第47話 抑制剤と記憶
診療所三階──シルロ先生が住まう居住スペースである部屋の一角で、私たちは薬の調合をしていた。
大きなテーブルに広げられた、様々な魔法薬の素材たちや調合に必要な道具を並べ、互いの知識を持ち寄りながら、様々な薬について話し合っていた。
「ほう!咳止めにアオアシキノコを使うとはのう。
これは儂も知らなかったのう、興味深いわい」
そう感心した声を漏らし、長い白髭を撫でるシルロ先生。
今日は薬の調合をすることもあってか、髭は三つ編みで纏められている。
私はそんなシルロ先生を横目に、薬の説明をしていた。
「アオアシキノコは、苔の上を歩きながら上質なマナをその身に蓄えていきます。
乾燥させて粉末にしたものを蜂蜜と混ぜ、水の魔石を砕いたものを加えて固めると、喉を潤しつつ癒してくれる飴になります。
甘いので子供でも無理なく口にできて、おすすめです。
他にもフルーツなどと組み合わせれば、味のバリエーションも増やせて楽しいですよ」
私は昨日風真が採取してくれたアオアシキノコを魔法で乾燥させ、丁寧に薬研で粉末にしながら説明する。
「うぬ、子供は薬が嫌いじゃからのう。
飴であれば抵抗なく口にしてくれそうじゃな。
次からは儂も試してみよう」
実際に作った飴を、シルロ先生はポンと空中に投げ、口でキャッチする。
そのまま舐め始めて「美味いの!」と無邪気な声を上げる。
この先生は、どうやら茶目っ気もあって、変に心を許してしまう。
「それにしても聖明先生。
おぬし、本当に24歳なのかの?
知識量は遥かに儂を超えているように思えるのう」
唐突に確信を突くような言葉に、手が止まってしまう。
私は乾いた笑い声を発しながら、何とも言えない複雑な気分になる。
それは──そう!
私は堕天使の中でも特殊だ。
本来の私と、堕天使クロスロード・ブラッティ・ナイトメアの魂が融合し、産まれたのが私だ。
その副産物と言うべきか……私はクロスの記憶と知識を継承している。
彼は堕天使の中でも一番長く生きていた存在だ。
具体的な年齢は私も知らないけれど、大天使に次ぐほど長く生きており、その知識は千年以上分あると思われる。
結果的に私は今世では24歳という若輩者でありながら、知識だけで言えばそこら辺の天使より豊富だ。
これが私がカゴノトリのトップとして据えられている理由の一つでもある。
だからと言って、こんなことをどこから話せばいいのやら……。
私が言葉に困っていると、シルロ先生は言葉を続ける。
「まあ、聖明先生の出生は特殊だからの。
当然と言えば当然かもしれんの」
「……あははは……」
私がクロスの魂を宿して生まれたということは、知る人は知っている有名な話。
特にシルロ先生のように、長くエクソシストに在籍している方であれば常識のようなもの。
ただ……それでも、私の性別が無性体であることだけは公表されていない。
身内以外は全員私が男であると認識している。
正しくは、認識させざるを得なかった。
ただでさえ、カゴノトリ創設者である人物が突如として消えたんだ。
世間的には言葉を濁し『クロスロードの生まれ変わり』とだけ知らされているため、人によっては名前を変えただけのクロスロードが転生した存在だと認識している。
実際は違うのだけどね。
私はクロスロードの記憶を覗き見ることは出来てもクロスロードではない。
人格は私という個人だ。
そんな理由もあって、余計な混乱を招かないためにも、私の性別については隠されることになった。
まぁ……それだけではないのだけどね。
色々な事情もあり普段は性別を隠し、男性として振る舞っているけど……シルロ先生は私の肉体が変化したことに対して何も言ってこない。
何かを知っているのか、それとも個人情報を重んじてくれているのか……。
少し不安は残るものの、私は笑って受け答えることにした。
「……知識ばかりで、実際は全然子供のままですよ」
これについては本当のことだ。
天使で言う二十代なんて子供当然。
一応、二十歳前後までは人間と成長速度が同じなため、十八歳で成人として扱われるけど、人生経験で言えば赤子当然だろう。
「ま、そうじゃな!
