第51話 家族の時間
リリーと食事を済ませた時には、既にお昼を過ぎていた。
そもそも僕が起きた時間が遅かったのもある。
そのため、聖明の元へ向かうのもすっかり遅くなってしまった。
僕は黒猫姿のリリーを肩に乗せながら、再び診療所を訪れた。
午前の診察はさすがに終わっているらしく、人の気配はなかった。
「こんにちは!」
僕はいつものように元気な声で挨拶しながら入る。
すると上の階から声が聞こえた。
「ほう、風真。こんにちは。もう動けるのかの」
二階の木製の手摺りから顔を覗かせて声を掛けてきたのはシルロ先生だった。
「うん。怠さはあるけど、それ以外は元気だし、大丈夫だよ」
僕は自分の身体の調子を確かめるように、拳を握って力を込める。
いつもより怠いせいか、力が上手く入らない気がする。
それでも歩いて生活する分には差し支えないだろう。
「ふぉっふぉっふぉっ!
風真は体力があるの!若さ故かの〜」
シルロ先生は、相変わらずの仙人のような笑い方をしながら階段を降りてくる。
「シルロ先生。昨日渡しそびれた素材も持ってきたよ」
「おお!ちゃんと採取してくれておったんか!
ありがとうの」
彼は嬉しそうに声を上げる。
僕はそんなシルロ先生を見てから視線を二階に移す。
「……シルロ先生。聖明は?」
昨晩、闇魔法は使っていなかったみたいだけど、入院中の身で無理させてしまった気がして仕方ない。
「うぬ。
今日も少量ではあるが、朝食も昼食もちゃんと食べておったぞ。
夜も薬の影響もあってよく寝ておる。
風真の頑張る姿に影響されたようでの。
率先して治そうと考え直したようじゃわい。
何も言わんでも、ちゃんと療養に専念しておるみたいじゃぞ。」
「え、本当?」
予想外の言葉に僕は少し驚く。
聖明が大人しく休んでいるだけなんて……正直な話、想像できなかったからだ。
もし、僕の行動で聖明が自身を大切にしようって考えてくれたのであれば、安心するし、嬉しい。
「今って聖明は寝てるかな?」
話を聞いたら余計に聖明に会いたくなってシルロ先生に聞いてみる。
「食事を終えたばかりじゃからの。病室で起きていると思うぞ」
まだ起きているんだったら顔を出そう。
昨日のお礼も言いたいし、アース・ドラゴンやピクシーの事とか色々話をしたい。
「分かった!素材を渡す前に聖明に顔を出してくるよ!」
「うぬ。今日は午後の診察はお休みじゃからの。
三階で儂ものんびりしておるから、後で素材を届けに来ておくれ」
「はーい!」
僕は返事をすると階段を上がり、聖明の病室の前へと移動した。
少し呼吸を整えてから扉をコンコンとノックをする。
「はーい」
病室の中からいつもより高めの声が響く。
今は無性体か女性なんだろう。
「聖明、入るね〜」
僕は扉を開き中に入ると、聖明はパジャマ姿でベッドの中で座ったまま、折り畳みのテーブルの上に本を出し、読書をしているようだった。
「あれ?」
僕はいつもと少し雰囲気が違う聖明に声を漏らした。
腰まである長い後ろ髪はいつもであれば下の方で一本に結っていることが多い。
でも、今は三つ編みにして肩から前へ流している。
三つ編みの先は、いつもの青色の髪紐で結ばれている。
いつも思うけど、聖明の髪型って不思議だ。
顔まわりは前下がりのボブみたいに短く切り揃えているのに、後ろ髪だけは腰近くまである。
だから、長い髪を結んでしまえばショートヘアにも見えるし、逆に下ろせば途端に女性らしい髪型にも見える。
今なんて後ろ髪を三つ編みにしていることもあって、無性体という特殊な性別も相まって、まさに男とも女ともつかない中間といった雰囲気だ。
「風真、いらっしゃい。身体は大丈夫?」
聖明の声にハッと我に返る。
「あ、ごめん!大丈夫だよ!
