第50話 リリーとの朝食
「ヤバい……怠過ぎる……」
泊まっている宿のベッドの上で、僕は項垂れながら掠れた声でぼやく。
昨日──精霊の森でやらかした僕は、最終的に聖明に助けられた挙句、怪我まで治療してもらった。
ただ、普通に治せば完治まで一ヶ月前後掛かると言われ、そんなに悠長に待っていられない僕は、聖明に頼んで治癒魔法を掛けてもらった。
聖明が言っていた通り、身体に負担をかけて急激に治した反動が出ているようだ。
確かに、無茶苦茶身体が重い。
例えるなら全身筋肉痛になるまで激しい運動をした翌日のような怠さだ。
右足の怪我を治しただけならともかく……昨日、診療所に戻ったあと、聖明とシルロ先生に全身の怪我を見てもらった。
結果、激しく打ち付けた背中が全体的に酷い打撲で──完全にむち打ち状態だった。
怪我した時は足に気を取られていて全然気付けなかった。
聖明が心配していたけど、足同様にのんびり治す気はサラサラなかったので無理を言って治癒魔法を掛けてもらった。
そのお陰もあり、全身の大きな怪我は殆ど完治。
代償に体力を根刮ぎ奪われた僕は、指一本動かすことでさえ辛く感じるぐらい怠い。
「風真様、おはようございます」
僕がベッドで唸っていると、リリーが女性姿で僕の影から現れる。
リリーって普段は聖明の影に潜んでいるイメージがあるけど、気付くと僕の影にいることもあって少し驚いてしまう。
「おはよ……。
リリー、今日は聖明の傍にいなくて良いの?
この様子だと、午前中は確実に動けないから、診療所に行くのは遅くなると思うよ……?」
僕はベッドの中からリリーを見上げるように問いかける。
聖明は入院している身で抜け出して助けに来ていた。
胃潰瘍なんて決してすぐに治るような病気ではない。
通常であれば二ヶ月前後、薬を飲んで対処していくらしい。
しかも、聖明の場合は胃潰瘍そのものよりも精神的な面が一番の問題だ。
シルロ先生曰く、よく眠り、食事を取り、休息することが大事とのこと。
今の聖明では当たり前のような生活さえ難しいと判断されたからこその入院だ。
だから、今日も聖明は診療所で入院中。
胃潰瘍なだけあってまだお粥のような消化のいい食事を少ししか食べられない。
今はとにかく眠れる時に寝て、少しでも食べれるように練習中といった感じだ。
「主から『今日の風真は身動きが取れないかもしれないから、様子を見てきてほしい』と、仰せ使っております」
リリーは淡々と説明をする。
聖明はお見通しというわけだ。
それにしても、リリーは聖明の使い魔とは言え、本当に従順だよな……と思う。
簡単に『使い魔』って言っているけど、使い魔という存在がどのようなものかは具体的には知らない。
聖明の家で学んでいる際に本で軽く読んだことはあった。
契約によって主従関係を成立させ、主の命令に従わせること──みたいな内容だ。
その関係には契約によっては強制力があり、絶対に逆らえない様なものもあるという。
リリーの場合はどうなんだろう?
聖明のことだから無理強いしてまで契約はしてないとは思うけど、よく考えたらリリーと聖明の関係ってよく分かってないんだよね。
「リリー、ありがとう。
見ての通り……正直、身体に力があんま入んない……。
凄く怠くて……」
僕は小さな疑問を心に残しつつ、現状を伝える。
「承知致しました。
それでは食事の準備を致しますので、そのままごゆっくりなさってください」
「ありがと〜、リリー」
正直、有難い!
お腹は空いているけど、動ける気がしなかったから凄い助かる!
リリーは闇で生成したと思われる黒いエプロンを着用し、キッチンに入っていく。
そう言えば、リリーも当然のように闇魔法を使うんだよね。
闇に連なる『何か』なのだろうか。
いつもは黒猫姿で、こうやって動く時は人の姿に変わる。
出会った時から、そうであったから疑問さえ持たなかったけど……よくよく考えたら不思議な存在だな。
流石に『人』と言うことはないだろう。
本でも、人は使い魔にすることはできず、禁術である──と記載があった。
倫理観的な問題もあるだろうな、と思う。
人を使い魔にできてしまったら、契約によっては奴隷と何ら変わりない。
どちらにしても人権を無視するような行為は僕としてもどうかと思う。
「リリー……聖明は無理してないかな?