大人なら生活習慣は破綻しておらんじゃろうしな!」
「うっ!」
思っていたのとは少し違うツッコミに、心に痛い。
今更だけど、全くその通りだと思う……。
魔法都市にいる時も生活破綻していてよく怒られてたもんな……。
「さてさて、聖明先生。
ついでに、お主が普段から使用しておる抑制剤についても言わせてもらうぞい」
「え……」
私が自身に投与している抑制剤は、私専用に統合した高濃度の光のマナだ。
暴走時を想定し、必要以上に強く設計したレシピのため、私以外が投与すれば間違いなく死ぬ。
同族である堕天使でさえ、反動で身体をおかしくするだろう。
そんな激薬だけど……私は普通の堕天使以上に闇の保有量が多い。
暴走してからでは手遅れだ。
だからこそ、無理な量を身体に打ち込み続けている。
それでも、抑えが効かないことさえあるぐらいだ。
「おぬし自身も自覚しておるじゃろうがの……レシピを見せてもらった限り、ちと過激すぎるの!
おぬし、闇を抑えることしか考えておらんじゃろ。
光のマナをエグいくらい圧縮させて打ち込むとは……自殺行為じゃよ」
やはりシルロ先生から見ても、酷い薬だろうな。
分かってはいるけど、言葉に出されると胸が痛い。
私は震える声で、自身のことを話した。
「……でも……軽い発作ならまだしも、重くなれば暴走の可能性もあります。
即効性を重視しなくては……暴走したら……きっと“今度こそ”誰かを殺してしまう……」
そう──実際に殺しかけた。
私は“彼”を殺しかけて──そして──……。
「そう思い詰めた顔をするでない!」
シルロ先生の声にハッとして顔を上げる。
「おぬしの悪いところじゃの!
人はの、必ず誰かに迷惑をかけて生きていく生き物じゃ。
おぬしの場合は確かに、暴走したら影響力が大き過ぎるかもしれぬ。
しかし、暴走する前に、おぬしの周りには止めてくれる者たちがおるじゃろ。
抱え込み過ぎるでない。
苦しいなら、ちゃんと相談するんじゃ。
一緒に考えてくれる者がおるだけで、幾分は違うものじゃからの」
脳裏に過る風真やリリー。
そして、かつて私を救おうとしてくれた大切な友人たち。
その優しさが──私には怖くて仕方がなかった。
臆病な私は逃げてしまった。
彼らの想いを無下にしてしまった。
こんな私が本当に誰かを頼っていいのか分からない。
「聖明先生。
儂はのう、かつておぬしに似た雰囲気の青年と会ったことがある。
似ていると言っても見た目も違えば……人格破綻者だったのう。
楽しいと思ったら何でも行動に移して、周りの迷惑なんて顧みない。
若い頃の儂はおぬしのように真面目過ぎてのう。
融通の利かぬ頑固で、正論ばかり述べる偏屈な若者じゃった。
そんな儂に、そやつはこう言いよったのじゃ。
『どうせ生きるなら楽しくないとつまんないよ』とな」
私は聞き覚えのある台詞に目を見開いた。
──その記憶なら微かに“ある”。
「儂が薬の素材を集めると言った時、奴は『面白そう』とついて来てのう。
あやつ、何をしたと思う?
アース・ドラゴンに意味もなく、ちょっかい出したんじゃよ。
そりゃもうアース・ドラゴンは怒り狂っての。
とんでもない光線が儂らに飛んでくるのじゃよ。
しかも、特殊個体で魔法が無効化されてビックリじゃ!
巻き込まれた儂はそいつと全力で逃げたわい。
死ぬかもしれないのに、あやつはずっと笑っておった。
『アース・ドラゴンが怒るところ初めて見た!』と、それはもう子供のように大はしゃぎじゃ。
儂はどうにか隠れ逃げたがの……あやつは光線に当たって丸焦げじゃ。
しかし、流石は堕天使──余裕で生きておるんじゃよね。
服も焼けているからのう、全裸でケロッとした顔で立ち上がって、更に笑っておった。
儂も流石におかしくての!
人生で初めて声を上げて笑ったわい!
