第42話 精霊の森
コロラータの街に沿う川とは反対側──北に広がる白い森を、僕は訪れていた。
ここは通称『精霊の森』と呼ばれているそうだ。
シルロ先生のメモ書きには、ここで全てが採取できると書かれている。
精霊の森と呼ばれているだけあって、一目でわかるぐらいに自然は豊かで、少し歩くだけでも珍しい薬草や見たことのない草花、キノコまでも目に入る。
朽ちた白い大木の跡には鮮やかな緑の苔が生い茂り、マナが溢れて微かに輝いていた。
足元を流れる小川も透き通っており、砕けた魔石の粒なのか、砂がガラスのような輝きを放っている。
何より──空気が美味しい。
一呼吸しただけでも、澄んだ空気が肺を満たすのが分かる。
「凄いな……こんな綺麗な場所があったんだ」
上を見上げれば、魔石化した木々の枝が触れ合い、ガラスがぶつかるような澄んだ音がリンと響く。
ヒラヒラと舞う葉は、地面に触れた瞬間にパリン!と小さく割れ、光の粒子が舞い上がる。
そんな幻想的な空間を楽しみながら、僕は素材集めに励んでいた。
──アオアシキノコは、すでに採取済み!
その名の通り、青い足を持つキノコ型の魔法生物で、苔の上をポテポテと可愛らしく歩く。
大きさは15cmほどで、足がよく動く個体ほど青が濃くなる。
傘は真っ白で、光に照らされるとキラキラと輝く。
苔から離すと動かなくなり、普通のキノコのようになるという不思議な存在だ。
そもそも生物と呼べるのかも曖昧な謎のキノコ。
聖明が言うには、足の青色が濃い個体ほど効能が良いらしい。
足から苔に蓄えられている上質なマナを吸い上げている証なんだとか。
そんな可愛くて、少し面白いアオアシキノコは、森に入ってすぐに見つけることができた。
僕は確認するように腰に下げているポーチに手を触れる。
「うん、幸先いいな!」
このポーチは見た目は小さいけど、聖明が空間魔法を付与してくれたお陰で見た目よりもよく入る。
聖明が旅で使っているトランクに比べたら容量は全然小さいし、荷物が増えるほど重さも増える。
それでも、僕が使うには十分すぎるぐらいの代物だ。
「よし!次だ!次!」
次は──マンドラゴラを採取したい。
マンドラゴラは綺麗な土と水が揃った場所でしか生息しない。
今いる場所は、まさにその条件にぴったりだった。
あたりを見回し、岩陰や草を掻き分けて探していると、小川の近くで草がわさわさと揺れていた。
──あ、いた!
鮮やかな緑の葉を揺らしながら、土の中から手のような根っこを二本出し、頭をぶんぶんと動かしている。
「さて、防音魔法っと」
マンドラゴラは引き抜くと、恐ろしい叫び声を上げる。
その叫び声は恐ろしく大きく、聞いたものは死ぬとまで言われている。
本で読んだ時は「なんて恐ろしい植物だ!」と震え上がったけど、聖明が「そうでもないよ〜」なんて呑気に説明をしてくれたのを覚えている。
叫び声を聞くと死ぬ──と言うのは実際は少し違うらしく、叫び声がある種の精神干渉魔法になっているらしい。
精神干渉によって物理的に脳へのダメージが入り、死に至るというのが本当らしい。
しかも、マンドラゴラは不特定多数の相手に魔法を使用しているわけではない。
引き抜いた相手にのみ魔法を展開しているため、近くに人がいても聞いただけでは死ぬことはないらしい。
まあ、大声なのは間違いないので「耳は保護することを推奨する」とも言ってたな。
因みに引き抜く時の対処方法は意外と簡単で──防音魔法でマンドラゴラを包んで、音を遮断しておけば問題ない。
僕は聖明との思い出を振り返りながらも、そっと近付く。
揺れる葉をガシッと掴むと同時に、防音魔法でマンドラゴラを包み、一気に引っこ抜く。
音が聞こえないけど、マンドラゴラには口っぽい部位があり、叫ぶように大きく開き、手の中でジタバタと暫く暴れたあと、ダランと脱力する。
マンドラゴラは、引き抜かれると、このように全力で叫ぶことで絶命してしまう。
なんとも不憫な生き物だ。
見た目は意外と可愛らしく、窪んだ目のような穴は、どこか潤んだ瞳のようにも見える。
手のような根っこが2本、足のような場所にも短い根っこが2本生えている。
聞いた話では、極稀にこの短い根っこで歩き回る個体もいるとか……都市伝説だろうけど、ちょっと見てみたい気もする。
