第45話 それぞれの朝
「よし、今日も頑張るぞ!」
そう声を上げた僕は、昨日に引き続き精霊の森を訪れていた。
昨晩は食事後、流石に宿へ戻った。
聖明が入院している間、ずっと病室のソファで寝泊まりしているわけにもいかないからね。
それに、良い部屋のベッドなだけあって寝心地が最高だった。
お陰様で夜はぐっすり眠ることができ、朝は自然と目が覚めた。
精霊の森に採取に行く前に、聖明の顔を見ておこうと思って、朝早くから診療所に赴いたんだけど──三階の丸い窓からパンツ一丁のジジイが元気よく体操している姿が見え、吹き出したのを思い出す。
あの姿はシュールで笑ってしまった。
病室に行った時は、聖明もリリーもまだ眠っていた。
聖明は昨日同様に、穏やかな寝息を立てていた。
きっと今日もゆっくり休んでくれると思う。
「さて!聖明のためにも頑張るぞ!
今日こそはアース・ドラゴンに挑戦だ!」
僕は教わったアース・ドラゴンの特性を脳裏に浮かべる。
アース・ドラゴンはその巨体もあり、基本的に開けた広めの場所でしか生息しない。
普段は甲羅だけを地面から出し、その他は地中に埋まっていることが多いらしい。
アース・ドラゴンは基本的に草食らしく、マナを多く含んだ草を好み、地中にいる間は全身で大地のマナを徐々に吸い込んでいるという。
「トレントの枝も採取したいから……アース・ドラゴンを探しつつ、トレント狩りするのが効率的かもな」
トレントは割とよくいる魔法生物で、旅先でも度々遭遇したことがある。
トレントは普通の木に擬態するのが得意で、普段は木になりきってほとんど動かない。
あいつらは木みたいな見た目のくせに案外、攻撃的だ。
近付いてきた生き物を、ムチのように撓る根っこや枝で絡め取り、対象の魔力を吸い取る。
僕は精霊の森の中を歩き進め、木が多そうな場所を探る。
「……そう言えば、聖明がトレントに捕まったことがあったな……」
僕は思い出し、思わず足が止まる。
あの時は僕にトレントの説明を意気揚々としている時だった。
油断してたのか、トレントの根っこを踏んで、そのまま身体を絡め取られて叫んでいた。
正直、その姿はあまりよろしくない絵面で……途中で女性姿になってしまって──流石に色んな意味でマズイ!と思って、大慌てで根っこを切り落として聖明を助けたんだったっけ……。
その時の聖明は「もうお嫁に行けない!」とか絶妙にツッコミが入れにくいことを言いながらシクシク泣いて、地面に転がっていたのを覚えている。
聖明って嫁に行く側なの……?
いや、やめよう!
あまりここらへんのことを追求しないほうがいい気がする!
「あ!トレントは魔力に反応するんだった!」
今の出来事を思い出し、ピンと来る。
トレントは魔力に惹かれる。
聖明の時は、根っこを踏んだのが原因だけど、僕が襲われることはなかった。
恐らくだけど、聖明は魔力量が僕より多いから、トレントに狙われたんだと思う。
だって、根っこを踏み抜いたトレント以外も聖明ばかり狙ってたし。
この考えが合っているなら、わざと僕の魔力を周辺に撒き散らせば、トレントが反応するかもしれない。
そうすれば探す手間も省ける。
僕は地面に手を付いて、意識を集中させる。
そして、徐々に地中に魔力を流し込んでみる。
少しずつ範囲を広げて流し続けると、奥の方で変にゆらゆら動く木を発見。
──あれだ!
僕は身体強化をし、一気に近くまで飛び込む。
するとトレントの捕食範囲に入ったのか、急に激しく動き始めた。
地中から這い出した根と枝が触手のようにうねり、僕を捕らえようと伸びてくる。
僕は手足に風魔法を纏わせ、触れようとする根を次々と切り落としていく。
「改めて見ると、少し気持ち悪いな……っ」
ウネウネ動く根っこや枝は、見ていて気持ちいいものではない。
切り落とした根はボトッと落ち、動きを止めると、普通の枝のようになる。
結構な数を切り落とすと、トレントは逃げるように僕から離れていった。
無駄に殺す必要はないかな。
僕の目的は根っこや枝だけ。
僕は地面に落ちた根っこを地道に拾い集める。
ある程度回収すると、昨日同様にポーチの中へ押し込んでいった。
「よし!大漁大漁!