それからというもの、度々あいつは現れて儂を振り回す日々じゃ。
まったく迷惑な奴じゃ!」
シルロ先生は悪態をつきつつも、実に愉快そうに笑いながら語る。
きっと良い思い出だったのだろう。
「毎日毎日、想定外の問題を起こして大騒ぎ。
そんなあやつと一緒にいる内にの、自分で勝手に決めた息苦しいルールが馬鹿らしくなったんじゃ。
彼ほどまではいかぬが、人生を楽しむことに注力するようになった。
結果的に儂は楽しく健康的に今まで生き続けておる。
きっとこれが長生きの秘訣だったんじゃろうなぁ」
シルロ先生は懐かしむ目で私を見つめた。
「のう、聖明先生。
いや、クロスロードの記憶を持つ者よ。
おぬしもクロスの人となりを知っておるはずじゃ」
やはりシルロ先生は、私の前世を知っていた。
クロスのことを知っていた。
堕天使の仲間は皆、口を揃えて言うんだ。
雰囲気が──魂の波動が、彼とそっくりだと。
私は彼の話が聞けて、少し嬉しくなった。
私にとってクロスロード・ブラッティ・ナイトメアは、今は話すことはできない私の恩人であり、私に全てを与えてくれた人だ。
堕天使になってしまったことだけは──恨んだこともあるけど、それでも、私にとっては唯一無二の存在なんだ。
「シルロ先生は──二百年前に比べて寂しくなりましたね」
私は思わずシルロ先生の頭を見る。
クロスの記憶にいた彼は、金髪でサラサラの好青年だった。
そのせいで私もシルロ先生がクロスの記憶にいた青年とは合致しなかった。
「どこを見ておるんじゃ!
そういうところだけはクロスそっくりじゃの!」
「ええ!?」
シルロ先生は両手で頭を隠しながら咳払いをする。
そして、話を続けた。
「まったく、それぐらいの悪態をつく度胸はあるんじゃ。
普段から見習いなされ。別にクロスになれとは言わぬ。
でもの、少しは楽しんで生きてみるとよい。
今のおぬしには難しいかもしれぬが、きっと彼の生き方は今のおぬしの救いになる。
人生、楽しんでも良いのじゃよ」
まるで──私の人生を、生き方をすべて肯定するような言葉に狼狽えてしまった。
「ぁ……わ、私は……」
私の中にあるクロスはいつも笑顔で、楽しそうで……眩しい。
あまりに私とは違い過ぎる。
私も彼を真似ようと思ったことはある。
でも──できたのはこの口調と、普段から浮かべている笑顔だけ。
結局、私は私のままで、彼のように強くはなれない。
「無理に考えなくてもよい。
頭の片隅に置いておくだけでも良いのじゃ」
「………はい」
私は返事をすることしかできなかった。
するとシルロ先生が、優しい声で続ける。
「まったく、ラファエル様が言っていた通りじゃの。
おぬしは真面目過ぎる」
出てきた人物の名前に私は驚いて顔を上げた。
「え!?ラファエルって──あのラファエル!?」
「そうじゃ。
ラファエルと言ったら大天使ラファエル様しかおらんじゃろうて。
ラファエル様が、おぬしがここに来るから面倒見てやってくれと連絡があっての。
酷く心配なさっておったぞ」
大天使ラファエル──魔法都市を治める大天使の一人にして、カゴノトリを始めとする医療に関する全ての組織を管理している方だ。
謂わば私にとっての直属の上司にもあたる。
そして──クロスロードの旧友の一人であり、私のことを気にかけてくれる兄のような存在だ。
「通りで……私の性別が変わっても動じないわけだ……」
恐らくラファエル様から私のことを聞いているんだろう。
ラファエル様が直々に連絡を入れ、頼む程の人だ。
言い方を変えれば、それだけ信頼が厚い人物ということだ。
「ふぉっふぉっふぉっ!
儂も長生きしておる分、ラファエル様とは長い付き合いじゃからの。
堕天使の末っ子が無理をしていると、よく嘆いておったからな。
どんな跳ねっ返りかと思っていたが……クロスとはまた別の意味で跳ねっ返りだったみたいじゃの」
「何か……申し訳ありません……」
私は親や親族に見られているような居心地の悪さを感じてしまう。
「さてと、話を戻そうかの。
肝心な抑制剤の話じゃ。
改良が必要かと思ったがの……ぶっちゃけ、薬自体は良く出来ておる。
ただ効力が強過ぎるからの。
濃度を少し落とすだけでよいぞ」
「へ?」
まさかの提案に、私は情けない声を出してしまう。
もっと怒られたりするのかと思った。
「おぬしの抑制剤は強過ぎるが故に、体内のマナバランスに悪影響を及ぼし、体調不良を引き起こしやすくなっておる。
それに、おぬしの身体は堕天使の特性──つまり不老不死を除けば本来は身体が弱いと聞いておる。
そんな虚弱体質で強力な薬を投与しておるから悪循環しておるのじゃよ」
