第52話 午後のドタバタ劇
「ここ、何の部屋なの?」
僕は案内された部屋の中を見て、そんな声を漏らしていた。
部屋の中央に大きなテーブル。
机の上には、これまでに僕が採取してきた素材がずらりと並び、薬を調合していたと思われる形跡が見受けられる。
壁際には乾燥させていると思われる草花がぶら下がり、壁一面にある大きな薬品棚には、種類分けされた素材の瓶と思われるものがずらりと並んでいる。
少しだけ聖明の自室に似た雰囲気を感じた。
医者の家ってどこもこんな感じなんだろうか。
「ふぉっふぉっふぉっ!ここ調合部屋じゃの。
儂の診療所は受付や事務処理は看護師さんを雇っておるが、薬の調合は自身でやっておっての。
週に二回は午後は休診して、こうやって薬を調合してストックを作っておるんじゃ。
魔法薬剤師を呼び寄せるほうが楽なのかも知れんが、こうして自身で調合するのが楽しくての。
患者に合わせて、丁寧に作っておるんじゃよ」
聖明もそうだけど、医者は自身で薬を調合するものなのかな。
でも、魔法薬剤師っていう職業もあるみたいだし……二人は医者と魔法薬剤師というのを兼ねているのかな?
そんなことを思っていると、聖明がこそっと話しかけてくる。
「魔法薬剤師は立派な職業の一つで医者とはまた別の資格が必要だよ。
私やシルロ先生は、魔法薬剤師の資格を持っているから調合して患者に処方することができるんだ」
「あ、そうなんだ!」
……何だろう。
度々思っているけど、聖明って妙に察しが良くて、僕がこうやって疑問に思っていると答えてくれることが多いんだよね。
まあ、色々教えてもらえて助かってるんだけどさ。
不思議だなって思う。
「風真、素材を出してあげて」
聖明が続けて言ってくれたので、ハッとして腰に下げていたポーチを開き、トレントの枝と根っこ、アース・ドラゴンの鱗を取り出す。
「ここに並べるね」
テーブルの空いたスペースに順番に置いていくと、シルロ先生が軽い足取りで歩み寄り、震える手でアース・ドラゴンの鱗を持ち上げ、天に掲げる。
「おおお!まさにアース・ドラゴンの鱗じゃの!
風真!ありがとの!」
シルロ先生は想像以上に嬉しかったようで声を弾ませながら、その場で小躍りをしている。
これだけ喜ばれると頑張って良かった、と思えた。
──が、そんな気持ちも束の間だった。
「これで育毛剤が作れるぞい!!!」
「うんうん、育毛剤……育毛剤!?」
とんでもない単語が飛び出て、僕は驚き、思わずぴかぴかに輝くシルロ先生の頭を見つめてしまう。
シルロ先生は鱗をぎゅっと抱き締め、頬擦りをしている。
「おお!この艶、この輝き!!!
これを粉末にして、蜜と煮込んで頭に塗れば……毛根が蘇るんじゃあああ!!!
この歳になると自分で取りに行くのは命懸けじゃからの……。
取りに行けず悩んでおったのじゃわい!」
今の口振りだと定期的に塗っていそうだけど、結果はぴかぴかの頭だ。
絶対に毛根死んでるよ!!!
それよりも、だ!
「待って!!!それ、聖明のためじゃなかったのかよ!!」
僕が頑張って採ってきたのはジジイの死んだ毛根のためじゃない!
聖明が元気になると思ったから頑張ったのに!
「ふぉっふぉっふぉっ!
誰も『聖明先生に使う』なんて言ってないもんね〜!」
憎たらしいまでの笑顔に僕は沸々と怒りが込み上げてくる。
横にいた聖明は、困ったように苦笑しているけど、僕は聖明ほどお人好しじゃない!
「ふざけんな!!!どんだけ大変だったと思ってるんだ!!」
あんな命懸けで採取したのに、このジジイは!
僕はジジイを一発殴ってやろうと心に決め、追いかけるが、俊敏な動きでひらひらと逃げていく。
「逃げるな!」
出会った時から思ってたけど、このジジイ……手足がふるふる震えているくせに恐ろしいまでに俊敏な動きをする。
歩く時は杖を持っているけど……いらないだろ!
