ様です!」
彼女は穏やかな笑顔を見せると扉を静かに閉めた。
そこそこ大きな街の診療所だけど、ここで働いているのはシルロ先生と看護師さん二人だけ。
名前はカトリーナさんとエレナさん。
主に受付で事務をしている。
勿論、看護師としての全ての業務もこなすことができる。
シルロ先生を含め、全員エクソシスト魔法医療省所属なだけあって手際も良いからこそできていることなんだろうな、と何となく思う。
「ほう……カゴノトリで活躍があったようじゃの」
シルロ先生が唐突に新聞をバサッと捲りながら、そんなことを言い始める。
「え……?」
「代理総指揮官が一人で魔物の群れ──ロックバードと名付けられた魔物を殲滅したらしいのう」
その言葉に、落ち着き始めていた私の気持ちが急にざわつく。
よく見ると新聞には“彼”の姿が一面を飾っていた。
その姿に酷く心臓が痛くなる。
私は耐えられなくなり、ベッドからバッと出て立ち上がり、着ていた白衣をベッドに脱ぎ捨てた。
……何の嫌がらせだ。
「あれ、聖明?」
風真が不思議そうな顔で私を見上げたけど、何故だろう。
今は誰とも話したくない。
こんな気持ちのまま話してしまえば、今度こそ酷い八つ当たりをしてしまう。
「出掛けてくる」
風真には悪いけど、これが今伝えられる精一杯の言葉だった。
風真は少し怯えた顔をしたけど、私は無視するようにそのまま診療所を出た。
外に出ると空は夕焼け色に染まり始めている。
私は空を見上げ溜め息を一つ。
「…………頭、冷やそ……」
昔なら夜の街に消えて、ストレスを解消するように遊び歩いていただろう。
でも──今はそんな気分にもなれない。
少し遠くに見える白い木々へ目を向け、私は歩き始めた。
ここからであれば精霊の森が近い。
あそこであれば誰もいないだろう。
私は一人になりたくて誰もいないだろう精霊の森へと足を向けた。