昨日、心配掛けて、無理させちゃった気がするんだ……」
僕はベッドの中で体勢を変え、枕に抱きつきながらキッチンで調理しているリリーに問い掛ける。
「大丈夫ですよ。
今の主は確かに休むことが大切ではありますが、絶対安静というわけではありません。
寧ろ適度に身体を動かすべきです。
昨日はシルロ先生と一緒に魔法薬を調合して、楽しんでいらっしゃいましたよ」
「そっか……良かった」
そう言えばウッカリして、アース・ドラゴンの鱗やトレントの素材とか色々と渡し忘れている。
ご飯食べて少し休憩したら届けに行こう。
その素材が聖明の役に立つのであれば、早めに届けてあげたい。
僕は昨日の失敗を思い出し、反省するように記憶を巡る。
次はもっと上手くやろう。
そう思いながら。
「風真様、朝食ができました。
軽めのスープにサンドイッチです。
シルロ先生から庭で採れた作物を頂戴しましたので採れたてですよ」
リリーがニコっと笑いながら、サンドイッチの乗ったお皿をテーブルに並べている。
「ありがとう!」
朝から手作りサンドイッチは豪華だよね!
僕は重い身体を無理やり起こし、席に座る。
テーブルの上には、先ほどの野菜とハムが挟まったサンドイッチとコンソメスープにホットコーヒーが並んでいた。
「いただきます!」
お腹が空いていたので、僕は元気よく声を上げるとパクリと食べ始める。
リリーも食事に付き合ってくれるのか、前の席に座り、小さく手を合わせ「いただきます」と言ってから、上品に食べ始めた。
僕としても一人で食べるより、こうして一緒に食べてくれる人がいると嬉しい。
僕は食べながら、先ほど気になった話題を口にすることにした。
「リリーはさ、どうして聖明の使い魔になったの?」
するとリリーは顔色を変えず、僕を見ると淡々とした様子で話し始める。
「私が主の傍にいたいと願ったからです。
主は──あのように自身のことだけには大変疎く、顧みません。
その上、お節介で他者のことばかり気に掛けます。
要は──放っておけなかったんです。
彼は放っておくと自身を傷付けるばかりですから」
「た、確かに……」
出会って間もない僕でさえ、聖明があまりに自身に無頓着過ぎて心配になっているぐらいだ。
リリーの言うように自分のことはいつも後回しで、僕やリリーのことばかり気に掛けている。
「他人には優しいくせに、変なところで自身に厳しく、とても意地っ張りなところもあります。
大切なことに限って勝手に決めて、勝手に突っ走る無鉄砲さも目に余りますね」
あ……何だか愚痴っぽくなってきた。
僕は口を挟むのをやめ、食べながら耳を傾けることにする。
変に口を出したら巻き込まれそうだ。
「本音を隠す癖も直してほしいですね。
あの人は本当に知られたくないことになると、しれっと嘘を付いて、誰にも悟らせない謎のスキルさえ持っています!
そのくせ、本当は泣き虫で、いつも迷子のような顔をして、困った人です!」
ああ……怒ってる……っ!
そう言えば聖明が家で倒れた時もリリーは盛大に溜め息を吐いて、呆れたような様子だったもんな。
聖明……リリーはとても怒っていたよ!
元気になったら一度怒られて!
僕が内心焦っている次の瞬間──リリーはふと表情を緩めて笑った。
「でも──ふふ、そんな不器用なところが、可愛くて仕方ないところなんですけどね。
まったく……あの人は私がいないと駄目なんだから」
正直──僕は驚いた。
リリーが見たこともないような嬉しそうな表情で、聖明のことを語るんだ。
その顔はまるで恋する乙女そのものに見えた。
きっと、リリーは契約に縛られているというわけではなくて、素直に聖明が好きだから一緒にいるんだって、よく分かった。
僕も思わず頬が緩み、笑みが溢れる。
「リリー、食後は身支度して診療所に行くよ。
改めて昨日のことを聖明に謝りたいし、薬の素材も届けたいんだ。
リリーが言うように聖明って少しポンコツな所あるからさ。
僕たちで安心させよ」
僕がそう提案すると、リリーは少し驚いたような表情を見せたけど、すぐにいつもの笑顔で頷いてくれた。
「そうですね。
風真様がいてくれれば、主も無理せず休んでくれそうですしね」
「だね!」
僕たちは微笑み合って、楽しい朝食の時間を過ごした。
食べ終えたら聖明に会いに行こう。
聖明が元気になれるように、僕も元気だよ!って笑顔を見せに行くんだ。