あれはただの飾りだろ!
「ほれほれ、儂はこっちじゃ〜!」
「このクソジジイがぁぁ!!」
僕たちがドタバタと騒ぐ中、聖明は呆れたような目で見守りながら適当な椅子に座り、膝の上に移動したリリーを撫でている。
そして、優しい口調で注意を促してくる。
「風真。一応、ご年配の方なんだから優しくね」
いや、無理!
こんな元気なジジイだ!
殴ったぐらいじゃビクともしないだろ!
「聖明!このジジイは一回殴っておかないと反省しないって!」
そう叫んだ瞬間、ジジイは聖明の背後に回り、聖明の肩をガシッと掴み、人質に取られてしまう。
しかも、か弱そうに震えながら聖明に助けを求めるような声色で囁く。
「聖明先生〜!あの子、バイオレンスですぞ〜!」
「はは……シルロ先生も、あまり風真をからかわないでくださいね」
聖明が困った顔で告げた瞬間、シルロ先生はあろうことか聖明の脇腹をさわっと触る。
「きゃ!」
「げ!聖明!」
聖明は女性らしい叫び声を上げ、自身の身体を抱き締めるように蹲る。
リリーも慌てて膝から降り、聖明を見上げた。
「聖明先生、思ったより痩せ過ぎじゃの。
もう少し食べれるようになったら、少し太れるようにしたほうがいいの」
「うう……っ、急に触らないでください……っ」
聖明が涙目で訴える頃には、身体が女性姿になっていて、余計に目のやり場に困る。
自身を抱き締めているせいで、胸が寄って余計に無防備だ。
僕は聖明を直視できず、視線を逸らしてジジイを睨む。
「エロジジイ!セクハラするなよ!」
「セクハラちゃうわい!痩せ方が気になっただけじゃ!」
「今のはどう見てもセクハラだ!」
再び僕たちはテーブルの周りをドタバタと二人で駆け回る。
時にはシルロ先生は軽々とジャンプし、僕の背中に飛び乗って笑いながら誂ってくる。
クソおおおお!地味に強い!このエロジジイ!
僕も本調子じゃないのもあって、身体が思うように動けないのが余計に焦れったい!
「絶対殴る!」
「ふぉっふぉっふぉっ!百年早いわい!」
僕たちの様子に聖明は呆れたように息を漏らしたけど──その表情は確かに穏やかで、楽しそうに微笑んでいた。
そして、リリーは再び聖明の膝の上に収まり呑気に「みゃーん」と鳴く。
ドタバタと騒がしい空間。
気付けば僕も笑っていた。
確かに腹は立ったけど、それも含めて今が楽しくて仕方ない。
「よーし!育毛剤を作るかのぉぉぉ!!!」
僕の手をひらりと躱し、ジジイは呑気にそんな声を上げる。
「ふざけんなジジイ!せめて一言謝れよおお!」
僕の言葉が部屋に響く中、賑やかな内に刻々と時間が過ぎていく。
最終的には僕が諦め、シルロ先生は念願の育毛剤作りに励み始めた。
聖明も調合そのものには興味があるらしく、シルロ先生と薬について色々話しながら時間を過ごしていた。
完成した育毛剤を泣いて喜んでいたシルロ先生だけど、塗っても何も起きないどころか頭が一層輝いた気がして、僕は大笑いだった。
シルロ先生は、僕が大笑いしているとちょっと怒ったように「笑うでないわい!」とか言っていたけど、直ぐに二人で笑った。
「風真」
聖明が賑やかな中、静かな声で僕を呼ぶ。
すっかり気を抜いた彼女は今も女性姿のまま。
「今日も楽しかった?」
何かを確認するように尋ねてきたので、僕は聖明に素直に答えた。
「──うん!ジジイには腹が立ったけど、面白かったよ!」
僕の言葉を聞くと、聖明は目を細めて微笑んだ。
きっと──聖明も楽しい一日になったんだろう。
そんな気がして僕も自然と笑顔になれた。
こんな穏やかな日々がこれからも続くように──僕にできることに、これからも挑戦していこうって思えた。
だって、大切な家族が笑ってくれるからね!




