第53話 君の温もり
気付けば入院をし始めてから二週間が経過していた。
毎日様子を見ながら治癒魔法も並行してかけてもらっていた甲斐があって、胃痛もだいぶ和らいだ。
食事の量も少しずつ増え、まだ脂っこいものや刺激の強い食べ物は無理だけど、ある程度は普通に食べられるようになった。
夜は悪夢が怖くて眠るのが嫌だった。
だけど、睡眠剤の力も借りてどうにか眠っていた。
最初はそれでも眠るのが嫌だった。
夢を見れば嫌な記憶が悪夢となって襲ってくる。
睡眠剤のせいで夢も覚めにくい。
でも──のんびりとした毎日の生活のお陰か、少しだけど心にゆとりができて、少しだけ夢を見なくなった。
きっと熟睡できることが増えたんだと思う。
入院中と言っても胃痛以外は至って健康だったので、無理のない範囲で、普段はシルロ先生の薬の調合を手伝ったり、家事をさせてもらったりしていた。
二週間も入院しているとやることもなさ過ぎて暇だったからね。
風真もこの二週間は有意義に過ごしていたようだ。
素材採取が案外楽しかったらしく、度々お使いで精霊の森に訪れ、様々な魔法生物と触れ合ったみたいだ。
それに魔法薬学にも興味が湧いたらしく、調合の時は熱心に話を聞き、メモを取っていた。
もしかしたら将来は魔法薬剤師になるのかな?
それとも魔法生物と関わる職業かな?
私は風真の未来を想像して頬が緩む。
風真は毎日の出来事をいっぱい話してくれて、聞いている時が楽しかった。
少しだけ──瑠璃が毎日のように一日にあったことを話してくれた日々を思い出す。
同じ魂を持っているせいだろうか。
見た目が似ているのは勿論だけど、根っこの所はソックリだなって思うことが多々ある。
「──よし」
私は久々にカゴノトリの軍服に袖を通していた。
魅了効果を抑える眼鏡も久々に掛ける。
長い後ろ髪もいつものようにお気に入りの青紐で結んだ。
これで穏やかに過ごしたこの病室とも今日でお別れだ。
「主、すっかり顔色が良くなりましたね」
ベッドの上でふわふわ尻尾を揺らしながら、リリーが穏やかな声でそんなことを言う。
私は彼女の頭を指でそっと撫でると、サラッとした毛並みが心地良い。
「リリーも色々ありがとうね。いっぱい心配を掛けた」
入院中、リリーは私の身の回りや風真の生活に気を掛けてくれた。
私の日々の衣類の洗濯や、食事を作ってくれたり、風真が一人で宿に泊まっていたので、たまに生活の様子を見てもらったり──きっと今回、一番頑張ってくれたのはリリーだと思う。
今度改めてリリーを労る日を作ろうと、心の中で決意した。
私にとってリリーは辛い時にずっと支えてくれた大切な人だからね。
「ふふ、主が元気でいてくれることが私にとっての幸せですから気になさらないで下さい」
そう笑いながら、いつものように私の肩にジャンプして乗る。
私も甘えるように彼女を支えながら、その柔らかな毛並みに頬を寄せ温もりを肌で感じる。
「──うん、リリーや風真が悲しまないようにこれからはもう少し気を付けるね」
私が人らしい生活をするだけで彼女たちが笑顔でいてくれるなら、お安い御用だ。
そんなことにも今まで気付けなかったなんて、想像以上に私は余裕がなかったんだとも気付かされた。
そういう意味でも今回の入院は私にとって必要なことだったんだと思えた。
私はリリーにお願いして宿からいつもの魔法のトランクを持ってきてもらっていたので、入院中に使用していた私物をしまい、部屋を整えた。
そして、トランクを閉じ、左手に持つと少しだけ部屋を見渡した。
部屋にはマナに溢れた植物が大切に育てられ、そのマナが部屋の空調を整え、穏やかに過ごしやすい空間を作っていた。
きっとここで休む人は私同様に誰も彼も癒されたことだろう。
私は小さな声で部屋に向けて言葉を紡いだ。
「……ありがとう」
私は扉を開けて部屋を出る。
「ふぉっふぉっふぉっ!元気になってよかったの!」
シルロ先生の声が廊下に響く。
私はシルロ先生に向き直ると改めてお礼を述べることにした。
「シルロ先生、ありがとうございます。
お陰様で以前より健康的になれました。
明日からは患者ではなく、医師として働かせていただきますね」
