第43話 僕の家族
診療所の扉を開くと──まだ中には患者さんと思われる人たちが行き交い、昨日は静かだった入り口近くの待合室にも人が座っている。
カウンターでは看護師さんが仕事をしている姿が見えた。
──しまった!まだ診察時間だったんだ!
診療所だということをすっかり忘れていたので慌てて自身の口を塞ぐ。
すると、診療室からチラッとシルロ先生が顔を出す。
「風真、お疲れ様じゃの!
診察がまだ少し掛かるからの。聖明先生のところで待ってておくれ」
「あ、うん。分かったよ」
僕は手短に返事をして、ささっと二階へと駆け上がる。
そして、聖明の病室の扉を音を立てないようにそっと開け、中に入った。
部屋の中は静かで、微かに寝息が聞こえる。
どうやら聖明は眠っているようだ。
僕は部屋にあるソファに重くなったポーチを置いて、聖明の顔を見るために静かに歩み寄る。
聖明の腕からは管が伸びており、円状の点滴袋が三種類も宙に浮いている。
点滴の多さに驚いたけど、それでも聖明は穏やかな顔で魘されることもなく静かに眠っていた。
──よかった。
自然とそんな言葉が、僕の中で浮かんだ。
たまに聖明が眠っている姿を見ても、苦しそうに呻き、時として涙を流していた。
酷い時は、叫び跳ね起きていたこともある。
きっと瑠璃を失った時の夢を見続けているんだと思う。
僕の片割れであり、聖明の最愛の妹。
僕自身、死にたくないのもあるけど、同時に瑠璃にも助かってほしいと願っている。
できれば──瑠璃ともちゃんと話したい。
ちゃんと向き合ってみたい。
そのためにも僕たちは頑張るしかない。
「聖明。きっと──二人で助けようね」
きっと聖明にとって、この旅は辛いことの連続だ。
出会った頃には既にボロボロで……それでも僕や瑠璃を助けるために、一緒に歩くことを選んでくれた。
きっと、こうやって何度倒れても、聖明は最後まで止まらないだろう。
もう一度妹を失うことがあれば、聖明は駄目になる。
だから──聖明は止まれないんだ。
聖明は決めたら真っ直ぐな人だから、余計だと思う。
僕は……聖明に報いることができるんだろうか。
せめて、せめて今だけでも──。
「……ふうま?」
聖明の声にハッとする。
気付けば聖明は目を覚ましており、まだ微睡んでいるような目で僕を見上げていた。
「あ……ごめん、起こしちゃった?」
「いや……大丈夫だよ。よく眠れた気がする」
聖明は女性の響きが残る声でそう告げると、ゆっくりと上半身を起こし、ベッドの端に座り直した。
僕も近くにあった丸椅子に腰を下ろし、聖明と向き合うように座る。
僕は聖明に今日のことを色々伝えたくて、話してみることにした。
「聖明!
今日ね、一人で魔法生物の素材を沢山採ってきたんだ!
旅で教えてもらった通りにやったら、上手くいったんだよ!
ちょっと怖かったけど、ピクシーとの交渉も上手くできたんだ!
それとね、転移魔法も一人で成功させられたんだ!」
思い出すとワクワクした気持ちが蘇ってきて、夢中で話してしまう。
精霊の森がどれだけ綺麗だったか。
見たこともない植物の話や、ガラス細工のような鳥を見かけたこと。
一緒に聖明と行ってみたいことも伝えた。
そんな僕の話に、聖明がふわりと目元を緩めて優しく笑った。
とても穏やかで、本当に嬉しそうな笑顔だった。
「ふふっ、風真は本当に凄いね。あっという間に成長しちゃうね」
そう言いながら、聖明は僕の頭を優しく撫でてくれた。
恥ずかしいけれど、その手が心地よくて、思わず目を閉じる。
「うん! 聖明の教え方が上手だったからだよ!」
その瞬間だった。
不意に額に触れる柔らかな感触を感じた。
驚いて目を開けると、聖明が僕の額にキスをしていた。
「へっ!?」
「ありがとうね」
想定外の出来事に、顔が一気に熱くなるのを感じる。
「えっ!? なんで!?え、キスって!?」
「ん?」
聖明は「どうしたの?」とでも言いたげな雰囲気で、穏やかな笑顔のまま首を傾げる。
「いや、おでこにキスって!普通じゃないよ!?」
「え?家族なら普通でしょ?」
僕は想定外の言葉に固まった。
……え?家族?僕が?
「風真。
私はね、君のことを家族だと思っているよ。
それは瑠璃の魂を半分持っているからとか、ソックリだからとか、そういうことじゃない。
本当に大切な弟のように感じているんだ」
聖明は当然のように、優しい声で告げる。
「……弟」
「うん、それでいて、大切な友人とも思っているよ」
そう言って、聖明は僕に手を伸ばし、そっと抱き寄せる。
僕も素直に受け入れるように引き寄せられた。
聖明の温もりが心地良い。
その温かさが胸に染みるようだった。
……ずるいよ。
僕は悪魔に作られた人工天使で、魂だって聖明の大切な瑠璃の半分を奪っているような存在だ。
それなのに……聖明は僕のことを『家族』なんて言ってくれる。
僕には一生、縁がないものだと思っていたのに。
なのに──聖明はこうも簡単に、僕にそれを与えてくれる。
僕にとって聖明は、命の恩人で──いつも優しくて、でもどこか頼りなくて──そのくせ凄い強くて頼り甲斐があって──。
いつだって、僕を助けてくれる存在だった。
だから、思ったことがある。
もし、家族がいるのであれば、きっと聖明みたいな人のことを言うんだろうって。
父や、母のようで、兄や、姉のような存在。
誰よりも信じられる存在。
僕は卑怯だと思いつつも、確認するように質問をする。
「……聖明。僕、人工天使だよ?」
「そんなこと関係ないよ」
「瑠璃の魂を持ってるんだよ……?」
「風真は風真だよ」
「本当に、僕が家族でいいの……?」
「ずっと家族だと思ってたよ」
気付けば目から涙が溢れていた。
……ダメだ。
こんなの涙が溢れて止まらないよ。
僕は聖明に抱き締められたまま声を上げて泣いてしまった。
ずっと、どこかで不安だった。
僕はただの紛い物。
紛い物の肉体に、瑠璃の魂が入っただけの偽物。
もし、聖明が瑠璃を選ぶことがあれば、僕は要らない存在。
いつか捨てられて消されるかもしれない。
聖明はそんなことをしないって分かっていても、その可能性を無視できなくて、どこか恐れていた。
でも、聖明はちゃんと僕のことを見ていてくれた。
僕のことを一人の人間として、友人として──それどころか家族として見てくれていた。
その事実が、こんなにも嬉しいなんて──思いもしなかった。
僕は縋るように、聖明の背に手を回し、ギュッと抱きついて泣き続けた。
そんな僕の背を、聖明は優しく撫でてくれる。
言葉はなくても、その優しさが僕の心を癒すように、ずっと優しく撫で続けてくれた。
僕、こんなに不安だったんだ。
泣きながら、初めて自覚した感情に、ただ全てを吐き出すように泣き続けた。




