第49話 深夜の相談
風真が怪我をしてしまった。
シルロ先生のお使いだったとはいえ、元を辿れば私が倒れたのが原因だ。
風真は元気に笑っていたけど、診療所に戻って身体を調べたら全身痣だらけ。
背中は強く打ったのか特に酷かった。
その痛々しい怪我の数々に私はショックを隠しきれなかった。
風真は「早く治したいから治療して!」とお願いしてきたので、私は治癒魔法を施した。
きっと一日は身体が怠く、寝込んでしまうだろう。
……これ以上、風真に無理させたくない。
私が不甲斐ないばかりに心配掛けて、こんな怪我をさせて──なんて馬鹿なんだろうか。
過去にも「自身のことも大事にしろ!」と怒られたことが何度もあった。
でも、当時の私はどうして自身を大切にしなくてはいけないのか分からなかった。
私が犠牲になって円滑に回るのであれば、それで良いと本気で思っていたからだ。
正直、今でもそう思っている。
でも──それだけでは駄目なのだと、ようやく分かり始めた気がする。
私は考え方を改めるためにも、シルロ先生に相談してみることにした。
風真が治療を受けて宿に帰った後、私はシルロ先生と診察室で先生と患者として向き合っていた。
「シルロ先生……こんな夜遅くまでご迷惑かけて申し訳ございません」
「ふぉっふぉっふぉっ!気にするでないわい。
風真のことなら若気の至りというやつじゃわい!
怪我はしてしもうたが、風真にとっては有意義な時間だったみたいじゃしの。
子どもはいっぱい冒険して、その身で色々学ぶことも大事じゃ。
儂からしたら、聖明先生も同じことじゃよ。
天使で言えば赤子も当然。
成人したから、大人だからと見栄を張らず、甘えられる相手には十分に甘えるとよい。
それが若い者の特権じゃからの!」
そう言ってシルロ先生が私の頭を子供扱いするように撫でた。
久々に子供扱いをされ、私は少し嬉しくなってしまう。
私が子供として扱われていたのは……母さんが生きている頃までだったから。
「シルロ先生、折り入ってご相談があります。
胃潰瘍を早く治すために私に治癒魔法を施していただけないでしょうか?
私自身でやってしまうと、恐らく塩梅も分からずやり過ぎてしまいそうなので……」
私の身体は不死であっても、それ以外は普通の人と変わりない。
恐らくシルロ先生が治癒魔法をせずに薬や生活習慣の見直しから始めているのは、私の体力に問題があるせいだ。
不死性だけを過信して生活してきた身だ。
こんな体力もない状態で治癒魔法で一気に治せば、今度は体力不足で倒れてしまうだろう。
その場合は虚弱体質でもある私のことだ。
熱も出そうだし、最悪、闇を留める体力もなくし、発作が起きかねない。
「聖明先生。一つ聞いてもいいかの?
どうして急にそのようなことを言い始めたのじゃ?
聖明先生は無茶はするが、物事の良し悪しは分かっておる。
自身の体調を理解しているからこそ、儂の治療方針を受け入れていたと思っていたのじゃがの」
その通りだ。
分かっているからこそ、入院も受け入れている。
でも──だからこそ、相談してみたいと思ったんだ。
「私は……パートナーに『自身を大切にしろ』とよく怒られていました。
私は愚かにも、その意味が分かりませんでした。
正直、今も完全に理解できているかと聞かれると、よく分からないんです。
でも──風真の怪我を見て思ったんです。
このままではいけない──と。
私は自己犠牲で解決できるなら、自身を犠牲にすればいいと考えてきました。
他者を犠牲にするぐらいなら、自身を差し出せば手っ取り早い。
どうせ傷付くのは己だけだと──本気でそう信じていました。
だって……私には選択肢がそれしかない。
今思えば、他の選択肢があったのかもしれませんが、私には分かりません。
でも、今回の件で思ったんです。
風真は人を想い、慈しみ、自らで考えて献身的に行動をしました。
私が他者を思って行う自己犠牲とは違って見えました。
確かに風真は怪我をしてしまいました。
結果だけ見れば、成功とも失敗とも言えない。
でも──私と違い、彼は誰かのために行動することさえ楽しんでいた。
私のためだけではなく、経験したこと全てを楽しみ、自身のために動いていたと思います。
そんな風真を見て、私のやり方は間違っていたのだと──そう思えました。
具体的には何が違っているのか分かりませんが、ただこのままではいけないと思ったんです」
きっと私が誰かのために動く時は真っ先に自身を犠牲にしていた。
それだけ自身に価値がないと思っていたからだ。
でも──私が無理をすると風真もリリーも悲しそうな顔をする。
最初は『私のことだから気にしなくても良いのに』と本気で思っていた。
二人と一緒に過ごし、旅をし始めて半年。
何となくだけど、二人が悲しむ顔を見たくないと思い始めた。
悲しそうな顔をする時は決まって、私が自身を蔑ろにした時だったように思える。
──できれば二人には笑顔でいてほしい。
そう思った時、二人が悲しむ原因を考えた。
もし、私が自身を大切にしないことで悲しんでいるのなら──私は自身を大切にするべきではないのか?