そう──本来の目的は医師としてこの街に訪れていたんだ。
遅くなってしまったけど、明日からは診療所をお借りして、闇に纏わる悩みを持った患者さんと向き合う予定だ。
恩返し──というわけではないけれど、今度は私が医師として、精一杯この街の人たちに返していけたらと思う。
「うんうん、頼んだぞ。
患者を見る時は、おぬしの場合は闇魔法を使うことになるじゃろう。
もし発作が起きても、薬の投与ぐらいは儂にもできる。
あまり気負わず、やるといい」
シルロ先生の言葉には不思議と安心感があった。
いつもであれば何も思わず闇魔法を使用して、発作が起きれば小さくなって震えていた。
でも、今は違う。
こうやって理解してくれる人がいるだけで心が軽くなるなんて思いもしなかった。
きっと……昔の私もこうやって甘えればよかったのだと今更ながら思う。
いや、きっと周りは同じように気遣ってくれていた。
私がその優しさに気付けなかっただけ。
次に会う時は……彼らの想いに、少しは応えられるだろうか。
そんな気持ちが私の中で燻る。
「ありがとうございます。シルロ先生」
私がお礼を伝えると、シルロ先生も満足げに頷いてくれた。
恐らく私が今まで出会ってきた医師の中で一番信頼できる人だ。
私が堕天使であることを特別視せず、性別のことに怯えることもなかった。
ただ一人の患者として接してくれたことが嬉しかった。
「聖明!荷物持つよ!」
「あ、風真」
元気な声が聞こえ振り返ると、階段を駆け上ってきた風真がいつものように元気な笑顔を見せてくれる。
彼は私の手からトランクを取り、持ってくれる。
「聖明、退院おめでとう!
今日からは宿に戻るんだから、帰りに必要そうな物とか買い足そう!」
「そうだね」
私は頷くと改めてシルロ先生に一礼する。
「それではシルロ先生。お世話になりました。
明日は予定通り、また伺わせていただきます。
今度は医師として暫くお世話になりますが、よろしくお願い致します」
「ふぉっふぉっふぉっ!
儂も聖明先生の活躍を楽しみにしておるでな!」
シルロ先生の言葉を聞き終えた頃、左手に温もりを感じ、私は驚いて風真を見た。
彼が私の手を掴み、笑顔を見せると歩き始めた。
私は風真に手を引かれながら一緒に歩き始める。
「それじゃジジイ!また明日な!」
「うぬ!風真もまた明日の!」
すっかりシルロ先生と風真は仲良しで、そんな二人にも何だか頬が緩んでしまう。
そんな私に気付いたのか風真が無邪気な笑顔を向けてくれる。
まったく……風真には敵わないな。
彼の笑顔一つで、不思議と幸せな気持ちになる。
まだまだ子供だから守らないと、なんて思っていたのに実際に守られ救われているのは私のようだ。
私たちは診療所を出て、カラフルな街並みを二人で歩く。
リリーは相変わらず私の肩の上に器用に乗り寛いでいる。
「聖明!商店街行こう!
ジジイに東洋料理の食材や調味料を扱ってる専門店、教えてもらったからさ!」
「それは嬉しいね。早速行ってみようか」
今日からまた風真とリリーと三人暮らしだ。
今日はお礼も込めて夕食を作ろう。
今度は私も同じメニューを一緒に食べてみよう。
一緒に食卓を囲めば、きっと二人も笑顔になってくれる。
……気付けば二人と生活する日々がこんなにも愛おしくなっていたんだな。
「風真」
「ん?」
「……ありがとう」
私を──あの家から連れ出してくれて。
「何を今更お礼なんて言ってるんだよ!僕たち家族でしょ?」
その言葉に私は一瞬驚いた。
風真が当然のように家族だと言ってくれる。
私を家族だと受け入れてくれることが、こんなにも嬉しいなんて思わなかった。
「──うん!
今日は風真の大好きなオムライスにしようか。
今度はケチャップじゃなくてシチューかけたやつ」
「え!良いの!?やった!」
「みゃ〜ん」
きっと大丈夫。
まだ何も解決はできていないけど、風真とならきっと困難も乗り越えられる。
きっとこの先も風真は生き延びて──私が想像もつかない立派な大人になって──そんな未来を想像して希望を胸に宿す。
私はぎゅっと風真の手を握り返した。
この温もりが明日もあると信じて。