あまりにも図星過ぎる指摘にぐうの音も出ない。
「発作が怖いのも分かるがの、適度というものを知ったほうがいいの。
具体的な手段としては、強めの発作の時だけ強い抑制剤を打つのじゃ。
普段は効力を落とした飲み薬タイプで十分じゃ。
それだけで今の体調は改善されると思うぞ?」
「そんなことで……?」
シルロ先生は私の眼の前に、液体タイプの抑制剤が入っていると思われる小瓶を差し出してきた。
「ほら、試しに飲んでみなされ。
弱めに作っておいたからの。飲みやすいようの甘めに作っておいたわい。
これを飲むだけで、今日は発作が起きにくくなるはずじゃ」
私は小瓶を受け取り、恐る恐る飲んでみることにする。
飲むと仄かに甘く、じんわりと胸が温まる。
いつものであれば焼けるように熱い量。
最近は発作の頻度が多く、緊急性を感じることが多かったため、
高濃度の光のマナは注射器で打ち込み続けていた。
それなのに今日は軽く飲むだけ。
本当に大丈夫なのだろうか……。
不安に感じていると補足するように説明を続ける。
「飽くまで日常生活においては、という話じゃ。
おぬしの闇の保有量は多い。闇魔法を連続して使用した場合は別じゃ。
すぐに身体が蝕まれて、激しい発作が起きるじゃろう。
その時は、いつものように抑制剤を打ち込んだほうが良い。
……本来なら、それもやめさせたいんじゃがのう。
儂は普通の医者じゃ。
闇に対する対応はこれが限度じゃ。
すまぬの、聖明先生」
シルロ先生の表情は長い眉と髭でよく分からない。
でも、その声はどこか苦しみを含んでいるように感じられた。
私はシルロ先生の顔を見て、静かに首を振る。
「そんなことはありません。
ここに来てまだ数日ですが、先生には救われています。
本当にありがとうございます。
私は……医者でありながら、根本的な生活さえできない状態でした。
それを先生は理解し、導いてくださっています」
これは私の素直な気持ちだ。
私一人ではきっと無理を続けて、もっと酷い状態になっていたと思う。
少なからず支えられ、心も少しだけ穏やかになった。
それを思うと感謝しかない。
「聖明先生」
次の瞬間──何故かシルロ先生は目潰しをしてきた。
思いっきり目に指が入り、私は床に転がり悶絶する。
「〜〜っ!!なんで……!?」
──私の感謝を返してほしい!
そう思うぐらいには痛かった。
というか堕天使以外にはこんな事しちゃ駄目!
目が本当に潰れちゃう!堕天使相手でも駄目だけど!
「いや、おぬし、クロスに比べて顔が良くなり過ぎじゃ。
なんか腹が立って、つい手が出てしもうた」
「理不尽!!!」
そんな光景をずっと黙って見守っていたリリーは、笑うように「にゃ〜ん」と鳴く。
その声に私も肩の力が抜けてしまい、不思議と笑みが溢れた。
本当に何やってるんだか。
可笑しくて仕方ない。
そんな私の様子にシルロ先生も愉快そうに笑ってくれる。
こんなふうに声を出して笑ったのは、いつ振りだろうか。
そう思っていると、タイミングよく部屋の時計が鳴る。
ボーンという低く鈍い音。
「もう夕暮れかの……それにしても風真は今日は遅めじゃの」
その言葉に私も心配になり、立ち上がると窓から外を見る。
既に太陽は下がり始め、外が暗くなりつつある。
風真がいる場所は精霊の森だ。
魔法生物が多い夜の森は危険だ。
魔法生物の中でも、夜に活動する動物は危険な存在が多い。
途端に心配になり、シルロ先生にお願いしてみる
「シルロ先生……風真を迎えに行ってきても良いでしょうか?」
一応、入院している身だ。
勝手に出るのは流石に気が引ける。
するとシルロ先生は髭を撫でながら少し唸って答えてくれる。
「……どうせ止めても、おぬしは勝手に行くじゃろ。
早く迎えに行ってあげるんじゃ。
ただし!闇魔法の使用は控えるのじゃよ」
「ありがとうございます。リリー、行こう」
リリーは丸めていた身体を起こし、テーブルから私の影に入る。
私は窓を開け、そこから浮遊魔法で宙に飛び出す。
「ほう、浮遊魔法のような高度な魔法も使えるのか」
「普段はあまり使わないんですけどね。魔力消費量も大きいですし、変に目立ちます……」
私は苦笑して返事すると精霊の森に視線を向ける。
森は辺りが暗くなったことにより、豊富なマナの光で青白く輝いているように見える。
あの明るさなら暗闇で怯えることはなさそうだ。
「では──いってきます」
それだけ告げると私は森へ向かうことにした。
振り返ると窓からは、シルロ先生が手を振っている。
──早く風真を見つけよう。
私は焦る気持ちを抑えながら、精霊の森まで急いだ。