初めて、そんな疑問を抱くようになった。
その時、“彼”に怒られた時の言葉が脳裏を過った。
彼も同じだったんだ。
いつも仏頂面で怒っていたけど、風真やリリーと一緒で想ってくれたからこそ、怒っていたんだと──やっと分かり始めた。
「シルロ先生……私は自身を大切にする方法が分からないんです。
風真やリリーが心配してくれているのは分かるんです。
でも、どう応えればいいか分からないんです。
私なりに考えて、出した答えが──無理のない範囲で自身を治療して、今よりも健康になること。
そうすれば少なからず、心配をかけることが減ると思ったんです。
もし……私の考えが間違っていれば教えて下さい。
恥ずかしながら……こんなこと、誰にも相談したことなかったんです……」
上手く伝えられているか分からない。
でも、私にとっては、これが今できる精一杯の甘えだった。
人に相談するということは、こんなに難しいものだったのかと痛感している。
今までは──何も言わなくても“彼“が踏み込んできていたから、私は甘えていたんだ。
そのことにすら、今更気付くなんて……情けない。
私は恐る恐るシルロ先生を見ると、彼は口角を上げているのか、口髭を揺らしながら頷いていた。
「聖明先生、よく話してくれたの。
恐らくじゃが、おぬしは特殊な出生もあり、今まで心を許せる相手が少なかったのじゃないかの?」
その言葉に胸がズキッと痛んだ。
だって──図星だったから。
私は人が怖い。
人を信じられない。
「聖明先生は堕天使の中でも『闇を背負う堕天使』という二つ名を持っておる。
おぬしの能力の一つには、心を覗き見る力があると聞いておる。
人の心とは、浅ましいものじゃ。
どんなに綺麗事を語っても心の内は誰にも分からん。
しかし、おぬしは色んな人の心を見て、時に背負ってきた。
そんな環境におれば人を信用できないどころか、頼ることも難しいかもしれぬ」
生まれつき人の心を感じることができた。
それは私の堕天使としての能力だった。
今よりも闇を制御できない幼い頃は、闇を通じて無差別に人の心が私の中に入ってきて怖かった。
堕天使というだけで酷く憎まれ、恨まれ、疎まれ──家族や堕天使たち以外は怖くて仕方がなかった。
「その上、堕天使の特性として、闇を多く保有しているせいか、総じて感情の欠如もある。
特に人を慈しみ、思いやる気持ち、他者を愛する気持ちが希薄じゃ。
これは現存している堕天使が総じて口にしておることで、有名な話じゃ。
だからじゃろうな。
余計に聖明先生は、理解するのが難しいのかもしれぬ」
堕天使であることの弊害か……。
他の堕天使同様に私自身、よく分からない。
大切な人はいる。
彼らの気持ちも感じる。
でも、心が見えたところで感覚的なところが分からないことも多い。
現に、私が無理をして周りが悲しむ理由が理解できなかった。
きっと私は自身に向く思いやりの感情が上手く理解できないんだと思う。
特に──好きという感情は分からない。
私は乱れ始めた呼吸を整えようと、深く呼吸をする。
ああ、胸が痛い。
「でもの、聖明先生」
シルロ先生が少しだけ大きめな声を発するので、私は少し驚いて顔を上げた。
「おぬしは偉いの。
分からないなりに考えて、こうして答えを出そうとしておる。
自身を見つめることは普通の人でも難しいからの。
聖明先生。
考え続けることが大事なのじゃよ。
それに正解を見つけなくてもよい。
己の欠点に気付き、誰かのために変わりたいと願う心は間違いなく尊いものじゃ。
おぬしが諦めぬ限り、いつかは自ずと答えも出よう。
聖明先生、儂で良ければ力になるでの」
シルロ先生が私の手を優しく包むように握り、いつもよりも優しい響きで笑った。
「シルロ先生……」
「今はおぬしの言う通り、早く元気にならんとの!
聖明先生の体力面がやはり問題じゃからの。
毎日様子を見ながら治癒魔法も並行してみるかの。
おぬしがおいたをせずに、しっかり療養に集中するのであれば予定よりも早く退院できるかもしれぬ」
シルロ先生の優しい言葉の数々に心が少し軽くなって、思わず頬が緩んだ。
答えは分からなかったけど、でも──今はこれで良いと言われた気がしたから。
今は自身を治すことに集中しよう。
それで、これからも分からないなりに考えていこう。
きっと今の私に必要なことだから。
きっと昔の私に足りていなかったことだから。
「シルロ先生、ありがとうございます!」
私は穏やかな気持ちでお礼を伝えた。
すると──
「その顔は危険じゃの」
とか言いながら目潰しされそうになった。
私は焦りながらも今回は咄嗟に避けた。
「何で!?」
「男姿で美形は腹立つわい!」
「理不尽!!!」
そんなことを言いながらも、私たちは二人で深夜に笑い合った。
これからも考え続けよう。
私の大切な人たちが笑顔でいられるように。
私自身、少しは大切にしようって思えたんだ。