僕はそのマンドラゴラを腰のポーチに押し込む。
「よし!順調、順調!」
──と、油断したところで、周囲に気配を感じた。
そして、囁くようなヒソヒソ声が聞こえる。
『人間がいる』
『人間の子供ね!』
『何をしてるのかな?』
『悪戯しちゃう!?しちゃう!?』
これは……ピクシーだな。
聖明が言ってた。
「ピクシーは無邪気で悪戯好きだけど、時に残酷でもある。
彼らとは安易に関わってはいけない。
もし何かをお願いするのであれば、無理のない範囲で、具体的な内容を提示して、交渉を持ちかけるんだ」と。
ピクシーは余程の親和性がない限り、見ることができない。
ちょっと変な話だけど、頭に『クローバー』を乗せることで姿を見ることができるらしい。
聖明曰く、原理は不明とのこと。
聖明自身は親和性があるらしく、こんな小道具は必要ないらしいけど、僕には見えない。
そのため聖明から貰った、本物のクローバーが入った魔石のネックレスを持ってきていた。
僕は首にぶら下げていたネックレスを首から外し、頭に乗せると──目の前に、ピクシーたちの姿が現れた。
緑色の髪に尖った耳。20cmほどの小柄な身体。
トンボのような羽をパタパタさせて、僕の周りを飛び回っている。
僕は呼吸を整え、声を掛ける。
「君たちと交渉がしたいんだ」
そう言うとピクシーたちは目を丸くし、ヒソヒソと集まって話し出した。
「何この人間?」
「しゃべった!」
「交渉だって!お菓子あるかな?」
「クッキーがいいな!」
ラッキー!
今日はクッキーを持ち歩いている。
『ピクシーは人間のお菓子が大好きだから、交渉する際には持ち歩くと良い』って、聖明が言ってたんだよね。
実際に聖明はピクシーと交渉する際に、お菓子を持ち歩いていたから、僕も幾つか持ってきていた。
僕はポーチからクッキーの入った袋を取り出し、ピクシーたちに差し出す。
「君たちの鱗粉を分けてくれたら、クッキーをあげるよ」
すると、ピクシーたちは嬉しそうに舞い上がる。
「やった!」
「この人間、いい人間!」
「おいしそうなクッキー!」
「交渉成立ね!鱗粉ならあげちゃうわ!」
そう聞こえた瞬間、ピクシーたちは姿を消す。
そして、クッキーが入っていた袋が少し軽くなる。
確認するように袋を開けると、クッキーが消えており、代わりにキラキラと輝く鱗粉が入っていた。
鱗粉が舞わないように、そっと袋を閉じ、ポーチにしまう。
「よかった……ピクシーって気分屋なところがあるから、ちょっと怖いんだよね」
一回だけ、聖明がピクシーに悪戯されて、頭から水を被っていたことを思い出した。
『彼らは気に入った相手に悪戯をするから要注意。
気に入られ過ぎると精霊界に連れ込まれるよ』とも言っていた。
──怖い怖い。気を付けないとね。
僕はそこからも森を歩き回り、素材リストにある花や薬草を順調に集めていく。
夢中になって採取していると腰のポーチが重くなってきて、少しずり落ちるようになってきた。
ポーチを開けると中はパンパン。
「大体、集まったかな……。
でも……アース・ドラゴンとトレントだけは見つからなかったな」
僕は腕を組み、その場で唸る。
空を見上げると太陽が傾き、空が夕日に染まり始めている。
「うーん、粘りたい気もするけど……いったん帰ろう。
荷物も多いし、このままアース・ドラゴンに出会しても対処は厳しそうだな」
僕は周辺を見渡し、安全を確認する。
周りに危なそうな魔法生物はいなさそうだ。
「今の僕では無詠唱は無理だけど……詠唱ありなら一回くらいは飛べるかな」
深呼吸して、詠唱を始める。
「飛べ、翔べ……遥かなる場所、記憶ある場所、空間を超え、我彼の地へ誘え……」
目を閉じ、目的地に飛ぶイメージを明確に浮かべる。
「《転移魔法》!」
次の瞬間──視界がぐにゃりと揺れ、景色が切り替わる。
目の前には見覚えのある自然豊かなレトロな診療所。
「よし!成功した!」
正直、無茶苦茶嬉しかった。
まだまだ使えない魔法は多いし、やってみたいことも沢山ある。
その中でも、憧れていた『転移魔法』を聖明の補助なしで自力で使えた。
僕にとっては、大きな一歩だった。
僕は嬉しさを隠しきれないまま、駆けるように診療所に入っていく。
「──素材、取ってきたよ!」