少し怠いけど、いっぱい寝たし、元々体力はあるから大丈夫みたい!」
僕が返答している間に、リリーが僕の肩から降りて、聖明の膝の上に潜り込む。
聖明も慣れた様子でリリーを出迎え、膝の上で撫で回しながら微笑んだ。
その様子を見守りながらも、僕も近くの椅子を引き寄せ、ベッド横に座った。
「ふふ、思ったよりも元気そうで良かった」
そう微笑む聖明は不思議と穏やかで、今までのどこか張り詰めた雰囲気を一切感じさせなかった。
それだけ休めているんだろうか。
そうだったら良いな。
「聖明、昨日はありがとう。
それと、心配をかけてごめんね。
あんな事になるなんて、僕も想定外だったんだ。
経験不足を身に沁みて感じたよ」
僕は昨日の失敗を思い出して、色々と反省点を思い浮かべる。
今思うと軽率だったし、自分の経験不足がそのまま結果に出たんだと思う。
実力も正直、まだまだだよな。
「そっか。
風真が何か学べたのなら、それで良い。
怪我はしてしまったけど、それもきっと貴重な経験なんだね。
風真、私こそありがとう。
私を想って素材集めをしてくれて。
こんなに想われて私は幸せ者だね」
少し意外だった。
もっと心配して、過保護なまでに何か言うかと思っていた。
だけど、今の聖明は怪我したことさえ踏まえて、良い経験をしたと言ってくれている気がした。
何だか、僕なりに考えて行動した結果を、少し認められた気がして嬉しくなってしまう。
「聖明!あのね──」
だからだろうな。
僕はここから、昨日あったことを事細かに聖明に語った。
トレントの採取は順調にできたこと。
初めて見つけたアース・ドラゴンは凄く大きくて恰好良かったこと。
そんなドラゴンの鱗を取るために実際に挑んでみたこと。
魔法が無効化されて焦ったことや、無謀にも雑な取引をピクシーに持ち掛け、空に吹っ飛ばされたこと。
痛い思いをしたけど、僕にとってはどれも貴重な経験で、こうして振り返ると、その一つ一つが輝いて見えた。
聖明は途中、ヒヤヒヤした様子を見せたり、時折目を丸くして驚きながらも聞いてくれて、最後には笑ってくれた。
リリーも僕たちの会話を静かに聞いてくれていたのか、穏やかな表情で耳をピクッと時折動かしながら聖明の膝の上で寛いでいた。
話している内に不思議と胸が温かくなって、何となくだけど──きっと家族ってこういうことなのかな?と思った。
「それでね──」
「ふふ、風真は凄いね。あっという間に成長しちゃう。
風真、初めての経験は楽しかった?」
聖明は僕を完全に子供扱いで、優しく頭を撫でてくれる。
いつもなら恥ずかしいけど、今はその手が優しくて、嬉しくて仕方がない。
「うん!凄い楽しかった!」
「そっか。また色々聞かせてね」
「うん!」
聖明が言ってくれたように、聖明もリリーも気付かない内に家族のような存在になっていたんだ。
だから、こうやって色々知ってほしくて話しちゃうんだろうな。
「風真。そう言えば、そのアース・ドラゴンの鱗って何の薬の素材になったの?
私でも用途がイマイチピンとこなくてね。
ドラゴンの鱗は総じて効力が高いけど、アース・ドラゴンだと……何だろう。
薬の効力を底上げする系かな……」
聖明の言葉に、うっかりシルロ先生に素材をまだ渡していなかったことを思い出す。
「あ!まだ素材はこれから渡すんだった!
どんな薬に使うかはまだ分かんないや」
僕は誤魔化すようにヘラっと笑いながら伝える。
すると聖明は読みかけの本をパタンと閉じ、ベッドから足を出し、スリッパを履く。
リリーもそれに合わせ、器用に折り畳みのテーブルに飛び移り、続けて聖明の肩にぴょんと乗った。
「それじゃあ、一緒に届けに行こうか。
私もアース・ドラゴンの鱗の使い道が気になるからね」
「あ、うん。
シルロ先生は午後はお休みだから三階でゆっくり寛いでるってさ」
「了解。それじゃあ、行こうか」
聖明が立ち上がると僕も釣られるように席を立ち、一緒にシルロ先生がいる三階へと向かった。
三階へ続く階段は病室が並ぶ廊下の一番奥にある。
大きめの診療所のせいか、聖明が使っている病室の他にも、あと三部屋ほどあるみたいだけど、他は全て扉が開いており、誰も入院していなさそうだった。
きっとこの街の人は健康な人が多いんだろうなって思った。
僕たちは三階に上がり、他の部屋の扉よりも少し頑丈そうな作りの扉の前まで移動した。
僕の代わりに聖明が扉をノックする。
──コンコン。
「シルロ先生。私です。聖明です。
風真が採取してくれた魔法生物の素材を届けに来ました」
すると、扉が開きシルロ先生がひょっこり顔を出す。
「うぬ!届けてくれてすまんの!
二人とも中に入るのじゃ。お茶を出してやろう」
相変わらず仙人のような笑い声を上げながら、手招き奥に入っていく。
僕たちも顔を見合わせ、少し笑った後に案内されるがまま中に入っていった。




