第44話 東洋料理
僕が泣き終える頃には窓から見える景色は、すっかり暗くなり、街明かりが見え始めていた。
僕は流石に聖明から身を離す。
すると聖明が僕の顔を覗き込み、グズグズになった僕の顔を手で拭ってくれる。
「風真、大丈夫?」
「ん……」
聖明の右肩を見ると、僕が泣き続けていたせいでパジャマがぐっしょり濡れていた。
正直、恥ずかしいし、申し訳なくなる。
でも、聖明は何だか嬉しそうに僕を見てニコニコ微笑んでいる。
優しい笑顔に余計に恥ずかしくなってしまう。
──コンコン。
病室の扉越しにノック音が響いた。
そして──。
「そろそろ、ええかのう?」
シルロ先生が伺うような声で訪ねている。
言葉の調子からして、僕が泣いていたことに気付いて、配慮してくれていたのだろう。
余計に申し訳ない気持ちになってしまう。
「風真、入ってもらっても良いかな?」
「うん、大丈夫」
僕は目元を自身の服の袖で乱暴に拭いて整える。
その様子を見終えてから、聖明は声を上げた。
「シルロ先生。大丈夫ですよ」
聖明がそう声を掛けると、扉がガチャリと開く。
「ふぉっふぉっふぉっ。若いってええのう」
そんなことを言いながら、シルロ先生は杖を突きつつ部屋の照明に明かりを灯す。
僕は席を立ち、シルロ先生の邪魔にならないように壁際に身を寄せる。
「さてさて、聖明先生。
少しは眠れたようじゃな。顔色も朝より良くなったようじゃ」
その言葉に聖明は苦笑する。
「お陰様で」
確かに朝より不思議と表情も明るく感じて、僕も安堵する。
そして、視界の端にソファ上の自身のポーチに気付き、素材を取ってきたことを思い出す。
「シルロ先生。
全部じゃないけど、素材採ってきたよ。
ポーチの中に全部入ってるよ」
僕はソファに移動するとポーチを手に取る。
そのままポーチを開け、今日採取してきた素材を並べ置く。
その様子にシルロ先生も歩み寄ってきて、素材の一つを手に取って感心したように声を上げた。
「これはまた、沢山いいものを集めてきたのう!
これなら思ったよりもよい薬が色々作れそうじゃ」
「やった!」
思わず嬉しくてガッツポーズを取る。
でも、肝心なアース・ドラゴンの鱗もトレントの枝も採取できていない。
「残りの素材は明日以降でもいい?
今日はアース・ドラゴンを見付けれなかったんだ」
僕は素直に訴えると、シルロ先生は相変わらず仙人のような笑い声を上げる。
「ふぉっふぉっふぉっ!問題ないぞ!」
「それじゃ、明日も引き続き採ってくるね!」
明日はアース・ドラゴンとトレントを狙っていくぞ!
今の僕なら、きっとやれる。
不思議と勇気が湧いて、なんでもできる気がするんだ!
「すぐに薬を調合したいところじゃが……今日はもう遅いでの。
まずは夕食にしようかのう」
そのタイミングで扉が開き、リリーが入ってきた。
手にはトレーを持ち、その上には見慣れない取っ手付きの小さな鍋のような物が乗っている。
「主、今日の夕食は私が作って参りました」
リリーはニコっと笑う。
流石にナース服は着替えたようで、僕は内心ホッとする。
やっぱりいつものリリーのほうが安心する。
「その土鍋……東洋の?」
聖明が驚いたような声を漏らす。
その声に返事をするようにシルロ先生が話し始める。
「聖明先生。おぬし、西洋料理はあまり得意ではなかろう」
「あ……」
聖明は口元を手で押さえながら申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「その黒い髪に、どこか幼さが残る顔立ち──東洋人の血が入っておるじゃろ。
東洋人からすると、西洋料理は味が濃いらしいからのう。
味覚的にも食べにくく、余計に食事が進まなかったのではないかの?
それに弱った胃には普通の食事は、ちとキツイ。
そこで東洋では一般的に身体が弱っ時に食す事が多い『お粥』を用意してみたのじゃ」
シルロ先生が髭を撫でながら話すと、今度はリリーが口を開く。
「教えてもらって、私が作ってみました。
東洋料理とは盲点でした……少しでも召し上がっていただければと思います」
両手の塞がったリリーに、僕はハッとし、聖明のベッドに備え付けられていた折り畳みのテーブルを出す。
「風真様、ありがとうございます」
リリーはトレーをテーブルに置き、蓋を開ける。
すると──湯気の立つ、ふわふわとしたスープのようなお米料理が現れた。
「お米の料理?」
真っ白で柔らかそうなお米しか見えないのに、どこか食欲を唆る香りが漂う。
お米は聖明が良く炊いてくれるから食べ慣れていたつもりだけど、こんなに柔らかそうなお米料理は初めて見た。
「……まさか、土鍋があるとは」
聖明は心底驚いたような声を漏らす。
「ふぉっふぉっふぉ!
この街は大きいからのう。
東洋の鍋を始める器具や調味料、食材を売っておる店もあるぞ。
気になるようであれば退院後に行ってみると良い。
……まあ、とりあえずは食べてみるんじゃの」
リリーが器にお粥を装い、木のスプーンと一緒に聖明へ手渡す。
聖明は少し申し訳なさそうな顔で受け取ると、そっと息を吹きかけ、冷ました後に口に運ぶ。
「……美味しい。優しい鰹出汁だ」
安心したような表情で、聖明は続けてもう一口食べる。
聖明が進んで食べている姿を初めてみた気がする。
その様子に嬉しくなり、何となくリリーと視線を合わせ──二人で微笑んだ。
「さて、風真には別のご飯を用意しておいたぞ。
儂と一緒に食べようかの」
「ありがとう!」
僕は聖明の食事の邪魔にならないように、シルロ先生の後に付いていくことにした。
「三階は住居スペースだからの。そこで食事をするぞい」
「はーい!」
僕は元気よく返事をすると、少しだけ視線を聖明に向ける。
聖明はリリーと話しながら、穏やかな表情で食事をしていた。
その姿が不思議ととても嬉しくて──胸が温かくなった。
僕はそんな空間を壊さないように、そっと病室の扉を閉めた。
僕もご飯食べて、明日も頑張ろう。
このまま順調に聖明が元気になってくれると良いな。