確か……トレントの枝や根っこって、疲労や倦怠感に効く薬が作れるとか言ってた気がする」
『風邪の引き始めや、治りかけに効くよ』って言いながら調合してたな。
今度調合する時は、もう一度教えてもらおう。
僕は医者じゃないから誰かに処方しちゃいけないけど、自分で使う分には問題ない。
生きる上で役に立ちそうなことは極力やれるようになりたいんだ。
「さて、次こそはアース・ドラゴン!広いところを探してみるか!」
僕は軽快な足取りで森を駆けていった。
◆◆◆
目が覚めた時、遠くで「いってきます!」と風真の元気な声が聞こえた。
私は覚醒し切らない頭でムクッと起き上がる。
どうやらぐっすり眠っていたようだ。
悪夢を見ることもなく熟睡できたのは、いつ以来だろうか。
余程、処方された睡眠薬が効いたのかもしれない。
私の枕元で眠っている黒猫姿のリリーにそっと指を這わせる。
サラッとした毛並みが心地良い。
「……トイレ」
私は腕から伸びている点滴が空になっているのを確認し、自分で処置して針を抜く。
私は目を擦りながら、ベッド横の棚の上を何となく見る。
そこにはいつも掛けている眼鏡が置いてある。
──そう言えば、入院し始めてから眼鏡を外してたな。
一瞬掛けようか悩んだけど、そもそも視力が悪いわけではないので、そのままにしておくことにした。
入院中は風真やリリー、シルロ先生ぐらいしか関わることはないだろうし、魅了効果を軽減するための認識阻害の眼鏡がなくても大丈夫だろう。
そんなことを思いながら、病室からトイレに向かう。
用を済ませて綺麗に手を洗う頃には少し目が覚めてきた。
病室に戻ろうとトイレを出ると、ちょうどシルロ先生が三階から降りてくる。
「聖明先生、おはようじゃの!よく眠れたかの?」
朝から元気な声で挨拶をするシルロ先生。
この方はお年にも関わらず元気な人だな、と感心する。
「おはようございます、シルロ先生。
久々にぐっすり眠ることができました」
私は素直に現状を伝える。
よく眠れたお陰か、いつもより頭がスッキリしている気がする。
「うんうん、昨日よりも血色が良くなったの。
まだまだ胃は治らないじゃろうが……様子を見るに風呂に入って問題なさそうじゃの。
患者用の浴室があるから、さっぱりしてくるといい。
終わったら食事じゃな」
先生は病室の向かいにある扉の前に立ち、案内してくれる。
入院してから微熱もあったため、お風呂を禁止されていた私にとっては嬉しい言葉だった。
身体をさっぱりさせられると思うと、それだけで気分が軽くなる。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて入ってきますね」
「そうするといい。
今入院しておるのは、おぬしだけじゃからの。
のんびり入ってきなされ」
私は軽く会釈すると、弾むような足取りで病室へ戻る。
リリーが前もって病室内の棚に準備してくれていた着替えとタオルを取り出し、準備する。
「聖明、おはようございます」
リリーも起きたようで、ベッドの上で小さな体を伸ばし、耳をピクリと動かしている。
「おはよう、リリー。
お風呂に入る許可が出たから、ちょっと入ってくるね」
私は彼女の頭を優しく撫でる。
「わかりました。
私はその間に食事の準備を手伝ってきますね」
リリーはそう告げると、ベッドからぴょんと飛び降り、人の姿になって部屋を出ていく。
私も荷物を抱えて浴室へと移動する。
「お風呂♪お風呂♪」
私は呑気に小さく声を弾ませ、案内された風呂場に入る。
脱衣所で服を脱ぎ、浴室の扉を開けると木で作られた浴槽にお湯が張られていた。
木の香りが心地よく、自然と気持ちが和らぐ。
まずは身体を洗おうと鏡の前に立つと、久々に見る自分の顔に少し驚く。
「うわぁ……少し血色が良い……」
いつも見ていた顔よりも血色が良く、湯船に浸かる前から、頬がほんのりと赤らんでいる。
肌も少し艶が出ている気がする。
「食事と睡眠って大事だったんだな……」
自分でも医者としてどうかと思うようなことを口にして、思わず肩を竦めて苦笑する。
私は早めに頭から爪先まで綺麗に洗い流し、湯船にゆっくりと浸かった。
「ふぅ……やっぱりお風呂だけは毎日入りたいな……」
野宿の時も水場があれば魔法でどうにかできていたけど……やはり湯船に浸かって綺麗にしたい。
私は気を抜き過ぎたせいか、気付けば身体が無性体から女性へと変化していた。
相変わらず不思議な身体だと思う。
「……こんなにゆっくりしたの……久々だな……」
ゆっくりする以前に、人間らしい生活をするのは、久し振りな気がする。
瑠璃が死んで、悪魔になって……みんなから逃げて……。
あの頃は、ただ死ぬためだけに日々を過ごしていた。
お風呂には毎日入っていたけれど、それ以外はまるで人間らしい生活なんてしていなかった。
食事も睡眠も取らず、ただ己を殺す方法ばかりを考えて、実行し続けていた。
でも──風真と出会ってから変わった。
少しずつご飯を食べるようになり、眠る努力もするようになった。
でも、食べれば吐いてしまい、眠れば悪夢を見る。
風真とリリーと一緒に笑い合っている時間だけが、私の癒しになり始めていた。
「……駄目な大人だな……」
私は湯船から身体を引き上げ、タオルで丁寧に身体を拭っていく。
ふと脱衣所にある姿見の鏡に自身が映り、思わず長く伸びた後ろ髪を触った。
母さん譲りの顔立ちと、綺麗な漆黒の髪。
大好きな母さんのようになりたくて、後ろ髪だけは伸ばしている。
でも──切ろうかと、ずっと悩んでいる。
瑠璃が死んだ日、私は彼女の血で染まった。
何度洗ってもその血が落ちない気がして、切ってしまおうかと何度も思った。
でも──。
「“君”が好きだって言った髪を切ったら……悲しんじゃうかな……」
そんな思いが拭い切れなくて、不思議と切ることができなかった。
私は首を左右に振り、髪を丁寧に乾かす。
本当はパジャマが良かったけれど、替えがないので普段着を着る。
「あ……」
いつもの黒い肩出しのハイネックセーターに袖を通し、ファスナーを上げようとしたところで、胸が出ていることに気付く。
流石に女性姿のままいるのはよくない。
少しでも魅了効果を抑えるようにしなければ。
私は目を閉じ、意識を集中させ身体を変化させる。
すると徐々に身体が変化し、無性体に戻る。
「──よし」
そのまま服を着替え、いつもの青い髪紐で髪を軽く括った。
「洗濯はリリーにお願いしようかな……間に合わなければ、今日の夜の分は買ってきてもらおうかな……」
そんな独り言をボヤキながら、使用したタオルや衣類を持ち、病室に戻って片付ける。
すると、タイミングを見計らったように病室の扉からノック音が響いた。
「はーい」
「主、朝食をお持ちしました。
今日も胃に優しいお粥ですが……それだけだと飽きてしまうと思い、東洋料理に合うと言われているお魚を焼いて解して参りました。
お口に合うと良いのですが……」
リリーはベッドの折り畳みテーブルを広げると、丁寧に食事を並べていく。
リリーも、風真も、私が入院してからというもの、甲斐甲斐しく世話をしてくれて嬉しい反面、少し申し訳なく思う。
「ありがとう。お世話になってばかりだね」
「いえ、主に仕えることが私の至福です。お気になさらず」
私はベッドに腰を下ろし、食事をいただくことにする。
温かな出汁の香りが漂うお粥に、桜色のほぐされた魚の身が、別皿に盛られている。
これは鮭かな?
私は小さな土鍋から、小さな器にお粥を移し、魚を上にちょこんと乗せる。
「いただきます」
木のスプーンで一口掬い、フーフーと息を吹きかけて冷ましてから、パクリと食べる。
温かな出汁の香りと、優しい味が口に広がる。
魚はやはり鮭のようで、ほんのり感じる塩っ気が食欲を唆る。
本当に東洋料理なんて久々だ。
魔法都市にいた時は、東洋の調味料や食材を購入できていたから苦労しなかったけど……失踪して籠もってからは口にする機会がなかった。
母さんが東洋人で、食卓には東洋料理がよく並んでいた。
私も母さんが作る東洋料理が大好きで、見よう見まねで学んで、好んで東洋料理を作っていた。
やっぱり、東洋料理は食べやすい。
私はゆっくりながらも、しっかりと食べ終えることができた。
量も少なめで、リリーが気遣って準備してくれたのもよくわかる。
でも──食事をすると、胃がキリッと痛む。
私は処方された薬を飲み、痛み止めが効いてくれるのを待つことにする。
「う……」
「聖明。良ければお茶もどうぞ」
リリーが緑茶を淹れてくれたようで、マグカップを手渡してくれる。
「……ありがとう、リリー。
皆のお陰で、やっとまともな食事をできている気がするよ」
皆の気遣いが嬉しくて、自然と頬が緩む。
きっと今の私ができることは、シルロ先生が言ったように、自身を治すことなんだろう。
焦る気持ちが消えたわけではないけど……こうして食事をして、睡眠を取ることで、少しばかり心に余裕ができた気がする。
──コンコン。
病室の扉からノック音が響く。
恐らくシルロ先生だ。
「はい」
「聖明先生。よいかのう」
やはりシルロ先生で、扉を開けながら声を掛けてくる。
「はい、大丈夫です」
「うぬ、体調が良ければ、昨日話していた薬の調合を一緒にやってみようかと思っての」
……薬の調合か。
自身の薬の乱用についても指摘されてしまったし……この機会に見直すべきだろうな。
それに、偶然にも動きやすい普段着に着替えていたし、調合するのであれば丁度いい。
「分かりました。
是非、ご一緒させていただけると嬉しいです」
私が返答をすると、シルロ先生は明るい声で笑う。
「ふぉっふぉっふぉっ!それでは楽しい調合の時間じゃの!
では、三階に来てくだされ。
今日は診療所は定休日じゃからの。のんびりと色んな薬を作る予定じゃ。
ついでに聖明先生の知識も借りられると助かるのう」
「私でよろしければ」
「では、三階で待っておるぞい!」
先生は愉快そうに頷き、先に部屋を出ていく。
私はリリーに視線を向け、彼女にも尋ねてみる。
「リリーも一緒に調合するかい?」
それを聞くと、リリーが嬉しそうに頷いた。
彼女は黒猫姿になり、ととっと椅子やベッドを伝い、私の肩に飛び乗る。
私はふわふわの毛を指で撫でながら、三階へと向かうことにした。
今日はのんびり魔法薬学の時間だな。




